35 スペードのキング
──山奥
「──なあペトラ」
一斉に点灯された明かりが、鮮明におっさんの姿を映しだす。
くそったれが……
「俺は、……あんたじゃ無ければいいと思ってたよ」
「ほう、いつからだね?」
「数十時間前だよ。確信に変わったのはさっきだけどな……」
後ろの床に刺さっている──俺の頬を切り裂いたスペードの1のトランプカード。
「──【攻性曲芸技】。そんな技を使う奴なんて1人しか知らないからな」
おっさんはすでに【攻性曲芸技】を発動しており、上空をトランプが舞っている。
「しかしまあ……」
俺は上空を見渡し、その異変に気付く。
「随分チンケなサーカスになったじゃねえか、おっさん?」
俺が初めて見たときは52枚が空を覆い圧巻だったが、今は10数枚くらいしかカードがないのだ。
痛いところを突かれたのか、おっさんはやれやれとため息をつく。
「火の輪をくぐったライオンが焔を纏って暴れだしてしまってね」
ロイ……
ギリ、と無意識のうちに歯ぎしりをする。
「よく勝てたな」
「なに、相手が最初から本気なら負けていたさ。他のメンバーが必死に制止させていてね。なんでも『短期間で二回もしたら』とか言ってね」
「…………ッ」
あの野郎……全然大丈夫なんかじゃねえじゃねえか。
力強く握る拳の内側から血が溢れる。
俺のせいでロイが……そう思うと握る力も上がり、爪が手のひらの肉を抉っていく。
「おっさん。やっぱ俺は負けられねえわ」
「どうしてそうなるのかね?」
「幾ばくばかりの友情と数多を占める罪悪感からだよ」
「大丈夫かね? それは自己満足ではないのかね?」
「…………」
全く以っておっさんの言う通りだろうな。これは俺の自己満足でしかない。『太陽の騎士団』は許してくれないだろうな……。
「かもな。完全なる自己満足だわ……」
それでも──
「だったら貫くしかないよなぁ。それこそ俺が満足するまで」
俺は開き直っておっさんを見据える。
「……厄介だな」
するとおっさんの周りを舞うカードがヒラヒラと地に落ちる。
【攻性曲芸技】が解除されたのだ。
「……どうゆうつもりだ?」
「先の戦いで実感した。量では厄介な相手は抑えれないとね」
「それを俺に適用するんだ? 買い被りだな。俺はそんなに強く──」
「ここに──、足を運んだ時点で強い相手と認識している。それが揺らぐ事はないのだよ」
おっさんはいつになく真剣な表情で俺を見据える。
「それに厄介なのはその眼だ。彼もそれに擬似めいた眼をしていたよ。いや、君の方がオリジナルに近い……か」
「何のオリジナルだよ」
「さあね」
「……あっそ。それでも買い被りだよ」
俺がどんな目をしているかは分からない。分からないがそれでも過大評価な気がしてならない。
「全く、ロイといいあんたといい、その眼に俺がどう映ってんだよ。俺はただの魔法使いだぞ?」
「ただの魔法使いには見えないがね」
「節穴だな」
「果たしてどっちがだろうね?」
何故か妙に張り合ってくるおっさん。
このやり取りのうちにカードがひらひらと力を無くして地に落ちていく。
──6枚を残して。
スペード、クラブ、ダイヤ、ハートの4種類の11。
スペードの13、ハートの12の6枚だけが未だに空を舞い続けてる。
「今落ちたカードは解呪した」
「どうゆうつもりだ? 強い相手に手加減か?」
俺は皮肉を垂れながらおっさんに問いただす。
「ここまで来た君に敬意を評して教えてあげよう。さっきより強くなったから油断はしない方がいい」
「──ッ!」
おっさんの鋭い眼差しに一瞬怯んでしまった。その眼を見れば今のセリフが嘘ではないと確立させる。
「特にスペードの13とハートの12には気をつけた方がいい」
おっさんの周りを自由に動く二枚のカード。
「忠告とは随分──」
「警告だよ。この二枚だけはフルオートで私を護る様にシフトした。私のさじ加減ではないから殺してしまうかもしれない」
殺す──。
その言葉は冗談なんかでは無いだろう。13と12の異様な雰囲気に寒気がする。
「はっ、だったら全部フルオートにすりゃいいだろ?」
「痛いところをついてくる。実を言うとオートモードの方が魔力消費が激しくてね。こんな死にかけの老体にはこの枚数が限界なのだよ」
「そうかよ……」
ダラリ、と冷や汗がこめかみに滴る。
キングとクィーンの二枚盾。
4枚の矛をジャックが担う。
実に単純だが非常に厄介な組み合わせ。シンプルイズベストとはよく言ったものだ。
杖を取り出し重心を下ろし戦闘モードに入るが、一歩も動けないでいる。切り崩す手立てが思いつかない。
「杖……。君の魔法を見るのは初めてだな」
おっさんは血が垂れる俺の左手に握る杖を見て笑う。どんな面白いものを見せてくれるのかと期待しているように。
「レアだぜおっさん。俺は滅多に魔法を使わないからな」
「なるほど。だが窮地に立てば使うのではないかい?」
今のセリフを合図に、4枚の11が俺に狙いを定める。
いつ牙を剥いてもおかしくない状況に緊迫しながらもカードの動きを見続ける。
「おいおいペトラ。そんな怖い顔して見つめてくれるなよ」
おっさんは右手を高々と上げて、
「──反射的に殺してしまうではないか」
おっさんが右手を振り下ろしたのを合図に4枚の11が弾丸のごとく射出される。
そしてその合図と同時に、俺はおっさんの元へ全速で駆け出す。
(きたきたきたきたキタキタ「キタキタ来た来タァアアアア──ッ!」
一直線に発射された11ギリギリまで引き寄せて、最小限の動きだけで回避し──
「うぉおおおおおおおおおおおッ!」
そのまま大階段を駆け登り、距離を詰める。
(──勝負は一瞬で決める)
躱した4枚の11は土の床に突き刺さり一帯を破壊する。
11はおっさんの操作だ。だからめちゃめちゃ怖かったが、ギリギリまで引き寄せたらそのまま突っ切ると思っていた。
背後から聞こえる派手な破壊音と盛大に上がる土煙りを見るとビンゴだろう。
「甘いぞペトラッ!」
突如階段にヒビが入り、一枚の11が真下から俺の喉を搔っ食らいにかかる。
「──なッ⁉︎」
俺は体を捻り思いっきり真横に飛んで回避するが、回避先の階段からも11が矢継ぎ早に貫きにかかる。
あの野郎、一瞬で土の中を移動してやがったのか……ッ!
「ぐぅうッ!」
当たれば重傷は避けられないこの攻撃を何とか躱すも、階段を踏み外し真下に落下する。
しかしそれよりも、
(2、3……あと一枚はどこにいやがる)
たった今、真下から襲いかかって来た11は3枚。あと一枚はどこに……──ッ⁉︎
(まさか……)
その刹那、ニヤリと嗤うおっさんの姿が視界の端で捉えた。
俺はすぐさま背後を振り向く。
まるで体勢を崩し階段から落ちるのを計算したかのように、そしてそのおっさんの思考とリンクした残りの11が土煙の上がる背後から俺を目掛けて射出する。
「クソがァ!」
さらに3枚の11は天井付近でUターンして真上から襲い掛かる。
「チェックメイトだよペトラ」
「舐めンなぁあああああああ──ッ!」
俺は階段の蹴上げ面を蹴りつけ、背後から迫る11に向かって飛びつき、真上からの攻撃を回避する。
そしてはち切れそうな心臓を無視して眼光見開き集中し、高速で迫る11をある方向に軌道を逸らす様に杖で弾く。
「ぐはっぅ」
俺はそのまま地面に叩きつけられ嗚咽する。
(どうだ……?)
ゆっくりと立ち上がり11を弾いた方向に目線を向ける。
「チッ……やっぱりダメか」
「いいやペトラ。その攻撃は全く予想できなかったよ」
「ぬかせよ、いとも容易く対処してんじゃねえか」
──スペードの13
「このカードは私の意思で動いてないからね」
俺がおっさんの方向に弾いた11はフルオートのスペードの13によって刺し貫かれている。
残酷な程の斬れ味で貫かれた11は力を失くしひらひらとその場に落ちる。
「ペトラ。私の【攻性曲芸技】で強化されたトランプはヒトなんかより全然強靭なのだよ」
おっさんはひらひらと落ちた11を眺めてゆっくりと話す。
「君が向かってくると言うのなら、こんなものでは済まないのだがね」
これは単なる脅しという訳では無いのだろう。
「君と私の仲だ。今引き返すなら──」
「おい待てやおっさん」
俺はおっさんの救済のセリフを強引に遮る。
「ボス面まで行って引き返すなんてあり得ないんだよ」
弱いくせにやたらプライドの高いところは自分のダメなところだと自覚している。
「そもそも先に切り札を出すのは負けフラグだぜ?」
訳の分からない事を言うのも自分のダメなところだと自覚している。
「ほう、今のを見ても挑むと言うのかね?」
「当然だ。俺は負けると思って戦った事なんか無いんだよ」
極め付けはこれ。スキあらば虚勢をはるクセはどうにかしないといけない。
しかしまあ──
「13が強いなら革命するまでだよ」
こんな自分は嫌いじゃない
「だから──」
だから……
「──かかって来いやァ!」
俺は挑発する様に左手で手招きをして虚勢を貫き通した──。




