第五話 朝に……。
悠也が出てきます。
腹部に冷たい痛みが走り、鮮血が溢れだす。
僕はどの位の時間これを望んでいたのだろう。
白い光を体に取り込む夢をみてから、エクソシストだのなんだので言う気違いな奴らにつきまとわれた。
それが二年前で由紀野と出会ったのが三ヶ月前。
たった三ヶ月しか共に過ごしていない人間に僕は心をこんなにも開いていた。
隣で由紀野が傷口を押さえながら、救急車を呼んでいる。
そんな事しなくてもいい。
これは僕の望んでいる事で、意識をそちらに飛ばせばあっという間に空へ行ける。だってもう目の前が白くまどろんで……。
《妾の力をその様に扱う人間は初めてだ。》
お前は誰だ?
《妾は死の女神。お前も知っているのだろう?お前は死ぬ。力を手放せばの話だがな……。》
答えを知っている癖に何を聞くんだよ。
もう僕はこの世界に興味がない。
《ならば、力を継がせたい者はいるか?》
力を継ぐ?
別に特には居ないけど……でも由紀野になんにもやれなかったな。
じゃあ由紀野に力ってやつを継がせてくれ。
《最期の願い聞き届けた。これよりお前は器を捨て、輪廻するために必要な栄気を養ってもらう。》
あぁ。
わかった。
夢はそこで終わってしまう。
余りにリアルなソレに暫くはボーッとしてしまい、思考を働かせる事ができない。普通なら違和感があるはずだ、自分の命がかかってる内容の夢なのに騒ぐ事もぜす、また、静かに二言三言話しただけ命を投げ出している。
でも彼を少しでも知っているからこそ、その情景、その言葉がリアルなのだ。悠也とはそういう人だ。
朝日を眩しく感じ、家のベッドとは比べるのが失礼なほどフカフカで、金糸、銀糸で刺繍された寝台から起き上がる。
調度品といい家具といい無駄に良いものが置かれている。
壊してしまって実は人間国宝が作った作品ですとか言われそうなオチなので私は歩くにしてもソーっとを心掛けた。
あの夢でまるで私はあの黒い亡霊を取り込んだ日のようだ。
あの時も亡霊の最期の記憶の断片を見たが、今度は悠也の記憶にも似た夢を見た。
と言うことは悠也の魂はまだ此方側に居るのだろうか?
それとも悠也自身が感じた又は思った思考がまだ残り、さ迷っているのか?
どちらにしても一度器から出てしまった魂は死の女神の懐で浄化され高められ、再び違う器に入れられる。
仮に魂が辺りをさ迷っていたとしても、また会う悠也は悠也であって悠也ではないのだから意味がない。
軽いため息をついて、窓の外を見てみた。
「綺麗……。」
冬の空は何処までも何処までも澄んでいて、心を洗い流してくれる。
中庭の地面は雪によって白を無くし、ただ輝きだけを与えられている。
「なんだか、悠也と似てるね……。」
《コンコンッ》
「はい??」
「朝食の用意ができました、ナージャが下でお待ちかねですよ。」
ノブナガがドア越しから遠慮がちに声をかけてくる。
パジャマのままの私は直ぐに行く事を伝えると厚手のセーターとちょっと自慢なブランドのジーンズを履いて、食堂に急いだ。
僕はまだ魂を浄化される事もなく、どうせ忘れる事だが空の上の世界を何も知らずにいる。
ただ白く、ただ広く、臭いも音も空気も無い部屋なのか世界なのか牢獄なのか分からない場所をグルグルまわっている。
自分が何も感じないのは解っている僕はもう死んでいるのだから。きっと、ずっとこのままなのだろう。
でもなぜただ思い出す事がある。
なぜ今更由紀野の事を思い出すのだろう。
悠也はまだその疑問が自分の未来を示唆しているとは思いもしていなかった。