第九話 ぼたん雪
大分更新遅れました。文章短いです。
白い地に薄紅色の花びらが散る封筒には達筆な字で宛先などが書き込まれている。
今時封蝋なんてされた手紙を貰ったことは無いが、綺麗に封をされた淵を指で強く弾いてみる。
「綺麗な字ね……」
私が悠也のお母さんと会ったのは悠也が意識不明で運び込まれたICUと、お葬式のそれっきりだ。
とても美人で、お父さんとお母さん両方高そうな服装をしていて、私は一目で悠也のおかれていた家庭環境がわかった。
明治から続く日本の三大ホテルのオーナーの子息。
私は彼の死んだ後まで彼の背負う肩書きをしらなかった。
手紙の内容は酷く冷たいものだ、マスコミに騒ぎたてられたくないのだろう。
私と一緒に危険な夜の繁華街を歩いて居たことを決して公表するなとの事だった。
ここで、重要なのは繁華街を歩いていたというところではない。
重要なのは私と居たということだ。
彼の葬儀に私以外に一人だけ、親族でもなく友人でもない人間が参列していた。
古い言葉で許嫁とでもいうのだろうか。
薄く化粧をしていて、喪服も何故だか華やかに見える彼女は多分大学生くらいだろう。
私をきつく睨みつけた後に粒の大きい涙をポロポロと流していた。
許嫁がいるというのを知ったのは彼と付き合っていた二ヶ月間の大分古い時だ。
許嫁など、言葉が古臭くて私は信用していなかった。
しかし、彼の葬式に参列していた親族を見て、私が暮らしてきた世界より幾分シビアで厳しい規律のなかで彼が暮らしていたのを悟った。
しかし、私はそれが可哀想とも羨ましいとも思わなかった。
彼自身の生きた軌跡をただ呆然と瞳に映すだけで、精一杯だった。
〈ピルルッピルルッピルルッ〉
軽快な電子音をたてて携帯が着信を知らせる。
「はい…もしもし…」
明るい声とはかけはなれた声音で電話に出ると聞き慣れたナージャの声がする。
『ユキノ〜3日ぶりねっ』
鈴を転がしたような声に心がフワリと軽くなった。
ナージャは不思議な力を持っているみたいだ。
『なになに〜?元気ないじゃない!!何かあったの?』
心配そうな声音で問うてきた。
なぜか悪い気がして相手には見えるわけがないのに小さく頭を横に降った。
「大丈夫、ちょっと寒くて…」
何か言い訳しなくてはと思ったけど言葉が続かない。
考えるのも面倒に思えて瞼を閉じた。
『外見てみて』
6畳の物に溢れた部屋の隅にある出窓に向かう。
お気に入りの黄色のチェックのカーテンを開くと、白い羽のような雪が舞っていた。
『じゃじゃーん♪どうせユキノは気付いてないと思って電話しちゃった〜綺麗なぼたん雪でしょ〜』
ウキウキとした声は少女を思わせていて、ビックバンから生きていると言っていた癖に、こんな気象で感動したりするあたり、ナージャもやっぱり人間なんだと実感する。
「本当に綺麗…」
ため息が出た。
まるで、天使が通った跡みたいで。
窓を開けて手を伸ばすと、雪が私の手に当たり溶けていく。
私の心のモヤモヤと共に。
読んで下さってありがとうございました