42 魔術師《クラウン》の最期
「あんたの負けだよ──《魔術師》」
「──────」
おっさんは目を見開き凍りつく。
何故とか、いつからとか、そんな気持ちよりも只々放心している。
「その沈黙は肯定と捉えて良いんだな?」
「──……やれやれ」
おっさんは観念したかのようにため息を吐く。
「どうして気付いたのか、お聞かせ願いたいものだがね」
「あんた……強過ぎるんだよ」
「…………」
おっさんは呆然とする。それは核心を突かれたとかそうゆうのではなく、むしろ逆で。
「そんな事……で、かね?」
たったそれだけで。たったそれだけの心許ない条件で……それは余りにも欠落したプルーフ。
それ故に返報性を疑うまでもある。
「ペトラ……それは遠回しに自分が強いと褒めて欲しいのかね?」
「ちッッげーよ! 俺があんたに勝てたのは完全にタイミングが良かっただけだよ。この戦い云々じゃなくてだな……」
俺は1つ咳払いをして仕切り直す。
「《太陽の騎士》・ロイ=アストロフラムに勝利──それだけで充分過ぎる強さの証明だよ。それはこの町に来て間もない俺でも分かる程にな」
「あれは相性と運の問題だがね」
「相性や運で差が埋められるのは実力が拮抗している相手じゃないと無理なんだよ」
俺はおっさんを強く見据えて続ける。
「……あんたの言ってた『ほっとけないガキ』の髪の色って白だろ?」
「やれやれ、ここまで来るとストーカーでないかと疑ってしまうよ」
「違ぇよ。まあ、どこの国にも張り紙があるんだから嫌でも分かるわな」
遠回しの問答におっさんはなるほど、と肩を落としてため息を吐く。
呼び名を《魔王》。全てを焼き尽くす程の真紅の瞳をギラつかせた白髪の子供。
しかしその正体は7億トルカの懸賞金がかけられたS級クラスの大罪人。
《魔術師》を含め、A級戦犯者達を従える総大将。
「そもそも、あんたあんなに手品披露して隠すつもり無かっただろ?」
「────ッ!」
このセリフにおっさんは眉毛を吊り上げて驚愕する。
「──《魔術師》。この名前を聞く者は、魔法を極めし者、頂点に立つ者だと勘違いをするのが大抵だったのだがね」
「はい? だってクラウンって……そうか、crownの方か」
意味は王冠、もしくは冠詞をつけてthe crown ──国王。つまり国王クラスの大魔術師だと認識していたのか。
だがまあ、だとしても……
「《魔術師》を見つけるのは最も困難だとも言われてたのだがね」
そうだろうな。他の大罪人に比べて明らかに情報が少な過ぎる。いくらクラウンという大層な名前だとしても魔術師自体腐る程存在するのだから。
しかしそれがどうだ。
crownでは無くclownと来たものだ。
「文字通り踊らされてた訳か」
俺の場合はclownと認識していたから、この町の王様諸共々を「クソ馬鹿何の役にも立たない脳無し野郎」と思っていたが……確かに国王もクラウンだわな。
「そのクラウンと言う二つ名、その者の固有魔法からくるんじゃないのか?」
「それも正解だよペトラ」
つまりワールドクエストに載るA級戦犯者全てが何かしらの固有魔法を持っていると言う事。
《魔術師》で言う【攻性曲芸技】みたいな魔法をそれぞれが持っていると言う事……。
「全く、恐ろしい連中だな……」
「まあ私の場合そうでもないがね。この町では私は只のピエロ──」
「違うな。あんたはピエロなんかじゃないよ」
俺はおっさんの言葉を遮る。
「あんたのjoker……泣いてなかったからな。」
LとRの違いだけで世界中を騙していたんだ。そんな奴が馬鹿にされるだけのピエロな訳がない。
「まあ答え合わせはこんな所だよ」
「おめでとうペトラ。満点をあげよう」
満点……。つまりこの男はワールドクエストに認定されるA級戦犯者の《魔術師》なのだ。
「知ってるかおっさん? A級戦犯者ってDead or Alive──つまり生死は問わないらしいぜ」
「なるほど、つまり私の命もここまでと言う訳かね」
「ああ、《魔術師》は俺に殺される」
「そうかね」
「……命乞いとかしないのか?」
「しないさ。この老いぼれ、ここいらが潮時なのだろう」
「そうかよ……」
おっさんは死ぬ事を恐れていない。それどころか開き直り悟っている。
おっさんが何をしでかしてA級戦犯者になったかは知らないが、全ての国から指名手配を受けているのだ。
こうなった時の覚悟はとっくに出来ているのだろう。
だが……
「だが潮時はもう少し先だよ」
「……ッ!」
「あんたはまだ死なせない。死ぬくらいならその命、俺によこせ」
「全く、この老いぼれに何をさせるつもりだと言うのだね?」
「そんなの前から言ってただろ」
俺がおっさんに頼む事なんて一つしかない。そもそもこの為に俺はこんなになっているんだから。
「なるほどね……」
俺を目を見て察したらしい。
「しかしペトラ、前にも言ったが君に5000万と同等の何かを──」
「出せるよ」
出せるさ。前みたいに甘っちょろい事など考えてない。
「《魔術師》──その名前、頂くぜ」
「────ッ!」
「拒否権は無いぜ。《魔術師》の命は俺の物だ。その1億の名が対価だ」
「…………」
「今日を以て《魔術師》は俺に殺される」
今日限りで世界を騒がした《魔術師》は消滅する。
そこに残るのは歳をとった魔術師だけ──
クラウンなどではない、奇術を行うただの魔術師が1人──。
「正直……、壺を対価にして交渉すると踏んでいたがね……その答えは予想外だったよ」
「俺は強欲なんだよ」
「そうかね」
「それで、どうなんだよ」
俺はおっさんを見据える。
そしておっさんはせせら笑った。
「分かった。確かに対価を頂いたよ」
その笑みで全てが終わったのだと悟った。
「しかし良いのかね? そうすると私はただの一般人だ。君は《魔王》や他のA級の情報を知りたくないのかね?」
「いるかよそんな情報。俺は使命を課せられてこの町に来た訳じゃないんだよ」
本当に突然。あなたには魔法使い(マジ)になって貰いますと言われただけ。
だから世界だとか国がとか、そんな事知ったこっちゃ無いのだ。
「なら君はこれからどうするんだね?」
「そうだな。とりあえずは元の場所に帰る事かな」
何はともあれ日本に帰る事が先決だろう。
考えてみてくれ。ある日起きたら突然パプアニューギニアに飛ばされていました。さてどうする? 当然帰るだろ? もしくは帰ろうとするだろう?
それか少し観光して、それでもやっぱり帰るだろう? 永住しますとはならない。
そして自分の器を取り返す。この体が馴染んできている事に少しばかり不安を抱いてしまう。
とは言え、今の器の状態は最悪。そろそろ集中力が切れそうだ。アドレナリンも分泌しなくなりそうだ。
「そうかね。まあ君の状態も鑑みてそろそろギルドの方を治そうと思うのだがね」
「助かるぜおっさん。そろそろ倒れそうなんだ」
もう視界が暗くなってきている。
「一億トルカ分のギルドにするんだぞ……」
「ふっ、君は本当に強欲なんだね」
おっさんは笑いながら呪文を唱える。最早呪文も聞き取る事が出来なかった。
溢れ返す激痛と瞼の重さに逆らえなくなりぶっ倒れてしまいそうだ。
だが大丈夫だ……。
元より凄いギルドも皆が目を覚ませば出来上がっている。
壺も手に入った。あとはレイネスさんルート一直線だ。
そして壺を持ち去った《魔術師》も倒した。ロイの約束も果たした。
全てが成就した。これで俺が今日死ぬ事もない。俺の予言通りだった、とユスタに自慢してやらねばならない。
「ふっ……」
ハッピーエンドの未来に1つ笑う。身体中が脱力して浮遊感に包まれる。
この先の展開はお見通しだ。俺はぶっ倒れる。そしてベリルに怒られる。
だが──
目を覚ませば全てが上手くいっているだろう──。
そろそろ体も限界だ……。
だから俺は全てに身を任せ、ゆっくりと目を閉じた──。




