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そうです、ただの魔法使いです  作者: 玄上ひとえ
第2章 魔術師と猩々
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18 逆さ蛇



『はいお前死亡』



「──はっ?」


 こいつ急に目の前に……


 黒の装束の奥の口角がニヤリと釣り上がる。


「てめぇ何笑っ────……ッ!」


 胸倉を掴もうと右手を動かした時に気付く。



 短刀が自分の腹に……──⁉︎



「なっ……いつの間に──ガバァっ!」


 気付いてようやく訪れる激痛。噴き出る血飛沫。ジンジンと熱が溢れ出す。


 こ、こいつ……いつの間に刺しやがった。


 完全なる無音。気配も無い。気付いたら腹に刺さっていた。比喩では無い。


「グハッ……」


 血を吐き、糸が切れた操り人形の様に地面に崩れ伏す。


『オツカレ』


 黒装束の人物は嗤いながら一言を添え、京太郎から背を向ける。


 死体の確認や、トドメを刺さないのは『確実に殺した』という取りこぼしの無い圧倒的自信からくるのだろう。


 そしてロエの方にゆらりと近づき、


『猩々の件について知ってる事を話せ』


「わ、私は何も……」


『ほう。仲間が殺されて尚しらを切るか』


「違っ……わたっ……」


 ロエは恐怖から言葉を上手く紡げない。突然の出来事に思考が追いついていないのだ。


 分かるのは自分に死が迫っている事。


『どうした? メスとて容赦はせんぞ』


「違……知らな……」


 何か喋らないと死ぬ。しかしガタガタと震える口元がそれを許さない。


『死ぬか?』


「い、いや……」


『なら喋ってもらおうか。俺自身気が長い方じゃないからな』


 いつの間にか両手にセットされた短刀とナイフ。ロエは目を逸らしていた訳では無い。音も気配も動作もない、目にも留まらぬ早業。


 それは『脅しではない』と釘を打つには上出来すぎる。


「わ……わたし……わたし……は」


 喋らないと死ぬ事は分かっている。だがロエは何も知らないのだ。数分前に京太郎から、猩々という神獣が持っていた壺が3億するという事しか聞いてないのだ。


『どうした? 死にたいのか?』


 一歩、一歩と。


 無音の歩幅が近づいてくる。


(助けて……)


 今にも崩れ落ちそうな震えた足腰、目には涙が浮かび、無意識に祈るロエ。


『かかっ……くくく、ヒャハハハハハッ! 何だ、祈り始めて? くくく、助けてくれとか祈ってるのか? ヒャハハハハハハッ!』


 黒装束の男は狂った様に嗤いだす。


『……祈るのを止めろ。不愉快だ! この世界に神などいるものか!』


 かと思えば殺気を丸出しにして激昂しだす。


「ひっ……」


『神などいない。そんなもの誰かが作った偶像にすぎない……』


 しかし男はすぐさま殺気を消して一呼吸を置く。


『おっとすまない。取り乱してしまった。ふぅ、それでどうする? くくく……』


(助けて……京太郎……京太郎!)


『ヒャハハハハハ! まだ祈ってんのか! そうだな、神なんかより無様に死んだ後ろの男にでも祈って────」


 黒装束の男が嗤いながら親指を後ろに向けた時に、視界の端で僅かに何かが──。


 ぎょっと振り返り完全に捉えた物──



 腹に刺さった短刀を無視してネジ切れるくらい体をひねり、巨大な鏡を持って振りかぶる死んだ筈の男の姿が──



『きさ──ッ⁉︎』


「死ねオラぁあああああああああッ!!!」


 弾丸発射の如く射出された巨大な姿見の縁が油断した黒装束の顔面に減り込む。


『がぁああああああああああ』


 その衝撃で鏡は粉々に砕け散り、赤としろがねの世界を飾る。


『ぐぐぅッ!』


 黒装束は死に物狂いで踏み(とど)まる。血飛沫とガラス片が織りなす世界の最果てまで飛ばされながらも紙一重で踏み留ま──


「踏み留まったのは魔法使い的に見て大凶だぜ」


 黒装束の男の行動を読んでいたかの様に、片時の隙も与えない無慈悲な追撃。


 男が立て直すより早くその距離を詰め、突き刺さった短刀をお構いなしに豪快に体をネジり左の拳を振りかぶる。


『くそがァアアアアアア──ッ!』


「死ねやぁあああああああ──ッ!!!」 


 弾丸照星。狙い澄まされた一撃は遠回りの超大振りながらも黒装束の顔面を捉える。


 更に、(しろがね)を彩るガラスの欠片が拳と顔の間に入り込み双方に減り込む。


『ごブァあああああああああッ!!』


 ギリギリで踏み留まっていた黒装束の男も大振りの追撃に盛大に吹っ飛んでいく。


 しかし京太郎の追撃はまだ終わらない。すぐさま男の背中に馬乗りになる。


『がぁあアッ!』


 この黒装束の男に感じた不気味な感覚。隙を作ったら殺されてしまうんじゃないか、そんな杞憂きゆうにも似た思考が脳裏をよぎる。


(この男は何かヤバい……)


 音も気配も動作も見せず目の前に現れたり、刺した事をも気付かせないほどの美しすぎる斬り口……。


 今現在も圧倒的すぎるほど優勢だが……。


 杞憂が募り積り、無意識に両腕が黒装束の男の後ろ首を勢いよく押さえつける。


「──ッ!」


 黒装束の男の後ろ首を押さえた京太郎は驚愕して目を見開く。


(こ……こいつは……ッ⁉︎)


「ロエ! こいつを拘束する! 吸血しろ」


「えっ……⁉︎ えっ、あ……」


 京太郎の一喝がトドメを刺し、震えるロエはついに腰を抜かす。


「────ッ。す、すまんロエ……」


 ロエの姿を見て自分の失策に気付く。歯がゆさから首を絞める力も上がる。


『がっ、がぁあ……』


 既に瀕死の黒装束の男だが、京太郎は一向に手を緩める気がない。


「てめぇはさっさと──寝とけッ!」


 更に、首を持ち上げ地面に顔を数回叩きつける。


『がっ…………』


 あまりにも残酷なこの追い討ちをも肯定してしまうほど京太郎は焦りを感じ、叩きつける。


『…………』


 血みどろの顔が京太郎の追い討ちの残酷さを物語る。黒装束の男は既に気絶している。それでも京太郎は数度地面に叩きつける。


「は……はあぁ…………」


 悲鳴も叫びも、体がピクリとも動かないのをようやく確認して京太郎はヘナヘナと倒れ込む。


「はあぁ…………ぁあがががががががァア! 痛ぇええええええええあああああ!」


 気を緩めた途端に訪れる腹部を刺された激痛、激痛、激痛。


「あがががががががががが! ロエ、ロエさん、ロエさん! た、助けて! 救急車!」


「えっ、京太郎⁉︎ 救急車って?」


 狂い悶える京太郎にまたしてもパニックになってしまうロエ。しかし先ほどの恐怖は無く、ゆっくりと腰を上げ近づく。


「ガハッ、ゴハッ……助けて。めちゃめちゃ痛い。これは痛い」


「た……助けを呼んでくるわ」


「お願いします。あ、でもその前にあいつの血を吸って拘束しといてててててぇええ!」


 黒装束の男の方に指をさした時に体をネジってしまい叫び悶える。


「わ……分かったわ」


 ロエはあたふたしながら吸血し、草原を引き返しギルドに向かって行った。


 そしてロエの姿が見えなくなるのを確認した京太郎は起き上がる。


「いつつ……マジで痛い……くそがよ」


 大袈裟(、、、)に痛がった際に短刀が更に突き刺さったのだ。


(そんな事より……)


 改めて黒装束の男の首の後の刺青(、、)を確認する。



 ──逆さ蛇。



 丸呑みした剣の剣尖けんせんをチラつかせ、神を拒むかの様な逆さの黒蛇が確定させる。


「この逆さ蛇──。昨日ユスタが言ってた……」



 首の後ろに逆さ蛇──それを見たら真っ先に避難してくれ



「たく……逃げる暇も無かったっつうの」


 気付いたら目の前に現れ、的確に急所を刺したこの男。刺されたと気付いた時は一瞬気絶し、そのまま死に掛けたのだ。


 この男を倒せたのは、その高度の技術に対する圧倒的自信から来た油断のおかげだ。それがなければ死んでいた……。


 京太郎は自分の刺された──既に出血が治った──箇所をチラリと一瞥して、


「このくそバケモノ野郎がよ……」



 そんな皮肉(、、)を垂れながら寝そべった──。




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