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エピローグ

 三日が経った。季節は春。四月四日午前七時。目を覚まし、朝食を済ませた春菜は、少しふらつく足をぽんと叩き、隣の部屋のドアを開けた。

「おはようございます、虎斗さん」

 春菜の声だけが僅かにこだまする。ベッドの上で瞳を閉じたままでいる虎斗は、以前見た時より少し痩せていた。

「ようやく歩けるようになってきたから、また、会いに来ちゃいました」

 苦笑しながら、ベッドの横に置かれたパイプ椅子に、軽く息を吐きながら腰掛ける。

「そうそう、昨日は久し振りに琴美さんの番組聞いていたんですよ。相変わらず素敵な怒りっぷりで、お元気な様子でしたよ」

 虎斗はただ、静かに息をしている。それでも、春菜は楽しそうに、枕元に置かれた、虎斗のカメラを手に取った。

「そうそう……」

 くすっといたずらに微笑みながら、春菜はレンズを虎斗に向ける。

「一度やってみたかったんです、これ」

 フラッシュボタンを押し、カメラはカシャリと音を立てる。同時に、真っ白な世界が、コンマ一秒間だけ広がり消えた。

「んっ」

 声がした。はっとして、春菜は後ろを振り返る。しかしそこには誰もいなかった。

「え?」

 視線を、ベッドの男性に向ける。

「んー…」

 ぼんやりと、穏やかに、そして少し気怠そうに、彼は瞳を開いていた。

「あ…」

 目が合った。眠気が一瞬のうちに地平線の彼方へと飛び去るのを感じる。これはやばい。春菜はそう感じていた。

「ど、どうもー…」

 固かった。恐らく春菜の人生で一番固い作り笑いだったに違いない。虎斗は細い瞳を数回まばたきさせ、

「どうもー…」

 表情を変えず、同じ言葉を返した。彼は小さく欠伸をし、そして微笑んだ。

「また、俺のカメラを勝手に使ったな?」

 その言葉に、春菜は笑顔で応えた。

 

 夢は覚めた。また、朝が始まる。新しい朝がきた。希望の朝が。それを確かに感じたから、二人は笑顔で挨拶した。

 

「おはよう春菜」

「おはようございます、虎斗さん」

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