30 清々しいからぶっ殺してやるよ
息を止め、暗澹とした黒の中で、ただひたすらに息を止める──
「ギャアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ! 」
そして突き刺した杖を力一杯握り、上下左右に掻き回す。
「ギャアアアアアオオオオオオオオオオオオオ──ッ! 」
暴れる反動で、体が肉の壁に叩きつけられる。
「がぼっ、カババッ! 」
──50秒経過──
「ギャアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ! 」
「がぶっ…… 」
竿殺しが暴れ回る中、息を止め、耐え抜き、杖を──目の玉をほじくり回す。
──160秒経過──
「ギャアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ‼︎‼︎ 」
竿殺しは暴れ回る。俺を振りほどきに、必死に暴れ回る。
「ぐぷっ……ぷぷ………… 」
壁にぶつかる衝撃で、体内に溜め込んでいる空気が吐き出されて行く。徐々に苦しくなって行くというのに、未だ健在と言わんばかりに暴れ回る竿殺しに、──死、の文字が頭をよぎる。
──270秒経過──
「がっ…… 」
永遠に感じるこの時間に、限界に達する信号が警鐘される。こめかみ、腕のいたる部分に血管が浮き出る。
「ギャアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ‼︎‼︎ 」
だと言うのにこいつは先程から全く衰えを知らないのか元気に暴れ回ってやがる……
──360秒経過──
「ギャアアアアアオオオオオオオオオオオオオ──ッ‼︎‼︎ 」
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバイッ‼︎‼︎
目の玉を刺していた腕も片方外れ、無意識の内に片腕、両足がジタバタと水中をもがいていたのだ。
つらい、きつい、くるしい、死にたくない。
何で俺はこんなにまで頑張ってるんだ? 苦しい……早く空気を吸いたい。
何で……俺が…………
何でこんな事を必死に…………
──自分に負けてないと証明するため
過去に発した自分の言葉──
分かってる、分かってんだよ、そんな事くらい……
そんな事は、はなから分かってる……
だが、そんな事のために命まで賭けられんのか?
「ギャアアアアアオオオオオオオオオオオオオ──ッ! 」
うるせぇんだよ魚野郎が……こっちは死にそ────……ッ⁉︎
竿殺しが叫ぶために口を開けた瞬間に、確かに見えた……
体内の空気量が減っていき、生命活動が徐々に低下していき、視界もぼやけて、ロクに周りも見えない真っ暗な場所で、確かに見えた一筋の糸──
(あ、あれは……)
ただの糸、されど糸──
そんな糸だが、俺にはキラキラと輝く、天から降りた希望の糸にも見えた。そしてそれは俺の正気を取り戻すには十分だった。
(ああ、そうだった。そもそも俺に──臆病者に選択肢なんか無かったわ……)
俺は堂々と宣言した。おじさんに、野次馬に、そして俺自身に。にも関わらずオメオメと帰って来ることが許されるだろうか?
──否
許されるわけが無い。臆病者の俺には耐えられない。あっちの世界に帰る方法も分からない今、この町で暮らしいていくというのに、そんな事耐えられるわけが無い。
(やはり、どんなに時が経っても根本が変わってねぇな。俺は弱い、そして大の臆病者だ……)
臆病者の俺には、無様に負けた姿など晒すことが出来ない。とんでもなく怖い。無理だ、不可能だ。
ならば死んででも負けられない。そう思うと手足の暴れが止まった。もう目を開ける必要もない。
しっかりと地を踏み──
両手で目の玉を刺し穿つッ!
「ギャアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ‼︎⁉︎ 」
そうだったな耳も傾ける必要など無かったな。
とても穏やかな気持ちだ。
悟りを開いた気分だ。
竿殺し…………
(──ぶっ殺してやるよ )
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──地上
俺の頬に一筋の冷や汗が滴る。
「お、おい……いつまで潜ってんだよ……いつまで暴れてんだよ…………」
俺が握る竿はいつまでも上下にしなる。少しでも気を抜いたらバッキバキに折れてしまいそうなくらい。
だから糸を緩めた──
その瞬間を待ちわびたように竿殺しは兄ちゃんと共に潜っていった。
もう10分は経過してるぞ……
ヌルッとした肉厚のある表面が川の底の岩にぶつかる感触が、竿越しにいつまでも続く。
いつまで経っても引っ張り上げれない。上げたら竿が折れてしまうから……これは多分とか、予想なんかでは無い。絶対だ。
「何者なんだよ、兄ちゃん……」
竿からどんどん魔力が吸収されていく。俺も魔力量には自信があったが、限界に近い。それもたった数分で、逃げないように糸の張ったギリギリを維持するだけでだ。
思い出すだけで背筋が凍る。兄ちゃんは糸を緩めることなく、あの竿殺しを引っ張り上げていたのだ。糸が切れる事は無かった。竿が折れる事も無かった……
俺は竿を上に上げる。糸がピンッと張ると、またしても暴れているような感触が腕を襲う。まだ上げられない。俺は何も出来ない。どうする事も出来ない。
「い、一体どれだけの魔力を持ってんだよ……」
恐らくだが俺の数十倍はゆうに超える程の魔力量。大魔導士? 魔力ランク?
額から脂汗が噴き出る。
も、もしかしたらだが、もしかしたらなんだが、最早そんなものの尺度では計れないんじゃ無いだろうか?
あくまで俺の予想だが……測定器なんかじゃ計り知れない程の魔力量なんじゃあ……
だとしたら何故魔法を使わない?
兄ちゃんは俺に証明するといった──魔法使いであるという事を……
魔法使えばよくない?
兄ちゃんは究極魔法『マジカルクッキング』と言って竿殺しを杖で刺しまくった。物理攻撃に走った……
──ンんッ⁉︎
魔法を使えば終了じゃないのか? 全ての過程を吹っ飛ばして証明が完了されるんじゃないのか?
もしかして……魔法が使えないのか?
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤッ‼︎‼︎」
そんな事あり得るのか? 兄ちゃんだっていい歳じゃないか! さすがに初級の魔法も使えないなんて事は無いだろう。あんなに魔力を持っていながら──
魔法使いで産まれたのにも関わらず魔法が使えない人の大多数が魔力が無いから。学校を通えば誰だって魔法が使えるようになる。ただし魔力が無い人は例外だ。
兄ちゃんは魔力がハンパない。だが魔法を使おうとしない……
何故だ、兄ちゃんほどの魔力で魔法を使えば竿殺しだって簡単に倒せたんじゃないのか?
それをせず、わざわざ食われに行ったり、杖で物理攻撃をしたり、それも口内という超至近距離で……
「どんだけ勇敢なんだよ……」
敵わない。あんな勇気に溢れた兄ちゃんには敵わない。だが、そんな兄ちゃんが竿殺しを釣るのを手伝ってくれているのだ。
頼もしい事この上ない。なら俺も無茶してでも釣るべきだ。
「すううぅぅ…………」
何故魔法を使わないかは分からないが、それが兄ちゃんのやり方だってんなら否定しない。この場で一番真摯に、本気でこのバケモノを釣る事に必死なのが兄ちゃんなんだからな。
俺もここで無茶しないと男じゃないよな。
釣り上げたときに、『俺も釣ったんだぜ』って自慢できなくなっちまうぜ。
目を閉じ、片足を下げ半身になり──
そのまま1秒、
2秒、
3秒……
喝ッと目を見開き、前足を踏ん張り、竿を引き上げる。
残りの魔力を全て振り絞るように、後のことなど気にせず、
「くれてやるよ、クソッタレなテメェに全て
の魔力をなぁ! 」
最早体が岩にぶつかる感触など無い。バカでかい竿殺しが近づいていく感じ……
水面が大きな影で覆われていく。
「うぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ! 」
特大な飛沫をあげ、約10数分ぶりに再び姿を現わす。
それは先程より少し弱った──片目を失った〝竿殺し″が。
引き上げた途端、体力の限界を迎え、俺は地面に伏してしまった。
引き上げられたのは兄ちゃんが弱めたからかよ……
「……ったく、敵わないな」
続行です




