ひょんなヒョーゴの1日 前編、の数分後
〜前話のあらすじ〜
パンピー代表ど田舎出身、彼女いない歴=年齢の童貞郵便配達員ヒョーゴは、艶美な町役場職員ラウラの魅惑の術にハマってしまった。流れで頼みを聞いてしまったものの、何やら内容はきなくさい様子……。どうなるヒョーゴ!?負けるなヒョーゴ!!
「ーーーと、言う訳なんです…」
「はい。聞いてませんでした。もう一回説明お願いします」
額に浮かぶ汗の玉を拭いながら何やら事情を話していた様子の中年オッサン。なんとなく重要な内容だったような気がするが、ラウラさんの双峰観察に従事していたために全く耳に入ってこなかった。悪い、オッサン。
「おい、ふざけてんじゃねぇぞ」
「ちょっと、マックス。ヒョーゴくんには無理言って頼んでるんだから…」
そんな俺の態度が気に入らなかったのか、不機嫌さを露骨に押し出した剣幕でガンつけてくるイケメンくそ野郎。そんな奴から愛くるしくも俺を庇うラウラさん。へっ、ざまーみろ。
「ヒョーゴくんも、お願いだからちゃんと話を聞いて?」
「はい!この俺に任せて下さい!」
キミにそう言われちゃ仕方がないな。
俺は素直にオッサンの方へ向き直った。
「クソガキが…」
「で?すいません、もう一度説明お願いできますか?」
イメクソメン警備隊の呟きを無視して問う。今この瞬間では俺が有利なんだ。たぶんラウラさんの前じゃなかったらこんな態度取れないけど。
「え、は、はい。……実は王都のセルジオ公爵様から直々に頼まれた品の発注がありまして、それに関する手紙を届けなくてはならないのですが、誠に恥ずかしながら、こちらの不手際で今日の配達、それも特配便に出し損ねてしまいまして…。できれば貴方にそれをドーマンまで届けて欲しいのです」
ドーマンってのはここトルマリン王国北西部で最も大きな中継都市だ。その人口は王都には届かないが、この王国内でも5本の指に入る規模。俺も叔父さんに連れられて小さい頃一回だけ行ったことがある。
特配便ってのは文字通り特別な郵便物の配達のこと。主に重要な書類や貴族の取り寄せ品に用いられ、優秀な郵便配達員によって丁寧に速やかに目的地へ届けられる。値段は普通郵便の10倍から30倍だ。
なんだ、普通に儲け話じゃないか。
特配便配達人というのには、普通その道10年とか20年っていうベテラン配達人しかなれない。それは配達物の重要性もさることながら、基本隣接する町と町を行き来する普通郵便よりも遥かに長い距離を移動しなければならないからだ。
そうなれば野生動物や盗賊に遭遇する危険性も跳ね上がるし、もちろん責任も重い。
しかし、だからこそ特配便配達人は数人の護衛や、馬車で移動するのが普通で、この特に平和なトルマリン王国北西部においては、普通走るよりも楽に、安全に大金を稼げるのであーる。
「なるほど。ドーマンまでですね。大丈夫ですよ、俺も一度行ったことがありますし。引き受けましょう」
俺の言葉を聞き、オッサンは大きく安堵のため息をつく。横目でチラッとカウンターを盗み見れば、愛しのラウラさんも嬉しそうな表情で俺を見ていた。あぁ、僕は貴女のその笑顔だけで100キロは走れます。
まぁ、ドーマンまではここテフの町から走って5日、馬車なら3日という距離だ。そんなに遠い訳でもない。村にも1通報告の手紙を送ればそれで大丈夫だろう。畑仕事はあのバカ弟に任せよう。
「で、報酬なんですが」
「ええ、もちろん。無理言ってのことですから、ここは1000ベル出しましょう」
「1、1000!?」
お、オッサン。いや、貴方が急にえべっさんに見えてきたでぇ…。
通常一回のタラゴン山からテフの町への配達で得られる給料は25ベル。まぁこれはウチがど田舎だから相場でも低い方なんだが、1000ベル……単純計算で普段の30倍以上だ。今まで通りに贅沢のしない生活を続ければ、今年一年はなんとかなるレベルの大金。やる、やる以外選択はない。
「もちろん護衛と道中の諸費用もこちらが用意致します」
ななななんですと!!
「まじっすか」
あ、思わず声に出た。
いやしかし、これは余りに好待遇。護衛は普通仲介に入る役場が手配してくれるものだから考慮から外れていたが、旅費まで負担してくれるとは!これで丸々1000が俺の手元に入ることとなる。
俺はオッサン改めえべっさんの手を握り、それがかなり汗ばんでいたから一旦離してズボンで自分の手を拭い、真剣な顔で彼の目を見つめた。
「このヒョーゴ・マクレーン。謹んで任務に当たらせて頂きます。ッサー」
えべっさんは少し自分の両手を見つめてそれを高級そうなズボンに押し付けながら、突然申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「そして、一つだけ申し訳ないことがあるんだけどね、今回馬車は用意できないんだ…」
ガーン。
タライを頭に叩きつけられたような衝撃が脳内を走り、俺は思わず床に膝をつく。
な、なんだって?馬車が、ない?俺の夢だった馬車デビューが、遠のいて行く…。
馬車を走らせる道中、俺は道路の隅に倒れている人影が目に止まり、馬を止まらせた。
「ひ、ヒョーゴ様、いかがなさいましたか?ハァ、ハァ、」
下からの声に視線を下げれば、ここまでずっと走って馬車に着いて来ていた護衛のマックスが汗だくの情けない顔でこちらを見上げていた。
「あそこに人が倒れている。こちらに連れて来てくれないか」
「で、ですが、あれはどう見ても行き倒れの人間。脱走した奴隷の可能性も…」
「マックスよ、人は人だ。仁義なくして人の世を渡ることなどできん。構わんから連れて参れ」
「は、ははぁ!」
私の言に感動した護衛が頭を下げ、急いで倒れている者の元へ駆け寄って行く。
「ヒョーゴ様。女です!それもまだ若い…」
抱えられた彼女を馬車の荷台に乗せ、汗と泥で薄く汚れた顔を確認する。
それは汚れを差し引いても美しい顔であった。まるで東方から伝わる絹のように滑らかで鮮やかな金髪に、まるで人形のように整ったその顔。控えめな胸の膨らみはそれでもその少女の隠しきれない女性らしさと魅力を存分に伝えてくる。時折苦しそうに息をする彼女はまるで、遠い昔に描かれた姫の姿をそのまま現代に甦らせたかのようであった。
俺は彼女を胸に抱えたまま再び馬車を走らせーーーー
「ーーーーいつまでそうやってうずくまってやがるっ!?」
隕石のような拳骨が後頭部を直撃し、火花が目の前に散った。
「ってええええええなクソボケッ!?あ、すいません」
あまりの痛みに理性が飛び、飛び上がるように起き上がって殴った相手を睨み付ける。
そこには怒り狂ったヤクザがいた。
理性、ウェルカムバック。
「あと、もう一つ…」
えべっさん改めオッサンの声が背後で響く。
「護衛は、そのマックスさんにお願いしてます」
あは、俺死んだ。ワーイ!