31 乱入者
カランカラン!
申し訳ない程度に付けられたドアベルが素っ頓狂な音を立て、とある男を招き入れる。
「いらっしゃいませ! お待ちしておりました」
「やあ、待たせたね」
「とんでもないです。わざわざ来て頂きありがとうございます!」
男を招いたその女は低姿勢で振る舞う。
「それでライシエ──……京太郎の件について早速聞きたいんだけど」
「その事なのですが、朝山さん帰られてしまいまして……」
「帰った?」
女は申し訳なさそうに言葉を紡いでいく。
「それが『夜に用事が出来た』と言い残し、ワールドクエストを破棄して帰って行きまして……」
「用事……?」
「はい。私もイマイチ状況を掴めてなくて、朝ごろに重傷の『太陽の騎士団』を突然医務室に連れて来たと思ったら、険しい顔をして帰ってしまいまして……」
「ロイ=アストロフラムが……重傷?」
男は女のセリフに驚愕する。
『太陽の騎士団』──この町随一のパーティーと称されているが、全国のパーティーと比べても圧倒的な実力を誇っている。
『太陽の騎士』であるロイ=アストロフラム。
『一番槍』のランス=グリムフォード。
世界的に名が轟いているの2人に、バランスの良いメンバー構成に『不敗神話』と比喩されている。
ただ『太陽の騎士団』は活動範囲が狭く、あまり町を離れない為、町随一として収まっている。
しかしこの男は『太陽の騎士団』の実力を知っている。
「誰にやられたとか聞いてますか?」
「それが記憶を弄られたらしく何も分からないと……」
「そうですか……」
男は顎に手を当てて考える。この町に『太陽の騎士』と『一番槍』を倒せる者が本当に居るのかを。
(『殺し屋』────)
真っ先に思いついたのは、最近何故かこの町に現れるようになった凶悪な、魔導士殺し集団。
(どうなっているんだ? この町に何が起こっているんだ……?)
何故急にこの町に『殺し屋』が出現したのか?
(京太郎は何かを知っている……?)
「すみません、京太郎は他に何か言ってませんでしたか?」
「朝山さんですか? そうですね……」
女は目を瞑り記憶を逆再生する。
「あっ」
そして目を開け、
「──飲みに行くと」
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──深夜12時
今宵の月は満月。嘲笑うかの様に夜を照らす月に向かって、俺は息を吐く。
「グレイト君か……」
ロイを医務室に運んだ後家に帰り、『キテレツ無双グレイト君』の1話だけを視聴した。
内容はこうだ。大量の魔力を持ちながら魔法が使えない主人公──グレイト君がモンスターや悪の組織に立ち向かうお話。
バカみたいにタフで体力の多い設定で、刀を振り回してモンスターを倒した所で一話が終わった。
正直クソつまらなかったから一話で切ってしまった。残り1213話も見る元気は無い。だが強かった。確かにグレイト感は強かった。
やはり俺とグレイト君は似てない。俺は強くない。だから夜襲を仕掛けた。ロイが勝てなかった相手に正攻法で勝てる訳がない。
「後は……逃げてないといいけどな」
今朝の爆音はロイの【超攻撃特化】だろう。そして『居場所を突き止めた』と言っていた。
だからそこを辿れば『太陽の騎士団』を倒した──猩々を殺して壺を持ち去った男に逢えるだろう。
スタスタ、と俺は夜の山へと登って行く。
「……今日が満月で助かった」
威圧する月明かりが夜道を照らしだす。思っていたよりは明るい気がする。黒のシルエットの木々の隙間から夜をかき消す命の光が俺を誘う。
つられる様に上へ、奥へと歩いて行く。
正直ガーネットとロエを呼ぼうとも思った。俺一人で勝てるかなんて分からないから。
「まあ、これで良かったのかな……」
ぐっすり寝ている顔を見たら起こす気が失せた……という建前で自分を精一杯誤魔化す。
そして竿殺し戦から何も変わってない自分に舌打ちがでる。
「相変わらず臆病だな……俺は」
スタスタ、と誘われるがまま……。
落ち葉を踏みながら闇の中をひたすらに歩いて行く。
───
───
───
「そろそろだと思うんだが……」
大まかな位置は分かるが、いかんせん目印などが無いため正確な位置は把握できない。
そんな事を思いながら歩いていると、ふと炭のような臭いが漂う。
「何だ?」
先ほどまで踏んでいた落ち葉の感覚がまるでない。踏み込んだ足が少し埋まる程土が柔らかい。
更に奥へ進むと焼け焦げた臭いが強くなり、辺りの木々が炭と化している。
「こ、これは……」
俺はこの現場を見たことがある。
「ロイの【超攻撃特化】を見た時と全く同じ光景──……」
大地を、木々を、全てを燃やし、嵐が起きた後の様な悲惨な現場。
「と言う事────ッ⁉︎」
突如、胸を貫かれた様な感覚に陥る。
「──なっ⁉︎」
悪い予感からすぐさま後退して戦闘体勢をとる。
「何だ……全身が震え上がる気色悪い感じは」
「へー。今ので退がるんだ」
「──ッ⁉︎」
常闇に紛れて声が聞こえてきた。足音は全く聞こえないが、近付いてきているのは確実に分かる。
「な、何でお前がここにいるんだよ……」
満月に照らされてその姿が露わになる。それは黒装束に包まれた姿で……。
「あれー? この姿の俺を2度見た奴なんて居ない筈なんだけどなー?」
「ちっ……」
俺は更に一歩後退る。
「何で逃げるのー? どうせ殺すのにー」
「お前の実力を知っているからだよ」
「へぇー。尚更殺しとかないとなぁ」
黒装束の男はニヤリと嗤う。
「でも可笑しいなー。俺はお前なんか見た事ないし、あった奴は片っ端から殺してるのになぁ」
ああ、なるほどなぁ。
「お前らの所の1番下の奴にお世話になってな。全く、揃いも揃って同じ様な格好しやがってよ。あいつが化けて出てきたかと思ったじゃねえかよ」
「かはっ! あいつ帰って来ねえと思ったら死んだのかよ。それで、お前が殺したの?」
「違うな。あいつが勝手に死んだんだよ」
「へぇ……」
まるで蛇に睨まれてるようだ。こいつ顔は隠れてるくせに……。
「分かった。とりあえずお前は殺すよ」
「ふざけんな! 俺はあいつを殺してねえよ!」
「勝ったんだろー? あいつに。だったら殺したのと同じだよ」
「だからふざけんなっての! 勝手に人を犯罪者にすんじゃねえ! そもそもあいつから仕掛けてきたんだぞ」
俺は叫び散らすが、目の前の男には響いてないらしい。問答無用で俺を殺す気でいる。
「──ちっ」
どうする……? 一人だけなら……いや、前回と同じように勝てるか?
「とりあえず──」
幸いな事にこいつと会うのは初めてだ。前回みたいに油断してくれたら俺にも勝機が──ッ⁉︎
「サヨナラ」
「待てッ!」
どこからか聞こえてきたその一言で、いつの間にか目の前で短刀を突き付ける男の手が止まる。
「……ブハァ!」
俺は後ろに飛び下がり、止まっていた呼吸を再開させる。
相変わらず全く見えなかった。覚悟していても心臓が止まりそうになる。
「ねー。タイミング悪くない? あと少し遅かったら殺せてたのにー」
黒装束の男は闇に向かって話しかける。
「殺さないタイミングで声をかけたんだよ」
声の方から──
「お前は殺すのが早いんだよ」
気配が……
「そうそう。だからいつまで経っても弱いんだよ」
複数の気配が……ッ!
「あー? お前から殺すよ?」
「喧嘩はやめろ。今日は総大将も来てるんだぞ!」
ダラダラ、と額から脂汗が噴き出る。
「お……おいおい…………」
体が自然に後ろへ慄く。3、4、5人……。
『殺し屋』のメンバーは5人。しかもさっき「総大将が来てる」と……
『こいつがペーペーを殺した奴か』
一人だけ顔を晒した男が近付いてくる。
「そうなんですよー大将」
「こ、こいつが……」
闇に包まれていると言うのに顔がしっかり見える。凶悪な、魔導士殺し集団の『殺し屋』の総大将である男の顔が──。
『どんな奴かと思えば、雑魚みたいな野郎じゃねえかよ』
総大将はため息をつき、踵を返す。
「ですよねー」
黒装束の男は嗤いながら俺を見据え──
「だからー、死ねッ!」
男は一瞬で消えて、
「──させないよ」
俺を貫くはずだった男の短剣が、透明な柱によって阻まれる。
「何だぁ?」
黒装束の男は距離を取り体勢を立て直す。
「これは……氷?」
「その通りだよ京太郎」
上空から、誰かが降りてくる。
高度から落ちて来たのにも関わらずゆったりと着地し、見惚れるほど高貴なローブを靡かせる。
「誰だーお前は?」
「僕かい?」
「そうだなー。どうせ殺すけど俺の攻撃を防いだんだ。一応名前を聞いといてやるよ」
何故……
「そうだね。だったら自己紹介をしようかな」
こいつがここに……ッ!
「僕の名前はユスタリエ=アンノリー」
ユスタは優雅に佇まい、
「──君たちが狙っている大魔導士だよ」
にっこりと、挑発する様に笑った──。




