告知
目が覚めた。辺りを見回す。虎斗はベッドの上にいた。そこまで理解して、虎斗は飛び起きた。
「…今度はなんだ?」
一目で分かる。カーテンで仕切られたベッドが四つあり、それぞれに小さな車輪付きの棚とテレビが設置されており、ベッドには彼の名前が書かれた札が貼られている。間違いない。ここは病院だ。
体に、異変は無い。むしろよく眠れた。驚くほど快調と言っていい。だからなおさら気味が悪いのだ。
「気が付かれたようですね」
入って来たのは、四十代ほどの中年の医師だった。彼の質問に、虎斗は素直に頷く。
「私はあなたの主治医の武田です」
「ちょっと待ってください」
武田と名乗る男に、虎斗は返す。
「主治医…?」
「そうです」
表情を変えず、武田は続ける。
「木村さん、落ち着いて聞いてください」
少し、間があった。
「あなたは、病気です」
一瞬、視界が白くなる。しかしこれはあの時の眠気とは違う。軽い精神的ショックによるものだ。
自覚は、あった。頭の中のまさか、は、今し方目覚めた時から、ほとんど確信に変わっていたはずだ。しかしいざ直面すると、やはり心の負担は大きい。
「なんの病気なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「病名を、過眠症と言います」
「過眠、症?」
聞き慣れない言葉に、虎斗は体を緊張させた。
「はい、過眠症です」
医師はやはり表情を変えずに、続ける。
「居眠りとは違う、急な気絶に近い睡魔により、強制的に体全体が睡眠状態に陥ってしまう病です」
「なんだか、変な病気ですね」
「発症の原因は未だ解明されていませんが、脳の異常、ストレス性のなんらかが原因なのではないかと言われています」
「そう、ですか。なんだか不眠症の逆みたいな病気ですね」
虎斗も淡々と話を聞く。癌などの命にかかわる病気では無いようだ。そのためか、虎斗は内心、胸を撫で下ろしていた。少し笑みが戻る。
「…いえ、そんな生易しいものではありません」
時間が止まった気がした。
「え?」
「伺いますが木村さん、今回の一つ前に過眠症を発症された時、何時間ほど眠られましたか?」
「半日くらい…かな」
「約十二時間ですね」
メモ帳を開き、まるでデータを取るかのように何かを書き綴る。
「昨日は、何時ごろに?」
まるで尋問だ。あまり気分がよくない。
「確か、午後二時くらいに」
「そうですか」
武田はやはりメモを取る。
「それがどうかしたんですか?」
耐え兼ねて聞く。
「過眠症の症状には、二つの大きな特徴があります。一つは先ほど説明したとおり、強制的に、かつ不定期に睡眠状態に陥ること」
そこまで言うと、武田はおもむろに、カーテンの締められた窓際に近付き、カーテンに手をかけた。
「もう一つは、発症する度に…睡眠時間が無制限に長くなっていくことです」
そう言い、武田はカーテンを開ける。その瞬間、眩しい太陽光が虎斗の視界を遮った。
それが何を意味するのかを理解した虎斗の顔は、見る見るうちに真っ青になった。
「そしてこの病気には未だに、有効な治療方法が見つかっていません」
担当医武田の一言が、冷静を保とうともがく虎斗にとどめを刺した。
時計の針は、午後二時を指していた。