28 究極魔法『マジカルクッキング』
「相変わらず気色悪いな」
俺は歩く、空気が流れてくる方を目指して歩く。ご丁寧に出口から出ていく気は更々ない。だってうんこになっちゃうじゃん?
「というか体内なら── 」
俺は赤白い肉壁に蹴りを2、3発かます。結果は毎度の如くブヨブヨと反発するだけ。
「もっと本気でやらないとダメか」
ハァアア……と、左の拳に息をかけ──
「ほりゃっぱァああアアアアアアアアアアアアアア──ッ! 」
ヌルッとした膜を突き抜け、肉壁にめり込んでいく。
「ぐっ……ぬぬぬぬぬ」
それも束の間。壁は俺の拳を突き返して来た。
「いかんな、全くダメージが与えられてない気がする。それに手がヌメヌメしてキモい……包丁があれば捌いてやるのに」
自慢ではないが、大学の頃から一人暮らしをしていたので料理には定評がある。約12年だ、得意じゃない方がおかしいね!
因みに得意料理はスクランブルエッグだ。玉子焼きや目玉焼きを作ろうとしてもスクランブルエッグが勝手に出来上がってるんだから、これはもう才能としか言いようがない。もしくは魔法?
「魔法、だったのか……というか今までのあれは魔法使いになる伏線だったと言うのか? 」
ならば作るしかあるまい。本物の魔法使いが織り成す『マジカルクッキング』で。
呵々っ……と笑みが零れる。
「そうだな、包丁は……これでいいな。既にヌメってるし」
俺は両手の指の先まで力を入れ、最大限に尖らす。
「それじゃあマジカルクッキングの開演だ! 第一の工程は……」
両手を構え、肉の壁に狙いを定める。
「獲物をシメるゥうううううぎゃぁああああああああああッ! 突き指したぁアアアアアアア! ボキッて言ったァああああああああああ──ッ!」
絶賛放送事故を起こしてしまった。極限まで尖らせた俺の右手は、肉壁を貫くことは無かった。一番長い中指が、次に薬指、人差し指と見事に変な方向に曲がったのだ。
「いてててて、許さん……後で覚えとけよ」
どんなに憎くても猶予を与えるのは俺の優しさだと思ってくれ。まあ魚料理は向いてなかったと言うことだな。因みに俺の得意分野は、たまg(ry
「もう内部破壊は無理だな……とりあえず早くここから出ないと」
出ないと……本気でゲロ吐きそう、うっぷッ!
──その時
「い、今のは! 」
前方から、一陣の風が。一瞬だが湿った風が吹き抜けたのだ。
「……という事は、この先が俺を丸呑みした、けしからん口って訳か」
次第に足取りが軽くなる。それに伴い視界が明瞭になっていく。ギザギザとした光が差し込んでいるのだ。
「あれは……歯? と言うことはもうゴールじゃ── 」
『……──いいぜ〝竿殺し″! 』
俺の独り言が止まる。
「今、の声……おじさん、じゃなかったか? 」
『──今回は食われてやるよ! 』
食われる? おじさんが? 〝竿殺し″に?
事態は俺が思ってるより深刻なのかも知れない。何故俺は、俺が食われて終わりだと勘違いしてたんだ……
『──だがなぁ‼︎ 』
だがって何だよ! さっさと逃げろよ!
竿殺しが徐々に前に進んでいるのが分かる。何か無いのか⁉︎ この状況を打破する一手は!
拳? ダメだ、全く意味がなかった。
蹴り? ダメダメダメ!
関節技? こいつの関節どこだよ!
マジカル殺法? マジカル……? 魔法? ……魔法⁉︎ ──魔法‼︎
「は、はは、あるじゃねぇかよ‼︎ 」
『来世ではテメェをぶち食ってやるよォオオオオオオオオ──ッッ‼︎‼︎ 』
おじさんのその一言を合図に竿殺しは猛烈に声の聞こえる方に迫っていく。
「そうだったな、──俺は魔法使いだったな」
俺は腰に挿してあった杖を取り出し──
「それと俺には魚料理は向いてなかったみたいだ──ナァッッ‼︎ 」
振り上げた杖は、いとも容易く赤白い肉壁を貫通していく。そして溢れる赤の飛沫。
「──ギョッ⁉︎ 」
『はぁァッ⁉︎ 』
突如、竿殺しの動きが止まった。
「何だ? 意外と大ダメージだっ── 」
「ギャアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ‼︎⁉︎ 」
「あーもうウルセェ! 喋ってる途中に騒ぐんじゃねぇ! テメェはもう許さん、絶対今日食ってやる! 」
だから──
「おいおじさんよぉ…… 」
バッチリと目が合う。
「────俺は来世まで待てねぇぜ? 」
今宵は特別だ。だから今日だ。それ以外は認めない。認めてやらない。
「あ、あ、あ……兄ちゃんッ! 」
「よお、おじさん。何勝手に死のうとしてんだよ」
「あ、あああ兄ちゃんこそ! 死んだ筈じゃあ……」
「バッカ、死んでねぇよ! 勝手に殺すんじゃねえよ! 」
「い、いや、常識的に死ぬだろ……」
「おいおい、あんたらが『常識』って言葉を持ち出すなよ。こちとらその常識を何遍も捻じ曲げられ──ッてうぉおおお! 暴れてんじゃねえよゴラァ‼︎ 」
急に暴れ出した竿殺しの口元を杖で2、3度刺す。
「ギャアアアアアアアアア──ッ! 」
「あ、兄ちゃん何者だよ……? 」
震えながら問うおじさんに疑問を覚えつつも、いつも通りの、予め用意したセリフを吐く。
「何って、──ただの魔法使いだよ」
正直、自分でも自分が何者か分からなくなってきている。魔法使いなのに魔法が使えないので本当に魔法使いなのか心配になってくる。自分でもこの有様なのだから、他人からしたら当然の反応か……
「俺には兄ちゃんが魔法使いには見えないんだが」
「おいおい、このローブが目に入らねぇのかよ? 」
「いや、ローブは見えるんだが、杖の使い方ってそんなんだったっけ? 」
「…………」
俺は杖を見る──竿殺しの血潮を浴びて真っ赤に染まった杖を…………
「……し、仕方ねぇだろぉおがぁああああああああああ──ッ‼︎‼︎ 文句があるなら女神様に言えやぁアアアアアアア! 」
ブスブスブスブスッ! と肉壁を刺しまくりながら、この理不尽な出来事に対する怒りを発散させる。
「ギャアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ‼︎‼︎‼︎‼︎ 」
「やっかましいわァアアアアアアア、このサカナボンクラがァアアアアアアア──ッ! 」
既に口元は蜂の巣状態になっている。そして杖と同様、ローブも、体全身が真っ赤に染まっていく。
「ひゃぁアア──ッハッハッハッハッハッハッハ──ッ‼︎‼︎ マジカルクッキングの再開だぁアアアアアアア! まずはテメェをシメてやらぁアアアアアアア! 」
「あ、兄ちゃん……」
「おいおじさん、ついでだからもう一つ証明してやるよ」
「証明? 」
「ああ、俺が魔法使いである事をだよ。これから発動させる究極魔法『マジカルクッキング』でな」
「ま、マジカル……クッキング? 」
「ああ、それと── 」
バキィィイイイイイ──ッ!
俺は竿殺しの鋭利な歯を蹴りでへし折った。そして歯と歯に挟まっていた竿を取り、おじさんに投げつける。
「これは……」
「言っただろう、俺がするのはあくまでアシストだ。最後にこいつを釣り上げるのはあんただよ」
「──ハッ!」
「今度こそ絶対離すなよ」
その言葉におじさんはニカっと笑い──
「当然だ、5本目は無いんだろう? 」
それに吊られて俺まで笑ってしまう。
「──上等」
さあ、〝竿殺し″!
「最終ラウンドだ」