第2話 黒
あの二人と別れてから2週間。
ナージャの言ったピンチは訪れる事はなく、悠也が居なくなった以外は以前と変わらない時間を私は過ごしている。
今日は学校だ。
6時限目の数学を終えたら、仲の良い友達3人でカラオケに行く事になっている。
悠也が死んで、心の傷は癒えた訳ではない。実際、悠也を刺した犯人はまだ逮捕されてはいないし、手掛りは有るもののたかが3ヶ月付き合っていただけの赤の他人に教えるほど悠也の両親はお人好しでさないし、傷も浅くないのだ。
「由紀野〜っ!!早く行こ〜!!」
とびきり明るい声で私を呼ぶのは山浦水樹で、いわゆるクラスのマドンナだ。
その隣は大人しいので有名な巣鴨由衣。この子も真面目系男子には有名だ。
「私、今日は何歌おうかなぁ〜♪」
水樹は鼻唄混じりに言うと小部屋に入る。
L字のソファーとガラス張りのテーブル、カラオケ器具が置いてあり、薄暗い室内はいたって普通の部屋だ。
「さぁ〜て百点出るまで歌いますかっ!!」
三人はオーッと掛け声をかけてカラオケを始めた。
「なぁんだっ☆エクソシストになる人って暗い人が多いけど、由紀野って以外と友達いるじゃぁん☆」
由紀野達三人が入って行ったカラオケ店の真向かいのビルの屋上にナージャとノブナガは髪をなびかせながら立っていた。
「以外とは失礼ですよ、由紀野さんは普通のいわゆる女子高生なのですから。」
「でもさぁ〜☆なんか以外じゃぁないん☆トーマが魂差し出してまで由紀野にエクソシストを継いで貰うなんてさぁ〜☆」
エクソシストの能力は与えられる人間によって様々だが、同じ条件がいくつかある。
それはリスクが大きいという事だ。
永久の命を与えられる変わりに、女神から直に能力を授かる《一代目》は能力を体内に受け入れる際に莫大なエネルギーと多くの苦痛が強いられ、稀に死ぬ事もあるほどなのだが、《二代目》からはそのリスクが全くなく、一代目よりも強大な力が得られる。エクソシストはこの世の絶対な摂理を築く上で人数の変動が許されない。
そのため、エクソシストが死ぬ時は自ら次に能力を継ぐ優秀な人材を見付け、能力を移しかえるほかがないのだ。
「たった二年で魂を差し出してしまうとは、初めて会った時から不思議な方でしたが、まったく無欲な方でもありましたね。」
ノブナガは遠くを見つめながら言った。
「トーマはあんまり生きたいとか思わなかったんじゃぁない☆?ほら、私達が行った時覚えてるぅ?☆」
藤間には由紀野と同じくノブナガとナージャが仲間として顔合わせをしたように会いにいった。
その時、彼は自殺の真っ最中だった。
優しい雰囲気のノブナガを初め子供のナージャにも彼は二年間、大した会話をすることも無く消えていった。
「なぜ、死の女神はこんなにも私達人間には理解の出来ない運命を与えられるのだろう……。」
ノブナガの囁きは繁華街の明るいざわめきと、冬を目指すはりつめた風にかきけされた。
「はぁぁ〜♪歌ったぁ☆」
情けない声を上げながら水樹は大きく伸びをする。
「歌ったぁって水樹ちゃんがマイクはなさないからオンステージだったじゃん〜。」
由衣のツッコミに水樹はわざとらしくウッとつまる。
「ねぇ、あの部屋何か変な感じしなかった?」
由紀野の問いに二人は歩みを止める。
「変って何が?」
怪訝そうに水樹が顔を覗く。
「なんか…寒気してきちゃった、先帰るね。」
「うん、送ろうか?」
「大丈夫、気にしないで。」
力なく言うと重たい歩みを進めた。
暗い路地裏、一歩進めば進むほどだんだんと体が重くなっていく。
「本当に風邪ひいちゃったのかも……。」
独り言を呟くと、なお負の感情が増す。
もう冬も間近に迫ると言うのに、辺りに生ぬるい空気がただよう。
このむせかえる様な空気を由紀野は知っていた。
悠也のお葬式の時と似てるなぁ…。
葬儀はつい十日前に行われた。
元より不思議な空気をかもしだしていた悠也は友達を作るのが苦手だったのだろう、参列する友人の数が予想外に少なかった。
喪主である悠也の父が涙を堪えながら挨拶をしていたのを思い出すと今でも心の片隅がギシギシと悲鳴を上げる。
由紀野は思い切り泣きたい衝動にかられて、その場に蹲った。
悲しい時とは不思議なもので、感情は揺れているのに人の持つ感覚は研ぎ澄まされる。
《ギギッギギギーッ》
猫やネズミなどの出す物音とは全く違う類の音が路地裏にこだまする。
由紀野は弾かれた様に顔を上げる。
薄く溜め息にも似た息を吐く。それは己の死を示唆するようだった。
由紀野の視線の先には、狭い路地裏に目一杯広がった黒くうごめく無数の亡霊がいた。