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配達テイマー 恋と魔法と君と魔獣と  作者: 凡才は毎日手入れせねば
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ひょんなヒョーゴの1日 前編

朝鳥も鳴き出す前の午前4時。ムクリと起き上がった俺は、寝覚めの悪さに痛む頭を抱えながら洗面所に向かう。用を足し、顔を洗う。くぐもった安い鏡に映った俺の顔は、いつもの冴えない男の顔だった。

思春期も終わり、一時酷かったニキビもなりを収め、少し濃い目の眉毛が目立つごく普通の顔。小さい頃には坊主だったこともあり、「田吾作」と親戚のオヤジに呼ばれていたのも懐かしい。

安いパンを囓りながら、ぬるいミルクを飲み干す。


あぁ、今日も始まるなぁ。


ボロいが丈夫な革のブーツの紐を締め、俺はノソノソと家を出た。

長い冬が終わり、春の訪れが聞こえてきたこの村。畑に牧場、そして森。特産品はビール。元は木こりの集落だったというこの村は、特に目立って何もない、普通の村だ。名前もない。街に行けば、タラゴン山の村、って呼ばれてる。理由はただ単にタラゴン山っていう山を越えた所にあるからだ。

いくら春先だと言っても、朝の4時は寒い。ブルブルと震えが走る肌を摩りながら、これまた安くて薄い麻の半袖半ズボンで村を歩く。真っ暗な道をテクテクと進めば、一軒だけ薄い灯りのついた家。


「おはよう、ダイさん」


「あぁ、ヒョーゴ君。今日出るのか」


この村の小さな村役場。ほぼ普通の一軒家と変わらないそれの裏口から中に入れば、丸眼鏡をかけた白髪のオジさんが何やら書類と向き合っていた。彼はダイさん。白髪のせいで老けて見えるが、実際はまだ40歳かそこら。この村役場で長年働いている。

俺はいつものように部屋の隅に置かれた木箱の蓋を開ける。そこには箱の半分程度の高さまで手紙や小包が入っていた。


「そういえば、明日から明後日に嵐がくるらしいよ?」


「ゲッ、まじかよ。誰情報、それ?」


「メル婆さん。てか、あのお婆さんしかいないでしょ?はははっ」


それらを自前のデカいリュックサックに詰め込みながら、ダイさんと軽口を交わす。メル婆さんってのはこの村のはずれに住む魔女だ。1000人に1人しか使うことの出来ない魔法を「魔術」レベルで使用できる稀代の天才……ということだが、御歳106歳。痴呆がすすみ、アテにもならない占いを繰り返す気さくな婆さんだ。まぁ、目的地のテフの町はタラゴン山を越えてすぐ。何もなければ片道俺の足で走って半日の道のりだ。冬ならともかく、春が来て雪のとけたこの時期なら道もしっかりしている。町で道草を食わなければ、今日の晩までには帰って来られるだろう。


「んじゃ、行ってきます」


「はい、よろしくお願いします。熊に気をつけなね」


ダイさんの柔らかな声を背中に受けながら、俺は役場を後にした。



テフの町に着いた。……いや、仕方ないだろ。何にもトラブルなんて起きなかったんだ。発情期の野生動物も見かけなかったし、途中で盗賊がどこかのお姫様を襲ってるなんて絵本の展開もなかった。え?そんな俺がただ走るだけのシーン見たい?え?


ボソボソと一人ごちりながら、町の門番の方々に挨拶をして町へ入る。テフの町は……普通の町だ。さっきから普通しか言ってないな。それも仕方ない、だってここら辺は平和なトルマリン王国の隅っこ、しかも未開拓地を背にした辺境なんだから。平和も平和、それこそタラゴン山の村よりさらに奥に広がる深ーい森の奥地にでも行かない限り、魔獣の類も出てこない。

まぁ話を戻してテフの町の特徴を一つ述べるならば、やたらと酒場の多いことか。ここら辺でビールや蒸留酒の生産が盛んなこともあるし、何よりみんな酒が好きだ。特に俺の村なんか……。


走って火照った身体を冷やしながら、テフの町役場を目指す。村役場より活気のある屋内に入ると、俺はそのままカウンターへと向かった。


艶美な魅力を放つマゼンダの長髪。スッと通った鼻筋にぷくりとした唇。女性を象徴するかのような豊満なバストは、比較的タイトな役場の制服の下から圧倒的な存在感を主張し、悪戯に空けられたそのブラウスの隙間から殺人的な谷間を覗かせる。ああ、ダメだっと視線をそこから外せば、ククッと鼻腔をくすぐる仄かな石けんの香り。石けんだと!?この容姿で挑発的な華の香水ではなく、清潔感のある石けんだと!?いけない、このままでは相手の思う壺だ。嗅覚に意識を取られるな!見ろ、バストではなく、顔を見ろ。俺はそこで宝石を発見する。髪とは異なり、ルビーのように紅い瞳。長い睫毛に囲まれたそれは、まるで王族に代々継承されてきた国宝のようで。嗚呼っ!その左目下の涙ぼくろが艶かしいっ!!!



「ーーーーん?ーーゴくん?…ヒョーゴくん??」


「ハッ!?」


「ヒョーゴくん、大丈夫?急にボーッとしちゃって」


「い、いや!大丈夫大丈夫!すいません、スパゲッティとパスタの違いを考えていまして…」


危なかった。危うくラウラさんの魅了の魔術に犯されるところだった。この犯罪的美貌を持つ女性の名前はラウラさん。このテフの町どころか、トルマリン王国西部一の美人と(主にここら辺で)噂される絶世の美女だ。彼女はこの役場の一般職員で、役場を訪れる男の約87%が彼女目当てと言われる程の人気を誇る。性格は至って温和。時折見せる天然さと、「え、実は性悪なんじゃ…」と思わせられる毒発言が魅力の24歳だ。


「と、とにかく!はい、これが今週の配達物です」


「はい、ご苦労様です。今週はなんか多いね?」


「そうですね、特にウチの村から送るものなんてないんですけどね」


「ヒョーゴくんそれはひどいよ、ははっ」


ラウラさんが俺の冗談?ぽいのに笑う。その瞬間、俺はこの役場の空間の大気、それが一瞬止まるのを感じた。チラッと周囲に目をやる。見ている。ラウラさんに絡みたくて、でも特に用事もないから町のイベントとか特にないにも関わらずもうすぐあるから話し合ってるんですよー的なオーラを出しながら隅や玄関近くで固まっている男共が見ている。

……ハッ!これが力の差だよ、諸君。今までほぼ週一ペース(冬の積雪時も山を越えてくる人間は異常)をキープしながら2年の歳月を費やし、もはや軽い友達と言っても過言ではない距離感のところまで近付いた俺と、毎日来るには来るが特に理由もないためにカウンターに来ることも出来ず、終いにはラウラさんに「なんであの人たち毎日いるんだろうね?」と言われてしまっている君たちのなっ!!


「はははっ、冗談ですよ」


「ヒョーゴくんって割と面白いよねー」


割と?


そんな感じで会話と優越感を楽しんでいると、不意に町役場の玄関が開いた。そこから入ってきたのは二人の男。一人は少し高級そうな服に身を包んだ小太りの中年オッサン。もう片方は町の警備隊のマークの着いた制服のイケメンだった。

頬に一本筋のなんかカッコイイ傷跡を持つブロンド短髪のイケメンは、自信に満ちた堂々とした面構えで俺のいるカウンターへと直進して来る。


「よう、ラウラ。ちょっといいか?」


隅の有象無象がキーッと爪を噛むのが聞こえた。


そう、こいつは、


「あ、マックス!どうしたの?」


夢 の 侵 略 者(ラウラさんの彼氏)


ラウラさんの頬が薄い朱に染まり、心持ち声のトーンが高くなる。それにヤツは全く反応もせず、自分の用件を淡々と話す。うんうん、と甲斐甲斐しく相槌を打つ彼女を当たり前かのように見るその態度、その自信。


これが、圧 倒 的 彼 氏 感 。


もし隅っこの男共をアリ、俺を人間とするならば、ヤツはドラゴン。


自然界の頂点にして、かの帝国軍ですら相対すれば尻尾を巻いて撤退するとまで言われる圧倒的戦力。


俺は奥歯を噛み締め、血が滲み出るほど強く手を握ろうとして、痛いのでやめた。


「ーーーていうことなんだよ。なんとかならねぇかな?」


「うーん……もう今日の分の配達は出ちゃったからねぇ。どうしよう」


「お願いします!これが遅れれば……私の立場、いや、命がっ!!」



突然、俺は自分に一人からの視線が集まっていることに気付いた。


そう、ルビーの視線。宝石の視線。愛しのエリー。



「……えと、なにか?」


ラウラさんの頬がさらに赤く染まる。え、もしかしてコイツ、俺に惚れてーーー


「ーーーヒョーゴくん、お願いできない?」


「お受けいたします」


何のことだか知らないが。


気付けば俺は敬礼していた。

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