正義の行方
若い男はその制服を真っ赤に染めて部屋から出てきた。
「おう、今日も精が出るな」
彼の先輩である四十代の髭の男が声をかける。口に咥えたタバコからは煙は上がっていない。ただ咥えているだけのようだ。
「いや、精が出るとかそんなんじゃ……、ただ、あの男、全く吐きませんね。かなり訓練されているみたいです」
溜息をつきながら答える。若い男は巨大なペンチを棚に戻し、キョロキョロと辺りを見回す。
「すみません、水責め用のホースってどこにあるんでしたっけ?」
「ああ? ああ。あれは今他の班が使ってるからちょっと待て。たく、金がねぇのはわかるけど、仕事道具くらいはきちんと揃えて欲しいもんだぜ」
「そうですか。まあ、わかりました。少し休憩したらまた、始めます。しかし、どうしようかな」
困った風な様子で若い男は、制服を着替え始める。よく見ると、その制服を染める赤はペンキや絵の具の類いではなく、正真正銘、人間の血液だった。
「爪でも剥いだらどうだ?」
髭の男は火のついてないタバコを食みながら、興味なさそうに手をぶらつかせる。
「いえ、もう手足の爪は全部剥いだんですけどね……。本当に痛みに強いみたいで」
彼らは拷問吏だった。鉄柵で囲まれた地下室は、至る所がドス黒く変色した血液で塗りたくられ、絶え間なく人間の悲鳴が響く。それは嗄れた男の声であったり、若い女の声であったり、時に小さな子供の悲鳴であったりした。
「まあ、良いじゃねぇか。じっくりやれよ。オレも今担当してる女がなかなかゲロしないから、もう気持ち切り替えて楽しんでるぜ?」
髭の男は下卑た笑顔でほくそ笑む。よく見ると彼はズボンを履いていなかった。
「ほどほどにして下さいよ。先輩、以前それで対象の精神ぶっ壊しちゃったんですから」
呆れたように若い男がたしなめる。
「青いねぇ、スティーブン君。おっと、お楽しみの時間みたいだ」
ゴーン、ゴーンと鐘がなる。髭の男は椅子から立ち上がり、グっと伸びをした。
「仕事ですからね。わきまえて下さいよ?」
「わかってるよ。このグラン・タクト、誠心誠意対応させてもらいますってな。ガハハ」
きちんとズボンを履き直した髭の男は、豪快に笑って巨大な針のような棒を手に、小さな部屋の中へ入っていった。少しすると、また耳をつんざく女の悲鳴が部屋からこだまする。
「さて、私もそろそろ……」
スティーブンと呼ばれた男も再び個室へと戻っていった。先輩拷問吏をたしなめた彼だったが、個室へ入る前の彼の顔には、責めを楽しむような残忍な表情が張り付いていた。
「こら、そろそろ起きなさーい! もう朝よ! 学校に遅れちゃうでしょ!」
「はーい!」
賑やかな朝の何気ない風景。そこに流れるテレビのニュースに、この家族の誰も注目していない。
「ただいま入ってきたニュースです。先ほど、政府軍の施設がテロリスト集団によって爆破されました。繰り返します。先ほど、政府軍の重要施設が、テロリスト集団によって爆破されました。この爆発によって多数の死者がでています」
「また新しい情報が入ってきました、この爆発によって死亡が確認されたのが、グラン・タクト少尉、マラガ・スティア少尉、スティーブン・ファブレガス軍曹……」
朝の何気ない風景の、何気ないニュースに、この家の誰一人として注目してはいなかった。