2 吸血美女・ローリー=エリントン
家を出る前に顔を改めて確認した。結構イケメンでした。なんか腹が立った。それでもおでこ血だらけでザマァみろと思いました。……メチャクチャ痛かったけど。
という話は置いといて、外の景観は日本とはかなりかけ離れている。まさに異世界って感じがする。
「それで、ギルドはどこにあるんだ? 」
「町の中心だよ。キョータローそんなの常識だよ」
「すみません」
何故か謝ってしまった。
「ギルドは町で一番目立つ所にあるの、キョータローの町でもそうだったでしょ? 」
俺の町かー。ギルドって言ったらハローワークみたいなものだろ……?
ハローワークを一番目立つ場所に置くような町はマズイだろ。その町はすでに終わってる。略してオワタ\(^o^)/
「いや、さすがに一番目立つ場所には無いかな」
「そうなんだー、キョータローの町はダメだね」
「ごめんなさい」
そして何故か謝ってしまった。
「あ、ほら! 見えてきた。あれがギルドだよ! 」
そう言ってガーネットはギルドに向かって走って行った。
「無邪気だなぁ」
俺にもそんな時代があったな。約20年前……悲し過ぎる。時の流れほど残酷な物は無いな。
俺もガーネットの後をゆっくり追って行く。
──その時
足元が突然持ち上がり、
「どえぇえええええええええ──ッ⁉︎ 」
右足にロープが絡まり、宙吊りになってしまった。
「な、なんだッ⁉︎ 」
「引っかかったわね、このハゲ豚クソジジイ」
「誰だァアアア! 今ジジイって言った奴は‼︎ 」
「私よ、このハゲっ! 」
「ちょっと待て! ハゲて無いだろ‼︎ 」
姿が見えない。だが女の声が後ろから聞こえる。
「早速だけど、頂くわ」
「はぁっ? 」
気配がどんどん近づく。そして妙にエロい手つきで首筋をサラリとさすられる。
「じゃあ、いただきます」
女がそう言った直後、──首筋に激痛が走る。
「いでぇえええッ! 」
鋭く伸びた八重歯が首筋の奥にまで刺さる。噛まれたのだ。突然女に首筋を噛まれたのだ。
「ちっ、痴漢です‼︎ ここに痴女が! 」
「誰が痴女よ! 」
「お前だよ! あと結構痛いからさっさと離れ……⁉︎ 」
突如目がくらみ、体の力が抜けだす。
「どうなって── 」
答えはすぐ分かった。噛まれた首筋から血が──そして生気が吸われていく。
「こ、この! 離れろ‼︎ 」
俺は体をねじり、腕を振り回す。しかし女はたやすく躱し、木の幹に飛び移る。
「ようやく姿を見せやがったな」
視線が奪われるほど綺麗なピンクの長髪、翠色で勝気な瞳──
黒のマントを羽織ってはいるが、中はビキニとホットパンツという、露出が高い服装だ。
そのマントでは隠せないほど主張してくる豊満な胸に目がいった事は内緒にしておこう。
そんな事より、キラリと輝く鋭利な八重歯。そして血を吸うこの女……
「……お前、吸血鬼か? 」
「そう、私は吸血鬼。名はローリー、ローリー=エリントンよ」
そう言って、俺に近づいてくる。
「待て! 」
「どうしたの? 命乞い? 」
「違ぇよ。今日の俺はお前を許容出来るほどのキャパは持ち合わせて無いんだよ! 」
女神様に会うは、世界は変わるは、魔法使いやらで既にキャパオーバーだと言うのに……
「悪いけどまた明日にしてくれ。だからロープを外してくれ」
「外す訳無いでしょ! 」
ローリーは憤慨するが、すぐさま気を取り直して笑う。
「どの道、あなたはもう終わりよ」
「どうゆう事だ? 」
「先程あなたの血を大量に吸血したわ。常人なら小一時間は体も動かせない程にね」
「なっ⁉︎ 」
「あなたの血は美味しかったわ、そして何よりその底の見えない生気。私、虜になりそう……」
ローリーは宙吊りの俺と同じ向きで──
「ねぇ、」
両手で優しく俺の顔を持ち──
「私、あなたを……」
鼻と鼻が触れる──ほぼゼロ距離にまで顔を近づける。足を絡ませ、その豊満でやわらかな胸がピタリと俺の体に密着している事すら気にせず夢中で──
「好きになりそう──」
頬に熱を帯びたトロンっとした顔で、鋭く尖った八重歯を差しだし吸血する。
──手前
「きゃんッ! 」
俺の右手がローリーの頭を捕まえる。
「テメー、やっと捕まえたぞ! 」
全てを投げ捨てて身を委ねる寸前、俺の理性が勝ったのだ。 30年童貞は伊達じゃない。
「ちょっ、離して。今の流れは身を委ねる場面でしょ! 」
「残念だったな。──俺は魔法使いなんだよ」
「意味が分からない……あと何で動けるのよ⁉︎ 」
あり得ない……と言いたげなローリーは困惑しながら抵抗する。まぁ、俺から言わせたら突然首筋を噛み無許可で血を吸う方があり得ないがな。
「知るかよ。それより覚悟しろよ」
俺は宙吊りのまま、右手でローリーの頭を掴み──
「離して! 」
ゆっくりと、殊更にゆっくりと体を捻り、左腕を振りかぶる──
「や、やめて 」
ローリーはやや涙目になっている。
「喧嘩を売る相手を間違えたな」
「やめて、ゆるしてっ! 」
俺は捻った分だけ体を回転させ、その勢いのまま左拳を振り抜く。
「ひいぃ 」
────寸前で腕を止める。
ローリーはプルプルと震え、涙が溢れ落ちそうだ。
はぁ……
ぺちん──
俺はローリーのおでこをデコピンする。ローリーは泣きそうな顔で、はてなマークを浮かべる。
俺はロープをちょんちょんと指差す。
「これを外したら許してやるよ」
「──えっ? 」
「ゆるしてほしいって言っただろ? だからロープ外したら許してやるって言ってんの」
……まったく、さすがに女の子の顔面は殴れないよな。紳士の俺には無理だ。
「い、いいの? 」
「逆にいいの? 」
「……ダメです」
ローリーは少し戸惑いながらも慌ててロープを外してくれた。
「ふぅ、やっと解放されたぞ」
「あの、ごめんなさい 」
ローリーが謝ってきた。未だ涙目だ。
「え、ああ……」
突然首噛んできたり吸血したりで忘れてたが、この女凄く可愛い……思わず許してしまいそうになった。
「いや、これからはするんじゃ無いぞ」
「はい……」
全く、酷い目にあった──……あれ? 意外と役得なんじゃないのか?
いきなりハゲって言われて、罠に嵌められ、首を噛まれ、常人が動けなくなる程血を吸われ生気を吸われ……
しかし、めちゃくちゃ可愛い女の子の柔らかさを堪能──急すぎてそんな余裕は無かったけど……
俺は互いを天秤に乗せる。
「うーん」
取り敢えず分かるのは疲れたということ。今日は朝からハード過ぎる。
「それに首の傷……どうす──ッ⁉︎ 」
首筋に触れて言葉が詰まる。傷が無い? 確認するが傷口が見当たらない……どうなってるんだ?
──その時、
「おーい、キョータロー! 早くぅー」
遠くからガーネットの声が聞こえた。
しまった、すっかり忘れてた。兎に角傷の事は後でいいや。
「待ってろー、すぐ行く」
俺はガーネットに返事をし、ローリーに近づき──
「もうするんじゃないぞ、そもそもお前は可愛いんだから男には困らないだろう」
涙の一雫を奪って、その薬指へ──
その後、俺はガーネットの方へ行く。
ローリーが今どんな顔をしているかなんて、知る由も無い。しかし、童貞なりに格好つけたので、振り返らず、朝山京太郎はクールに去るぜ
はぁ……
……ったく、今日は寝れないな。俺はモゾモゾする下半身を必死に隠し、ギルドに向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺が今履いているズボンは寝巻きであり、やや大きめだ。これ程までに寝巻きで良かったと思ったことは無い。
俺の聖剣が、誰かに抜いて欲しそうにその存在を誇示している。二つの意味で……なんつって。
「くっ……あの痴女めッ! 」
俺は前かがみになり、ゆっくりギルドに向かっていく──が、何やら誰かに見られてる気がする。
「誰だッ! 」
俺はパッと後ろを向くが、そこにはローリーしか居ない。まあ、さっき別れたばっかりだし、近くにいてもおかしくはない。気のせいだったか……
俺は再び歩き出す。
スタスタ、
スタスタ、
スタスタ──
……やはり感じる、視線!
振り返る────が、やはりローリーしか居ない。ローリーはあらぬ方向をむいている。というか、距離が変わってない。
「おかしいな……」
俺は前を向く──
「なんちゃってぇええ! 」
──フリをして再び後ろを向くと、ローリーとバッチリ目があった……
「あっ、はは……」
「はあ、はは……」
「…………」
「…………」
──この女はヤバい!
俺は無言で振り返り全力で走った。
「ちょ、何で逃げるのよッ!」
「知るかッ、 お前こそ何で追ってくんだよ!」
「そんなの私だって知らないわよ! 」
「いやいや、お前は知っとけよ! 」
ローリーに突っ込みながら、後ろ向きで全力疾走していると、石に引っかかり足がもつれ──
「どぇえええええっへぇええ! 」
勢いそのまま、5メートルほどゴロゴロすっ転んでしまった。
全力疾走するオッさんというのは絵的に酷いものだが、さらに石につまずいて転ぶ童貞の絵は正直醜すぎる。しかもそれが自分であると言う事実……
「だ、大丈夫……? 」
ローリーに心配された。いっそ殺して……
「だ、大丈夫だよ」
俺は土を払い、立ち上がろうとするが、
「いてっ…… 」
腕から血が出ていた。派手に転けたので結構出血している。
「全く……」
出血を手で拭き取ろうとした時──
「待って! 」
「ローリー? 」
「ジッとしてて」
ちょこんと隣にしゃがみ込み、ローリーは腕をまじまじと見つめる。
「ハァ……」
そして股の間に足を入れ込み、体を密着させる。その柔らかな感触が体を覆う。
さらに、撫でるように淫らな指で胴、胸、肩から腕へと這いよらせ、俺の腕を取る──
「ハァハァ……今度は痛くしないわ」
息が荒れ、艶かしい女の声で、その火照った顔を近づける。
「ちょ、おま──」
ローリーは俺の腕にやさしく口づけをする。
「ひぃやゃいいッ!」
つい変な声が出てしまった。
ローリーは気にせずに血を舐める。
その体を預け、血を──俺の腕を舐め回す。
「ん……んん」
熱を帯び、赤くなった顔で小さく喘ぎ、上目遣いでこちらを見る。プルっとした口には唾液の糸がひかれる。
「ちょ、ちょ、ちょ──ストップストップ! 」
俺はやっとの思いでローリーを引き離す。
心臓が破裂しそうだ。初めての痴女キャラだからって調子に乗りすぎなんだよ!
ローリーは物欲しそうに人差し指を口に当てこちらを見てくる。
これ以上は俺がもたない……
「もう終わり終わり。ほらっ! もう血は出てな──」
俺は自分の腕を見て驚愕する。
血どころか傷口が──派手に擦りむいた筈の傷口が既に塞がっているのだ。そういえばおでこの流血も無くなっている。
「なっ……」
何がどうなってんだ?
「あなた体、加護の力が働いているわ 」
「……加護? 」
「そうよ、何の加護かは知らないけど、私が噛んだ傷も消えてるし。あなたの血が美味しいことや、エグいほどの生気もそのせいなのかもね」
ローリーは膝をパンパンと払いながら立ち上がる。
エグい……最近聞いた様な……
あっ、あれか……
時間に追われ、つい選んだ『体力がエグい』という謎ネーミングな女神の恩恵。まさか、治癒力もエグいとは……
と言うかこの恩恵、意外とすごいんじゃないか⁉︎ 短い間だが異世界チーレム無双とかも出来るんじゃないか?
そうと決まればさっさとギルドに行って活躍せねば! そしてキャーキャー言われたい。
俺は立ち上がり、砂埃を払う。
「じゃあ、ローリーだったか、またな」
「……ロエ」
「何? 」
小声でローリーが何か言っている。
「私はローリー=エリントン、親しい人はロエと呼んでいるわ。だ、だからあなたも……ロエと呼んで」
モジモジと恥ずかしそうに言う。
こいつ、胸押し付けたり腕を舐め回したりする時は痴女キャラだったのに……あだ名くらいでピュアな反応するなよ。可愛いと思ったじゃねぇか。
「分かったよロエ、また今度な」
「待って──ッ! 」
ロエはまたしても呼び止める。
「今度は何だ? 」
「私、──あなたが好きなのッ! 」