プロローグ 太陽に映える怒髪天の気性
「京太郎……さようなら」
そう言った彼女の目尻には一粒の雫が溢れていた。
見るものを魅了するピンクの長髪も今や爆風と砂埃で汚れ、ボザボサと乱れている。
腹部や頬にはアザができ、力なく膝をつく彼女に、1人の男がゆっくりと近づいて、
「貴様の負けだ。今のが吸血鬼として最後の血液操作だと思え」
冷酷にそう告げる。
「────」
彼女はその言葉を受け入れる。受け入れるしかない。目の前の男の理不尽な要求を受け入れざるを得ない。
納得できない。そんなの認められるかと、この現場を見ていた男が
一歩、
足を動かした瞬間──
ザク、と体を貫く衝撃。肉を穿つ一筋の刃が背中突き刺して……
「がふ……」
自分の腹部に真っ赤で長々とした槍が出現したのを、歪む視界が捉えて実感する。
──背後から槍を貫通させられたのを
「ッッごはっ、」
震える口元から否応なく逆流してくる熱く赤い液体を吐き出す。
「おっと動くなよ朝山京太郎」
そんな酷たらしい姿を見て、男はほくそ笑む。
「もう一歩動こうものなら次は左胸に槍が生えてくる事になるぞ」
槍を中心に、波紋のように服を染め上げる赤。
「ゴホッ、ガハッ……」
肉を抉る衝撃と身を焦がし上げる灼熱の激痛に、朝山京太郎の意思とは関係なく前へたたらを踏む。
「キョータローッ!」
そんな惨劇を見たガーネットは叫び上げる。ガーネットの背後にも槍を持った兵隊が待機しているのだ。動くことは出来ない。叫ぶことしか出来ない。
「邪魔者は消えた。さあ立て恥晒しめ。これで私の煩いも消える訳だ」
男はどこまでも冷たく、血も涙もない中傷を倒れている彼女に浴びせる。
「…………」
彼女は何も言わず軋む体を起こし、その男に付いて行く。
「ダメ、ロエさん行かないでッ!」
必死に叫ぶガーネット。そんな叫びを背中で聞き流す彼女──ローリー=エリントンの表情は儚げだ。
これだけはどうしようもない。抗うことができない。
呪いにも似た概念に縛られながらも、精一杯に、首だけ振り返り、
「ガーネットちゃん……今までありがとう……」
全てを諦めたような表情とセリフに、ガーネットは崩れ落ち、涙をこぼす。
「それと京太郎も……私をここまで連れてきてくれて、……ありがとう」
男の圧力に耐えながらも一言残し、すぐに振り返る。
あと数十歩で終わってしまう。
あっという間のその距離と、どこまでも重い足取りに体が震える。
(嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ)
まだ2人と居たい。ここに残りたい。吸血鬼で居たい……。
一歩、一歩進んで行くうちに涙が零れそうになる。必死に留めてきた雫が落ちてしまいそうになる。
(嫌だ。嫌だ……)
溢れ出す感情に呼応して足が止まる。
「……どうした?」
「私……私は……」
このヒトを見ると身がすくむ。それでも……それでも!
「私……は……」
「──もういい」
男は溜息まじりに全てを見限るような言葉を吐く。
冷酷な瞳と言葉に完全に腰が抜けるロエに、男は右手を尖らせ振りかぶる。
(嫌……)
「──死ね」
(いや……)
振りかぶられた鋭利な右手が完全にロエを捉えて──
(いやぁああああ!)
ロエが目を閉じた時、突然グイッと後ろに引っ張られ──
(────⁉︎)
訳の分からぬまま、思わず尻餅をついてしまう。
ゆっくりと目を開けると、2つのシルエットが視界を覆っていた。夕方の日差しで瞬間的に認識できなかったが……
「おいロエ……泣きそうなくらい嫌なら嫌だって言えや」
それは朝山京太郎の声──
ロエに向けられた右腕をがっちりと掴んで静止させた朝山京太郎が、呆れた顔でロエを覗く。
「きょう……た、ろう……?」
ようやく映るその姿──。
「何が『ここまで連れてきてくれてありがとう』だ? こんな所がお前の終着点なのか? そもそも何勝手に降りようとしてやがる……」
血をボタボタと垂らしながら朝山京太郎は言葉を紡いでいく。
「誰のハネウマライダーに乗ってると思ってんだ……途中で降ろす訳ゃねえだろうが」
パッとしなくて、大して強くない筈なのに……
「お前が嫌って言えないなら俺が言ってやる」
私に深く絡まった鎖を必死に砕こうとする。血だらけになりながらも必死に……
「どうして……」
不意に、言葉に出すつもりも無かった言葉が……
「どうしてって、理屈じゃねえんだよ」
「──────ッ!」
朝山京太郎はそれだけ言って男を睨みつけ、
「という訳だ。こんなに嫌がってる奴を放っておけんのんだわ」
掴んだ右腕を強く握りしめる。
「下等生物如きが私に楯突くというのか?」
「吸血鬼の大将風情が何言ってやがる」
「分かった。貴様は殺す。ぐちゃぐちゃの粉々だ。一片の肉片も残さず殺してやる」
「上等だよ。悪いが今回は俺もガチギレしてんだよ」
いつもの虚勢とは違う朝山京太郎。こいつには絶対負けられないと、そんな意志が込められた台詞に、空気をピリつかせる。
「掛かって来いや。死ぬほど魔法をかけてボコボコにしてやらぁッ!」
その瞬間、
レイコンマ半メートル間の距離で、2人の男が開幕の狼煙を上げる一手を同時に繰り広げた──。
第三章です。
次回の話から前回の続きです




