恋奉人・実恋
冷蔵庫の食材をほぼ全て使いきった料理を三人で食べ進んでいた。
「う~ん。依代ちゃん腕あげたねぇ良いお嫁さんになるよ」
「え!そうですか!!そう言って貰えると嬉しいです。作り甲斐もありますし」
褒められて満更でもない様子だ。流石は片想い三年目だな。
だが悲報だ、登には好きな子が出来てしまったぞ。
相手は依代とは比べ物にならないくらいの美少女だ。
「はぁ。俺もこんな彼女が欲しいなぁ」
「そういえば。まだ聞いてなかったんですが龍之支部では可愛い子達は居たりしましたか?」
気になるんだろうな。それもそうか、ライバルはいない方が嬉しいよな。
もう居るのだけれど。
「えっとねぇ。あ、一人だけスッゴイ美少女が居たんだよね。黒髪の長髪でさぁ肌も白いんだよ。顔も整っていて、もうあれは天使だね」
気付いてくれ登、依代の表情は変わらずとも俺に殺気が向けられていることに。
「ヘ~そうだったんですか~」
平然を振る舞うのはいいが、瞬きする度に瞼を閉じる直前で俺を睨み付けないでくれ。
言葉にしたくても依代の言いたいことが判る。
『何でその美少女を登さんに近付けた』と瞳が訴えているからな。
「(いくら俺でも他人の恋愛感情を操作することは不可能だ)」
「そういえば、要兄さんはまた間違えられましたか?」
そんなわかりきっていることを聞くまでもないだろう。
「そうだな。相変わらずの女子扱いだったよ」
「やっぱりそうだったんですか~」
自分の不幸を忘れるために他人の不幸を楽しむとは、人として恥を知るべきだ。
食事を出来る限り食べ終えた後、余った料理をラップで包み冷蔵庫ヘと運んだ。
俺は少しやることがあると伝えて、登には先に寮へ帰ってもらった。
登が外に出て暫く経ってから俺はリビングヘと戻った。
理由は簡単でいつもの事だ。
リビングにはさっきまでの笑顔が嘘かのように思えてくるほど険しい表情と鋭い眼光で睨み付けながら仁王立ちしている依代が居る。
「んで言いたいことは?」
「決まってるでしょ。黒髪の美少女とやらを登さんに近づけないように仕向けなさい。」
「不可能だ」
「不可能を可能にするのが要の仕事でしょう」
「いつからそんな事が決まった」
「居候のくせに威張ってんじゃないわよ」
そこ言葉には反論できないな。俺は確かに居候だ。依代とは血の繋がらない兄妹で従兄妹なのだから。
俺の両親が事故で亡くなり、俺は橋内家の養子となった。
だからこそ、俺を育ててくれた義父さんと義母さんには感謝している。
「悪いが、今回は登の方を協力をすることにしてるんだ」
できるだけ、これ以上責められないように申し訳なさそうに言うことにしよう。
俺の言葉を聞いた依代の険しい眼は潤んだ眼へと変わっていき、ぽつりぽつりと床に水滴を落としながら下を向いた。
多くの人達はここで油断してしまうのだろう。
だが俺は違う、これは演技だ。長年の付き合いだからな。
その程度では俺は罪悪感に、捕らわれたりしない。
無数の雫が落ちていく。ただ、沈黙ばかりのこの空間を。
依代が何も言わないのでこの沈黙をただ過ぎるのを待つしかない
しかし、そんな事をしている暇など俺にはない
「んじゃお邪魔しました」
こうなったら最終手段。俺は関係なかった、それでいいのだ。何より俺は、自分の恋心を理解しながら一切動かない奴が気にくわない。
靴を履いて立ち上がり、玄関のドアを開けた時だった。
街灯の灯りがない暗闇の中から目の前に、下から光を当てたことで影と光によって恐ろしく写った顔が現れたのだ。
「うわあぁぁぁぁぁぉ」
突然のことで驚きのあまりドアノブから手を離し、後ろに倒れるように後退した。
「酷いじゃないか。お義兄さんにそんな反応をするなんて」
閉まりかけた扉を掴み、肩辺りまで髪を伸ばした一人の男性が、不気味な笑みを浮かべながら家の中に入ってきた。
彼の手には電源が入った懐中電灯が握り締められていた。
「ビックリしますよ。何やってるんですか?」
「見ての通りビックリさせてるんだよ」
よりによって最悪な人が来てしまった。
この男 橋内 柱
依代の実の兄で俺の義兄だ。
俺が養子として来たときに、実の弟のように接してくれた優しい性格の持ち主で何の変哲もない普通の人だ。そして、何より注意して措かなければならない人物である。
「そんなことより、依代の涙が溢れ落ちる音が聞こえたんだけど...どういうことかな?」
笑顔だ...満面の笑み。しかし、殺意がこちらに向いているのがわかる。
つーかこの人今何て言った。
涙が溢れ落ちる音が聞こえた?
蛇口から水が垂れる音ではなく、涙が溢れ落ちる音と言ったぞ、常人なら水が垂れる音だと思うだろう普通。
何が落ちた音なのか把握してるぞ。
それ以前によく聞こえたな。
(あんたの耳は一体どんな仕組みが施されてるんだよ)
「なんで涙が溢れ落ちる音だと思うんですか?」
柱さんは俺の問いかけに呆れた表情を取り、直ぐにこちらを見下しながら言った。
「そんなの当たり前じゃん。依代の涙だもん聞き間違えることなんてないよ」
「えぇぇぇ!?」
前言撤回。やはりこの人は全然普通ではなく、普通とはかけ離れた異常に部類される重度のシスコンだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後 、俺は柱さんに殺される前に家を出て寮に到着していた。受付で自分の部屋番号を伝えてルームキーを受け取った。
「797号室...何でだろう『泣くな』って言われている気がする」
エレベーターに乗って七階行きのボタンを押した後、開閉ボタンの『閉』のボタンを押した時だった。
閉ざし始めた扉が途中で止まり再び開き始めた。すると扉の先から明るめの茶色く長い髪をシュシュで纏めて肩に掛けていた女子がエレベーターに乗ってきた。
俺は再び『閉』ボタンを押して扉が閉まるのを待った。すると閉ざし始めた扉の先から、速いテンポで近付いてくる足音と訴えるような大きな声が飛んできた。
「エレベーター!!待っっっってぇぇぇ!!!」
俺は驚き咄嗟に『開』ボタンを押した。ゆっくりと再び開き始めた扉を通り黒い長髪の女の子が息を切らし下を向きながらエレベーターに乗った。
それを確認してから俺は再度『閉』ボタンを押した。
扉は漸く閉じてワイヤーに引っ張られながら上に上がっていく。
「二人とも何階?」
上昇中のエレベーターで二人の部屋がある階層に止めるために訊ねた。
「私は七階です」
「私は、はぁはぁ、798号室...だから七階かなぁ」
「了解」
黒髪の方は息を切らしながら、茶髪の方は淡々と言った。
「(あれ?でも待てよ)」
俺はあることに気付いてしまった。
この寮が男女共用だということに、これは大丈夫なのか。一応迎才高校の事だから安全面は良いだろう。
寮の階層を男女で隔てれば女子の安全は保証される。しかしだ、今黒髪の女子が自分の部屋番号を言っていたよな。
798号室って797号室の隣じゃん。
流石に隣は駄目でしょうよ。
チーン
そんな事を考えいたら七階に到着した。
「降りないんですか」
不思議そうにこちらを見ながら茶髪の女子が訊ねてきた。
「え?」
突然の事に俺は呆然としていた。
「いえ停滞する階層のボタンを見た限り七階だけだったので、貴女の部屋もこの階にあるものだと思ったのですが...違いましたか?」
「いや、あってますよ。少し考え事をしていただけです」
エレベーターから降りて取り敢えず自室へ向かうことにして茶髪の女子を素通りした。
すると俺の隣に茶髪の子が寄って来て歩き出した。
「そうですか...もしかして悩み事ですか。私で良かったら相談にのりますよ」
「(悩みか...)」
無いわけではない。というか嫌と言うほどある方だ。
でもこれは俺が解決しなければいけない事だからな。
「(登の恋愛相談なら大丈夫かな)」
相談するかどうかを考えていると茶髪の女子が俺の前に立ちはだかり、そういえばと続けた。
「自己紹介していませんでしたね。私は、実恋 結中学時代は恋愛相談を多く受けていました。周りからはよく<恋愛奉仕活動人>と呼ばれていました。」
「(胡散臭い)」
高校デビューをした電波の子かな?
痛々しいし、友達作るの大変そうだなぁ。
「よ、よろしく。それじゃあ」
俺は直ぐ近くに797号室の存在を確認して、軽く挨拶してから自分の部屋ヘと逃げた。
彼女に関わっても良いことはなさそうだ。