不可解現象
久しぶりの投稿になります。
「そっか。まぁ、なんだかんだあったけどとりあえず一件落着ってとこか」
母、千里の帰宅後悠希はそう言って微笑んだ。
今まで少年院に入院していた二人の少女の釈放、及びその手続きなども無事に終わったという報告だった。
「そうね。これであとは半年後くらいの陰陽寺くんかな」
スーツのボックスを脱ぎつつ千里は言う。
「ああ、そうだな」
悠希も頷き、その日が来るのを密かに心待ちにしていた。
「あ、今日の晩飯俺が作ったよ。豚の生姜焼き。美味いかどうかは分からないけど」
千里がキッチンに向かったのを見て悠希は用意していたお皿をダイニングテーブルまで運ぶ。そのお皿の中には少々脂ギッシュだが丁寧に調理された豚肉が乗っていた。
今日はいつもに増して母の帰りが遅かったため、悠希が料理をする事にしたのだった。冷蔵庫を適当に漁って食材を調達したらたまたま生姜焼きが作れる材料が揃ったためだ。料理など久しぶりで全盛期よりは腕も鈍っているが、最低限口に出来る程の味付けは完璧だと悠希は自負していた。
「おっ、珍しい。ありがとね」
テーブルの生姜焼きに感心しお礼を述べながら千里も席につく。千里は息子が作ってくれた貴重な晩ご飯に喜びを馳せ、それから二人で一緒に晩ご飯にありついた。
口に入れた瞬間にジュワッと飛び出す濃厚な肉汁がさらに旨味を高めていて、悠希にとっても我ながら美味しいと感じられる味だった。
「お、美味しい!」
予想以上の出来栄えに千里もつい驚きの声を上げた。母が喜ぶ姿が悠希にとってはとても嬉しいものだった。
陰陽寺大雅に次ぐ破壊者として世間を騒がせた男子中学生百枝咲夜に誘拐されてから早二週間あまりが経過した現在。
特に世間を騒がせるような話題もなく、悠希は平穏な日々を送っていた。
翌日。幼なじみの西尾龍斗と共に通学中、龍斗がこんな話題を持ちかけた。
「あ、そうだ。悠希、知ってるか?」
「何をだよ」
唐突に質問されて訳の分からない悠希は訝しげに龍斗に質問し返す。龍斗はいつも肝心の主語無しで話し始めるため、何を言っているのか分からなくなるのだ。
「何か最近火事が多いんだとよ」
そう言いながら龍斗が見せてきたのは、スマホのネットニュース画面だった。そこに書かれてある文面をそれとなく悠希は読み上げる。
「不可解現象多発。誰もいない場所で燃え盛る炎……。これどういうこと?」
だが見出しを読んだだけではイマイチ内容が入ってこない。誰もいない場所での火事なら放火しか有り得ないのだが。
「何か俺もよくわかんねぇけどさ、こういうのがあるんだってよ」
龍斗はのんきにスマホを見つめた後、制カバンに入れた。
「……で、終わり!?」
思わず悠希はつっこんでしまう。もっと何か世の中を震撼させるような事態になっているのかと思いきや、龍斗がただ単に気になったニュースなだけであったというオチ。ずっこけるのもいいところだ。
「おう、終わり。でも最近このニュースばっかりやってるぞ」
平然と龍斗は口にする。そして何故か一度カバンにしまったスマホをもう一度手に取っていじり始めた。いちいち面倒な幼なじみの行動に朝から呆れつつも、悠希はニュースの方に考えを巡らせる。つまりは
龍斗の言葉が本当なら世の中を震撼させているという悠希の予想もあながち間違ってはいないことになるのだ。
「へぇ。ってことは、みんなが興味持ってるのは火事ってよりもこの不可解現象ってやつか」
龍斗のスマホを覗き込み、悠希は一言呟く。
「みたいだな。ネットにもそういうの調べてる奴とかいるみたいだし」
「って龍斗、お前掲示板なんか見てるのかよ」
呆れを通り越してため息しか出ない悠希。掲示板と言えば個人情報が晒されていたり特定班の溜まり場、もしくは学生が学校の愚痴を書き込むところというイメージが悠希の中には深く根付いている。そのため「掲示板」と聞くとあまり良い印象を持たないのだ。
「別にいいじゃねぇか、見るだけだし。結構情報集まるし面白いぞ」
「頼むから勧誘しないでくれ」
勿論断固拒否。面倒事はもう御免だ。掲示板にあまり良い印象を持たないが故にトラブルに巻き込まれそうな気がしてならないのだ。
「あ、そうそう。その不可解現象の動画も上がってるぞ」
だがそんな悠希を他所に龍斗は続ける。
「さすが掲示板。有能だな」
ザ・掲示板アンチの悠希の口からはもう一周回って褒め言葉しか出てこない。
「マジだってば。見てみろよ」
目前にスマホの画面を突きつけられて、自然とその動画に目が入ってしまう。
龍斗がその動画の再生ボタンを押すと、動画が流れ始めた。
「何だこれ」
わずか数秒程度の動画だったが、悠希は唖然とした。
その動画は夜に撮影されたのか真っ暗でよく見えなかったが、「ドン!」という声と共に周辺一帯の住宅が燃えたのだ。
「ちょっと貸してくれ」
悠希は気になって龍斗の手からスマホをもぎ取り、ニュースの文面を再確認。
そのニュースの記事には声のみで人間の姿はないと記載されていたのだ。
「誰もいないのに声が聞こえて、しかもそのタイミングで家が燃えるって……幽霊でもいるのか」
悠希の頭に最初に浮かんだ候補はそれだった。だがそんな非現実的なことが起こるはずもない。
「もしくは犯人が予めドンっていう言葉だけを録音しておいて現場から流して……」
「でも人の姿はなかったって書いてあるぞ」
龍斗に言われて悠希は仮説を否定した。龍斗の言う通り、人の姿がないと記事にはあった。
それならば音声を録音して流すやり方も不可能だ。
「何か、また変なことが起きそうな気がする……」
この半年以上の経験で得た変な勘が働いた。
龍斗が知らせてくれたたった一つのニュースのせいで悠希は朝から気分が悪いまま学校生活をスタートさせたのだった。




