22 無知の罪
「……誰?」
俺はおっさんと顔を見合すが、同じく眉を寄せて顰めていた。
「貴様! ジャンクリフ=ハグレコフコフ様と知っての狼藉か!」
「ハグレこふこふ……?」
従者らしき者の1人が、一歩前に出て一喝する。従者をつけるあたり、誰かは知らんが大層な人なんだろうとは伺える。
「なあおっさん、この人誰?」
「さあ?」
「そうか」
おっさんの反応を見る限り、因縁の相手とか、そういった類の人物では無さそうだ。どうやら本当に知らないらしい。
「き、貴様らァア……」
俺とおっさんの会話を聞いて青筋を立てるハグレコフコフ氏と2人の従者。
「貴様ら! ハグレコフコフ家の当主に向かってその態度はなんだ!」
「いや、ハグレコフコフ家って言われても……ねぇ?」
おっさんと顔を見合わせるが、相変わらず小首を傾げている。お茶目かよ。
それより俺はおっさんに話があるからさっさと帰って欲しいんだけどな。せっかく手品が成功して距離を詰めたのに。
「図が高いぞ!」
「図が高いぞってあんたさぁ……」
察するにどこかの貴族様なのだろう。俺はともかく、おっさんも知らないあたり大した知名度も名声もない貴族なのだろう。
俺はやれやれ、と手を広げてため息を吐く。
「なんだその無性に腹が立つ仕草は!」
「はあ……」
「はあって貴様ァア……!」
チラリとジャンクリフ氏を覗くと体はプルプルと震え、顔を真っ赤にしている。
あぁ……これはメンドくさいパターンだ。
なんか今後の展開が読めた気がする。お貴族様はネチネチと根に持つタイプが多そうだからなぁ……。
「ああ、あっ! 誰かと思えばハグレコフコフ家の当主のジャンクリフ=ハグレコフコフ様では御座いませんか!」
「はっ⁉︎」
突如の手の平返しに面食らう従者。
「はあ、いや、その、余りにも高貴なお姿に同じ男として嫉妬してしまったと申しますか、私の中のジェラシーが溢れ出たと申しますか……これまでの無礼をお許し下さい」
俺は片膝を地面につけこうべを垂らして謝罪をする。
こういった時は褒めて褒めて褒めちぎる。穏便に済ませる為に精一杯褒めちぎる。お貴族様とか褒めたら何とかなりそうなイメージだし。
「いやもぅ、そのローブと言ったら……高貴すぎて逆にヤバイと言いますか、間をとって美味と言いますか、もう……食べちゃいたい!」
「貴様それは褒めてるのか?」
「当然でございまし。溢れるオーラにひれ伏してしまいそうです」
自分でも何を言ってるか分からないが褒めるしかない。
ゆっくりとジャンクリフ氏を見ると、満足げに髭をいじっている。
「ふん、まあ民の信じられぬ暴挙を許してやるくらい寛容な……ワシ!」
うぜぇ。しかも民って……王様気取りかよ。まあいいか。
俺はスッと立ち上がり砂を払う。
「ありがたき幸せであります。ジャンクリフ=ハグレコフコフ様」
これで一件落着だな。さっさとおっさんに猩々の話を聞こうか。
「ジャンクリフ……知ってるのかね?」
「しらね」
「貴様ァアアアアアッ!!!」
おっさんの投げかけについ本音で答えてしまった。いや、ね。ジャンクリフ=ハグレコフコフって誰だよ。ふざけてるんですか?
当のハグレコフコフ氏は先程よりも真っ赤になり怒り心頭のようだ。
「控えろ貴様ら! この方をどなたと──」
「あーだから知らないって言ってんじゃん」
俺は従者の言葉をぶった切る。どう考えても怒りが溜まってるのはこちらの方なのだ。
「そもそもさぁ、俺はおっさんと大事な話があるんだよ。それをいきなり割って入ってきて図が高いとかハグレコフコフとか……そっちこそ控えろって話なんですよね」
「き、貴様ァ! 民草の分際で!」
ワナワナと怒りに震え、こちらに近寄るジャンクリフ氏。
「それとな、民とか民草とかその言い方はやめた方が良いと思うよ。一端の貴族が王様気取りかよ(笑)ってなるから」
「──王様だ!」
「「はっ⁉︎」」
従者の一言に俺とおっさんは絶句する。
「えっ、王様?」
「そうだ」
「こいっ──この方が?」
「そうだ!」
「ジャンクリフ=ハグレコフコフが?」
「ハグレコフコフ“様”だ!!」
「ジャンクリフ=ハグレコフコフ様が?」
「そうだ!!!」
「「…………」」
俺は無言のままおっさんと顔を見合わせ、
「……ぶっ!」
思わず噴き出してしまった。
「貴様! 何がおかしい!」
「ああ、いや、すみません。別にあなた方がおかしいんじゃなくて……ぶふっ」
激昂する従者を横目に、おっさんを見て爆笑する。
「ブハッ、お、おま、おっさん。何でこの町の王様のこと知らないんだよ!」
「君も知らなかったじゃあないかね」
「俺はここに来てまだ数日なんだな」
「奇遇だな。私もここにきてまだ2週間くらいなんだよ」
「そうなんだ。それなら仕方ないね……と、言うことなんですよハグレコフコフ様。これまでの無礼をお許しください」
「処刑」
無理だった。この町は新参者にも手厳しいらしい。全く、世知辛い。
「君とは短い間だったが……なに、こんな老いぼれすぐに来世で逢えるだろう」
「いやいやいや! おっさんも同罪だから。何一人で処刑回避してんの?」
「私は何も無礼な事はしてないと思うがね」
「いや……そうだけどさぁ」
正論をかざすおっさんの眼に2、3歩後ずさる。
「ぐっ……」
まさかの急展開にたじろぎながら辺りを見渡す。
自信に満ちたおっさん。怒り狂った王様とその従者2人……。完全に手詰まりだ。
「貴様、名を名乗れ!」
従者の威圧にまた一歩、後ろに退がる。
「え、と、名乗る程の者ではなくてですね」
「名乗る程の者だ、貴様は! この町の王に対して数々の無礼を働いてるんだからな!」
「あの、名乗らなかったどうなりますか?」
「処刑」
これにはハグレコフコフ氏が声を荒げて即答する。
「……名乗ったら?」
「墓石に名を刻むくらいしてやる」
「結局処刑なのね」
あれ、どうしよう? なんか死にそうになってるんですが……。
「まあ、名乗れば反省の姿勢は見れるな」
呆れ声で頭を掻きながらフォローする従者の1人。さすがに横暴だと感じたのだろう。
「…………」
どうする……名乗るべきなのか?
「もう名乗らざるを得まいな」
言いあぐねる俺におっさんは喋りかける。
「いや、だけどなおっさん……名乗ったらこの町で暮らしにくくなるだろ?」
「だが言わなければ暮らす事も出来なくなると思うのだがね」
確かにおっさんの言ってる事は正しい。最悪を回避するなら名乗っておくべきだろう。だが、こんなしょうもない事でブラックリストに載るのもふざけた話だ。
顔に手を添え最善の策を考えていると、もう1人の従者がこちらをジロジロと見てくる。
「お前……数日前にギルドを半壊させたアサヤマとか言う妙な名前の奴に似て──」
「違います人違いです誰ですか僕はそんな奴知りませんいくら従者だからって言って良い事と悪い事があるんじゃないですか!」
血走った眼で従者に詰め寄り圧迫する。
「す、すまない……」
勢いと勢いと勢いに押された従者は言葉を取り消す。危ない……バレたかと思った。
「誰ですかアサヤマって。私の名前はラヴ=ファントムと言うのです」
「ふざけてるのか?」
「とんでもない。至って真面目です」
「嘘をつくな! そんなおかしな名前がある訳ないだろ!」
「ひどい。親にも言われた事ないのに!」
「それは名付けた張本人様だからだ。言う訳ないだろ!」
はぁ、とため息をつく従者。
「聞けラヴ=ファントム。本来なら貴様は王に対する数々の無礼により、情状酌量の余地なしで処刑だったが、我が王──ジャンクリフ=ハグレコフコフ様は寛容なお方だ。だから今、回、だけは許してやる」
「とっても寛容な……ワシ!!」
「はいはい」
「貴様……今ワシを軽くあしらったな?」
しまった。ウザすぎて王様を軽くあしらってしまった……。
「と、とんでもない。ちょちょ夢心地と言いますか、はいはいチャイナと言いますか、何でしょうかね?」
「話が進まんだろ!」
従者が頭を叩いてきた。
「はぁ……我々も貴様なんぞに構ってる暇は無いのだ」
一向に話が進まないので、従者は頭を抱えている。本来の用事が別にあるらしい。
「ふぅ、」
何故かは知らないが処刑を回避したので安堵する。
「良かったじゃあないかね」
事が済んだと見て、これみようがしに話しかけてくるおっさん。
「おっさん、あんたロクな死に方しねぇぞ」
「フン、最早死に方には拘ってないよ」
皮肉気味のセリフに、悟った表情で返される。歳をとるってそうゆう事……って事?
「そうか、死に方には拘ってないか……」
意外にも食い付いたのはハグレコフコフ氏。
「だったらワシが処してやろう。この老害」
鋭い眼光で放ったハグレコフコフ氏の発言が、この凍った場に響き渡った──。




