2016年 新年スペシャル 自動人形の救世主 〜でうす・えくす・どーる〜
参 〜転〜
「その程度では……わたくしを止められませんよ!」
「あきらめて、宇宙空間へお帰りなさい!」
「自分たちだけがこの世界にいるわけではないと知りなさい!」
召喚されたこの『ウィクスフィルゲニア』で、アンは『勇者』を演じていた。
およそ2日に1回の割合で襲ってくる『侵略者』=『機械人』たちを撃退していたのである。
それはまさしく殲滅であった。機械人たちは引くことを知らなかったのである。
「勇者様、ありがとうございます!」
「勇者様、助かりました!」
「勇者様、万歳!」
人々はアンを勇者と呼び、讃え、感謝した。
中でも第二王女『フィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシア』……『フィオ』はアンの信者と言っても良かった。
「勇者様、お疲れ様です」
遙か離れた都市を襲っていた『侵略者』を撃退して帰ってきたアンを労うフィオ。
その顔には、希望の光が灯っていた。なにしろ、これまでは防戦一方だった『侵略者』との戦いに、勝てる見込みが出てきたのだから。
「やはりあなた様は勇者様でした!」
与えられた自室に戻るアンの背中に、深々と頭を下げながらフィオが声を掛けた。
* * *
「……さすがに、少し無理がたたってきていますか……」
自室で自己チェックをしたアンは独りごちた。
「右肩関節、両脚の股関節、膝関節のクリアランスが不安定になってきていますね」
出力50パーセント前後で長時間戦闘をした反動である。
アンの骨格を作っているマギ・アダマンタイトは、最高クラスの強度を誇るとはいえ、お互いに擦れ合えばお互いに磨り減る運命にある。
そのため、アンの関節には少々隙間が出てきていたのである。
とはいえ、0.01ミクロンほどだった隙間が0.02ミクロンほどになっただけである。
それでも、アンは自分だけでは整備しきれない己の身体に漠然と不安を抱いたのであった。
* * *
「人々を蹂躙するならわたくしが相手です!」
「この星に拘るのを止めなさい!」
「あなたたちの上司に伝えなさい。無駄なことは止めるようにと」
更に数日、アンは『侵略者』を撃退し続けていた。
「奴ら、少しずつ強くなっているような気もしますね」
今や、アンは出力60パーセントをコンスタントに使っていた。
「少し、服も傷んできたような気がします」
堅牢無比を誇る地底蜘蛛の糸とはいえ、連日の酷使に、少しずつ綻びが見えてくる。
「ごしゅじんさまがいらしてくだされば……」
敬愛する主人を想うアンの胸……制御核に、寂しさが去来する。
その時、ドアがノックされた。
アンがドアを開ければ、焦ったようなフィオの顔。
「勇者様! 敵襲です!!」
「今度はどこですか?」
慌てるフィオと、対照的に落ち着き払ったアン。
「こ、ここです! この『デゴラスドハウエリアゴロンドフェリウ』です!」
防衛拠点を狙って来たという。
「し、しかも、大軍です! 今までの100倍はいます!」
「……そうですか」
かなり辛い戦いになることが予想された。
だが、敬愛する主人のいる世界に戻るための希望……『召喚』を使えるフィオを守る、そしてこの世界を守ることが、今のアンにできる精一杯のことである。
「では、行って来ます」
軽鎧を身に着け、新しいメイスを3本手にしたアンは、近所へ散歩に行くような気軽さで出撃した。
「……確かに多いですね」
しかも、今回の相手は混成部隊。つまり陸戦隊と空戦隊とが攻め寄せてきていたのである。
その数、およ5万。
1 VS 50000の戦いが始まった。
いくらアン個人の戦闘力がずば抜けていようと、同時に数箇所にいることはできない。
『戦術級』の限界ともいえる。
それをカバーするため、アンは出力を90パーセントまで上げ、音の壁を突破して戦闘に望んでいた。
《があああああああアッ!》
《ぐおおおおおオ!!》
《化け物メ!》
「……あなた方にだけは化け物と呼ばれたくはありません」
既に3本のメイスは使いものにならなくなり、アンは素手で戦っていた。
(この世界にアダマンタイトがあれば……!)
アダマンタイト製のモップがあれば、アンの武器に相応しかっただろう。
だが、現実には、徒手空拳でアンは戦っている。
およそ1秒で1体を屠るアン。
だが相手は5万、単純計算で5万秒=13.9時間掛かることになる。
とはいえ、アンは自動人形。人間のように疲れることはない。
《ううヌ、恐るべき敵!》
空戦隊の指揮官はアンを見て、何が何でも倒さねばならないと判断した。
《振動兵器の使用ヲ許可すル》
配下の機械人は無言で指示に従った。
振動兵器。それは、共振の原理を使い、相手を構成する物質の分子結合を破壊する兵器。
人間なら骨が砕ける。そして機械人ならボディ全部が破壊される。
(!?)
アンは危険を察知した。
周囲に群れている機械人が、突然崩れ始めたのだ。
(これは……振動!?)
空気の振動ではない。おそらく、力場発生器で使っているのと同質の『力場』を振動させているのであろう。
周囲の機械人が崩れているのは、アンが超高速で動き回っているため、狙いを付けづらく、範囲を広く取って照射しているためと推測することができた。
(……ならば……!)
力場発生器と同質の力なら、力場発生器で相殺できるはずである。
アンは己の周囲に力場発生器による『結界』を張り巡らせた。
これにより、敵兵器の効力はアンに及ぶことはなくなった。
しかもこれは目に見えない。
(敵が気付く前に、これを利用させてもらいます!)
敵自身の兵器で、敵を屠らせることを思いついたアンである。
《うヌ、何と素早イ奴ダ》
機械人とはいえ、音速で動き回るアンだけにピンポイントで狙いを付けることはできなかった。
ゆえに半径20メートルほどの範囲に照射し続けている。そのため、その範囲にいる機械人は、アンよりも先に破壊されていくのだ。
これは、『硬い』ボディの機械人である以上、仕方のないことであると思われた。
だが。
アンにして見れば、自分が向かった先の機械人が勝手に壊れてくれているようなもの。
(あまり賢くないようですね)
指揮官をそう評するアンであった。
とはいえ、まだまだ厳しい状況には違いない。アンの攻撃と、味方による振動兵器のフレンドリーファイアで陸戦隊の8割は稼働しなくなっていたが、まだ空戦隊がほぼ丸々無傷で残っている。
(この辺で、空の敵も減らさないと……!)
今はアン1人を狙ってきているからなんとかなっているが、二手に分かれられたら厄介である。
(それに気が付く前に数を減らします!)
力場発生器の出力を上げたアンは、体当たりを敢行した。
《何だト!》
指揮官が驚いたことに、アンは空戦隊をその身一つで貫き、砕き、破壊し始めたのである。
ロケット噴射や空力的な効果で宙を飛んでいる彼等に比べ、力場発生器で飛び回るアンはまさに圧倒的。
《うぬヌ……第2ノ兵器を使わざるヲえないカ……》
指揮官は、更にその上の存在から預かった兵器を使うことを決めた。
《超高圧電撃!》
その指示からきっちり2秒後、アンのいる付近、半径200メートルに紫電が閃いた。
数億ボルトにもなる電撃だ。強烈な雷が連続して放たれていると思えばいい。
真空であっても絶縁し切ることはできないほどの高電圧。
空中にあるから電流が流れないと安心はできないほどの電圧。
電撃を受けたボディに溜まった電荷は、そのままの電圧で地上へと放電する。
その電流は幾アンペアになるだろうか。
受けた機械人は、壊れ、溶けて落下していく。
たちまちのうちに数百体の空戦隊機械人が脱落した。
だが、アンは。
『障壁』
辛うじて障壁を展開することができていた。
仁が作り上げた『障壁』は、超高圧の電撃からアンを守りきったのである。
《し、信じられン……》
機械人指揮官の理解力を超える結果だったらしい。
またしてもフレンドリーファイア(今度は意図的)により、数を減らした機械人。
「あと数千、ですか。随分と減らしてくれましたね」
アンは勢いを緩めず、空戦隊を破壊し続けている。
《こうなったラ最終手段ダ!》
機械人には自爆装置が内蔵されている。
残った機械人はおよそ3000体。それが一斉に自爆するのだ。
以前、アンがこの世界に初めて現れた時、陸戦隊が同じような行動をとったが、その大規模なものである。
更に効果を上げるため、残った全員でアンを取り囲み、自爆しようというのである。
(……様子がおかしいですね?)
異様な雰囲気をアンも感じ取った。
アンに向かって、機械人たちが殺到してくる。
判断は瞬時。
アンは、瞬間的に出力を150パーセントまで上げた力場発生器で真上に飛翔した。
その速度、実にマッハ15。
そして次の瞬間、アンの眼下に火球が生じた。
高度一万メートルで停止したアンは、その火球を見下ろし、
「……自爆攻撃、ですか。やることがいちいちえげつないですね」
と呟き、動く敵がいないのを確認した後、防衛拠点へと戻ったのである。
* * *
「……また少し、傷んできましたね……」
90パーセントという出力を連続で出したことに加え、力場発生器の150パーセント駆動。
いよいよアンの身体の消耗は明らかになってきていた。
とはいうものの、素人に分かる程の差異はない。
アンの調子が落ちていることを見抜けるのは、超一流の魔法工作士だけであろう。
元居た世界でも、仁以外に何人いるか、というレベルである。
それでもアンは、最高の調子を維持できないことに漠然とした不安を感じていた。
「でも、もうちょっと頑張らないと」
フィオをはじめとする人々を守ろうという思い。
この世界で過ごした半月ほどで、アンはこの世界の人々のことが好きになっていたのだ。
滅びの運命に抗う人々を。
自分のような者に縋るしかない運命にも関わらず、今を必死に生きる人たちを。
そして健気なフィオを。
この世界にいる限りは、力の限り守っていこう、とアンは決心していたのである。
(ごしゅじんさま、これでよろしいのですよね……)
幾度目かの問いかけに答える者はいない。
* * *
宇宙空間に、巨大な球が浮かんでいる。
直径は300メートルくらいか。それが4つ。そしてそれらよりも大きな球が1つ。
大きな球の直径は1キロメートルほどもあろうか。
300メートルの球は、1キロメートルの球を中心にした正四面体の頂点位置にいる。
それらが、青い惑星を見下ろしていた。
《……H2Oがある……O2がある……水素も酸素も元素としては必要だが大量にある必要はない……》
大きな球の中にいる『モノ』が呟いている。
それは半ば朽ちかけたような半球。
《生物はいらない……奴らは環境を汚し、星を駄目にする……》
《滅ぼせ……滅ぼせ……》
それはさながら幽鬼のよう。
そう、これは滅び掛けた機械文明の残骸。
亡霊艦隊なのである。
《なぜ滅ぼせぬ……吾の命令に従えぬのか……》
一行に成果を上げられない配下に業を煮やした『モノ』は、更なる命令を下す。
《滅せよ》
と。
* * *
「大変です!」
「いったいどうしたの!?」
防衛拠点に緊急事態との報が入ったのは早朝のことだった。
「きょ、巨大な球が降下してきます!」
直径300メートルの球が降下してくるというのである。
その知らせは、防衛拠点以外の3箇所にある都市からももたらされた。
合計4箇所が、同時に襲撃されようとしているのである。
フィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシアはじめ、防衛拠点にいる者たちの顔色は真っ青である。
その時。
「……行きます」
フィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシアが振り返ると、そこには軽鎧を身に着けたアンが立っていた。
「ゆ、勇者様! いくら勇者様でも無理です! あんなものは人の身でどうにかできるものではありません!」
だが、アンは柔らかな笑顔を浮かべた。
「何度も言っているではありませんか。わたくしは人ではありません。あれはおそらく、敵の最後の侵攻でしょう。倒せれば世界に平和が訪れます」
「で、ですが……!」
「フィオ」
アンはフィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシアの手を取った。
「あなたは生きて下さい。そして、もしわたくしが戻らなかったら、新しい勇者を召喚してください」
なぜかアンには確信があった。
もしもフィオが新しい勇者を呼んだなら……
……その勇者は、きっと、この世界を救える力を持っているだろうことを。
「勇者様……!」
「……行って来ます」
その言葉を最後に、アンは地を蹴り、『力場発生器』を起動した。
「……あれがその『球』ですか。……まちがいなく宇宙船ですね」
ロケット推進だった機械人とは違い、『力場発生器』に類する推進機関を持っているようだ。
球の下端から噴射炎が見えている。
「もしかしたら反重力も併用しているかもしれませんね」
あの程度の噴射だけで、宇宙船が飛ぶとは思われなかった。
反重力は、主人である仁が一度は実用化した技術である。
だが使い勝手が今一つで、結局は『力場発生器』が採用されている。
そんな分析をしながら、アンは敵宇宙船へと近付いていった。
3日で終わりませんでした。
お読みいただきありがとうございます。