1 琥珀の少女・ガーネット
少し修正します
目を開けると、見慣れないベッドの上に居た。
「お早う! 今のあなたはだーれ? 」
横から声が聞こえた。振り向くと、そこには見たことのない少女の姿がある。
琥珀色の鮮やかで煌めく髪、肩にかかるほどの髪がさらりとなびく──
その少女は、髪と同じ琥珀色の、少し幼げな瞳で俺をマジマジと見ている。
「誰って──」
ふと思い出す。夢の中での出来事を。
──今日から魔法使いになってもらいます
「ああ、なるほど…… 」
いつもと違う布団、見慣れない天井、そんな空間に謎の少女と2人。
「フッ 」
俺は一つせせら笑う。まるで解答を待ち望んでいるかの様に露骨に揃う条件。
舐めすぎだよ女神様。ここまで与えられたら今の状況を完璧に把握できる。
そう──
「夢だな。夢、夢、夢! 気を取り直してお休みマイスウィートおふとぅん! 」
俺は再び布団に潜り込む。
ふぅ、女神様も中々やるじゃないか。夢に夢を重ねてくるなんて……一瞬焦ったが、所詮は夢。とどのつまり夢──
「夢じゃないよ」
幼い声とともに、ぺちんと顔に衝撃が走る。
「──え? 」
俺は目を開ける。ゼロ距離に柔らかな手が乗ってあり、その隙間からは琥珀色の少女がジト目でこちらを覗いている。
「やれやれ、中々しつこい夢だな」
俺の頬に冷や汗が垂れる。
「だから夢じゃないよ」
「そうか、それでいつになったら夢は覚めるんだ? 」
「だからっ……! 」
俺は頑なに否定する。いつになっても夢が覚める気配が無い。だが肯定したら色々ヤバい気がする。
「夢じゃないの! 」
頑なに否定され続ける少女の目はうるうるしており、今にも泣きそうな状態だ。
「分かった……分かったよ。俺の負けだよ」
全く、なんてずるいんだ。これでは俺が悪みたいじゃないか。
可愛いは正義という言葉がある。可愛い女が泣けば、その正義を中心に辺り一帯は全て悪と化すのだ。そしてその正義の元、『お兄ちゃん』という執行官に正義を執行されてしまう。
「悪かったよ」
俺はチョイチョイと少女を手招きする。
「……? 」
少女は頭にはてなを浮かべながらも素直に近づいてくる。
今の俺は悪。そしてこれは夢──
「……ッ⁉︎」
俺は少女の頬を引っ張る。すべすべとした感触、ふにふにとした柔らかい肌。
「ふむ、すっごいリアルな感触だな。さすが全知全能の神と言ったところか」
「神……ふえぇ‼︎ 」
俺は少女を抱きしめる。体を包む柔らかな感触。鼻孔をくすぐる甘い香り。
「えっ、えっ⁉︎ 」
少女は顔を真っ赤にして困惑する。
「何するんですか⁉︎ 」
「このシチュエーションを楽しみたい気持ちもあるが、そろそろ起きないと会社に遅刻するんだよ」
邪な気持ちが全く無かった訳では無いが、夢というのは良いところで覚めるのだ。今回はそれを逆手に取ってやる。
しかし──
「え? 」
覚めない。少女を抱きしめたまま時計の針は回る。
「…………」
ダラダラと脂汗が流れる。完全思考停止。俺の中で時が止まる。
その時真っ赤に染まった顔の少女と目があった。
「「…………」」
お互い無言。ダラダラと汗が止まらない。そして紡ぐ様に、
「……マジ? 」
するとバシィッと頬を叩かれ数メートル吹っ飛ぶ。
「……マジです 」
蒸発するほど頬を赤くした少女はプイッとそっぽを向くのであった。
その後、再三土下座をして少女に許して貰いました。ちなみに、どうせなら胸でも揉んでれば良かったなとかは思ってない。断じて思ってない。
思ってないんだからね!
「コホン、じゃあ本当に入れ替わっちゃったんだね」
「君は、この体の持ち主の知り合い?」
「うん、まーね! 知り合いって言うか同じパーティーメンバーってだけ」
「そうか……」
なんかもの凄い罪悪感だ……今思えば人が入れ替わるってマズくないか?
「安心して! パーティーメンバーって言っても昨日なったばかりだから。」
「そうなのか、と言うか君は何で入れ替わる事知ってるの? 」
俺なんか狭間でようやく知ったのに。
「ははっ、何言ってんの? そんなの一般教養でしょ」
「そんな教養があってたまるか! 」
この世界は危ないかも知れない。
「元あなたなんて、『俺は童貞を貫いて人間になるんだ! 』って嬉々としてたわ 。現あなたもそんな感じなの? 」
「え…………。
と……当然だろ! 」
少女はジト目でこちらを見てくる。
「そんなの当然に決まってるだろ! 童貞も守れない様な男が一体何を守ろうってんだよ!」
「格好良い風に言っても全然格好良くないよ」
……ですよね。なんか同じ男として圧倒的敗北を味わった気分だ。俺なんかさっさと卒業したかったのに。
「と言うか……」
嬉々として童貞を貫いたって……そんな男いるの? それは最早男では無いと思うんですが? てことはこの器の持ち主って女?
え、マジで! ──女なの?
───
───
「──男かよッ!!!」
俺は洗面台の鏡に向かってヘッドバットをかました。
バッキバキに粉砕される鏡。おでこからは大量の流血。只今血圧ぐんぐん下降中だよ!
そのおかげで冷静さを取り戻し、現状のヤバさを理解する。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない。色々やばい」
女神様の件も夢だと思ってポンポン進めていたが……これは夢ではない?
ゆ め で は 無 い ……?
「え……………… ヤバくね?」
「その流血はやばいと思うよ」
「え……私は誰? ここはどこ?」
「どうしたの? 今ので記憶喪失?」
もちろん記憶喪失などでは無い。むしろ憶えているからヤバイ。
「まあいいや。記憶が無いなら自己紹介だね。私はガーネット、 妖精族のガーネット」
妖精族……。これは会社ぐるみの集団ドッキリなどでも無い。
マジだ。大マジで魔法使いになったのだ。
「……どうしたの?」
色々パニックになって黙っている俺を見て、ガーネットちゃんは心配する。
とりあえずは自己紹介……こんな小さな子が名を教えてくれたのだから。
「俺は京太郎、朝山京太郎だ。よろしくな」
「ふーん、キョータロー……変な名前だね。よろしく」
俺はガーネットちゃんと握手をする。
色々考える事もやる事も多いが、1つずつ飲み込んでいくしかない。
どうせ会社も行かなくていいのだ。時間は沢山ある。
「なあガーネット……ちゃん?」
「ガーネットでいいよ!」
「お、おうガーネット」
魔法使い……ここは日本ではなく異世界。とりあえず、一先ずは転勤。転勤したと考えて──
「ガーネット。挨拶がわりに何か魔法を見せてくれよ! 」
どうせ明日には元に戻ってんだろう。折角ならこの摩訶不思議体験を堪能してやろう。
当のガーネットは俺の言葉を聞き、ポカンとしている。何か変なことでも言っただろか?
「──っあ! そうか、キョータローは人間だもんね。ふふっ、魔法使いが魔法を見たがるなんておかしくて」
ガーネットは口元を手で隠し笑っている。
……まあ、この体の魔法使いも魔法使えないらしいがな。
ひとしきり笑ったガーネットは机にあった杖を持ち──
「いいよ! 見せてあげる」
そう言い、ガーネットは胸の位置に杖持って行き目を閉じる。
「《火の精よ、我が理を以て顕現せよ》」
その刹那、ガーネットの周りがオレンジ色の光に包れる。そして虚空から二体の火の精が現れ──
「いくよっ! 」
ガーネットは目を開け杖を振るう。
火の精はガーネットの杖に合わせ舞う
ガーネットも火の精と共に舞う──
クルっと鮮やかなターン、滑らかな軌道で杖を振るう。
そして軽やかにタップを踏み、彼女だけの世界を作る。
「まだまだだよっ! 」
杖からは琥珀の明かりが灯り、妖精は火の轍を作る。
ガーネットは両手を大きく広げ──
「あっははっ! 」
楽しそうにスピンする。
妖精の動きも激しさが増し、轍が──世界が広がる。
木造の、朝の薄暗い空間で、ガーネットの世界だけが煌めく。
──言葉が出ぬほど美しい。
俺はガーネットに──ガーネットが作る世界から目が離せない。
「決めるよっ! 」
ガーネットに勢いが増す。しかし一切の粗さも無い。
スピン、スピン、スピン──
火の轍が渦を巻く。
勢いを増すガーネットのスピンに、俺の心臓も激しく鼓動する。
「はいッ‼︎ 」
渦は花火の様に美しく霧散され、ガーネットは姿を現す。
息をあげ、少し汗をかいた──やり切って満足顔をしたガーネットが。
──声が出ない。
終わったにも関わらず、ガーネットの世界の余韻が頭から離れない。
「……どうだった? 」
そんなガーネットの声で、ようやく我に帰る。
「あ、ああ、美しかった。正直見惚れてたよ」
心からの賞賛。口ベタな俺に出来る精一杯の賞賛。
「ちょ、……そんなに言われると、なんか恥ずかしいよ……」
ガーネットは少し頬を赤らめ、モジモジと俯向く。
「本当だよ、本当に綺麗だったよ 」
汗のかいた、幼く、赤く染まった顔はさらに下を向く。
本当にだよ……
初めて見た魔法がお前ので良かったよ。
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「いい加減出てきてくれよー」
「…………」
はぁ……
あの後さらに褒めちぎったところ、ガーネットは顔を真っ赤にして、汗をかいたまま布団に潜り込んだのだ。俺の(ここ重要)
幼女の汗だぁブヒヒッとか、幼女が俺氏の布団に……デュフッとか、そんな童貞みたいな事は別に考えていない。
……まあ、童貞なんだけどな
それより、
「悪かったよ何か奢ってあげるか──」
「本当にッ! 」
ガーネットは勢いよく布団から飛び出る。
「……本当だよ」
やはり子供はチョロいなー、子供と言っても多分15か16歳位だろう。30の俺からしたら充分子供みたいなものだが。
舞っている時は色気の様なものを感じたんだが……
まあ、元気いっぱいの方が年相応のこの娘らしい。
「じゃあキョータロー、ギルド行こ! 」
ギルドって聞くと、本当に異世界なんだと実感する。
「ああ、しかし俺はギルドの場所は分からないぞ」
「私が案内してあげるね」
ガーネットは人差し指を立て、ニッコりと笑う
「それじゃあ、よろしくな」
そうと決まれば出発だ。まずは着替えないと……なんだが──
「ガーネット、着替えどこにあるか知らないか? 」
「え? 知らないよ、ここはあなたの家でしょ?」
「まあ、俺の家ではあるが、俺の家ではないんだよなー」
「そうだったね、じゃあそのままで行こうよ」
魔法使いって、家ではラフなんだな。ジャージの様な長ズボンに半袖シャツ一枚。ラフな格好は嫌いではないし、別にいいか。いいんだが──
「ガーネット、財布どこにあるか知らないか? 」
「え? 知らないよ、ここはあなたの家でしょ? 」
ですよね……
「色々不便すぎるッ! 」
やはり急に異世界に行くのは大変なんだな……
「財布ないの? 」
「……その様だな」
「ならクエスト受けに行こうよ! 」
クエストって聞くと、以下省略。
「じゃあ行くか! 」
俺は意気揚々と玄関に向かう──が、ガーネットに呼び止められてしまう。
「ちょっと、キョータローこれ」
そう言って俺に杖を渡してきた。
「キョータロー魔法使いなんだから、忘れないでよね」
「あ、ああ……そうだったな」
「ふふっ、それ無しでどうやって戦うのよ」
笑いながらガーネットは言うけどね……これがあっても戦えないの、キョータローさんは。グスッ
まあ、とりあえず──
「「しゅっぱーッつ!」」
最後まで読んで頂きありがとうございました!