プラケーターとロストワン
午後の教室の窓を爽やかな風が吹き抜ける。優梨は問題を解く手を止め、隣の友人、可奈の様子を横目でうかがった。
窓際に座る可奈の長髪は太陽の光で栗色に輝き、風の動きを表現するように柔らかくなびいている。可奈は順調に問題を解き進めており、桜色の唇は綺麗な弧を描いていた。そんな友人の何気ないワンシーンはハッとする程に美しく、優梨はしばらく見とれていた。そんな優梨の様子に気付きこちらを見て不思議そうに微笑む可奈と目があった優梨は、慌てて目の前のテキストに視線を戻した。
中学からの友人である可奈に、優梨は自分の悩みなど色々な事を話していた。度々理由も分からぬまま自己嫌悪に陥り涙を流してしまう。そんな時でも可奈は側にいて大丈夫だと言ってくれた。そんな可奈は自分の気持ちや悩みをなかなか優梨に言うことはなく、優梨は一方的に頼りきってしまっている気がして罪悪感にかられる時があった。可奈はいつでも笑顔で、何かあったら頼っていいと言ってくれる。
時々不思議に思うと同時に心配になるのだ。人当たりの良い可奈は、女子高生にありがちの仲の良い子達で集いグループを形成しているわけでもなく自由に行動しているようにも見える。だけれども可奈の事を悪く言う人に出会ったことがない。“学校”という狭く常に自分の立ち位置を意識していないと排除されてしまう息苦しい世界で、何故そんなに敵を作らず上手く生活していけるのか。人間関係を築くのが下手な優梨にとってはとても羨ましい立場に可奈はいる。しかし何故か時々苦しそうに見えるのだ。それなのに優梨の相談まで笑って聞いてくれる。自分の思い込みだろうと思いつつもやはり自分の気持ちをなかなか外に出さない可奈がいつか破裂してしまいそうな気がして優梨は心の中で可奈に感謝しながらも心配していた。
ある雨の日のこと。優梨達は肌寒い体育館の中バドミントンの羽根を追いかけていた。ペアを組んでいる可奈が空振りをして優梨に謝る。優梨は朝から可奈の具合が悪そうな事に気が付いていた。具合が悪いのかと尋ねた所、可奈はいつものように笑って“大丈夫だよ”と返すのだ。優梨は何も出来ない自分をもどかしく感じた。
可奈が倒れたのは体育が終わる直前の事だった。片付けの途中で倒れ保健室に運ばれた可奈に付き添い、側にいた優梨は眠っている友人の横顔を見つめた。整った顔が今は熱で歪んでいる。いつも余裕そうな顔をしている可奈の辛そうな顔を、優梨は初めて見た。今までどれ程負の気持ちを隠して笑顔を作ってきたのだろう?優梨には想像しただけで苦しくなった。
放課後になって目を覚ました可奈は、泣きそうな優梨の顔を見て可笑しそうに笑った。
「どうして優梨が泣きそうなの?全然大したことないのに。」
しかし優梨は首を振って静かに言った。
「どうして辛いのにそうやっていつも無理して笑うの?」
「辛い?私が?」
笑いながら言う可奈の瞳が揺れるのを、優梨は見逃さなかった。
「いつも私の事を受け止めてくれているけど、本当は可奈が辛いの知ってるよ。無理して笑顔作ってるのもお見通しだよ。私じゃ頼りないかなって思ってたけど、やっぱり心配だよ。見てて苦しくなるよ。」
そう言う優梨を驚いた様に見ていた可奈だったが、こちらを向いて寝ていた体を反対側に向けてポツリポツリと話始めた。
「私さ…妹いるでしょ…?妹は体が弱くて小さい頃から風邪をひいていて…。昔妹が風邪をひいてた時に、私も熱が出てて頭も痛かったんだけど…。それでも妹の看病してたらお母さんが褒めてくれて。それが嬉しくて…。」
話す可奈の声は震えていた。優梨が何も言わずにいると可奈は話を続けた。
「最初はただ、褒めてもらえるのが嬉しかったんだ。でもそのうち絶望されるのが怖くなっていって。頑張らないとって。本当はさ…、私もあの時看病してもらいたかったんだ…。」
「よく言えたね。」
優梨は言い終えて肩を震わせている可奈の頭をさらりと撫でで言った。
「可奈にとって、自分の気持ちを外に出す事が簡単じゃないのは分かるよ。だからこそ、今頑張って外に出してくれたのが凄く嬉しい。ありがとう。 早く元気になって。可奈と一緒に行きたいお店があるんだから。」
頷く可奈は顔を背けたままだったが、優梨には可奈が微笑んでいるのが分かり、優梨の口にも笑みが浮かぶ。
一日中降り続いていた雨はいつの間にか止み、外は夕陽を反射する雫でキラキラと輝いていた。 〈完〉
大分過去に書いた作品を今更ながらに載せました
私の友達に、私の辛い時は話を聞いてくれたり力になろうとしてくれる とても素敵な人がいます
いつも穏やかな顔をしている人ですが、もしかしたら本心では外に出すことが出来ない言葉があるかもしれない そういう私の勝手な憶測から書いた作品でした
仮に私の友達はそんなことを思っていなくても、私たちの知らない場所にいる誰かが可奈のように苦しんでいるかもしれない
少しでもそんな人の癒しになるような、もしくは誰かに気持ちを吐き出してみようかなと思えるような作品になれば良いなと思います
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!