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訪問

ちょっと長くなってしまいました…。読むのが大変だと思いますがお付き合いください!

 ピーンポーン。

 日曜日。朝の10時を回った頃に家のベルが鳴った。


「はーい」


 この家の住人である女子高生、百枝花奈(ももえかな)は返事をしながらドアを開けた。

 差し込んできた眩しい朝日に目を瞑り、訪問者を確かめる。


「こんにちは」


 花奈の家にやって来た訪問者___早乙女千里(さおとめちさと)が挨拶をし、隣で彼女の息子である男子高校生、早乙女悠希(さおとめゆうき)が会釈をする。

 花奈も急いでお辞儀を返した。


「わざわざありがとうございます」


 家に二人を通してお礼を言う。


「いいのよ。定期的にお邪魔する約束だったし。今日は休みだからうちの息子も連れて来たのよ」


 千里が笑って悠希を指し示す。


「あ、ありがとう、ございます」


 顔を赤らめお辞儀をする花奈。男子と関わるのはいつぶりだろうか。少なくとも少年院に入院する前以来だ。いざ本物を前にすると無意識のうちに恥ずかしくなって照れてしまう。そんなことを思いながら、


「あ、お茶淹れますね。どうぞお座りください」


 キッチンに通じるリビング、その机の下に絨毯を広げて花奈はキッチンへ向かう。以前少年院の先輩である日向未央(ひゅうがみお)を通した自室とはまた違う場所だ。因みに花奈の自室は二階にある。


「ありがとう」


 キッチンに向かった花奈にお礼を言って千里は敷かれた絨毯の上に座った。


「本当に俺までついてきて大丈夫だったのか? 何か大事な話とかあるんじゃ」


「大丈夫よ。本当に大事な話だったら連れてきてないから」


 千里の横に同じように座った悠希が耳打ちで質問する。だが千里は笑顔で遮った。確かに千里の言い分は最もだ。大事な話をする時に部外者である悠希を連れてくるはずがない。千里が言うには、釈放後の訪問はあくまでも定期的な経過観察のようなもので、そこまで堅苦しい話をする必要はないということだった。

 母の答えを聞いた悠希だったが、


「ならいいけど」


 とそれでも少しやりづらそうだった。何気に悠希は女子の家に入ったのが初めてでかなり緊張しているのだ。


「どうぞ」


 ちょうどそこへ花奈がお茶を淹れて戻ってきた。可愛らしいマグカップに並々と注がれていたのはお洒落な紅茶だった。


「ありがとう。……あら、美味しい」


 千里はお礼を言って一口すする。口の中に茶葉の甘味が広がってとても良い味わいだった。

 悠希も千里の反応を見た後に紅茶をおそるおそる口に含んだ。


「あっ」


 初めての味だが悪くはない。むしろ飲み続けたいと思えるくらい美味しかった。

 花奈は満足げな二人の反応を見て嬉しそうに目を細めた。


「それで、最近どうかしら?」


 一服終えた千里が改めて花奈に向き直る。

 問われて花奈は「うーん」としばらく天井を目だけで仰いで考えた後答えた。


「大丈夫です。特に変わったこともないですし」


「そっか。なら良かったわ。誤認逮捕の件だけど本当にごめんなさい。私たち警察の捜査がなっていなかったばっかりに」


 申し訳なさそうに千里が頭を下げる。花奈は急いで両手を振った。


「あ、いえいえ! 大丈夫です。元々は私が弟を庇ったせいなんですし、刑事さんたちは悪くないですよ」


 心の底からそう思っていた。

 当時は人間として非行を働いた弟、咲夜(さくや)を庇うのに必死で後先考えていなかったのだ。ただ咲夜が警察に捕まるのだけは避けたかった。

 両親が喧嘩になって父親が家を出て行ってから母と花奈と咲夜の三人で協力して生活してきた。花奈にとって咲夜は唯一の弟だ。失いたくない、咄嗟にそう思ってしまった。

 だから咲夜が犯行に使った包丁に自分の指紋を上書きして物的証拠も揃えた。弟を庇うための計画は成功するはずだったのだ。

 当然プロの警察の目は誤魔化せるはずもなく、結果的に咲夜が今捕まって少年院に入院しているわけだが。


「ううん、そんなことない。当時の担当刑事の乱雑な取り調べのせいよ。あんな捜査の仕方明らかに間違ってるのに。本当にごめんなさい。同じ現場の人間として恥ずかしいわ」


 首を振り、千里はもう一度頭を下げる。


「大丈夫ですよ。それに早乙女さんが謝る必要ないです。今だってこうやってわざわざ家まで来てくださってるじゃないですか」


「花奈ちゃん……」


 千里が花奈を見つめる。その瞳はものすごく不安げだ。

 千里には謝ってほしくないと思った。第一千里は何も悪くないのだし、仮にその時担当していた刑事が目の前に現れたとしても花奈はおそらく文句の一つも言わないだろう。

 何故ならその刑事の乱雑な取り調べのおかげで花奈の計画は成功し、一時は無事に咲夜を守ることが出来たのだから。花奈としてはその刑事に寧ろ感謝したいくらいだ。


「母さん、もういいんじゃないか? 気持ちもわかるけどあんまり謝り過ぎても花奈さんが困るだけだぞ」


 見かねた悠希が母に声をかける。


「えっ……あ、そうね。ごめん……。この話は止めましょうか」


 悠希に言われて気付いた千里はまた謝りそうになり、慌てて話題転換をする。


「そうそう。咲夜くんの話だけど、今のところ少年院でも悪さはしていないそうよ。このままいけば来年あたりで釈放も可能かも」


「本当ですか!?」


 突然の朗報に花奈は目を輝かせた。まだ現時点では推測のみだがそれだけでも嬉しかった。あと一年もすれば弟に会えるかもしれない。その可能性があるだけで。


「あとこれは注意喚起なんだけど」


 千里が急に真面目な顔つきで花奈を見つめる。

 何の話だろうと花奈は密かに息を呑んだ。もしかすると何かとんでもないことが起こるとでも言うのだろうか。


「最近話題になった動画知ってるかしら?」


「動画、ですか?」


「ええ。音声のみなんだけど運良く放火の直前を捉えているの」


 そう言って千里はスマホを取り出して音声を花奈に聞かせた。動画が再生されると、「ドン!」という高い女子高生と思われる声がした直後にぼわっと炎が燃えるような音がした。


「これって……」


 動画を聴き終わった花奈は不安げに千里を見つめる。


「まだこの犯人の足取りも掴めていない状態なの。それなのに言うのも違う気がするんだけどやっぱり危ないから。この動画から考えるとさっきの声は女子高生の可能性が高いのよ。くれぐれも気を付けて。どこに潜んでるか分からないし。もしも近くに怪しい子がいたら報告してくれないかしら?」


「わ、分かりました!」


 花奈は驚きつつも大きく頷いた。同時にこの周辺で放火をしそうな高校生について頭を巡らせたが、数秒のうちには該当するような人物は思い浮かばなかった。


「じゃあこのへんでお暇しようかしら。言いたいことは全部言ったし……。あ、そうだ。何か言いたいこととか相談したいこととかある?」


 よいしょと立ち上がり、千里は尋ねる。


「いえ、今は特にないです」


 花奈は首を横に振った。今の花奈の願いは早く咲夜が戻ってきてくれることだが、そんなことを千里に言ってもどうしようもないことは分かっていた。


「そう。良かったわ。またいつでも言ってね」


 安心したように千里は笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます」


 深々と礼をして花奈は二人を見送った。

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