寝坊
目が覚めた。デジタルの腕時計は、午前五時二十三分。
「…え?」
安い赤のジャンパーを羽織り、安い青のジーンズを履いた端正な顔つきの男はひょうきんな声を上げる。
木村虎斗、二十五歳、自称詩人兼カメラマンは辺りを見回す。池袋のとある公園のベンチに腰をかけたまま、どうやら彼は眠っていたらしい。
「どうなってるんだ?」
記憶を振り返る、昨日は取材のために、朝十一時に池袋に到着。街中を数時間に渡り撮影。一回不審者と間違われ、職質。一通り写真を撮り終え、夕方五時頃に公園のベンチで肉まんを食べ、休憩し…。
今に至る。
「やっぱ変だぞ」
地面には食べ掛けの肉まんが転がっている。まだ半分以上残っている。勿体ない。しかしそんなことはどうでもいい。
つまるところ、虎斗は肉まんを食べながら、十二時間もの睡眠をとったことになる。明らかに不自然だ。
「あ」
間抜けな声を出して、ポケットを探る。確かな感触を確かめ、安堵する。財布とデジカメが盗られていなかったのは幸いだ。
「とりあえず…」
帰ろうと、虎斗は決めた。季節は十一月後半。既に体は歯が鳴る程の冷え具合を通り過ぎている。電車の暖房に酔い痴れたかった。
池袋にはまだ慌ただしい様子は無く、早出のサラリーマンらしき大人、昨夜飲み歩いたのか、顔色の悪い若者、どこへ行くか知らぬ学生らが数人歩き回っている。
あまり温かくない財布から小銭を取り出し、切符を買い、始発の飯能行きに乗る。ドアが閉まる頃には、体の震えは止まっていた。
「(しかし…)」
不可解だった。やはり、先ほどの不自然な熟睡が気になる。もう一度、昨日の夕方をよく思い出してみると、一つ、眠る直前のことを思い出した。
眠りに入る直前、視界が白くなり、目眩のようなものを感じた。そして気付いた時には、虎斗は午前五時二十三分の世界にいたのだ。
「(…何も解決してないじゃないか)」
分かったことは、この眠りが異常であるということだけだった。
「(疲れてたのかな)」
まだ覚めぬ浅い眠気に揺らされつつ、虎斗は温かい電車内から、勿体なげに降り去った。