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そうです、ただの魔法使いです  作者: 玄上ひとえ
第1章 魔法使いと入れ替わりました
35/89

32 絶望


 終わった……


「はっ、ははは! 」


 思わず溢れる乾いた笑い。


「ははは……マジで疲れた……死ぬかと思った。というか死んだわ」


 改めて思い出す──


「俺、人間辞めすぎだろ…… 」


 俺は漫画の主人公の様なカッコいい能力など持っていない。だってただの社会人だったし。だってただの童貞だったし。


「……設定雑過ぎ」


 俺はただの人間──いや、ただの魔法使いだ。


 だが、


 水面や地面にバンバン叩きつけられたり、水中に10分以上? 体感ではもっと長かった気がするがその位溺れたり、挙げ句の果てに巨大な魚に食われたり……


「常識的に考えて死ぬだろ…… 」


 どこかで聞いた様な言葉を吐いてしまう。


 もしかしたら既に死んでいるのかも知れない。



『キョーータローーーーッ! 』



「あーもうやだやだっ! こんなはっきり聞こえる幻聴は幻聴って言わないんですよ」


 なんか幻聴が聞こえた。


 やはりもう死んでいるのかも知れ…………




 ──はっ?




 今ガーネットみたいな声が聞こえたんだけど……あの子学校じゃなかったっけ?


 俺は恐る恐る声が聞こえた方を向く。


「キョータロー大丈夫⁉︎ 」

「ちょっ、あなた何やってるんですか⁉︎ 」


 そこには琥珀色こはくいろに煌めく髪のした少女と、緋色ひいろの元気なポニーテールの少女が。


「が、ガーネットと…………卓球娘? 」


「卓球娘って私の事ですか⁉︎ 」


「そうだけど……って」


 しまった、ナチュラルに卓球娘って言ってしまった。まあスカーレットも嫌いな相手に名前を言われるのもアレだろう。


「むぅぅ、なんか腹が立ちます。喧嘩を売られてるみたいです」


 だと言うのにスカーレットは口を膨らませて不貞腐れている。うん、学生はよく分かんねぇや。


「あんまりカッカするなよ、ガーネットを見習え、ガーネットを! 」


「ガーネットちゃんは天使なんです! 」


「分かるッ! 」


 思わず同意してしまった。


「ちょっと、キョータローまで…… 」


「いや、ガーネット! お前はもっと自信を持つべきだ! 」


「そうだよガーネットちゃん! ガーネットちゃんなら出来るよッ! 」


「そうだッ! ガーネットなら出来るッ! 」


 一体何が出来るかはさて置き、スカーレットの言いたい事はよく分かる。


「ふえぇぇ、スカーレットちゃんまで……」


 ガーネットは真っ赤に染まった顔を両手で隠す。


「ああやってすぐ恥ずかしがって顔を真っ赤にする所もかわいいんですよ! 」


「分かるッ! 」


 こいつ……出来るっ!


「そうそう、尊いよね。なんかもう拝みたくなるよな」


「そ、それはちょっと…… 」


 スカーレットは割と本気でひいている。こっ、こいつぅ……ッ!


「まだまだだなぁ…… 」


 はぁ、とため息をつく。そしてその態度が鼻についたのか、


「ちょっとどうゆう意味ですか⁉︎ やるんですか? 」


「おい、その発言は控えなよ。『やらないか』はホモまたは不良の常套句なんだぞ」


 嫁入り前の娘にそんなセリフを覚えてもらいたくないな……十数年前を思い出しそうだ。あの忌々しい高校生活を……


「何言っているんですか? 喧嘩売っているんですか? 」


「なんでそんなに喧嘩腰なんだよ」


 これはもう卓球娘からスケ番に変更かな。


「どんだけ嫌われてるんだか、まったく」


 俺は寝返りをうってスカーレットを見る。喧嘩を売られたら買うのが男ってもんだ。やはり俺も八雲やくもの血が流れているだけある。


「いいよこいよ! 」


 ……あれ? これもホモまたは不良の常套句だったか。つまりあれだな、先程のを①と置いて、今のを②と置く。そして①、②より不良=ホモってことがはっきりわかんだね。


 1人でそんな事を考えていると、メラメラと燃えているスカーレットが……俺の喧嘩をご購入されたご様子。


「《火炎よ── 」


「すいません、調子乗ってすいません! お願いだから杖をこっち向けて詠唱しないで下さいスカーレット様! 今、体中痛いんで勘弁して下さいッ!」


 スカーレットは見る──全身水浸しでボロボロの、自分より遥かに歳上のヒトが地べたに転がりながらガチトーンで謝っている情けない姿を。


 そしてそんな男の向かいには、明らかスケールがおかしい魚が打ち上げられている。今見えるのが体の一部だと言うのにこのサイズ……


 スカーレットはゴクリと息を飲む。


「全く、何をされてたかは知りませんが、そんなにボロボロでガーネットちゃんを守れるんですか? 」


「うぐっ……きょ、今日はキツイ、かな」


 痛い所を突いてくるなぁ。もはや愛想笑いしか出てこない。


「私はまだ認めて無いんですからね! ガーネットちゃんがあなたのパーティーに入ったこと! 」


 スカーレットはプンプンっと口を膨らませて、両腕を組みながらそっぽを向く。


 それを見たガーネットは微笑む。全く、いい友達を持ったじゃないか。それに連られ俺まで微笑んでしまう。


 スカーレット……か、俺に躊躇なく技をぶっ掛けてくる一面を除けば良いやつだと思う。そこを除けばね。多分だけど。


 初めて会った時も今回も、ヒト助けの為に勇気を出して駆け付ける。


 まったく、誰かみたいな臆病者とは正反対じゃないか…………って、


「おい、そっちは危ないぞ」


 スカーレットは打ち上げられた竿殺し(ロッドアウター)に興味を示したのか、緋色のポニーを揺らしながら近づいていく。


「そいつはまだ生きてるんだぞ、不用意に近づい── 」


 俺は見る──注意しようとしてスカーレットの方を、そしてその延長線上の竿殺し(ロッドアウター)隻眼せきがんを……


 あの眼────まだ、死んで……ない?


 まだ諦めてない様な、



 そんな────……



「スカァアレッットォオオオオッッ‼︎ 」


「えっ⁉︎ 」


 俺の決死の叫びにスカーレットはビクッと肩を震わせこちらを見る。


 ガーネットも突然の怒声に腰から杖を取り出し厳戒態勢に入る。


 俺は竿殺し(ロッドアウター)の不穏な気配に全身の毛が逆立つ。終わった筈の、瀕死だった筈の竿殺し(ロッドアウター)に途轍もなく危険な何かを察知する。



 ──何かやばい



 俺は考えるよりも先に、血なまこにスカーレットの元へに駆け──


「ガハァッッ⁉︎⁉︎ 」


 地を蹴った瞬間、口から大量の血が吐き出される。そして体の力が抜け、顔から転げ落ちる。


 やばい、体がッ……


 ──刹那


 竿殺し(ロッドアウター)は眼に力を宿し、近づいてきたスカーレットに向かい、目にも留まらぬ速さで口を広げる。その行為は娯楽や食事などの為では無い。


 100パーセントの殺意、明確な殺意を持ってスカーレットを襲う。


 ここにいる全てを殺戮、皆殺しへの序章として──


「スカーレットちゃんッ!」


 ガーネットがようやく状況を理解する。そして杖を立て狙いを定める。


「スカァ……ッ! 」


 動け、動け、動きやがれッ!


 擦りむいた顔を地面に這わせながら足先に力を加える。しかし体は意に反するが如く、全く力を伝えない。


 朝山京太郎の体は、とっくに限界を迎えていたのだ。それでも動いていたのは圧倒的な敵を前にして流れたアドレナリン。そしてボロボロになった体のカバーする為に無意識で行ったいた多大な演算、それを激痛の中で行ってきた脅威の集中力。


 今まで動いていたのはそれらの賜物、半ば奇跡に近いのだ。


 だがいてしまった。終わったと思い込み。完全なる油断。


「動け……動けやァアアアアアッッ‼︎」


 しかし動かない。だが竿殺し(ロッドアウター)は容赦無くスカーレットに迫る。


「え……? 」


 余所見をしていたスカーレットは背後からの殺気にワンテンポ遅れて反応する。


 叫ぶ間も無く、目の前に口が、無数の牙が、闇が、そして死が広がる。もちろんスカーレットの体は動かない。放心と恐怖に飲み込まれ、全身の血が抜かれた様に手足をブルブルと震わせる事しかできない。


「あっ…………」


 そんな恐怖で漏れた小さな声は、刹那の轟音と衝撃で掻き消される。


 竿殺し(ロッドアウター)は全てを削り喰らい尽くす。


 飛び散る赤の飛沫しぶき──


 スカーレット共々その周辺の地を全て喰らい、そこには巨大なクレーターが出来ている。他には何も無い。砂も、草も、地も、そしてスカーレットも……


「スカあ…………?」


 俺は目を見開く。突然の惨劇に──


 竿殺し(ロッドアウター)は口から血と砂をボタボタ垂らしながら激しく咀嚼していく。


 ポタッ……


 そしてその一滴が当たり、頬を伝う。


 血が。


 頬を。


 血が……


 血が……


 スカーレットの血が……?



 ──血が?



「血……が?」


 俺は左手で頬を軽く触れ、そして目をやる。



 赤が──



 必死に否定していた、認めなかったものが……



 赤が──



 染まる、染まる、絶望、絶望、絶望、絶望、絶望、絶望、絶望に。



「あ……あああ…………」





 指ににじみ付く様にドロっと染まるドス黒い赤が────





「すッ……スカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ 」

















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