37 運命的に俺は魔法使いです
もう何も怖くない。
「ふははははははははははははは──ッ!」
俺は竿殺しに迫る。そしてその背後にはガーネットとスカーレットも同様に駆ける。
決して振り向く事もない。ただひたすらに竿殺しを見据え走る。
「《風の精よ──…… 」
私は駆けながら杖を構える。
『ガーネット、前に来いッ! 』
キョータローが漸く口にした信頼の証。
今まで信用はしてくれていたんだと思う。だけど今回みたいな命が賭かった大一番で信頼されて無かった……
「《息吹となり────」
(ダメ……さっきよりも一点集中に……キョータローの刀のみに集めて……)
私は前を駆けるキョータローを見る。決して目が合う事は無い。ただ前を、ひたすらに前を見据えるキョータローに不安や心配事など見受けられ無い。
それは即ち信頼の証。
その期待に応えたい。
(あぁ、不思議……)
心の中がすぅっと晴れていく。
体が軽い……
今なら何だって出来そうな気がする。
静かに目を閉じ、
(さらに密度濃く、濃く、鋭利に…………出来た!)
もう何も怖くない──!
駆ける足を止める事無く杖を大きく振るわせ、目を見開く。
「──辻纏う風となりて舞い留れ》ッ‼︎」
背後から力強く唱えられた──即興で改変されたガーネットの魔法詠唱が響き渡る。
俺の持つ刀に空を切る程の螺旋を描く旋風が層を成す。
それは先程よりも小さく、細く、鋭く刀に纏う。
「ははっ……」
刀をチラリと見て、冷や汗と笑いをこぼす。
(触ったら指が吹っ飛びそうだ)
それ程までに凝縮された風の層は密度濃く、研く、尖く。
(やはり杞憂だったか……)
心のどこかで信頼しきれて無かった。
──まだ幼いから
所詮は俺も以前のパーティーの奴らと同じ穴の狢。ただのド三流。いやそれ以下だ。
強さに気付いて居ながら信じてあげられなかったのだから。
「だがもう違う」
蟠り一つ無いこの心が証拠だ。
ただ前を、竿殺しだけを捉えているのが何よりの証拠だ。
最大限に研ぎ澄まされた今、竿殺しの挙動を一挙手一投足だって見逃さない。
「ギャァアアハッハァアッ!」
先程まで怯んでいた竿殺しがニヤリ……と不気味に笑い出した事だって見逃さない。
きっと何かを仕掛けてくる。注意深く竿殺しを見る。
しかし目が合う事は無かった。
「グォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──ッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ 」
そして今までで最大、気迫のこもった竿殺しの突進が繰り出される。
風を切り、肌がピリピリと震える程の猛追は俺に向けられたものでは無かった。
俺の延長線上に居る──竿殺しがずっと見ていた後ろのガーネットに向けられたのだ。
────だから無視した。
完全なる無視。後ろを振り向く事も無く、猛突する竿殺しと交差する。
「お前も愚か者だった訳か……」
「ギャァオア‼︎⁉︎ 」
すれ違い際に放たれた儚げな独り言は、愚者の戸惑いの叫びによって掻き消された。
「うぉおおおおおおおおおおおお──ッ!」
ガーネットに迫る竿殺しの腹下に、勢いそのままスライディングして潜り込み、斬れ味抜群の刀を力一杯両手で握りながら喉元定めて振りかぶる。
「ギャァアアアアアアッ⁉︎」
竿殺しにしては不意の一撃が喉元を襲い掛かる。
スラっと斬り込み、肉の中に姿を消した刀身の軌跡から飛び散る程の血飛沫があがる。
「ギャァギャギャギャギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎‼︎‼︎ 」
全速で突っ込んで来た竿殺しからすればその勢いが仇となり、鬼をも滅する刃が自分の体を貫いていく。
「ぐっ……ぐぐぐッ! 」
喉元を斬り裂き、腹を、ヒレを、
「ぐぐぐおぉおお……」
竿殺しの重量が刀身を通して伝わってくる。それでも離さない。焼け焦げた両手で更に強く握り、振り抜くッ!
「……ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
そして内臓を、肛門を、そして尻尾までを一刀両断する。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
盛大に血の雨を撒き散らしドボドボと落とす臓器の数々。
「ギャァ……ギャゲァ…………」
な、何故……と言いたげな淡い断末魔。
「まだ分からないのか竿殺し……俺たちは間違ってたんだよ」
俺は振り向かず、血で血を洗い流す様で天を仰ぎ、話を続ける。
「本当に警戒すべき相手は俺なんかじゃ無かったんだよ……」
腹を掻っ捌かれ肝臓、腎臓、胃、心臓、腸を垂れ落とし血の海を作りながらも息を止めない竿殺し。
そんな奴も愚者、いや愚かな魚と言ったところか。そして俺も愚者。二つの愚者は気付いて無かった。だが片方は最後で気付き、もう片方は最後の最後まで気付か無かった。
「最も警戒すべきだったのはお前が全く相手にしてなかった少女だよ」
「ギャァ…………⁉︎」
あり得ない……そんな感情が積もった絶句。
今までザコだと思っていた、相手にもする必要の無い、取るに足らないちっぽけなくそジャリ風情がだと……?
「分からないか? 彼女達が来なかったら水中戦で釣り上げた後に俺は死んでたんだよ」
釣り上げた後、酸欠で動けなかった俺は竿殺しに、おじさん諸共殺されていただろう。
その時点で信じるべきだったんだ。
己の心の弱さがガーネットを傷つけ戦いを長引かせた。
「…………ッ」
竿殺しは沈黙する。思い当たる節がいくつかあるのだろう。
スカーレットを転送魔法で救った時も、竿殺しを焼き焦がした時も、攻撃を受け流した時も──
「ガアァ……」
ガーネットはどんな時も、竿殺しの強大な圧力に臆すること無く立ち向かっていたのだ。
「ガハガァ……ガウガガウガバァがガアァアアアアアアアアッ! 」
「バカな……馬鹿な馬鹿なァア」と言いたげな、にわか信じがたい事実に叫び散らす竿殺し。
分かってしまう。川の主と言われ、ヒエラルキーの頂点に君臨した竿殺しは畏怖の対象。誰もが恐れる竿殺し。
そんな巨体に立ち向かい、陰ながらその役割以上を果たし、追い詰めたのは15歳の生娘だったのだ。
「ハァハァ……」
「ギャゲァあ……」
血塗られた顔、焼け焦げた両手、ボロボロの服。加護無しでは生きていられない程満身創痍な体。
竿殺しも片目を失い、内部は焼け焦げ、腹を一刀両断された。何故生きていられるのか分からない程の重傷。
「ハァァ……ハァァ……」
「ギャァ……カハァ……」
二つの愚者が、背中合わせで、最後の一撃を浴びせる為に呼吸を整える。
「同じ愚者だったよしみだ。最後は早撃ちで決めようぜ」
互いはボロボロ。次で正真正銘決着が着く。それもお互い分かっている。
「ぬきな! どっちが素早いか試してみようぜ…………ってやつだよ」
互いが背中合わせで最後の一撃に備える。ただ体は動かさず無防備な自然体のまま──
「…………」
「…………」
静寂が立ち込める。
「…………」
「…………」
互いが無言。殺気を殺し相手探り合う。
今まで暴れてた竿殺しも裏腹に殺気を消し、佇まう。
だが内に秘めた気迫は互いに絶大。
見据える相手はただ一頭。それを振り抜くはただ一刀。
(殺気を見せた瞬間…………叩っ斬る! )
刀を握る左手に力が入る。
「…………」
それでも威圧感は出さない。
静か。風の音が、緑がさざめく音が耳を通す。
ガーネットもこの空気に呑まれ静寂を貫く。
ザッ、ザッ……
「…………」
「…………」
俺の頬を、固まった血を溶かす様に冷や汗が伝う。
沈静、静黙、静寂──
そして蘇る既視感。
(そういえばこいつを釣る時もこんな感じだったか……今みたいに汗が頬を伝い── )
頬を通過した汗が、
(頬を通過した汗が──)
左手に更に力を込め、
顎へ到着し、
(顎へ到着し──)
左足に全体重を乗せ、
ポタっ──
(ポタっ──)
「……とォ」
右足を一歩下げて高速旋回し──
「滴下した瞬間をぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
「グォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
左足の高速軸回転で、最短距離で振り返り刀を振りかぶる。
同様に竿殺しも振り返り、全てを喰らい尽くす様に牙を向ける。
「──焼き放て》ッッ‼︎‼︎」
そして視界の端のスカーレットが杖を立て唱える。
三者がほぼ同時に攻撃を繰り出す。
「これで借りは返しましたよ」
スカーレットの魔法が俺の刀に着弾。辻風は更に螺旋を起こし風の刀身は炎を纏い巨大化する。
刀にもスカーレットにも目は向けない。ただ目の前の──ほぼゼロ距離まで迫る竿殺しだけを見据える。
見ない代わりに、ニッと嗤う──
ズシャアアアア──ッッ!!!!
お互いの渾身の一撃が交差する。
振り抜いた刃はポッキリと折れ、剣先が虚空を描き、
──サクッ
そんな音を立て地面に突き刺さる。
「ハァハァ……ぐっ……」
俺はバタンと崩れ落ち、片膝をつく。
──ドォオオオオオオンッ!
そして剣先よりも高く宙を舞ったそれは空を埋め尽くす程に咲かせ散らした血華と共に落ち、大地を震わす衝撃を起こす。
それは目の前の動かなくなった竿殺しの胴体より上に付いていた物だ。
竿殺しの胴体と顔を真っ二つに両断したのだ。
ガーネットの魔法で斬れ味を上げ、スカーレットの魔法で巨大化した一筋の刀身は全てを斬り裂いた。風も地も、──竿殺しも例外なく。
そんな刀を見る。刀身はバキバキに折れ、残った一部にはヒビが入り組み、血みどろになった柄。たった一振りでこのザマだ。
「やっぱ俺に剣士は向いてなかったみたいだ」
片手に残るボロボロの剣を捨て立ち上がる。そして数歩、重たい足を動かし──
「俺にはこっちの方が向いてるのかな」
ちょうど目の前に突き刺さっていた杖を抜く。
「運命的に魔法使いだな」
その杖は傷一つ無い。突き刺したり地面に削られても傷一つ付く事は無かった。
「さて念のためトドメを刺しておくか」
目の前の巨体──首が無く、腹を掻っ捌かれ、臓器がむき出しとなった無残な姿の竿殺しに歩みを進める。
胴体とは逆方向の竿殺しの顔からはヒューヒューと滅びの吐息音が聞こえる。
やはりトドメを刺しとかないとな。
「こうゆう時は心臓か? 」
むき出しの臓器の中から心臓を選別する。
「クォおお……ッ」
そんな俺の背中から死にかけの殺気──
ズォオオオオオオオオオオ──ッ!
突如、背後から大きな土の壁が俺を守る様に出現する。
「ぐぉっ⁉︎ ……………………くぉ……」
最後の力を振り絞って一矢報いろうとした竿殺しも諦めざるを得ない。
──もはや愚者では無いのだから。
竿殺しは素直に諦めて目を閉じ──遂に絶命した。
だから俺は安心して杖を突き立て心臓を貫く。刺した箇所からは血飛沫があがり、杖を真っ赤に染める。
「ハァハァ……終わった…………」
終わった……
終わったのだ……
ゆっくりと土の壁に腰掛け、竿殺しと土の壁を交互に眺める。
(また助けられたか……)
思わず天を仰いでしまう。
「……まったく、優秀すぎだよ」
そんな独り言が青い空へこだまし、儚く消えていった──




