36 震えろ、慄け、そして死ねッ!
地が響き、多段の衝撃に水面が荒れ、砂塵が巻き起こる。
「グォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎ 」
何故まだ生きているんだ……と思ってしまうほどのダメージは負わせた筈なのに……
「グォオア……グオ…………グォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──ッッ‼︎‼︎ 」
後の事など考えてないかの様に暴れる、暴れる、暴れる。
捨て身の突進は、ぶつかる岩盤を派手に壊し、辺りを更地と化していく。
「ガーネットとスカーレットは後衛で回避に専念しろ! 」
一発でも当たれば即死する──
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎ 」
そんな考えが──ガーネットやスカーレットが、もしかしたら死んでしまうのではないかという懸念が頭から離れない。
(大丈夫、大丈夫だ……)
泥臭くも何とか回避する。しかし恐怖から動きが鈍くなる。
(大丈夫……ガーネットは実戦にも物怖じする事は無かった……)
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッッ‼︎‼︎ 」
竿殺しの動きは不規則で予想がつかない。
だが絶対躱せないという訳でも無い。目が慣れた。そして順調にアドレナリンが巡り、戦いで募り積もった高い集中力が正確な選択を導く。
だが──
杞憂が止まない。
(大丈夫……スカーレットだってランク5なんだ……)
気を取り直すために必死に自分の中の恐怖の種を摘んでいく。
「うがァっ……」
だと言うのに集中が途切れていく。選択が少しづつ遅れ竿殺しの攻撃を掠める。
「キョータローッ⁉︎ 」
「大丈夫だ。それよりガーネットはスカーレットと守る事を第一に、サポートを頼む! 」
「分かった! 」
「スカーレットは竿殺しに隙ができたら大技を頼む。それまでは無茶をするな! 」
「わ……分かってます」
強く返事をするガーネット。そして先程の事もあり、少し控えめになるスカーレット。
(これで大丈夫だ。だから今は目の前の敵に集中しろ……)
「グォオアアアアアアア──ッ! 」
「ふんッ! 遅い」
竿殺しの突進に今度は余裕を持って躱し立て直す。
ガーネットがスカーレットを守っている。そして今の所竿殺しが赤色コンビを襲う素振りも見せない。ターゲットは完全に絞られている。
それ程までに俺が憎いのだろう。
(動き回って疲れるが、正直ホッとする)
別に俺がドMな訳では無い。断じて無い。ただ痛みや疲労よりも怖い物は有ると言う事だ。
そいつはとても重い。そいつと痛みを同時に天秤に落とすと、痛みは遥か彼方へ吹っ飛んでしまうだろう。
「グォオアッ! グォオオオオオ──ッ‼︎」
「見えるッ! 」
俺は右へ、後ろへと、竿殺しの攻撃を回避していく。
赤色コンビを守りに徹する様に指示した。竿殺しは俺だけを狙っている。
そいつが薄れていく。頭の大部分を占めてていた物が徐々に消えていき、動きが機敏になる。
──本当にそれで良いのか?
それは唐突に。そいつの空白を埋める様に別の問題が浮き出てくる。
(ガーネットを……あんな後ろにまわして良いのか……?)
俺はガーネットの強さを証明すると言った。だと言うのに証人の俺がそれを投げ棄てようとしている。
(俺は……俺が一番ガーネットを信用してあげれて無い……のか……? )
ガーネットは前線に出ても物怖じせず戦えるだろう。頭では分かっている。
(だがもしも── )
臆病な俺はどうしても決断出来ない。
最低だ。リーダー失格だ。何故仲間一人も信じてやれない! ガーネットの強さは既に知っているだろう!
ガーネットを信じたい。だが恐怖に囚われたくない。そんな思いがジレンマする。
友達が殆ど居なく、人との関わりが月並み以下だった今までの生活による弊害なのだろう。
「まったく……拗らせ過ぎだろ……」
「ギャァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ! 」
躱す、躱す、躱す──
「考えてもダメだ。取り敢えず杖を……」
今の俺は武器が無い。一方的な攻撃をひたすらに躱すしかない。体力だけが消費してジリ貧もいい所だ。
竿殺しの攻撃を躱しながら杖が突き刺さった場所に駆ける。
あと数メートル──
「次の突進を躱したらいける! 」
動き自体は不規則なものの、突進のみの単細胞ワンパターン野郎に遅れはとら──
「──なッ⁉︎ 」
突如体勢を崩し地面に倒れ伏す。
「キョータローーッ⁉︎ 」
暴れ、藻掻き、幾数の岩盤を砕き出来た足場の悪い地面。気負いから出た凡ミス──
岩と岩の間に足を踏み外したのだ。
「クソがッ! 」
大した事は無い。立て直すのに1秒も掛からない。
「グォオアアアアアアアアアア──ッ! 」
しかしその1秒を見逃す竿殺しでは無い。回避する筈だった即死の突進が繰り出される。
「──チッ! 」
ギリギリ回避出来るかの瀬戸際。すぐさま足元を確認し立て直────
「──動かな……」
体が動かない。無理矢理動かしていた体が急に止まったのだ。すぐには動かない。
「やべっ…………ハッ! 」
思い出したかの様に頭を上げる。最早回避不可能な位置まで迫って来ている。避けられないッ!
風が震えるほどの速さで迫る──
クソが、クソが、クソがァアアアアッ!
そして激しい衝撃音と共に体中の骨という骨が粉砕────しなかった。
かつん……
起きたのは、そんなちっぽけな音。
「グォオア⁉︎ 」
「はっ? 」
その音の正体は、あらぬ方向から飛んできた一つの小さな石。
竿殺しも俺も、そしてガーネットもスカーレットも唖然としている。
「……ハッ! 」
いち早く正気に戻り、竿殺しから距離を置く。
「ギャオア? 」
竿殺しは石が飛んできた方向を見る。それにつられ、俺もその方向を見る。
「──お、おじさん……? 」
そこには血の気の引いた顔をし、両足を震わせ、片手に刀を持ったおじさんが居た。
そしてその刀はほぼ長方形の様な断面で、剣士の刀というよりは民間人の護身用に作られた切れ味の悪そうな刀。
「まさか……そんなヨロヨロの体と武器で戦いに挑むって言うのか? 」
悪い予感から、震えた声で尋ねる。
「かっかっか……そんなセリフは鏡を見て言いな兄ちゃん。あと俺はただの釣り人。釣ったらそこで終わりだ」
おじさんは笑いながら答える。
「だったら……その刀は……? 」
「釣り人は釣るまでが仕事だ。そこから先は兄ちゃんたち冒険者の仕事だろ? 」
刀を振り上げ続ける。
「だからこの刀は兄ちゃんが使ってくれ! 」
そう言ってその刀を俺に向かって全力で投げる。
「おじさん…………って取れるかッ! 」
その刀は俺を通過し、竿殺しの腹に突き刺さる。
「ギャァアアッ! 」
竿殺しも突然のダメージに反応が遅れる。
「裸の刀身を投げるんじゃねぇ! 」
思わぬ伏兵が居た。うっかりおじさんにトドメを刺される所だった。
「なんで釣りバカはこんなにも極楽トンボなんだよ」
「すっ、すまねぇ……だが俺だって言いたい事はある! 」
「──ッ⁉︎ 」
突然のシリアス顔に思わず竦んでしまった。
「兄ちゃんは色々考え過ぎだ。兄ちゃんはただひたすらに証明し続ければいいんだよ! 」
「そうだよキョータロー! 」
「…………ッ! 」
ガーネットとおじさんは、そう言って俺を見る。
「兄ちゃんは魔法使いなんだろ? 」
「キョータロー、私は強いんでしょ? 」
そうだった。
そうだった──
俺は何を考えてたんだ……
「はっ、ははは……当然だろ。それを今から証明してやるよ」
本当に情けない。背中を押すつもりが、逆に背中を押されるなんてな……
「《我が魔力を持って、彼の元へ召喚せよ》ッ! 」
突如、ガーネットが唱える。スカーレットを救った転送魔法によく似た──若干異なる詠唱を。
「おいおいおい……」
俺の足元に魔法陣が浮かび上がり、竿殺しの腹に刺さっていた筈の刀が召喚された。
「ガーネット……そんな事も出来るのかよ」
「指定座標転送魔法だよ。ちょっと難しいけど…… 」
「上等だよ」
謙遜するガーネットに笑う。半ば呆れ笑いだ。
この少女……どこまで強くなるんだよ。俺も負けられないな。
気を引き締め、目の前の刀をガッチリと握る。
「…………」
握った刀を眺め再び笑う。モロ呆れ笑いだ。
「おいおじさんよ、魔法使いに何てモン渡してくれるんだよ」
魔法使いのローブを羽織り、その手には杖などでは無く銀色の刃を構えるという異様なスタイル。
あまりにも滑稽な姿におじさんは笑っていた。あのやろぉ
「違うよ兄ちゃん。それは『包丁』だ」
そのセリフにハッとなる。
「確か兄ちゃんは究極魔法『マジカルクッキング』を使って証明するんだろ? 」
「…………ッ、くっくっくっ……確かにそう言っていたな。長すぎてすっかり忘れてたぜ」
改めて思うとマジカルクッキングって……存外俺もネーミングセンスが無いのかも知れない。今度ベリルにあったら加護を褒めてやろう
「ギャァアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッッ‼︎‼︎ 」
血反吐を撒き散らし、殺意のこもった咆哮は周囲を震わせ、地を揺らす。
「悪かったよ無視して」
一歩。
「そんなに傷だらけで、さぞ苦しいだろう」
一歩。
「だが安心してくれよ竿殺し」
また一歩。
「予感だが、後は一瞬で終わりそうな気がするんだよ」
フラフラと満身創痍な歩幅は、それでも力強く竿殺しに迫る。
「ふぅぅ………… 」
一つ、長い息を吐き竿殺しを見据え、血塗れの顔でニッコリと笑いかける。
「サヨナラ──」
「ギャァッ‼︎⁉︎ 」
竿殺しは身震いを起こし距離を開ける。
「──っし‼︎ 」
その距離を詰める様に俺は地を蹴り、詰める。
「ガーネット、スカーレット! 前へ来いッ‼︎ 三人でぶっ倒すぞ! 」
「──ッ‼︎ 」
その言葉にガーネットは無意識に一雫をこぼす。
「……もう! 遅いよキョータロー」
目元をゴシゴシと擦り、
「行こうスカーレットちゃん! 」
これから出向くのは戦場の最前線だ。だと言うのにガーネットは、公園へ遊びに行く子供の様に目を煌めかせている。
「……やっぱりガーネットちゃんには敵わないなぁ」
「……? 」
「何でも無い。行こうガーネットちゃん」
「うん! 」
そして駆ける。2人の少女が前線へ──震え上がる即死の戦場へ。
「うぉおおおおおおおおおおおお──ッ! 」
だと言うのに、俺には全く憂いがない。
「フゥ──ふははははははははははははははははははははははッ‼︎‼︎ 」
狂気の様に叫び、鬼気迫る程の形相で竿殺しとの間合いを詰める。体からは血が溢れ、骨だって幾数折れてる筈なのに体が軽い。今までで一番。
蟠りが全て消え、極限の境地に辿り着いた気分だ。
「ギャァアアア……」
竿殺しは下がる。ぶっ殺してやりたい程憎い魔法使いが血だらけで向かって来ていると言うのに。
久しく忘れていた『恐怖』という感情が体中を渦巻いたのだ。この川の主となり全てを蹂躙した自分が、たかだか石ころ風情のヒトに恐怖したのだ。
それも3つも迫って来ている。
…………3つ?
みっ…………
「ギャァアハアハハハ! 」
目の前の魔法使いは強い。何回も殺したと思ったのに、その度ゾンビの様に這い上がって来る。石ころの分際のくせに中々手強い。
だが、
そんな魔法使いにも弱点があった。それは後ろのジャリ共だ。
あの魔法使いはジャリ共を優先して助けようとする。それは決定的なチャンスの時でも、最悪なピンチの時でもだ。
「ギャァアハハ ……」
ならばターゲット変更だ。何を血迷ったか、ずっと後ろにいたジャリ共がこちらに攻めて来ている。
「ギャァアアハッハァアッ! 」
まずはジャリを殺す。
魔法使いィイイ……
「グォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──ッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ 」
震えろ、慄け、そして死ねッ!




