2016年 新年スペシャル 自動人形の救世主 〜でうす・えくす・どーる〜
あけましておめでとうございます。
2016年新春スペシャルお送り致します。
お楽しみ頂ければ幸いです。
壱 〜起〜
ホールに地響きが起きた。
「くっ、もう時間がない!」
「召喚を急げ!」
「まだ無理です、魔法陣が安定しません!」
「それでもだ! もう保たないぞ!」
「姫! あとは……頼みます!!」
そして、魔法陣が起動した瞬間、ホールの天井の一部が崩れ……光がはじけた。
* * *
「……ここはどこでしょうか」
蓬莱島で仁の食事の仕度を手伝っていたはずのアンは、突然に見慣れない場所に転移していたのである。
場所は大きなホールらしい。直径は50メートルもあろうか。天井は高く、半球のドーム状に見える。
その天井には大穴が空いており、崩落してきた瓦礫が周囲に積み重なって、砂埃も立ちこめている。
「そして、これはいったい……」
アンの目の前には瓦礫に押し潰された人間の姿があった。
「しっかりしてください!」
「……うう……」
助け起こしてみると、黒い髪をした15歳くらいの少女だった。アンは急いで治癒魔法を掛ける。
「『快復』」
外科の中級魔法である。最上級『全快』はアンには使えなかった。
それでも、大きな切り傷、酷い打撲、骨折などを治せる中級魔法はかなり効果があり、少女は言葉を発せるまでに回復した。
「う……あ、あなたは?」
「わたくしはアン、といいます。ここはどこなのですか? 気が付いたらここにいたのですが」
この少女なら事情を知っているのではないかと思ったアンは尋ねてみたのだが、それは正解だったようだ。
「ああ、それではあなた様が、待ち望んだ勇者様なのですね!」
「勇者? わたくしが?」
「はい。ここは『ウィクスフィルゲニア』という世界です。今、この世界は、天空からの脅威に曝されております」
わずかずつ事情がわかってくる。アンは黙って少女の話に耳を傾けた。
「そしてようやくあなた様がいらしてくださいました……」
自分が来た、と少女は言った。だが、アンにはまだ自分の立ち位置が見えてこない。
「あの、それで、私にどんな御用が?」
再度尋ねるアンである。
「我等の占星術師が予言しました。異世界より勇者様を呼び寄せない限り、我等の世界は滅びるしかない、と」
「それとわたくしにどんな関係が?」
「ですから、あなた様が勇者様なのです。どうかお救い下さい、勇者様」
「はい?」
アンは呆気にとられた。
「……私はただの侍女なんですけど」
「……え?」
今度は、少女が呆気にとられる番だった。
「……侍女?」
アンは頷く。
「はい。私は私のごしゅじんさまにお仕えする侍女です」
「ええ……?」
目を見開き、立ち上がろうとする少女。だが、大怪我をした直後であり、まだ傷も治りきっていないため、ふらつき、膝を付いてしまう。
「まだ無理をしてはいけません」
その時、地面が揺れ、天井から瓦礫がぱらぱらと落ちてきた。
「あ、ああ……」
青ざめる少女。
「この揺れは?」
「……奴らの襲撃です。思えば、そのために召喚魔法が正常に発動しなかったのかも」
そしてまた地響き。
「……アンさん、と仰いましたね。誠に申し訳ありません。あなたが召喚されたのは事故だったようです。私たちの召喚魔法に何か別要因が混じり込んだ結果、勇者様ではなくあなたが呼び寄せられてしまいました……」
そしてまた、地面が震動する。今度は、ホールの壁にヒビが入った。
「ああ、もう間に合いませんね。アンさん、お許しくだ……」
そして壁が崩れ、ホール全体が連鎖的に崩壊していく。
「きゃあああっ!」
覚悟の上とはいえ、瓦礫が降ってくる下にいるということは恐怖以外の何ものでもない。
目を閉じて己が身体が潰される時をただ待つことしかできない少女だったが、いつまで経ってもその痛みが来ないことを訝しみ、そっと目を開けてみた。すると。
「な、なんで!?」
彼女とアンの周りだけ、瓦礫が無い。周囲は全て瓦礫で埋まっているというのに、だ。
「……この世界にも十分な量の自由魔力素はあるようですね」
「え?」
独り言を呟いたアンは、少女に向き直り、静かな声で言った。
「大丈夫です。この程度の瓦礫、5パーセントも出力を出さずにはね除けられます」
「ええ?」
「『力場発生器』、起動」
「ええええ!?」
少女の絶叫。それはそうであろう、2人を埋め尽くさんばかりに積み重なっていた瓦礫が、まるで風が落ち葉を巻き上げるかのように宙を飛んでいくのだ。
1分もかからず、少女とアンの周囲は綺麗になった。だが。
「これで終わり、じゃなさそうですね」
「あ、ああああ……」
怯える少女。その視線の先には、異形の影が十数体立ち並んでいたのだ。
「あ、あんぐらいふぁあ……」
蒼白になり、歯の根が合わぬような少女を、アンは抱き締めた。
「しっかりしてください。一体あれは何ですか?」
「ア、『侵略者』と呼んでいます。あれが、天空からの侵略者、です」
その時、どこからか声が聞こえてきた。
《まだ生き残りがいたカ。しぶといナ》
どうやら、異形の者……『侵略者』の1体が言葉を発しているようだ。
《高次空間エネルギーノ高まりヲ感じ取り攻撃ヲ仕掛けたガ、何ごとモ起きていないようだナ》
数えてみると15体いる『侵略者』の中でも一際大柄な個体が喋っているようだ。指揮官なのだろうか。
そいつの身長はおよそ2.5メートル。他の個体は2メートルといったところ。
腕は4本。2本は人間と同じ位置だが、後の2本はやや華奢で、胸から生えている。脚は丸太のように太い。
首はなく、胴体上部から半球状の頭が突き出している。
目は6つ。禍々しく赤い。耳らしい器官は見えない。口も見えないので、どうやって声を出しているのか、アンはちょっと不思議に思った。
《女、でいいのかナ? 主に幼生体を産み育てる性別デ、戦闘には向かなイ。しンでもらおウ》
なんと、『侵略者』たちは胸の腕を真っ直ぐ突き出すと、そこから弾丸を発射したではないか。
「きゃあっ!」
「なんだト!」
少女と、侵略者指揮官がほぼ同時に声を発した。
対してアンは落ち着いている。
「実弾、ですか。生物があんなものを連射できるとは思えませんね」
侵略者が放った弾丸は、この世界の建物の壁なら楽に貫通、崩壊させる威力を持っていたのだが、アンと少女に届いたものはただの1発もなかったのである。
「威力的にはまあまあのようですね」
「こ、これはいったい……?」
少女は、目の前ではじける弾丸に、ただただ呆れるだけ。
「障壁です。このくらいの攻撃は楽に防げますよ」
「あ、あなたは一体……」
「ですからわたくしめは、ごしゅじんさまにお仕えする侍女です」
「あなたのご主人様というのは……」
「わたくしめのごしゅじんさまはジン様と仰いまして、世界一の魔法工作士、『魔法工学師』です」
そんな話を交わしている間にも弾丸は撃ち続けられ、周囲に堆く積み重なっていった。
「とりあえず、あの異形の者たちはあなた方の敵なのですね?」
「は、はい」
アンは異形の者たちに向き直る。
「わたくしはあなた方に何もしていません。なのに攻撃するのですか?」
すると侵略者指揮官が答えた。
《なにヲ当たり前のことヲ。その姿をしている限りハ我々の敵ダ》
「そうですか。では、わたくしが反撃してもよろしいですね?」
《ははハ、できるものならやってみるがいイ》
小馬鹿にしたような指揮官の言いように、アンは一つ頷くと、
「『光束』」
仁が開発した工学魔法応用の攻撃魔法を放った。
《なんだト!》
その光は侵略者の1体を貫き、爆散させた。
「……機械?」
飛び散ったのは肉片ではなく、金属片。細かい部品類であった。
《そうダ。我々は機械人。不完全な有機体を排除シ、完全なる世界を創るのダ》
「そんなことのために人々を殺害しているのですか?」
《然リ》
「救いようのない連中ですね。わたくしめのごしゅじさまがお聞きになったらお嘆きになるでしょう。そして仰るでしょう。『完全でないということは、努力する意味があるということだ』と」
《何ヲ下らないことヲ》
再び弾丸の雨が2人に降り注ぐ。
「無駄です。向上心を失わず、努力を怠らないごしゅじんさまからいただいたこの身体、そんな攻撃で傷一つ付けられるものではありません」
そしてアンは連続で『光束』を発射した。
14回光が閃き、14体の侵略者が爆散した。
《お、おのレ》
指揮官らしき個体はいきり立ち、アンたち目掛けて走り出した。体当たりするつもりらしい。
「無駄です」
《何だト!》
『力場発生器』を起動したアンは、少女を抱いて空中へと飛び上がった。
指揮官はそんな2人の下を通り過ぎる。
《貴様ハ飛べるのカ! いったい貴様ハ何ものダ!》
その時、今まで黙っていた少女が口を開いた。
「アンさんは『勇者』です! この世界を救って下さる勇者です!!」
《勇者だト? 笑わせル。たった1人デ何ができル》
「非力な私ですが、あなた程度でしたら100人いても問題はありません」
《100人とハ大きく出たナ!》
指揮官は地を蹴ると、空中に飛び上がった。背中から噴射炎が出ているところを見ると、ロケット噴射らしい。
「あなたも飛べるのですね」
《当然ダ。我々は宇宙から来たのだかラ》
「そうでしたね。ではなぜこの星を狙うのですか?」
《手近だったからダ》
「それだけ?」
《それだけダ》
「最低ですね、あなたたち」
《貴様などニ我々の行動原理ガわかってたまるカ》
飛び上がった指揮官は、アンに体当たりを仕掛けてきた。
だがそれは障壁によって防がれる。
《ば、馬鹿ナ! バリアヲ展開しつつ空を飛べるだト!?》
「それがごしゅじんさまのお力です」
驚愕に一瞬動きが止まった指揮官目掛け、『光束』が連続で放たれる。
指揮官の四肢……六肢? が消滅した。
《ぐおオ!》
「もう降参しなさい」
アンとしては、この指揮官を捕虜にして、敵の内情を喋らせたかったのである。
《ふン、見くびるナ。捕虜になるくらいなラ……》
「!」
敵指揮官は自爆した。
あたりに敵がいなくなったことを確かめ、アンはゆっくりと地上にもどった。
抱えていた少女を下ろすと、彼女はその場に土下座をする。
「勇者様! ありがとうございました!」
アンは少女を立たせる。
「ですから、わたくしは勇者ではありません。ですが、少しくらいならあなたたちの力になりましょう」
「ありがとうございます!」
(ごしゅじんさまならこうなさいますよね)
今すぐには主人である仁の元に戻れそうもない。ならば、この少女たちのところにいれば、戻る手段がわかるかもしれない、とアンは思っていた。
「あ、も、申し遅れました、私はフィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシアと申します。フィオとお呼び下さい」
「あ、はい」
それは名前なの? と聞きたかったが、空気の読めるアンは、少女の言うように、彼女をフィオと呼ぶことにした。
その頃になってくると、人が集まってくる。今までは地下シェルターのような場所に避難していたようだ。
「フィオナリア様、大丈夫でいらっしゃいますか!」
「フィオナリアスメトロナーア様、お怪我はございませんか!」
「フィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシア様! よくぞご無事で……」
よくもよくもあの長い名前を間違えたり舌を噛まずに呼べるものと、ピントのずれた感心をしながら、アンは少女……フィオのそばに立っていた。
「その者は?」
集まってきた者たちは皆、アンの姿を見て訝しむ。
「このお方は、我等の願いに応じて下さった勇者様です!」
「おお! この方が!!」
「はい、礼拝堂を襲った『侵略者』たちをお一人で殲滅してくださいました」
「何と!」
「おお、それはまさしく勇者様……!」
ことここに至り、アンも最早『勇者』呼ばわりを否定することに疲れてきたのであった。
* * *
1時間後、アンは呼び出された世界、『ウィクスフィルゲニア』の防衛拠点である『デゴラスドハウエリアゴロンドフェリウ』の地下基地と呼べる施設、その会議室にいた。
「ではあらためて自己紹介いたします。私はこの国、『ラジクロユニテスグラーフェルシルト』の王女、フィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシアと申します」
フィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシア……フィオは、黒髪、黒い目の美少女だった。顔つきは東洋的ではなく彫りが深いのでエキゾチックな印象だ。
ようやく体力も戻って来て、汚れ破れた服を着替えた彼女は、王女としての気品を感じさせる佇まいをしていた。
「近衛軍司令官、デゴスラートヴァインフェルと申します、デゴスラートとお呼び下さい」
聞けばこの世界では、身分が高いほど長い名前になるらしい。
そして、その長い名前を短く略して呼べるのは親しい者の特権、ということになるようだ。
であるからして、アンが少女……フィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシア王女を『フィオ』と呼べるのは破格の待遇といえるだろう。
血縁者以外ではせいぜい『フィオナリア』が許された最短の呼び方らしいからだ。
その他、近衛兵たちが数名、後ろに控えていた。
「まずは、姫様をお救い下さり、感謝の言葉もございませぬ」
司令官、デゴスラートが頭を下げた。
「デゴ、私の他に助かった者は……?」
辛そうな顔で尋ねるフィオ。司令官は俯きながら答えた。
「姫様の他に生存者はおりませんでした」
「そう、ですか……兄も……」
皆、瓦礫に潰されてしまったという。最もアンのそばに居たフィオだけがなんとか助かることができたようだ。
「『勇者』様、どうか我等をお救い下さい」
王女はじめ、部屋にいた者たち全員が一斉に頭を下げた。
「……わかりました。わたくしに何ができるかわかりませんが、できるだけのことはさせていただきます」
「おお、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
そしてまた頭を下げる面々。
「……はあ」
人間っぽく、溜め息をつくアン。
(ごしゅじんさま……これでよろしいんですよね?)
遠い世界にいるであろう敬愛する主人を想い、心の中で問いかけるアンであった。
今年もよろしくお願いいたします。
20160104 修正
(誤)耳らしい機関は見えない
(正)耳らしい器官は見えない