2015年新春特別企画 完結篇
新規分です。後日譚的物語です。
ドクターフエルの脅威を退けてからの仁は、ヒノモト皇国復興の手伝いをしていた。
ヒノモト石を使い、クリーンなエネルギー源を多数作り出すことで、エネルギー不足を解消。
潤沢にあるエネルギーは、技術をも一変させる。
対コストが悪くて実用化出来なかったことさえも可能になるのだ。
「いやあ、仁クン、キミのおかげだよ!」
あれから、三宝玲奈は、軍務省補佐官から、仁の助手兼秘書となった。
仁はVIP待遇となり、魔法技術でヒノモト石を平和利用するための加工を行っていた。
「今日は東北地区の整備だったな」
「うん。ペガサス1で行けば早いねえ」
ここのところ仁と玲奈は連日、ヒノモト皇国各地を巡り、新型エネルギー炉の設置を行っていたのである。
これは、火属性の魔結晶を使ってタービンを回し、発電機を動かすという仕組みである。
火属性の魔結晶で風魔法を使うのは若干効率が落ちるのだが、それでも従来の、熱エネルギーで作った水蒸気でタービンを回す方法の数倍効率がいい。
何せ、魔結晶のエネルギーは、E=mc^2に近い数値で取り出せるのだから。
因みに、長崎型原爆のエネルギーは、1グラム弱の質量が持つエネルギーにほぼ等しいと言う。
そうした、ヒノモト石の平和利用の日々が続いた。
そして電力が十二分に供給されるようになり、ヒノモト皇国は息を吹き返した。
有り余る電力を使い、生き残った人々は電動式の機械を用いて、田畑を耕し、植林の手入れをし、樹脂の再利用を行い……と、生活水準を元に戻すため、懸命な努力がなされた。
巨大な空気清浄器が何百台も作られ、汚れた大気を綺麗にしていく。
同様に、汚染された水も浄化され、人々の顔に笑顔が戻って来た。
「仁クン仁クン、ようやく効果が出て来たというものだね!」
嬉しそうに玲奈が言う。
生き残ったヒノモト皇国国民は1000万を切る。元の人口の8パーセントに満たないそうだが、それでも希望があった。
そして、仁がこの世界に原因不明の転移をして2年という月日が瞬く間に過ぎ去った。
* * *
そんなある日。
仁はヒノモト海……日本海に相当する地域の浜を、玲奈と歩いていた。
「このあたりの海はまだまだ汚れてるな」
「うん。海の向こうにあるジアジ共同体が汚すんだよ……」
海の向こうから流れ着いたと見られる、異国語が書かれた汚物も散見される浜。
これらは、火属性魔法利用の超高熱焼却炉で、ダイオキシンなどの有害物質を出さずに焼却されることになる。
が、余計な手間であることには変わりはない。
また、海水にも有害な化学物質が含まれ、魚などもほとんど捕れないという。
「いずれそっちにも浄化機を設置する必要があるな」
そんな話をしていた時である。
「ジン・ニドーだな?」
明らかに、ヒノモト皇国の者ではない人種の男が2人、仁に声を掛けてきた。
「俺は確かに二堂仁だけど」
「仁クン! 気を付けて! こいつらはジアジ共同体の奴等に違いないよ!」
さすがは元軍務省補佐官、玲奈は一目で彼等を外国の工作員と見抜く。
「なんでこんな場所に!?」
男2人は玲奈には目もくれず、仁に迫って来た。
「一緒に来てもらおうか。……逆らえば、痛い目を見る事になるかもな? それにそっちのお嬢さんにも、怪我をさせたくないだろう?」
「お、お前たち! 仁クンを拉致するつもりかい!? ジアジのやりそうなことだよ!」
「やかましい!」
玲奈の顔に男の拳が飛んだ……と思った瞬間、その男が突然、頽れた。
「……何をする」
仁は静かに怒っていた。
もう1人の男は、何が起こったのか分からないまま、懐から拳銃を取り出し、仁に向けた。
「おとなしく言うことを聞け」
だが仁は平然としている。
「嫌だね」
「仕方ない」
男は、仁の脚を狙って引き金を引く……。
が、弾丸が飛び出す前に、その拳銃が爆発したのである。
「うわあっ!」
右手を負傷し、蹲る男。その男も突然気絶したのである。
「え、え? 仁クン仁クン、いったい何が?」
仁は頭を掻きながら答える。
「あー……玲奈、すまん、まだ話した事無かったけど、俺の『補助守護機』だよ」
アルス世界で、仁の守護用にと作った補助守護機。超小型の護衛機である。
「……仁クンはまだそんなものを隠し持っていたのかい……」
「すまん。だけどこういう物は、広めて回るものじゃないからな」
秘密だからこそ、効果があるというものである。
「まあ、わかるけどさ。……まあいいや、もう戻った方が良さそうだね」
「ああ、そうだな」
蓬莱島で老君が何か協力して欲しいことがあるというので、礼子も今はそばにいない。
仁と玲奈は大本営改め、ヒノモト石研究所に戻ることにした。
「しかし、ヒノモト石がここで採れるとは思わなかったよ」
ヒノモトアルプスの山中。その地下深くにヒノモト石は眠っていたのである。
ゆえに、大本営がここに置かれ、また、平和になった後は、研究所として使われているというわけだ。
「おお、仁君、おかえり。ちょっとこれを見て欲しいんじゃが」
帰った仁を待っていたのは今年から『ヒノモト石研究所』改め『自由魔力素工学研究所』所長に就任した衣笠博士である。
仁とは気が合うらしく、しょっちゅうわけのわからない発明をしては周りに苦笑を振りまいている。
そんな風に、仁は充実した日々を過ごしていたのである。
* * *
一方、こちらは蓬莱島。
「地底蜘蛛や地底芋虫が減っているのですか?」
『そうなんです、礼子さん。おそらく、前の世界とは違い、このポジションが自由魔力素の特異点でなくなった所為だと思われます』
「それで、老君としては何をしようと?」
『自由魔力素凝縮器の導入ですね』
「それにわたくしは何を協力すれば?」
『宇宙空間における自由魔力素分布を調べていただきたいのです』
「宇宙の?」
『ええ。宇宙空間にも自由魔力素が存在するのは分かっていますが、地表より多いのか少ないのか。それが分かりません』
「それがお父さまの利益に繋がるのなら何でもしますよ」
『是非お願いします。まだ確とした事は言えませんが、いずれ御主人様は宇宙へ出たくなるのでは、とも思っていますし』
「それは分かる気がします。なんといってもホウライ2をお作りになったのですからね」
『時間短縮のため、転送機で宇宙へお送りします。一通りのデータが取れましたら、力場発生器で帰還してください』
「わかりました」
こうして、蓬莱島の自動人形・ゴーレムの中で、最も高機能・高性能な礼子が、宇宙空間における自由魔力素分布を調べることとなった。
これはこの後、仁達に多大な利益をもたらす事となる。
* * *
場面は自由魔力素工学研究所に戻る。
シャワー室から水音が響いていた。使っているのは玲奈である。
「……はあ。……仁クンはボクのことどう思っているんだろうねえ……」
仁と出会ったときは17歳だった彼女も今は19歳。もうじき誕生日が来るので、20歳になろうとしていた。
「……なんか、あっちの世界に恋人がいるような感じなんだよねえ……」
仁はそういう話を一言もしなかったのだが、女の勘という奴であろうか。
「……これでも並の上くらいの魅力はあると思うんだけどなあ」
今の玲奈は身長159センチ、53キロ。2年で胸も少し育ち、上から82・56・83。
食糧事情が改善したので、その黒髪も艶やかになり、並の上どころか極上の美少女、いや、美人へと成長しつつあった。
そのため、研究所内の若い男性研究員からは憧れの眼差しで見られているのだが、本人は気付いていなかったりする。
仁はと言えば、これからの事についていろいろと考えを巡らせていた。
「……なんとか帰れないものか……いや、そもそもどうしてこの世界に飛ばされたのか、それすら分からないしなあ……」
これについては判断材料が無さ過ぎるのである。仁は考えを中断した。ドアの外から玲奈の声が掛かったからである。
「仁クン仁クン、晩御飯食べにいこうよ!」
食生活がかなり改善した昨今、食事時は皆の楽しみとなっていたのである。
* * *
が、諸外国は鬱々としていた。
『ヒノモト皇国はけしからぬ。奇跡のヒノモト石を独り占めしている』
『かのエネルギー源は一国が独占してよいものではない』
『もしや、ヒノモト皇国は世界征服を考えているのではないか』
そんな、下種の勘繰りともいえる事を考えている国ばかり。
更には、ヒノモト皇国の発展に、仁が関わっているということを突き止めると、
『ジン・ニドーを我が陣営に引き込め』
『ジン・ニドーを買収しろ』
『ジン・ニドーを拉致せよ。従わない場合は殺さない限り何をしても構わん』
などという指示が出されたのである。
最も酷かったのは。
『ジン・ニドーが第2のドクターフエルにならないとは限らない。引き渡しを求める』
そう言ってきたメリケア連邦であった。
それに対し、当時のヒノモト皇国政府、鳩川総理大臣は答える。
『彼は我が国の国民にあらず』と。
それに対し、メリケア連邦は宣言する。
『今後の干渉は一切無用』と。
『諾』。
それが鳩川総理の返答であった。
復興途上のヒノモト皇国政府は大国の圧力に負け、仁を切り捨てに掛かったのだった。
* * *
そんな事とはつゆ知らぬ仁は、その日も玲奈に案内されてヒノモト皇国の地方都市を訪れていた。
が、油断はしていない。固体及び液体を防ぐ物理障壁を常に張り巡らせていたのである。
その結果。
「……5発、か」
仁の物理障壁で止まった弾丸の数である。3発は麻酔弾であったが2発は実弾であった。
「仁クン、君は狙われているようだね……」
研究所に戻った玲奈は済まなそうな顔で謝った。
「弾丸から国を特定することは出来ないけど、こういう過激な手段に出るのはオソシア人民連盟とジアジ共同体だろうね……」
「……」
仁は考え込んでいた。少々この世界に深入りしすぎたかも、と。
そして出した結論。
「……そろそろ俺は島に帰るとするよ」
「え?」
「もうこの国も大丈夫だろうし、元々俺はこの世界の生まれじゃないしな」
そう言った仁の横顔は少し寂しそうだった。
「仁クン……」
「玲奈、この2年間、いろいろとありがとう。本当に世話になった」
「ちょっと、仁クン……」
「元気でな、玲奈」
「仁クン!!」
敢えて無視していた仁だったが、玲奈の方が黙っていなかった。
「ボクも付いていくよ!」
そう言って仁に飛び付いてきたのである。だが。
「あう」
物理障壁にぶつかって阻まれた。そのまま床に倒れ込む。
「うう、痛いよ、仁クン……」
おでこを赤くした玲奈を見て、仁の良心がちくりと痛んだが、それを振り切るように身を翻した。
仁は、祖国を無くす孤独を知っていたからこそ、玲奈を敢えて突き放したのである。
「礼子、行くぞ」
今の仁はIDカードも持っていて、研究所内のほとんどの場所に立ち入りが出来る。
ペガサス1を置いてある格納庫も当然出入り自由だ。
「ペガサス1、発進します」
操縦を担当する礼子が声に出して言った。仁は無言で頷く。
「2年と4ヵ月、か……」
長いようで短かった歳月を思い出しながら、仁はシートに背を預けた。
力場発生器により、加速Gはまったく感じられない。
「礼子、別に急ぐ必要はないぞ、ゆっくり帰ろう」
「はい、お父さま」
およそ1時間掛けて、仁は蓬莱島に帰還したのであった。
* * *
「何!? 仁君が出て行ったって?」
衣笠博士が驚いた声を出した。
「はい……」
しょんぼり項垂れた玲奈は所長である衣笠博士に報告をしていた。
「三宝君、引き止めなかったのかね?」
「引き止めました。でも仁クンは行ってしまったんです」
「……そうか……残念だ」
ヒノモト皇国における一番の理解者である衣笠博士と三宝玲奈は天を仰いだ。
その視線の先にあるのは天井ではなく、その遙か向こう、海の彼方の蓬莱島であった。
* * *
『お帰りなさいませ、御主人様』
蓬莱島では老君が仁を迎えた。
「ああ、ただいま」
仁は礼子と共に館に向かった。
畳の上にごろりと寝転ぶ。なんだか疲れていた。
「お父さま、お疲れですか?」
少し心配顔の礼子。
「ああ、少しな」
目を閉じたまま仁が答える。
「お父さまはお優しすぎます。無償で、何の見返りもなく、あれだけのことをしてやるなんて。その揚げ句がこれですか」
「……」
仁は答えなかった。礼子の言葉が身に染みた。
ちょうど、アルス世界に召喚される前、元の地球で社会人をしていたときと同じような疲れ方だった。
「お父さまの人の良さに付け込んで、あの連中は……いっそ滅ぼしてやりましょうか」
過激な言葉が出るほどに、礼子は憤っていた。
「よせ。そんな事をしたら、今まで俺が手伝ってきたことの意味が無くなってしまう」
それもまた正論、礼子は黙らざるを得なかった。
「ああ、どこかへ行ってしまいたくなったな」
それは仁の本音だったのか、それとも何気ない軽口だったのか。
とにかく老君は、その一言で新たな段階に進むことを決めたのである。
* * *
「そんな馬鹿な!」
玲奈の大声が響き渡った。
「仁クンはドクターフエルからこの国、いや、世界を救ってくれたのに!」
「三宝君、これは国の決定なのだよ。今の我が国は、世界各国からの支援物資や輸入無しには復興出来ない」
玲奈を宥めているのは衣笠博士ではなく、乗槙博士である。
今、玲奈は『自由魔力素工学研究所』ではなく、ヒノモト皇国臨時首都である代松にある科学技術省長官、乗槙博士に直談判していた。
それ以上の政府高官には面会できなかったという理由もあるが。
「だからといって、切り捨てるなんて!」
玲奈の言葉は悲鳴に近い。
「三宝君、彼はこの世界の人間ではないというじゃないか。ならば、排除されても仕方がない、そう思わないかね?」
「思いません!」
即答だった。
「仁クンはボクらと同じ人間です!」
だがその必死の懇願も届くことはない。
「だが、彼が第2のドクターフエルにならないという保証は無いのだよ?」
「なりませんよ! 仁クンなら、『そんな面倒臭いことなんかごめんだ』っていうに決まってます!」
玲奈は仁の性格をかなり熟知していた。
「それに、ドクターフエルを倒せる彼をどうしようっていうんですか!」
「さあな。メリケア連邦は何も言わなかった。我が国も問い質すことはしない」
「……」
玲奈は俯き、悔し涙を流す。
自分の祖国がこんな恩知らずの国だったとは思わなかった、と。
「……もういいです」
傷心の玲奈はとぼとぼと科学技術省を後にしたのであった。
* * *
「……ほう」
仁は、『ホウライ2』の中を見て回っていた。
下部デッキは、老君による改造がなされ、地底蜘蛛や地底芋虫の養殖場となっていたのである。
『礼子さんに調べてもらったところ、宇宙空間にも十分すぎるほどの自由魔力素が存在するそうです』
「なるほどな。そうしたら、いっそ蓬莱島全部を宇宙に持ち上げるか」
とんでもないことを言い出す仁。だがそれも不可能ではない。
『そうですね、直径10キロくらいの宇宙船にするか、あるいは島ごと持ち上げるか、ですね』
「島ごとの方が手っ取り早いだろう?」
機動性を重視するのでなければ、という前提ではあるが。
『御主人様、もしかするとホウライ2で十分な可能性があります』
「それは何だ?」
『先日、亜空間の理論構築に成功しまして』
「なんだって!?」
仁も暇なときに検討していた技術である。
『御主人様の許可が下りますなら、早速実験を開始したいのですが』
「うん、もちろん許可する。俺にもその理論を教えてくれ」
『はい、転移門もしくは転送機をお考え下さい。あれは空間と空間をつなぐ道を作っていると考えられます』
「ああ、そうだな」
『ここで、出口が無かったらどうなるでしょうか?』
仁は少し考えた末に答えを口にする。
「うーん、消えたままになるのかな?」
『はい、私もそう考えました。では、出口と入口を一致させたら?』
「ん? 何も起きない……というか、どこへも行けないんじゃないのか?」
その答えを聞いた老君に、顔があれば——老子にはあるが——にやりと笑ったことだろう。
『それがそうでもないようなのです』
老君の説明によると、転移門による移動は、時間ゼロではなく、僅かながらタイムラグがあるという。
そのタイムラグの時間は、入口から出口へと、『亜空間』を移動している時間だというのだ。
『証明はまだできません。ですが、その『移動時間』は、転移門間の距離に比例しています』
そのあたりまでは、老君の権限で実験可能だったという。
「ふうむ、そうすると……そうか!」
仁にも見当が付いたようだ。
「入口と出口を一致させ、大きめのエネルギーを与えたら、もしかして『亜空間ルーム』が出来るんじゃないか、というんだな?」
『仰せの通りです』
転移門の入口と出口を繋ぐ亜空間がチューブ状だとすると、入口と出口を一致させた場合、行き止まりの袋になるのではないか、というのが老君の推測であった。
「よし、早速実験してみよう」
ヒノモト皇国での心理的疲労はどこかに吹っ飛んだようだ。
そして3日後、仁と老君は亜空間の創造に成功した。
「これで『ホウライ2』のスペース的な問題は解決出来るな」
『はい。後は信頼性を上げるだけですね』
この『亜空間ルーム』に収納した場合、万が一『亜空間ゲート』(仮名)が故障した場合にどうなるかという問題がある。
答えは消失。行き方知れずになるのである。
「居住空間に使うのだけは止めよう」
そう思った仁の感性はまだ大丈夫である。
更に3日。
『ホウライ2』の改造は完了、蓬莱島の資材の悉くが運び込まれていく。
研究所や館はそのまま中層デッキに移動した。直径500メートルは伊達ではない。
亜空間に収納した物の質量は3次元空間には影響が無いことも分かった。
2日を掛けて、蓬莱島の全ては『ホウライ2』へと移動させられたのである。
とはいっても、今の蓬莱島はかつてアルス世界にあったときよりも資源の埋蔵量が少なかったのであるが。
「あー、これでなんだかすっきりしたよ」
仁としては別にこの世界に未練があるわけではない。
先日来、上空を飛ぶ飛行機や、周囲の海に現れている艦船が鬱陶しくなってきているのだ。
おそらく、無線などで何か言ってきているのだろうが、蓬莱島にそんな電子機器はないので受信できず、従って返答のしようもなかった。
正確には、ペガサス1に積んだままの携帯用無線機があるのだが、顧みる者は誰もいなかった。
「これで、いつでもおさらばできるな」
ホウライ2そのもののテストは、ゴーレム達によってとっくの昔に済んでいる。
宇宙でなら、光速の2分の1くらいまでは楽に出せるようだとの報告も受けている仁、むしろ楽しみである。
そんな時。
『御主人様、小船が近付いてきています』
「何?」
もう、空軍も海軍も『ホウライ2』に収容してしまったので、確認する術がない。
仕方なく仁はペガサス1を出すことにした。
《……こちら玲奈。仁クン、応答してよ! 仁クンってば!!》
ペガサス1のドアを開いた瞬間、そんな声が聞こえてきたのである。
「……玲奈?」
仁は急いで無線機を手に取った。
「仁だ。玲奈、どうした?」
《あっ、仁クン! ……やっと通じた……よかったよぉ……》
「いったい何があったんだ? 近付いてくる小船は玲奈なのか?」
《仁クン、逃げて! 世界中が蓬莱島を目指しているんだよ……!》
「何だって?」
《……ボクは情けないよ。世界中が仁クンの技術と蓬莱島に恐れを抱いていて、攻め込もうとしているんだよ……》
「……」
《もうボクは諦めたんだ。仁クンなら宇宙にも行けるよね? あと1時間で総攻撃が行われるんだよ! 仁クン、逃げておくれよ!》
「玲奈はどうするんだ?」
《ボクはどうにかするよ。それよりも仁クンだよ》
だが、飛び立ったペガサス1から見下ろした、玲奈が乗る小船は全長10メートルほど、あと1時間でヒノモト皇国に戻れるようなものではない。
「玲奈……」
文字通り、彼女は命懸けで仁に警告しに来てくれたのである。
「礼子、ペガサス1、下降。玲奈を収容する」
「はい、お父さま」
操縦する礼子に指示を出す仁。礼子は即座に従い、玲奈の乗る小船にぴったり寄り添うようにペガサス1を停止させる。
「玲奈! こっちへ来い!」
ドアを開け、大声で叫ぶと、船室から玲奈が顔を出した。
「仁クン!」
「ほら、早く!」
「う、うん!」
仁は、差し出した手を玲奈が掴むと、そのままペガサス1に引っ張り込んだ。
「馬鹿、無茶しやがって」
「……だって……」
涙ぐむ玲奈。
「……もう国には帰れないよ。ボクは裏切り者になっちゃった」
「どうしてそこまでして……」
「だって、ボクは仁クンに命を助けてもらったんだよ? 仁クンがいなかったら、今、ここにボクはいないんだ!」
涙で一杯の目を仁に向けながら、玲奈は一気にまくし立てる。
「仁クンはボクの命を助けたんだから、最後まで責任取ってよね!」
「責任って……」
仁が言葉に詰まった、その時。
「お父さま、空と海から、沢山の何かが近付いてきます」
それを聞いて玲奈は青ざめた。
「連合軍だよ! 仁クン、逃げて!」
仁も今は蓬莱島に戻るときだと、礼子に指示を出す。そしてペガサス1は『ホウライ2』の格納庫に収まった。
「ふええ……仁クン仁クン、これって何?」
「宇宙船、『ホウライ2』だ」
「あ、やっぱり仁クンだった」
あっさり納得する玲奈であった。
「司令室へ行くぞ」
乗組員はゴーレム達。
艦長はもちろん仁。操縦は『老子』。というか老君である。今や老君はこの巨大な『ホウライ2』のメイン頭脳でもあるのだ。
スチュワードは副操縦士。アンは探知担当。職人達は機関などの担当だ。
それ以外のゴーレム達、つまりソレイユやルーナ、プラネやサテラ、五色ゴーレムメイド達などは元々蓬莱島で就いていた仕事をしている。
「じゃあ行くか。……玲奈、もうここには戻って来ないけど、いいんだな?」
「いまさらだよ、仁クン」
物理障壁の無い今、玲奈は仁の左腕をしっかりと抱え込んでいた。
「これからボクはずっと仁クンと一緒だよ」
「……そうか」
そして仁は正面スクリーンを見つめる。
「『ホウライ2』、発進だ」
『了解、『ホウライ2』、発進します』
振動も何も無く、『ホウライ2』は浮き上がった。そしてそのまま高度200メートルまで上昇。眼下には連合軍の艦隊が見え、上空には航空機の編隊が飛んでいる。
「……このまま逃げるというのも癪だな」
仁がぼそりと言う。即座に老君は反応した。
『非殺傷で攻撃してやりますか?』
「そうだな、適当に任せる」
『了解』
そして振るわれる『ホウライ2』の鉄槌。
麻痺銃の斉射により、艦隊乗員は全員気絶。
重力制御魔導装置により、航空機は全機着水。
「後のことは知らん」
仁はそう言い捨てると、老君に、低空で各国の上を飛ぶように指示をした。
「仁クン仁クン、何をする気なんだい?」
玲奈の顔がやや青ざめている。仁が報復する気なのではと心配になったらしい。
「ん? 今のじゃなんかすっきりしないから、示威行動をしてから出ていこうと思ってな」
こっちの世界に来てから、少し過激になったような気もする仁であった。
「でも、何もしないんだよね?」
「ああ、向こうが勝手に何かやって、勝手に自滅するのは止めないけどな」
そして『ホウライ2』は高度200メートルのまま東へ。目指すはメリケア連邦である。
メリケア連邦上空を時速500キロほどで飛び過ぎる『ホウライ2』。
周囲には、これも最近開発した『反発バリア』が張られている。力場発生器を利用し、一切の物理攻撃を跳ね返すものだ。
近付いてきた空軍のヘリはそのバリアに触れ、弾き飛ばされていた。
そのまま南へと向かった『ホウライ2』はジルバ共和国上空を通過。
そしてニケア合衆国、ユーイ連合にその威容を見せつけて行く。
「うぬぬ、まだあんな隠し球を持っていたのか! 核ミサイルを撃ち込め!」
オソシア人民連盟のイボジレフ書記長が命令を下した。
そして発射される3発の核ミサイル。
「仁クン仁クン、あれって核弾頭を搭載したミサイルだよ!」
「核、か。どこまでも愚かな奴等。……転送機で北の海へ叩き込んでやれ」
「了解」
『ホウライ2』に1000メートル、という距離にまで迫った核ミサイル。あと1秒足らずで核爆発が起きたであろうが、転送機により北極海へと転送されてしまい、そこで爆発を起こす。
「放射性物質で汚染されようが自業自得だ」
「……まあ、そうだよね」
オソシア北部は、同国による度重なる核実験で生物の棲めない土地と化していたので仁も胸が痛まない。
それでも、仁は工学魔法を応用した放射性物質の回収と無害化ができる魔導具も置いてきている。国同士がつまらない争いを止めれば十分行き渡るはずだ。
「オソシアの核ミサイルは旧式だ。こちらの最新式兵器を見せつけてやれ!」
ジアジ共同体の軍部最高責任者、シュウ・ジョウンの命令が下り、50発の超音速ロケット弾が発射された。
「ロケット弾か。超音速とはいってもマッハ3程度だろ」
老君の反応速度は人間の数百倍、瞬時に力場発生器は出力を上げる。
反発バリアと、風避け結界の相互作用により、大気中での最高速はマッハ5まで上がっていたのだ。
あっという間にロケット弾を置き去りにして飛び去る『ホウライ2』を、ジアジ共同体は呆気にとられて見ている事しかできなかったのである。
「最後はヒノモト皇国だ」
これが祖国の見納めと、玲奈は魔導スクリーンを食い入るように見つめていた。
そして懐かしいヒノモトアルプス上空で『ホウライ2』は一旦停止。
「玲奈、本当にいいんだな?」
仁の質問に、玲奈は口を真一文字に結んだまま、ゆっくりと頷いた。
「そうか。もう何も言わない。……『ホウライ2』、上昇。宇宙へ出るぞ」
『了解です』
最初はゆっくりと、そして徐々に速度を上げて。
『ホウライ2』は宇宙を目指す。
緑が戻り始めたヒノモト皇国の大地が次第に遠くなっていく。
そして星の姿が見えてくる。それは仁の知る地球と良く似ていた。
今や、『ホウライ2』は漆黒の宇宙空間に飛び出した。
「仁クン仁クン、目的地とかはあるのかい?」
「いや、特にないな。このままゆっくりと宇宙を飛びながら、研究を続けていくつもりだ」
「研究? 何の?」
「……玲奈に分かりやすく言うなら『ワープ』だな」
要は、転送機で自分自身を転送できないか、ということである。
これが出来れば、その先にあるものは並行世界間の移動、である。
「まだ先は長いけどな」
スクリーンに見えるのは、黒を背景にして星が輝く宇宙空間。
「自由の海へ出港だ」
どこかで聞いたようなセリフを口にする仁である。
「……玲奈、これからよろしくな」
「うん、よろしくね、仁クン」
司令室で2人は寄り添うように立ち、行く手遙かに輝くアンドロメダ星雲を見つめていた。
これで特別企画として考えていた物語は書き尽くしました。
でもこのIF世界の仁達、機会があったら書いてみたいですねえ……。
お読みいいただきありがとうございました。
20150106 表記修正
『ジン・ニドーが第2のドクターフエルにならないとは限らない。引き渡しを求める』
そう言ってきたのはメリケア連邦であった。
それに対し、当時のヒノモト皇国政府、鳩川総理大臣は答える。
『彼は我が国の国民にあらず』と。
それに対し、メリケア連邦は宣言する。
『今後の干渉は一切無用』と。
『諾』。
それが鳩川総理の返答であった。
復興途上のヒノモト皇国政府は大国の圧力に負け、仁を切り捨てに掛かったのだった。
・・・の部分を138行目へ移動。
仁が切り捨てられた地の文の後、仁が蓬莱島へ帰ることにしました。
(誤)若い男性研究員からは羨望の眼差しで見られている
(正)若い男性研究員からは憧れの眼差しで見られている
20150107 誤記修正
(誤)ドクターフエルの驚異を退けてからの仁は
(正)ドクターフエルの脅威を退けてからの仁は
20150315 修正
(旧)「放射性物質で汚染されようが自業自得だ」
「……まあ、そうだよね」
(新)「放射性物質で汚染されようが自業自得だ」
「……まあ、そうだよね」
オソシア北部は、同国による度重なる核実験で生物の棲めない土地と化していたので仁も胸が痛まない。
そこに生物がいないと言うことにします。