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そうです、ただの魔法使いです  作者: 玄上ひとえ
第1章 魔法使いと入れ替わりました
29/89

26 この川……深いッ!



 自分の家の匂いが分からないみたいに、割と特徴的な匂いのこの部屋も、毎日居るとどんな匂いがするのか分からない。



「……暇だわ」


 学校に保健室なんて必要なのかしら? 生徒もほとんど来ないし……


「誰でもいいから来ないかしら……ほんと」


 この学校の生徒は優秀だ。だから滅多に怪我をしない。しても回復魔法でなんとかしてしまうのだ。


 つまりこの学校において、アスカ=ユグピエドの存在意義など皆無に等しいのだ。


「まあ、その時が来ればちゃんと働いているけれど……」



 否定の否定は肯定になってしまうので、ちゃんと否定する時は奇数回否定するのが基本である。



 それにしても暇……


「さすがに昨日の今日じゃあ……」


 私はチラッと保健室の出入り口を見る。


「まあ来ないわよね」


 昨日、うちの生徒のガーネットさんが奇妙な魔法使いを連れて来たのだ。私より長く生きてそうなのに自分の魔力ランクも知らなかったおかしな人。名を確か、


「朝山、京太郎── 」


 ここら辺では聞かない様な珍しい名前である。しかし、この国らしい顔立ちをしていた……


「本っ当、謎の多い方だわー。でも一番謎なのはコレよね……」


 ため息混じりに目線を下ろすと、解体されて黒コゲな中身が露わになった測定器が、そこには有る。


「悲しいかな、こんな御粗末な姿のこれが国が認めた魔道具だなんて── 」


 魔道具といっても様々有るけれど、基本魔力に呼応こおうして作動する。そして使用者の魔力量によって魔道具のステータスは著しく変化する。

 簡単に言えば、魔力が多いと魔道具の性能や耐久性なんかも上がり、そしてその逆も然りなのだ。


 まあ魔力量なんて人それぞれだから、多い人も居れば少ない人だって居る。


「そう、人それぞれだからこそ──」


 だからこそ、膨大な魔力量をも測れる様な容量キャパがこの魔道具にはあったのだ。それを0〜10までのランクに分けたのがこの装置なのだ。


 私だって9以上のランクなんて見た事無いのだ。10なんて以ての外だ、そもそもこの国にそんな数値を叩き出す人がいるのかも怪しいレベルなのだ。それ程までの容量キャパを持ち合わせたコレは、紛う事なき優秀な魔道具なのだ。


 しかし──


「今ではこんな愉快で素敵な姿になっちゃって……」


 冗談交じりに軽くいなすが……実は冷や汗が首筋に滴るほど動揺しているのだ。


 破損箇所は、流れて来た魔力を溜めて量を測るタンクの様な箇所である。測定器が壊れる事自体がまれなのに……



 ──普通こんな場所は壊れない



 昨日は一瞬で除外した選択肢が、思いつくだけ思いついて『これは無い』と早々に放り棄てた選択肢が……今──測定器を解体して破損箇所を調べてから現実味を帯びてきている。


 頭角を表す様に、『これがお前が知りたがってる本当の解だ! 』と言わんばかりに、その選択肢がズカズカと私の脳裏を土足で暴れ出すのだ。


 だが──


 『その選択肢が解で良いのだろうか』という、なけなしの疑念と固定概念が必死に抑えつけている。確定する一歩手前で……


 しかし背理法が成立しないのだ。矛盾が生じないのだ。辻褄が合ってしまうのだ。タンクの箇所が破壊したのも、『 00 』という値が出たのも……全て合致してしまうのだ。



 明らかなオーバーフロー。それも圧倒的な量の────……



「朝山さん……あなたは何者なの? 」


 つい独り言が溢れてしまう。此処まで来ると認めざるを得ない。固定概念を捨てざるを得ない。『私の経験が浅いのだ』と、言い訳付けて……


「これは公表すべきでは……無い、か」


 この事実を本人以外に開示すべきか否か迷ってしまう。開示してしまえばきっと、この国に有益な情報になるだろう。しかしどうだろう、あんな素性も分からない様なヒトを政府が信用するだろうか?


 薬も過ぎれば毒となる──どんな有益でも、危険とみなされれば政府に殺されてしまうのではないか……もしくは研究者によって人体実験のモルモットにも……


「はぁ……まったく、不用心過ぎないかしら……」


 こんな、国家を騒がせる程の事を学校の保健室なんかで、それも私の所でするなんて……


「何かの縁、なのかしら……? 」


 そう思うと、胸の中で何かが込み上げて来そうになる。昨日、ガーネットさんや吸血鬼さんをかき乱す為だけに発したセリフも撤回して、再度言い直す必要がある……かも知れない。


「まあそんな事する必要など無いかも知れないけど」


 私は今までヒトを好きになった事が無い。勿論両親や身内などは、ちゃんと好きだ。そうではなくて、端的に恋とか、テレビで見る様な情熱的な恋愛をした事が無いだけ。



「朝山──さん……」



 今名前を発したのだって、現在私を悩ませる唯一の存在だからである。特に他意はない。



「今は何しているの、かな……」



 今のだって、私がこんなに悩んでいるのに本人は何をしているのだろうか気になっただけ。遊んでいるのなら怒ってしまいそうだ。



「来ない、かな……」



 今のだって、ドアを見たのだって、単純に暇なだけだったから。これと言って深い意味はない。



「朝山さん、何しているのかな……」



 こ、このセリフだって特に意味はない。加えて言うなら、顔が熱いのだって考え事にエネルギーを消費したから。熱いのは当然である。



「……まったく、」



 私は手で扇ぎながら外を見る。




「本当に何やってるのかしら、私は……」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 宙を舞うその体は、東の太陽に照らされてシルエットと化す。



「────ッ‼︎⁉︎ 」



 予想だにもしない不意な敗北に、その顔は完全に呆気にとられている。


「「「あっ、兄ちゃん‼︎ 」」」


 野次の馬たちも驚嘆の声を上げる。



「────あれ? 」



 反転、暗転──


 竿殺し(ロッドアウター)を一本背負いしたと思ったら──


 天地逆転、視界が相反そうはんしている?


「そ……空にいたのは……俺だったァ──」


 せぬ展開に思わずヌケサクじみたセリフが飛び出てしまった。


「兄ちゃんんんんんんんんんんんんん! 」

「魔法使いの兄ちゃんが宙を舞ってる⁉︎ 」

「いやぁあああああああああああああ! 」


 

 虚空に描くは一筋の童貞────……うん、無理。どう足掻いても無理。どう頑張っても今の状況をかっこよく表せない。どんな小説家でも無理だな。



 そして打ち上げられると次第に速度がゼロになり──


「あ──ああ? あ、ああ、ぁあああアアアアアアアア──ッ‼︎‼︎ 」



 そこから急降下、降下、降下、降下!



「ちょ高い速い、怖ぃ怖ぃ怖ぃ怖ぃ怖ぃ怖いィイイイ‼︎‼︎ 」


 水面に近づくに連れ、冥府めいふの死神に鷲掴みされたかの様に、俺の心臓が収縮していく。


「ちょっ、とまとまとまとまとまとまっ、止まってェエエエエエエエエエエエ! 」


 しかし、俺の決死の懇願も叶うはずもなく、エネルギーさんはしっかり保存されているのだ。位置エネルギーは運動エネルギーへと変換され、つまりどんどんドンドン、どんどこドンドコ速くなっていき──



 ザッバァッッアアアア────ッン‼︎‼︎



 位置エネルギーがゼロとなり、完全に変換されたと同時、俺はガッチガチの水面に叩き付けられた。


「いッッてぇええええええ──ガバボボボボボボボボボボッッ‼︎‼︎ やばっババババババババババ! 」


 水面では全てエネルギーは消費されず、さらに下に深く、深く──

 そして服に、そしてローブに水が吸われさらに沈んでいく。


「がババッッ! ちょまっ、この川……深いッッ‼︎ 」


 底が見えない川に、どんどん落ちて行く。


 俺は空気を求めて水面へ上がって行く。体が重い。叩き付けられたダメージが思ったより大きいのだ。そして服が重た過ぎる……クソッ、明日からラフな格好にしてやる。


「ボボボボボボッ! 」


 竿を握り締め、腕を掻き分けながら上っていく。川の中に石──では無く竿殺し(ロッドアウター)が居る。何なら糸を辿れば居るのだ。絶対に離さん!


「ブハァアアアアッッ! ハァ、ハァ……ハァァ……死ぬかと思ったぜ」


「あ、兄ちゃん大丈夫か! 」

「ようやく出てきたわ! 」


 川の中から顔を出すと、野次馬たちが波打ち際まで駆け寄ってきていたのだ。


「なっ、何とかな……ガハッ、がほっ! 」


 念願の空気を大量に吸い込み、呼吸を整える。


「安心しろ、まだ竿は持ってる」


「バカ! そんなモン速く捨てろ! 」


「バカ野郎! 捨てたら逃げられンじゃねえかよ! 」


「バカなのは兄ちゃんだ! 命の方が大事に決まってんだろ! 」


「いいや、おじさんの方がバカだな。此処ここで逃したら全部パーだろーが! 川に落ちたのも、水面に叩きつけられたのも!」


「バカ! 命がある内に捨てろ! 」


「バカ! 捨てるわけ無いだろ! 」


 バカの応酬が繰り広げられる。俺もおじさんも譲る気は無いのだ。


「もう腹が立った! この竿は絶対に離さん! 」


 俺は竿を引っ張る。リールが無いのに糸がどうやって巻かれてるのかは知らんが、力一杯竿を握り引っ張る。


「ぐぉおおおお、重ぇえ」


 竿は今にも折れそうで、90度以上曲がって居る。ただ竿殺し(ロッドアウター)が徐々に近づいていて来ているのは実感出来る。


「どれ、テメェの顔でも拝んでやろうじゃねぇかよ」


 俺は竿を握りながら川を潜り、糸の先を辿っていく。


「兄ちゃんッッ! 」


 後ろでおじさんが叫んでいるが、安心して欲しい。俺は並みのことでは死なないのだから。


 糸を辿り、辿り、辿って──


 中々姿を現さない。底は見えずシンとしている。


何処どこにいやがんだ? ツラを拝んで── )


「ガバァッッ! 」


 思わず息が零れ、大量の空気の泡が水中を上昇していく。


(な、なんだありゃ…… )


 水底にひそむ暗澹あんたんとした何か……


 二ヶ所──薄暗くも何かが光って見える……光同士のスパンは長く、途轍もなくデカイ何かにも……


 俺は目を凝らしてその光を覗く。


(な、なんだ、この奇妙な感じは……ヤバい気がする…… )


 俺が光を覗くのと同様に、光も俺を見ているような……光に見られているような奇妙な感覚。



 糸もその光の中心に伸びているのだ……



(これは……まさか……な。いやいや、有り得ねぇだろこのサイズは! )


 だがこれで動いたなら確定だ……動いてくれるなよ。


(うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッッ‼︎ )


 俺は力の限り竿を引く。


 水中が震える。竿から間接的に底の石や岩などにぶつかる感触が──


 そして、光が、目が(・・)──



 竿を引いたこちら側に近づいて来たのだ。



「がバァボボボボ──ッッ! やバァボボ、撤収だ‼︎ 」


 全身に鳥肌が立ち、『全力で逃げろ』と身体が警告しているのだ。


 上へ、上へ、上へ──


 暗澹とした水面を掻き分け上る。持っていた竿も捨てて。


(やばい、やばい、ヤバい、ヤバい、ヤバイヤバイヤバイヤバイ! )


 必死に、決死の思いで水面へ。そして徐々に、徐々にと明かりが差し込んでくる。乱反射された太陽の光が──


(よし、見えたぞ! )

 

 残りの距離も全力で掻き分け、遂に水面から顔を覗かせる。


「兄ちゃんッッ! 」


「ハァハァ……おいおじさん! 早くここから逃げろッッ! 」


 鬼気迫る顔で必死に訴える。


「なっ、どうゆう事だよ⁉︎ 」


「いいから! 野次の皆んなにも此処から── 」


 何かが、ゾッとする様な何かが──


「いいから早く! 」


「分かった」


 おじさんは野次を連れて避難した。


「俺も早く── 」


 岸に登ろうと水面を見た瞬間、身体が止まった。


「兄ちゃん、早く! 」


 水面一帯が黒く、いや暗く──


 そしてそれはどんどん広がり、それに連れ心臓の脈動が早まり──


「兄ちゃん──ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎ 」




 そのおじさんの叫びと共に、俺の視界は黒に染まった。




 

釣り回……まだ続きます。もう正直ね、釣りはそんな重要な話じゃないんでね、早く終わらせたいんですけどね……作者が釣り好きって、はっきり分かんだね

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