破壊者との出会い
春。朝日に照らされて舞い散る桜がキラキラと輝いている。
そんな通学路を早乙女悠希は歩いていた。
すらっとした体型に少し茶色が入った黒色、言うなればこげ茶色のショートヘアとぱっちりとした瞳が印象的だ。まだシワひとつない、少し大きめのシャツ。少し余裕があって裾をだいぶ折ってあるズボン。腰についているピカピカのベルト。新品の制カバン。
彼は今年高校生になったばかり。授業のスピードも格段に上がり、苦戦の毎日だ。
「悠希〜! おっす〜!」
ふと後ろから聞こえた声に悠希が振り向くと、声の主が悠希の肩を力強く叩いてきた。
「いでっ! ったく、何すんだよ、龍斗!」
腹立たしさをあらわにしながら体勢を整える悠希の目に、朝日より眩しい笑顔が飛び込んでくる。
悠希の幼馴染、西尾龍斗だった。背は悠希とさほど変わらないが、その身なりは正反対だ。やんちゃ坊主がそのまま成長したかのような、ツンツンはねた髪にコロコロとした瞳を持ち合わせている。彼もまた、新しい制服のシャツを上手く着こなしていた。ベルトが表裏逆になっていたのは、悠希だけの秘密だ。言ってあげた方がいいのは確かだが、このまま気付かずに一日を過ごすのも面白い。
「へっへーん、驚いたか!」
そんな事とは知らずに、悠希の反応がよほど面白かったのか、龍斗はいたずらそうな笑顔を浮かべてにんまりとしている。
「驚いたも何も、急に肩叩かれたら痛いだろ」
悠希は鬱陶しそうに言い放つ。
しかし龍斗はそんな悠希を気にする様子も見せず、悠希の肩を組んでそのまま歩き出した。
悠希と龍斗は保育園の頃からの幼馴染で親同士も仲が良く、小さい頃はよく二人で遊んでいた。龍斗は母子家庭で母親が夜遅くまで働いているため、今も変わらず悠希が自分の母親に作ってもらった料理を龍斗の家に持って行ったり、ついでに勉強を教えたりしている。
まるで家族のような関係だ。
「あ、そうだ。昨日も晩飯サンキューな! すっげぇ美味しかった!」
龍斗が親指を立てて笑った。
「そっか、なら良かった」
悠希も親指を立てる。
「やっぱ悠希の母さんの料理は最高だな! 俺、悠希の家に生まれたかったぜ」
「そんなこと言うもんじゃないだろ。自分の親なんだから大事にしろよな」
「わかってるって! 冗談冗談」
「ったく……」
龍斗は暇さえあればこんな話をしている。最もそれは半分龍斗の本音で、ただ他の家庭が羨ましいが故の発言だろうが。
実際、自分がもし龍斗の立場だったらきっと同じことを言ったに違いないし、第一龍斗本人が抱えている苦しみなんて悠希たちの想像領域をはるかに超えているはずだ。
だから今悠希に出来るのはせめてもの彼なりの励ましぐらいだった。
「はぁー! 着いた着いたぁ!」
そんな事を考えていると龍斗が伸びをしているのに気づいた。
そして次に高校の校門が目に入る。いつのまにか学校に着いていたのだ。
(……どっちにしろ、俺が龍斗を支えてやらねぇとな)
そう腹をくくって、悠希は靴箱で上靴に履き替えて、龍斗と共に教室に入った。
「ん? 何だ?」
最初に龍斗がクラスの異変に気づいた。クラス内の仲良し同士で固まって喋っているのはいつも通りなのだが、今日はやけに騒がしい。
「みんな何話してるんだ?」
龍斗が、側にいた二人の女子生徒、岸茜と古橋早絵に尋ねた。
「何か今日、このクラスに転校生が来るらしくて、それでみんな騒いでるの」
早絵がロングヘアをポニーテールに結び直しながら答えた。真新しい制服のブラウスに赤色の可愛らしいリボンが印象的だ。
一方、早絵の前で席に座って眠そうに、いや、半分寝ながら相づちをうっている茜。
彼女の方はと言えば、せっかく着ているブラウスにも少しだけシワが出来てしまっていた。さらにリボンの裾が折れてしまい、折り目が付いているという悲惨な状態だ。それでも首近くで結んだ小さなツインテールは崩れることなくピンピンしていた。
(転校生、か)
こんな時期になんて珍しいなと悠希は思った。まだ入学式を終えて数日しか経っていないのだ。
「でもさ、こんな時期だぜ? どうせなら入学式一緒に出ればよかったのにな」
龍斗が不満げに言う。
「ご家族の事情とか色々あったんじゃないかな? 仕方ないよ」
龍斗は早絵の言葉に納得したのか、ふーんとだけ言ってまた二人と違う話を始めた。
話を引きずったりしないのが龍斗の美点だ。
悠希自身、龍斗のそんな大らかな性格に今までも何度も救われてきた。
三人がおしゃべりに夢中になっているのを横目で見ながら、制カバンだけでも席に置こうと悠希は三人のそばを離れ自分の席に移動する。
悠希はドサッと制カバンを机の上に置き、深呼吸をした。そして何気なく、自分の席の後ろに目をやった。
昨日までなかった机と椅子が、そこには置かれていた。
誰の席なのだろうと考えたが、すぐに転校生のことを思い出す。
まさか、自分の後ろの席が転校生になるのか。
もしそうなれば先生から何かとお世話係を頼まれるに違いない。
自分の想像にうんざりしながら悠希は龍斗たちの方へ戻ろうとした。
すると、立て付けの悪いドアをガラガラと開けて、悠希達の担任・月影先生が入ってきた。
「今日は皆に転校生を紹介します」
先生の言葉にクラス内が一気に騒がしくなった。
「やっぱりマジだったか」
「どんな子なんだろうね」
「超イケメンがいいなぁ」
「いやいや、普通超可愛くて美人で優しくて巨乳の女子がいいだろ!」
内容はともかく、そんな会話が方々から聞こえてくる。
だが、それとは真反対に転校生になど全く興味を示さない人間もいた。
「えぇー、転校生とかめんどくさいんだけど」
ふわぁと大きいあくびをしながら言うのは悠希の隣の席の茜だ。
彼女は眠りの森の美女と並ぶくらいよく寝ている。彼女が寝ていない姿を見るのは年に数回ほどだけ。眠りの森の美女と比べるのは美女に申し訳ない気にするが、それくらい茜は寝ている。
こいつ、大学行って大丈夫か? と、悠希はいつも心配になっている。
悠希が茜のめんどくさそうな姿を半ば呆れながら見ていると、急にクラスのざわめきが大きくなった。
見ると、先生に連れられて転校生が教室に入ってきていた。
その転校生は、悠希たちよりも少しだけ真新しく感じるまさに新品の制服に身を包み、ピカピカの上靴で教壇に上がった。
髪は綺麗にセットされていてまるでモデルのように整った顔立ち。
「じゃあ、挨拶して」
先生はそう促して黒板に彼の名前を書き始めた。
陰陽寺大雅。
それが転校生の名前だった。
「陰陽寺大雅です。よろしくお願いします」
にこりともせずにその転校生____陰陽寺大雅はぺこりと頭を下げた。
教室中が拍手の渦に包まれる。大雅には他に言いたいこともなさそうだったため、先生が一番後ろの席に座るよう指示した。
一番後ろの席、すなわち悠希の後ろの席だ。
(マジか……)
そんな悠希の心を見て取ったのか、茜がわざとらしく、
「ドンマーイ」
悠希は少しムカつきながらもそれをじっと堪え、教壇の方からやってくる大雅をそれとなく見つめていた。
大雅は周りの好奇心溢れる眼差しには目もくれず、颯爽と自分の席に向かい、静かに腰を下ろした。
せめて挨拶ぐらいしておかないと、と思った悠希は大雅が腰を下ろすのを見計らって後ろを向き、
「よろしく」
大雅はそれに短く頷いただけだった。
____転校初日だし、急に話しかけられて少々戸惑ってるんだろうな。
そう悠希は解釈し、大雅に微笑んで前を向いた。
大雅はちらりと悠希の方を見ただけで、何も喋らなかった。そしてしばらく悠希の後ろ姿を見つめた後、横目でクラス中を観察するように見渡した。
まるで、氷のような冷たい視線で。
その視線は悠希も感じていた。後ろを振り返って挨拶した時の彼の目。まるで氷のように冷たく刺々しい眼差しで、自分以外の全ての人間を敵とみなして、警戒しているかのような攻撃的な目。
そんな眼差しに多少の違和感を覚えながらも、
(まぁ、こういう奴もいるか)
悠希はそう思った。冷たい眼差しを持っている人間などこの地球にありふれているのだ。
決して大雅だけが特別珍しいということもない、と____。