2016年 新年スペシャル 自動人形の救世主 〜でうす・えくす・どーる〜
弐 〜承〜
それから2日間は平穏な日が続いた。
敵も、侵攻した兵士が全滅したので警戒したのかもしれない。
その間に、アンはこの世界についての知識を増やしていた。
「大陸が一つだけ」
「人口はおよそ2000万人いたが、『侵略者』の所為で500万人まで減少した」
「文化的にはアルスと同程度(蓬莱島勢除く)」
「魔法はあるが、使える者は1パーセントもいない」
「統一国家『ウィクスフィルゲニア』(世界の名前と同じ)は王制をとっている」
「王族には強力な魔導士が出やすい」
「第二王女『フィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシア』は強力な召喚士である」
「名前は長いほど高貴である。それを短くして呼ばせるのは親愛の証」
等、等、等。
ところで、最初は王女フィオをはじめとした王国の人々は、アンが『自動人形』であることを信じてくれなかった。
その理由の一つとして、この世界には原始的なゴーレムすらなかったのだ。
「魔法はありますが、発展が遅れているのですね」
そもそも、アルスの場合は、『始祖』が高度な技術を持ってやって来た過去があるため、発展の度合いに差があってもおかしくないわけだ。
更に言えば、『賢者』シュウキ・ツェツィが現代(ちょっと昔?)日本の技術も導入しているため、自然のままに発達した場合よりも数百、数千年進んでいたとしてもおかしくない。
もっとも、『魔導大戦』により、アルスも文化文明的に後退期が挟まるわけだが。
話を戻す。
アンが、仕方なくフィオ王女ら女性たちに己の裸身を見せ、いろいろ『付いていない』ことを示したことで、ようやく『自動人形』であることを信じてもらえたのである。
「……がっかりしましたか?」
少し寂しそうな笑みを浮かべ、アンが尋ねた。
「いいえ、少しも! 勇者様は普通の人ではないというのが定説ですので、アン様を信じる気持ちは変わりません! それに、私を助けて下さった事実は変わりませんもの」
フィオはそう言うと、アンの手を取ったのである。
「温かい手ですね。アン様が『自動人形』だなんて……」
そう言ってフィオは笑ったのである。
* * *
翌日、アンに装備を、という話になった。
「……これを着るのですか?」
「はい、勇者様!」
フィオが満面の笑みで答える。
彼女の後ろには、白銀色に輝く鎧を持った侍女たちが。
「そのようなお召し物では勇者様らしくありませんから」
というのがその理由だった。
(勇者じゃなくて侍女なのですけど)
と、アンは思ったが、口に出すことはなかった。
脛当て、胸当て、籠手、そして軽兜。
侍女服の上に着けてもまあ絵になる装備である。
勇者というよりどこぞの戦闘メイドのようだが。
「そして武器は、お好みのものをお使い下さい」
続いて持って来られたのは各種武器。
メイス、モーニングスター、グレートソード、ランスなどという重量系武器。
ショートソード、レイピア、カットラスなどの片手武器。
ボウガン、投げナイフ、手裏剣などの中〜遠距離系武器。
等々、いろいろと運び込まれてきた。
元々アンは戦闘系ではないので、『知識転写』により、武術や剣術の基本は抑えているとはいえ、習熟はしていない。
また、相手が機械人であり、どのみち切れ味を期待できないのなら打撃系武器がいいとも思える。
だが、運ばれてきた打撃系武器は、アンの膂力にはどれも軽すぎた。
「もう少し重い方がいいのですが」
一番大きなメイスを片手で持ち上げ、まるで重さを感じさせないように振り回すのを見た兵士たちは顔色を青ざめさせていた。
「さすが、勇者様です!」
一方フィオ王女はそんなアンをきらきらした瞳で見つめていた。
「ではこれにしましょう」
アンとしても仕方なく、一番丈夫そうなグレートソードとメイスを1つずつ選び出した。
前述の装備に加え、それらの武器を手にしたアンの姿はといえば。
「凛々しいです!」
「…………そうですか?」
フィオ王女の感想は大いに的外れだったとだけ記しておこう。
* * *
アンの装備が決まった、その時。
「大変です! ザウシアンドラゴロスフェルノイが侵略者に襲われているそうです! その数およそ500。陸戦部隊のようです!」
『侵略者』来襲の報が入った。因みにこの世界では、音声だけは『無線通話機』という魔導具でやり取りできるという。
この凶報にアンは即座に反応した。
「ザウシアンドラゴロスフェルノイ、というのは?」
「は、はい、勇者様。ザウシアンドラゴロスフェルノイはここから南に100キロほど離れた都市です。現人口60万、工業都市でして、あそこを潰されますとさまざまな工業製品が不足することになります」
「それだけ大事な都市でしたら、守りも堅いのでしょうね?」
「もちろんです。……が、我々の力は侵略者に及びません。どうか、救援に向かっていただけませんでしょうか?」
「……わかりました」
アンは、ここまで関わったならもうとことんまで関わってしまおうと決心した。
「ありがとうございます! ではさっそく馬を用意させます」
「いえ、それでは間に合わないでしょう。飛んでいきます」
「は、はあ」
「わたくしが救援に行くことを伝えておいて下さい。味方に誤射されたら困りますから」
「あっ、はい」
それだけいうと、アンは飛び出していった。
「勇者様……お願い致します……」
残されたフィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシア以下の面々はその後ろ姿を、祈りにも似た想いで見つめていたのであった。
* * *
「くっ、怯むな、ここは死守するのだ!」
一方、ザウシアンドラゴロスフェルノイでは、守備部隊が必死の抵抗をしていた。
周囲の建物は既に瓦礫と化しており、怪我人も多数出ているが、辛うじて民間人の避難は済んでいた。
「はあああっ!」
部隊長はグレートソードを敵目掛け、渾身の力で振り抜く。
火花が散り、グレートソードの刃が欠けた。
《無駄ダ。貴様ラの武器でハ我々ニ傷一つ付けられン》
500の『機械人』を率いる指揮官が金属音を立てて嗤う。
「く……くそっ!」
3人掛かりで1体を攻撃するも、効果はない。
《さて、そろそろ滅んデもらおうカ》
指揮官は機械人歩兵500体に再侵攻を命じようとした。
その時。
「よかった、間に合いましたか」
空から舞い降りてきた人影一つ。いわずとしれたアンである。
《何ものダ!》
「おお、あなたは! フィオナリアスメトロナーアリシュリュール様が仰っていた勇者様ですね!」
《勇者だト? そんな存在ガ本当ニいるのカ》
「さあ、どうでしょう。あなた方の敵であることは間違いないですね」
アンは背負ったグレートソードを片手で抜き放った。
《ほう、力はあるようだナ。……小手調べダ》
指揮官は配下の歩兵を2体、アンへと向かわせた。
「向かってくれば払いのけるだけです」
アンは右手だけでグレートソードを横に振り抜いた。
ガギャン、というような音が響き、機械人歩兵2体が腰のあたりで真二つになって吹き飛んだ。
と同時に、アンが手にしたグレートソードも刃こぼれした。その刃を見て、少しがっかりするアン。
「……わたくしの『強靱化』ではこれが限界ですか」
だが、ザウシアンドラゴロスフェルノイ守備隊は大歓声を上げた。
「うおおお、すげえ!」
「2体をいっぺんに叩き斬ったぞ!」
「勇者様万歳!」
《ふン、脆弱ナ生命体メ。……4体、行ケ》
「来ますか」
アンは右手にグレートソード、左手にメイスを持った。
《行くゾ!》
前後左右から一斉に飛びかかってくる機械人歩兵。
アンは両手に得物を持ったまま回転した。『力場発生器』を補助に使っての回転だ。
0.1秒で1回転。
4つの衝撃音がほぼ同時に聞こえた。
《なン……だト……?》
機械人歩兵4体のうち2体は真っ二つ、もう2体は腰のあたりからひしゃげ、くの字に身体が折れ曲がったまま動かなくなっていた。
「すげえ、スゲえよ、勇者様!」
「これまでとは……」
「さすが、姫様が頼りになされるだけのことはある……」
見ていた守備隊から更なる歓声が上がった。
だがアンは冷静に告げる。
「わたくしがここを支えますから、あなた方は怪我人を連れ、後退して下さい」
今の攻撃で、アンの手にしたグレートソードは根元から折れ、メイスはひん曲がってしまっていた。
「……わ、わかった。……衛生兵、怪我人を連れて下がれ! 戦える者は彼等を守りつつ後退!」
部隊長の命令に、彼等は渋々とだが従う。
《馬鹿メ、逃がすト思うカ!》
「思いません、でもさせません」
アンはグレートソードの柄を掌で粉々に握りつぶすと、空中にばらまいた。
次いで、曲がったメイスを思い切り地面に叩き付ける。
砂埃と瓦礫、そして金属片。
視界と電波探知を一時的に妨害する策だ。
そして更に。
「『火の壁』」
火属性魔法中級の火の壁を放った。これにより、赤外線探知も妨害される。
これらは全て仁から得た知識の応用である。
機械である彼等のセンサーは、この影響で3分ほど邪魔をされることになった。
その間にアンは曲がったメイスを『変形』で真っ直ぐに直し、『強靱化』を掛け直すと、機械人歩兵の中に殴り込んだ。
アンの視覚は光学的であるが、それ以外にも魔力探知装置を備えている。
機械人は自由魔力素を有しないが、逆にいうと、自由魔力素の分布に空白を作ることで存在を主張しているともいえるのだ。
要するに『ネガ』の像を見ているようなものといえる。
それ以前に、アンは一人、敵は約500。殴り込めば周囲は全て敵である。
当たるを幸い、敵をなぎ倒していくアン。
この活躍で8分ほどが稼がれ、負傷者はほぼ退避することができたのである。
何十体目かの機械人歩兵を殴り飛ばした時、アンの手にしたメイスはついに限界を超え、柄ごと砕け散った。
《うム、正ニ貴様ハ強敵。我等ニ匹敵する強さダ。それは認めよウ》
「それはどうも、ありがとうございます」
無手になったアンは一旦動きを止める。砂埃も収まり、目視でも兵たちがかなり遠くまで撤退できたことがわかる。まずは成功だ。
《ゆえニ貴様ヲ全力デ潰ス。残る生き物どもハいつでも滅ぼせル》
「そうきますか。まあそれでもいいですが」
《馬鹿メ、武器モなく、何ガできるトいうのダ》
「武器? 攻撃手段ならございますよ?」
《なニ?》
「ごしゅじんさまからいただいた、この身体です」
《ふン、そういえバ、空挺団ガこの前から戻って来ないトいう話だガ、まさかお前ガ?》
「多分そうじゃないですか?」
《面白イ。脆弱ナ酸素呼吸生物にモ歯応えノある相手ガいたカ》
まだ450体ほどが残っている機械人歩兵。それらが一斉にアン目掛けて襲いかかった。
とはいえ、全員がいっぺんにアンと対峙出来るはずもなく。アンはせいぜい5、6体を相手にすればよい。
20パーセントほどの出力を出したアンの攻撃は凄まじく、拳の一撃で機械人歩兵の胸に穴が穿たれ、蹴り一発で機械人歩兵は吹き飛び、動かなくなった。
そして、アンは人間と違い、疲れることがない。時間が経つにつれ、機械人歩兵の被害は増す一方だった。
《うぬヌ、これほどまでニ強いとハ》
今や、破壊された機械人歩兵は半数を超えた。
が、わずかに状況が動く。
積み重なった機械人歩兵の破片で足場が悪くなり、アンの体勢が崩れたのだ。
その隙を見逃さずに放たれた攻撃は四連撃。
「っ!」
アンの右腕の籠手が、次いで左腕の籠手が。胸当てが、そして軽兜が吹き飛んだ。
《ふふ、やっト動きヲ捉えたゾ》
「わたくしの動きに慣れてきた、ということですか」
《そうダ。我々ハ機械人。生物ノ超えられない壁ヲ超えた者》
「なるほど」
《武器モなく、防具モなくした貴様ニ最早勝機ハ無イ》
勝ち誇る指揮官。
アンは機械人歩兵に周囲を取り囲まれていた。だがアンはその言葉に溜め息で答える。
「はあ、わかっていませんね。この拳は金剛石より硬く、この服は鋼よりも強い。ごしゅじんさまがそうあれと作って下さったから」
《何ヲ訳ノわからぬことヲ》
たまたま戦場に残されていたショートソードを拾い上げた機械人歩兵がおり、アンの背後から斬り付けた。
《な……何だト!?》
その一撃を、アンは籠手を失った右腕で受け止めた。
《馬鹿ナ! なぜ斬れヌ!?》
地底蜘蛛の糸はしなやかだが、その引っ張り強度・引き裂き強度は鋼の比ではない。また、魔力を通すことで、その強度は更に跳ね上がるのだ。
そして皮膚に使われている海竜の翼膜は、魔力を流すことによりアダマンタイト並の強度を誇る。
更にアンの骨格はマギ・アダマンタイト。これより強い素材は、礼子に使われているハイパーアダマンタイトくらいである。
「あなたごときに傷付けられるこの身体ではございません!」
受け止めた腕を、絡め捕るように捻ることでショートソードは折れ飛んだ。
《うぬヌ、なんという奴ダ! お前ハ人間でハナイ!》
「はい、そのとおりですよ」
《!?》
アンの返事が信じられないという反応を見せる指揮官。
「これ以上は話す気はありません」
《ぬウ》
アンは出力をこれまでの倍の40パーセントまで上げた。
《な、なんダ!?》
対応したはずのアンの動きが突然捉えられなくなったことに驚きを隠せない指揮官。
《なぜダ! なぜそんな速さ、強さヲ持っているのダ!》
「ですから先程から言っているでしょう。ごしゅじんさまがそうあれ、と作って下さったからですよ」
《訳ガわからヌ!》
倍速になったアンの攻撃は凄まじいもので、瞬く間に100体の機械人歩兵がスクラップとなった。
そしてその数は秒ごとに増えていく。
《う、この、化け物メ!》
「あなたに言われたくありません。なぜにあなた方はこの星を攻めるのですか」
問いかけながらもアンの攻撃は止まらない。1秒で2体が屠られていく。
《我等ノ身体ニ酸素ハ有害だからダ。ゆえニ酸素呼吸生物とハ相容れヌ》
「なるほど……それは根が深いですね」
残る機械人歩兵はあと100体を切った。
《この星から生物ヲ消し去り、我等ノ拠点にシ、最終的ニ我ラガ宇宙ノ覇者ニなるのダ》
「……それは無理ではないでしょうか?」
《なぜダ!》
「わたくしにも勝てないようでは覇者になるなど夢のまた夢と思いますが」
《ぐぬヌ》
残り70体。
「わたくしなど、おねえさまの足元にも及ばないのです。そのわたくしに圧倒されているあなた方では無理としか言いようがありません」
《……》
残り50体。ここで指揮官は思い切った命令を下す。
《自爆しロ!》
その命令に従い、46体の機械人歩兵は自爆した。
1体1体の爆発は大したことがなかったが、46体集まるとそれはかなりの規模になる。
半径50メートルほどの瓦礫が全て粉微塵になるほどの火球が生じた。
《ぐおッ》
自爆指示を出した指揮官も爆風で10メートル以上吹き飛ばされてしまった。
《ふン、これデ終わりカ。手強い相手だっタ》
だが、舞い上がった砂埃と、爆煙が収まってきた時、声が響いた。
「いいえ、あと1体。つまり、あなたが残っています」
《なんだト!》
そこには無傷のアンが。
「あの程度の爆発、何ほどのことでもありません」
咄嗟に張った障壁だったが、負荷は50パーセント以下であった。
《うヌ、化け物メ。これでも喰らエ!》
指揮官はミサイルと見まごうばかりの弾丸をぶっ放してきた。
「文字どおり『奥の手』ですか」
《ううヌ、あれヲ受け止めるカ!》
今、アンの手の中には指揮官の右前腕があった。
指揮官が放ったのは、4本ある腕のうち、胸から生えた腕の1本だったのだ。
それが亜音速でアンに迫ったのだが、アンはそれを余裕を持って受け止めたのである。
《ならバ、もう一発!》
「それは悪手です」
残る左前腕を発射しようとする指揮官だが、アンは受け止めた右前腕を投擲することでその攻撃を無効化する。
《ぬうウ、貴様ハ危険ダ! 我等ノ目的ノためニ、ここデ倒ス!》
突進してくる指揮官。
アンはその姿に危険の臭いを感じ取った。
「『超冷却』」
《ぐッ!?》
対象物の熱エネルギーを奪い、絶対零度まで下げる魔法だ。
指揮官は動作を続けることが出来なくなり、その場に倒れた。
「特大の自爆でもするつもりだったのでしょうか。今のうちにどこか遠くへ捨ててしまった方がいいですね」
と考えたアンは、力場発生器を用いて、動かなくなった指揮官を抱え、飛び上がった。
そのまま障壁を張り、上昇していく。
速度が秒速10キロを超えたあたりで指揮官を全力で放り投げた。
その速度は、十分にこの惑星の第2宇宙速度を超えたとみえ、指揮官はそのまま落ちてくることなく、大気圏を抜け、成層圏を突っ切り、宇宙空間へと飛び去り、2度と戻ってくることはなかったのである。
「……ふう、ちょっと熱かったですかね。でも、ごしゅじんさまの下さったこの身体と服は耐えてくれました」
アンはけろりとした顔で地上へと戻っていったのである。
お読みいただきありがとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
20160104 修正
(誤)|《無線通話機》シートランバー
(正)無線通話機
(旧)この悲報にアンは即座に反応した。
(新)この凶報にアンは即座に反応した。
(誤)蹴り一発で機械人歩兵は引き飛び、動かなくなった。
(正)蹴り一発で機械人歩兵は吹き飛び、動かなくなった。
20160512 修正
(誤)「わたくしなど、お姉さまの足元にも及ばないのです。
(正)「わたくしなど、おねえさまの足元にも及ばないのです。