2015年新春特別企画 急
2015年1月3日に投稿した分です
仁が魔結晶の使い方を講義したその日の夜……深夜を少し回った頃、警報が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
仁も飛び起きる。
「お父さま、例の奴等が攻めてきたようです」
仁は急いで服を着、廊下に出ると、ちょうど玲奈とばったり出会った。
「あ、仁クン仁クン! ドクターフエルの軍が攻めてきたらしいよ! ボクは司令室へ行かないと!」
「俺はどうすればいいだろう?」
仁の質問に、玲奈はちょっとだけ考えてから答える。
「うーん、そうだね、仁クンも来てくれたらありがたいと思うな」
「よし、案内してくれ。……っと、その前に」
「?」
「玲奈、服の前ボタン、掛け違えてる」
「えっ!」
仁に指摘された玲奈は、あわあわとボタンを直そうとした。……仁の前で。
「お、おい」
つまりは、上着の前ボタンを一度全部外したわけで。
下に着ている白いものも見えてしまうわけで。肌色の部分もいろいろと見えてしまうわけで。
「あっ! あわわわわ、み、見ないでよ!」
気が付いて慌てて前を合わせる玲奈。そして脚をもつれさせ。
すてーん、と、見事に転んだ。
「あ、あうう……」
廊下に大の字になって伸びてしまった玲奈。シャツの前もはだけてしまっている。
「……しょうがないな。礼子、ボタン留めてやってくれ」
「はい」
礼子に頼んでボタンを留めてやり、そのまま背負わせ、廊下を歩き出す仁。
その足が止まった。
「……司令室って、どこだ?」
その後、気が付いた玲奈に案内してもらい、無事司令室に到着。
「おお、三宝君、遅かったな。……それに、君が二堂君か。よく来てくれた」
「五海司令、現状はどうなっているんですか?」
玲奈が五海司令、と呼んだのは60前後の男性。頭髪はないが、短い鼻髭と顎髭を生やしている。
「うむ、レーダーによると、大規模な飛行部隊が近付いてきている。あと30分で本土上空だ。それに……」
「それに?」
「西の海岸に、巨大な移動基地が現れたそうだ」
玲奈は青ざめた顔で叫んだ。
「それって、もしかして……飛行要塞シュールと、機動要塞パクロスじゃないんですか!?」
「おそらく、な」
「うわー……もしかしなくても海底要塞オールドをやられたから怒ったんじゃないかな……」
それを聞いた仁は多少責任を感じると共に、理不尽な侵略者に対する怒りを覚えた。
「礼子、行くぞ!」
「はい、お父さま!」
司令室を出る仁。その背中に声を掛けたのは玲奈だった。
「ちょ、仁クン仁クン、どこへ行くんだい!?」
「ペガサスのところへだ。侵略者を迎え撃つ!」
「待って、ボクも行くよ!」
慌てて仁を追いかける玲奈。
「それに、ボクがいなくちゃ格納庫の扉も開かないよ……」
ということで、仁は玲奈を伴って、否、案内されて、格納庫へと向かった。
次々に出てくる扉を通り抜け、最後のハッチを玲奈のIDカードで開くと格納庫であった。
「ペガサス1、発進」
「こちら三宝玲奈。格納庫扉、開放願います」
持ち込んだ通信機で玲奈が要請すると、格納庫の扉がゆっくりと開いていく。
基地の面々は、仁に対し、信頼以前に、藁にも縋る思いだったのである。
「よーし、行くぞ!」
開いた扉からペガサス1は飛び出した。時刻は午前2時過ぎ、月もなく、真っ暗である。
「飛行要塞シュールは北から、機動要塞パクロスは西から接近、か……」
『御主人様、アンからの助言があります』
老君から通信が入った。
「ん、どうした?」
『その侵攻は陽動の可能性があります』
「陽動だって?」
『はい。あくまでも狙いは大本営。そのために戦力を分散させるつもりかと』
その話を聞いて仁は考えた。
「わかった。俺はここの上空にいる。空軍は飛行要塞シュールを迎え撃て」
『了解』
「コンドル3を転送機で西の上陸地点付近に待機させろ。陸軍はペリカンに乗り込み、これも待機。武装はフル装備」
『了解』
指示を出し終えた仁は、玲奈に向き直り、
「敵部隊の様子が分かったら逐一教えてくれ」
と頼んだ。
「う、うん。任せてよ」
そして待機に入ったのであるが、戦端が開かれるのはそう遠い未来のことではない。
* * *
〈チバッケン伯爵、あと5分でヒノモト皇国本土上空です〉
「わかった、機械空軍全機展開や」
飛行要塞シュール前方のハッチが開き、漆黒の機械空軍300体が飛び出した。
「ふふふ、ドクターフエルに逆らうことの恐ろしさを、このチバッケン伯爵の全力をもって教えたるわい」
〈伯爵、敵航空戦力と思われる飛行物体を探知しました〉
「ふん、ヒノモト皇国恐るるに足らず。このまま進むんや!」
〈は、ですが先日の被害は……〉
機械空軍30機が消滅した件である。
「あれは事故や。よしんばそうでないとしても、ドクターフエルの命令通り行うまでや」
〈……了解〉
300体の機械空軍と巨大な飛行要塞シュールを迎え撃つのは、アルバトロス10機、ラプター10機、そしてファルコン10機の計30機。
機械空軍は100体ずつでいわゆる『鶴翼の陣形』を取った。
「各先頭、空対空ミサイル発射!」
鶴翼の先頭を務める機械空軍から空対空ミサイルが発射された。
『物理障壁展開』
飛来する空対空ミサイルは全て、物理障壁が防いでくれた。
『物理障壁の強度は十分ですね』
空対空ミサイル10発でも、蓬莱島軍の物理障壁は貫けないようだと分かった。
これは、1つにはこの世界の自由魔力素濃度が、仁のいたアルス世界の倍、ということも関係している。
『障壁結界』は自由魔力素に働きかけて空間を『固定して塞ぐ』ものであるからして、自由魔力素濃度が高いということは障壁結界強度も上がるわけだ。
その事実を認識した老君は戦術の参考にする。
『物理障壁を展開しつつ、『電磁誘導放射器』で攻撃』
転送砲は大きなエネルギーを必要とするため、力場発生器及び物理障壁を展開していると使えないのである。
かといって、正対している現状で物理障壁を切るのは危険である。また、物理障壁を展開しているときは、魔法型噴流推進機関も使えないのであった。
ゆえに、魔法系攻撃を仕掛けるべく指示を出したのである。
「なんやて!? バリアーを持っとるやと!?」
飛行要塞シュールでは、空対空ミサイルが敵機に届かず爆散したところを余さず捉えていた。
「うむう……だが、バリアーとて、過負荷になれば破れるはずや! 先頭から10体まで、ミサイル発射や!」
だが、チバッケン伯爵は更に目を見張ることになる。
「なんや!? 発射したかと思うたら爆発やて? 不良品……のはずはないわな。敵の兵器か!?」
そうこう言っているうちに、鶴翼の陣形、その頂点付近にいる数体の機械空軍が赤熱してきた。続いて爆発が起きる。
溶ける前に爆発したのは、搭載された空対空ミサイルの爆薬のせいだろう。
『これは使えますね』
老君は戦術を練っていく——。
「な、なんでやねん! なぜに機械空軍が勝手に爆発しとんねん!」
〈……わかりました! 強力な電磁波です! 誘導電流によって加熱されているのです〉
「なんでそないな武器があの国にあるのや……」
しかし喚いても分からないものは分からない。その間にも、機械空軍は何体か爆発四散していく。
「密集していてはいい的や。散形陣を取るんや!」
チバッケン伯爵の指示により、残った機械空軍は鶴翼の陣を崩し、散形陣を取った。
「攻撃用機械空軍、奴等に一泡吹かせてやるんや!」
その一声で、30体の機械空軍が陣から飛び出した。全長20メートルほどの高速飛行タイプである。
『墜とせたのは57体ですか……まだまだいますね』
対して老君は。
『向かってくるとは好都合です。御主人様が開発された力場発生器の威力を見せつけてやりなさい』
力場発生器の最もチートな点は、加速度の影響を一切受けないと言うことだ。
一時話題になったUFO、そのまったく無軌道とも思えるジグザグ飛行だって再現できる。
高速飛行タイプの最高速はマッハ2.5ほどであった。対する蓬莱島勢はマッハ3が出せる。
これは空気抵抗を無くすための風避け結界の生成速度によるものなので、短時間ならそれ以上を出すことさえ可能だ。
この速度差、そして機動力の差は大きかった。いや、大きすぎた。
「追いつけんやと!?」
今まで、ヒノモト皇国をはじめとする、世界各国の科学力を見下してきた彼等が、初めて太刀打ちできない相手を目にしたのである。
『テストです。『超冷却』を使ってみなさい』
超冷却は仁が開発した冷却の魔法だ。熱エネルギーを瞬時に別次元へ移動させてしまうことで、対象の温度を絶対零度まで下げることができる。
「ど、どうしたっていうんや!?」
敵機に迫っていた機械空軍が、次々に動作不能となり、墜落していくではないか。一機、また一機。
『思った通りですね。圧縮プラズマ炉、とか言っていましたが、つまりは高温高圧のプラズマからエネルギーを得ているのでしょう』
つまりは、そのプラズマを絶対零度に下げてしまうことで、エネルギー供給を絶ったのである。
これで敵機械空軍は180体に減った。だがまだまだである。
「うむう、こうなったら、悔しいが、ドクターフエルの命令実行が先や。30機ばかりの敵機に構わず、爆撃を実行や!」
30対180ではまだ6倍の勢力差がある。さすがの蓬莱島勢にも、防ぎきれないかと思われた。
* * *
一方、西の地。日本でいうと、名古屋のあたり。
海中から、巨大な何かが上陸してきた。『機動要塞パクロス』である。全長300メートルの構造物。20本の脚が生えており、これで陸上を移動できるのだ。
また、海中も進むことが出来、『機動要塞』の名は伊達ではない。
「ぶふふ、このピザマン子爵がヒノモト皇国全土を焼け野原にしてくれるわ!」
たるんだ頬の肉を振るわせて笑うピザマン子爵。
「機械陸軍、出動しろ!」
パクロスの前部が開き、装甲車100台が出てくる。ロケットランチャーを取り付けられたもの、ミサイルを搭載したもの、機関銃を多数取り付けたもの。そして火炎放射器を取り付けたもの。
この装甲車そのものが機械陸軍なのだ。
続いて、多脚戦車が100台。6本脚で、昆虫のような動き方をする。こちらは対人だ。ゆえに機関銃と火炎放射器が主装備になる。
最後に、全長30メートルの巨大多脚戦車が20体。これらは後詰め。
「げへへへ、皆殺しだあ!」
不気味に笑うピザマン子爵。
その前に降り立った一団があった。
「何だあ?」
それは人の形をしていた。が、服は着ておらず、体表面は銀茶色。言わずと知れた蓬莱島陸軍、ランド隊である。
「あんなロボットがヒノモト皇国にあったのかあ? ……どうせ、土壇場で間に合わせたガラクタだろうが。鎧袖一触というものだわい!」
しかしそんな大言壮語はあっという間に否定される事となった。
「なんだとぉ?」
人型のロボットが手にした剣を振るうと、装甲車のタイヤは裂け、多脚戦車の脚が斬り付けられた。
『まずは行動不能にすることです』
老君の指示。なにしろ相手の数が多いのだ。人間の数十倍の速さで動けるランド隊は、たちまちのうちに機械陸軍を行動不能にしていった。
とはいえ、相手はランド隊に比べ、巨大。特に多脚戦車の脚は、1度や2度の斬撃では斬り飛ばせない。
また、6本の脚があるため、最低でも3本、できれば4本を斬り飛ばさないと行動不能にならない。
装甲車54台、多脚戦車31台を行動不能にしたところで、機械陸軍の反撃が始まった。
機関砲の弾幕である。
30ミリ機関砲の弾丸は、ランド達といえど無視できるものではない。
ランド49と51が腕を擦られた。そして展開される物理障壁。
物理障壁の展開により跳ね返される弾丸を見たピザマン子爵は驚愕した。
「なんだと? バリアー? そんなものを実用化していたのか!? ならば、ロケットランチャーだ!」
だがランド隊も黙って標的になるはずはない。空軍と同じく、『電磁誘導放射器』で攻撃。
「なんだ? なぜロケットが爆発する!?」
装甲車のロケットランチャーが次々に爆発していくのだ。
電磁誘導放射器によって筐体を熱せられ、爆薬ではなく燃料が爆発する。
中には誘爆を起こすものもあり、ピザマン子爵は激昂した。
「生意気な! こうなったら全弾撃ち尽くせ!」
温存しておいても無駄とばかりに、半ばやけっぱちの命令を出してしまった。
25台の装甲車から、各々10発のロケット弾が発射された。
だがそれは悪手。
「『炎の嵐』」
ランド隊は物理障壁を展開したまま、攻撃魔法を放った。
「なあああああ!?」
物理法則を無視したような火炎の嵐に、ピザマン子爵は絶叫した。
高熱の炎に炙られ、ロケット弾は全て空中で爆発してしまったのである。
* * *
「うむ……恐るべき相手である。もしや、あれがヒノモト石の?」
チバッケン伯爵とピザマン子爵から送られてくる映像を眺めていたドクターフエルは冷や汗を一筋流した。
距離があるため、かなりノイズが交じり、不鮮明ではあるが、相手の戦い振りは十分観察できた。
「ふん、しかしこの移動要塞『インクリース』がある限り、ワシは無敵だ!」
* * *
「『魔力爆弾』10号弾の使用を許可します」
30対180という戦力差に、老君は決断した。
10号弾は、正確な比較はできないが、およそTNT10トンに相当する。
その効果は、空気中の自由魔力素を巻き込んで波及するため、通常物質への影響も大きい。
少々狙いがずれても相手は只では済まない。それが30発、発射された。
「うおおおおおお!?」
チバッケン伯爵の絶叫が響き渡る。
空間が裂けたような爆発が30回。爆炎は出ない。純粋な爆発である。
もはや空中に浮かんでいるのは、障壁を展開していた蓬莱島空軍30機と、飛行要塞シュールのみとなった。
* * *
『機械空軍、殲滅終了』
老君からの報告が次々に入ってくる。機内の小型魔導投影窓にも、その様子は映し出されていた。
「す……すごいよ、仁クン! ボクらが手も足も出なかったドクターフエルの軍団を……」
少し青ざめながら玲奈が言う。仁は冷静に答えた。
「まだ飛行要塞が残ってる。それに機械陸軍も」
* * *
『魔力爆弾1号弾を使いなさい』
機械陸軍に対しても、老君は魔力爆弾の使用許可を出した。
1号弾はTNT100キロくらい、戦車の破壊には十分である。
ランド隊は100パーセントの出力を出す。その速度は人間の100倍にも達する。
いかに機械陸軍といえど、追従できる速度ではなかった。
そしてランドたちは1体が2発ずつ、魔力爆弾1号弾を携行していた。
1秒足らずで魔力爆弾の取り付けは終わる。
ランドたちは距離を取り、物理障壁を展開する。そして起爆。
「『爆発』」
そして地獄絵図が出現した。
計200発の魔力爆弾が一斉に爆発したのである。
装甲車、多脚戦車、巨大多脚戦車が一瞬にして鉄くずとなる。それ以前に行動不能になっていたものも、爆発した破片や爆風などで更なるダメージを受けた。
「……し……信じられん!!」
あまりといえばあまりの出来事に呆然となるピザマン子爵。
そこに通信が入った。
* * *
《こちらはドクターフエルである。失敗したようだな、チバッケン伯爵》
「ど、ドクターフエル、申し訳ありまへん!」
《よい。一部始終を見ていたが、あれはお前たちの手に余る。こちらへ戻れ》
「へ? こちらと言いまんのは……」
《移動要塞インクリースだ》
「おお! 偉大なるドクターフエル自らの出撃でっか!! わかりました、すぐそちらへ向かいまっさ!」
飛行要塞シュールは蓬莱島空軍前でUターンした。
老君はそれを見逃す。
『追う必要はありません。いずれ決着を付けます』
同様の通信はピザマン子爵も受け取っていた。
機動要塞パクロスは短時間、短距離の飛行なら出来る。エネルギーをものすごく喰うが。
そして飛び上がったパクロスは東へと飛んでいった。
『ランド隊は周囲を警戒。残党などがいない事を確認後、帰投しなさい』
* * *
「仁クン仁クン、終わったのかい……?」
少しずつ白みだした東の空を眺めながら、玲奈は大きく溜め息をついた。
「いや、多分まだだ」
「ええー……」
心底嫌そうな顔をする玲奈。
「今までのが陽動だとすると、本命はここだ」
「そ、それは、戦力を分散させておいて、ということなの?」
「だと……思う」
蒼白になる玲奈である。
「じ、仁クン! どうするの!?」
「大丈夫だ。守るものがはっきりしているんだから、ここは俺たちだけでも。なあ、礼子」
「はい、お父さま」
「だ、だって……!」
「礼子は戦略級だぞ」
「せ……?」
戦術級ではなく、戦略級。それが礼子である。
決戦の時は刻一刻と近付いていた。
遙かな東の空から太陽が顔を出した。茜に染まる山々。
そこに浮かび上がる黒々とした影。立方体……サイコロに近いシルエット。
禍々しさを周囲に放ちながらゆっくりと近付いてくる。
「……やっぱり来たな、ドクターフエル」
* * *
「ん? 一機だけ浮かんでいるな? ……どうやって浮いているのだ、やつは?」
ドクターフエル側もペガサス1に気が付いた。
「まあいい、まずは奴等の基地を壊滅させることが先決だ。機械侵略者降ろせ!」
立方体の下面が開き、身長12メートルを超える巨大ロボットが20体、ワイヤーで降下されていく。
「黙って見ているわけないだろ」
仁はペガサス1のレーザー砲の狙いを定める。
「落ちろ!」
放たれたレーザー光線は、吊り下げているワイヤーを切り裂き、機械侵略者は200メートル以上も落下し、地表にぶつかって壊れる。
またある物は吊り下げられたまま穴だらけにされ、降ろしても動くことはない。
それでも、7体の機械侵略者が何とか地表に降り立った。
「ふはははは! 機械侵略者は1体でも都市を壊滅させられるのだ!」
スクリーンを見ながらあざ笑うドクターフエル、だがその開いた口が塞がらないような出来事が起きた。
「な、なんなのだ?」
『タイタン3、転送します』
身長15メートルの超巨大ゴーレム、タイタン。その3号機は遠隔操作である。今回は老君が動かす。
そのタイタン3が、機械侵略者7体の前に立ちはだかった。
『タイタン3、今、自由魔力素の力を借りて、ここに顕現!』
老君もノリノリである。
「小癪な! 機械侵略者、行けえ!」
仁が最適化した巨大ゴーレム、タイタンは、その巨体にも関わらず、人間と同等の動きができる。
それに比べたら、機械侵略者の動きは鈍重そのものだ。いや、それでも重機などの動作に比べたら数倍速いのだが。
『この程度では相手になりませんね』
「な、なんじゃと!?」
機械侵略者の繰り出す拳を易々と躱したタイタン3は、機械侵略者を抱え上げ、投げ捨てた。
その結果、別の機械侵略者と激突し、2体とも動かなくなる。
「脆いな」
上空から仁が評価を下す。
「制御系はどうしても精密にならざるを得ない。それが機械化のネックだ」
魔導工学ではそんなことはない。魔結晶に書き込まれた魔導式が肩代わりしてくれる。
「あと1体、やれ!」
『メガトンパンチ!』
タイタン3は拳を振るった。拳には局所障壁を纏っている。
鈍重な機械侵略者は避けることもできず、もろに喰らった。
その拳は胸部装甲を破壊し、機械侵略者は2度と動くことはなかった。
「まだだ! 機械侵略者、かかれ!」
四方からタイタン3に迫る機械侵略者。だがそこで、ドクターフエルは更に信じられないものを目にすることになる。
タイタン3が浮き上がったのだ。
「なにぃ!?」
軽量化されたタイタン3の重量は、それでもおよそ約5トン。それを空中に浮かしているのは、当然『力場発生器』である。
目標を失った4体の機械侵略者は互いにぶつかり合い、ひっくり返った。
少し離れたところに着地したタイタン3は、手近な機械侵略者の脚をひっつかみ、ジャイアントスイングで振り回した。
ようやく起き上がった機械侵略者の1体をそれでなぎ倒す。
「ええい! 奴は化け物か!」
スクリーンを見つめるドクターフエルの声は震えていた。
「いいぞ! そのまま放り投げろ!」
「……凄すぎる……」
ペガサス1の中で下界の戦いを見つめている玲奈は圧倒的な仁たちの強さにおののいていた。
そして少し心配になる。
(この力は……世界のパワーバランスを崩すよね……仁クンが第2のドクターフエルにならないという保証はどこにも無い……)
「ぬおおおお!」
地上では、最後の機械侵略者が倒されたところである。
「……うぬう……恐るべき奴。こうなったらこのまま地上に着陸し、周囲を無差別破壊じゃあ!」
ドクターフエルは正気とは思えない指示を出した。
だが、チバッケン伯爵、ピザマン子爵はそれを唯々諾々として受け入れたのである。
「仁クン! 奴等、地上に降りるよ!」
「……自棄になったか?」
「ああ、このままでは大本営の入り口が見つかるのも時間の問題だよ!」
悲鳴のような声を上げる玲奈である。
「……仕方ない、礼子、行ってくれるか?」
「はい、お父さま」
「よし、頼む。それから、これがお前の新しい武器だ」
仁は単なる棒にしか見えないものを指差した。
「使い方を教える。『知識転写』」
「これは……! お父さま、さすがです!」
「頼んだぞ、礼子」
そして礼子は地上へ向け飛び降りた。
「じ、仁クン仁クン! ここは空の上だよ! 地表まで1000メートルはあるんだよ!」
「大丈夫だって。俺の礼子だぞ」
「意味が分からないよ……」
飛び降りた礼子は、力場発生器を起動。落下速度を更に速め、地表から5メートルのところで急停止。
目の前には、『インクリース』から出てきた数百体の人型ロボットが、正にうじゃうじゃとひしめいていた。
「ふふふ、人型ロボットならワシだって持っているのじゃ! 行け、『機械戦闘員』!」
「……うざいですね」
礼子は、さっそく仁から渡された武器を使ってみることにする。
何の変哲もない棒に見えるが、その正体はハイパーアダマンタイト。
直径3センチ、長さ1.5メートルで2トンもある化け物素材である。重力制御しなくてはペガサス1とて、楽に運べる重さではない。
更に、中に分散した魔結晶の極小粒が魔力伝導を高め、礼子の思い通りに『変形』させることができる。
「『変形』」
礼子はまず、ウォーハンマーに分類されるような打撃武器に変形させた。
「出力40パーセント、行きます!」
自由魔力素2倍、ゆえに礼子の魔力反応炉も倍の出力を安定して出す事が出来る。
礼子は今、アルス世界での80パーセントに相当する出力を出していた。
「ぬがはああああ!?」
ドクターフエルがおかしな叫び声を上げた。スクリーンに映ったものが信じられなかったのだ。
どう見ても少女……それも、メイド服に良く似た服を着た少女が、ハンマーを振り回して、機械戦闘員を文字通り吹き飛ばしているのだから。
「イー!」
「ギィッ!」
機械戦闘員達は、同士討ちを恐れて、手にした銃器を撃てずにいる。
ここぞと礼子は暴れ回った。
「クエ〜」
「オゥッ!」
一振りで3、4体が吹き飛ぶ。それに反して、礼子の身体はぶれない。力場発生器をうまく使い、体芯のぶれを抑えているのだ。
「この重さなら……これでもいいかもしれませんね。『変形』」
変形させ、1.5メートルの棒に戻す礼子。こうすることで、より間合いを広くすることができ、突くことも可能になる。
一振りで吹き飛ぶ機械戦闘員の数は2、3体に減ったが、時間あたりでカウントするとむしろ増えたといえよう。
「ぐぬぬぬぬ……ば、化け物め……!」
100体以上の機械戦闘員が戦闘不能となった現実を見、ドクターフエルは怒り心頭であった。
「だが、まだ機械戦闘員は900体もいるのだ。全てを相手にすることなぞできまい」
しかし礼子は、全ての機械戦闘員を無力化するつもりであった。
「飛びますか」
地上を走っていてはまだるっこしいと、ついに浮かび上がった礼子。手にした棒は2つに『分離』、両手に籠手のように嵌める。
そして亜音速で低空飛行を開始した。
「ぬはああああ!」
時速1000キロで飛翔する礼子を捉えられる機械戦闘員はいない。
「ええい、同士討ちしてもかまわん! まずはあの化け物を倒せ!」
悲鳴のようなドクターフエルの声、だが、礼子の速さは機械といえども捉えきれるものではない。
慣性を無視するように直角の方向転換をしたかと思えば、大きな弧を描いて回り込む。
突然20メートルも上昇したかと思えば、超低空から足元を攻撃してくる。
「ええい、銃弾では無理だ! 範囲攻撃に切り替えろ!」
点で捉えられないことを悟ったドクターフエルは面攻撃に切り返させる。
火炎放射器は、炎を噴き出すのではない。燃焼している液体も一緒に噴き出しているのである。
だが、礼子の身体は短時間なら1500℃にも耐える。少々の火炎など気にも止めない。
むしろ、とばっちりを受けた機械戦闘員の方が被害が大きかった。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
どうしても礼子を止められないドクターフエルは地団駄を踏んで悔しがった。機械戦闘員の数は700体以下に減ってしまっている。
「そろそろいいかも知れませんね」
礼子は一旦距離を取って着陸。籠手は棒に戻し、地面に突き立てた。
そして、腰から短い棒を取り出した。いや、棒ではない、剣の柄……つまり『プラズマソード』だ。
起動すると、3メートルにもなるプラズマの刃が伸びる。
「行きますよ!」
地を蹴る礼子。一振りで5体が上半身と下半身に分かれた。
「な、な、なんだあああ!」
プラズマソードの持続時間は短い。改良された今でも、およそ1分しか保たない。
だがその1分で、礼子は機械戦闘員の数を400にまで減らしていた。
あたりには朝日が当たり、夜はすっかり明けはなたれていた。
「よし、こちらからも支援だ。電磁誘導放射器、発射!」
戦場がやや拡大したのを見て、仁は電磁誘導放射器を礼子のいない場所目掛けて投射した。
「い、いったい何ごと!?」
ドクターフエルは更に焦った。機械戦闘員が20体、30体とまとまって倒れていくのだ。
機械戦闘員には熱に弱い部品も幾つか使われている。主に制御系の電子部品だ。
それらが真っ先に破壊されたため、機械戦闘員は動かなくなってしまったのである。
「仁クン仁クン、あと少しだよ!」
先程までの心配もどこへやら、目に見える戦果に、玲奈も興奮気味だ。
眼下に蠢く機械戦闘員は大分その数を減らした。見たところあと200足らず。
「礼子、プラズマソード、フルパワーで使え!」
「はい、お父さま!」
かつて巨大百足を倒したときに使った手。過負荷を掛けたプラズマソードは10メートルにも伸びる。
礼子は超音速を出した。衝撃波で吹き飛ぶ機械戦闘員。
そして振るわれた巨大な光の剣は、一振りで数十体の機械戦闘員を両断した。
3秒でプラズマソードは消えた。だが、もはや残る機械戦闘員は数十体。
礼子は余裕を持ってそれらを破壊した。
「……あとで分別して資源にできるな」
地表に転がる機械戦闘員の残骸を見て仁が呟く。
「仁クン仁クン、これであとは移動要塞だけだね!」
「ああ、そうだな」
少し落ち着いた玲奈はまた心配になってきた。
(この時点になっても、大本営からの支援が来ない。それは仁クンを信頼してのことなのか、それとも……。おそらく、共倒れを狙ってるんだろうね)
自分の同胞だというのに、少し情けなく思う玲奈である。
(異邦人の仁クンがこんなに懸命になってくれているというのにさ)
そんな玲奈の物思いを破ったのは仁の声。
「最終決戦、いくぞ」
* * *
ドクターフエルは焦っていた。手持ちの機械軍はもうほとんど残っていない。
残る手段は……。
「ええい、チバッケン伯爵! 飛行要塞シュールで特攻せい!」
「ど、ドクターフエル……」
「ピザマン子爵もだ! 機動要塞パクロスと共に自爆せよ! あの化け物を奴等の大本営共々消滅させてしまえ!」
どう考えてもまともな指示ではない。とはいえ、世界征服を企む時点でまともとは言えないのだが。
チバッケン伯爵とピザマン子爵はしぶしぶながらそれぞれの要塞を出撃させた。
「ふん、どうせ奴等もアンドロイドだ。いくらでも代わりは造れるわい」
「仁クン、なんか出てきたよ!」
移動要塞インクリースのハッチが開き、飛行要塞シュールが顔をのぞかせていた。
「出させるものか!」
咄嗟に仁は、魔力砲を連続発射する。
口径10センチ、初速度マッハ80の砲弾10発が発射された。
そしてそれは飛行要塞シュールと、移動要塞インクリースを同時に貫いた。
「な、何ごとや!」
〈何かが船体を貫いていきました! うち2発は動力炉を貫通。圧縮プラズマが漏れます!〉
飛行要塞シュールでは破滅へのカウントダウンが始まっていた。
〈動力炉壁溶解! プラズマ流、下層に達します!〉
〈制御不能! 制御不能!!〉
〈総員待避!!!〉
ロボットとはいえ、最低限の自己保存意識はある。飛行要塞シュールの乗組員は全員脱出口へ急いだ。
「もう一度!」
仁は更に10発、魔力砲を連続発射した。
それは機動要塞パクロスをも貫き、パクロスもシュールと同じ運命を辿ることとなる。
「うむむ、これはまずい。要塞下部、切り離す!」
インクリースの危機を感じたドクターフエルは、格納庫である下部ブロックを切り離した。
その直後。パクロスとシュールは爆発を起こす。余波でインクリースも揺さぶられた。
「うぬう、このドクターフエルをここまで虚仮にしてくれるとは……!」
その時、下部ブロックを切り離したため、薄くなった装甲を破って侵入した者がいる。
力場発生器で飛んできた礼子だ。
「お父さまの安寧のためにも……! ここで終わらせます!」
寄せ来る機械戦闘員を蹴散らし、礼子は奥へと進んでいった。
「待て、侵入者」
その前に立ちはだかったのは身長2メートルを超す巨体。背後には扉。
「我は機械守護者、ドクターフエルを守る者」
「そうですか」
言葉少なに礼子は跳びかかった。
振るわれる拳を機械守護者は拳で迎え撃つ。
アルス世界のレア素材対、並行世界の地球における高性能金属の対決。
鈍い音がして腕が吹き飛んだ。床に落ちて金属音を立てる。
「ま……まさかこの我を上回るとは……!」
「わたくしのお父さまは世界一。それはこの世界でも変わらないみたいですね!」
腕を1本失ってバランスの崩れた機械守護者に迫った礼子は、残った腕を掴むと、身体を捻り、『背投げ』で投げ飛ばす。
扉にぶち当たり、扉ごと向こう側へ転がり込んだ。
「……まだ『黄金の破壊姫』の方が強かったですよ?」
感情の籠もらない声で礼子は言う。
機械守護者はもう動かない。衝撃で制御回路が壊れたようだ。
「先へ行きましょう」
動かなくなった機械守護者を横目に、礼子は奥へと進む。
今度礼子の前に立ち塞がったのは、機械守護者でなく、分厚いシャッターである。
「こういう時は力押しでなく、魔法を使いましょう。この世界は魔法に対する耐性がゼロですから」
礼子はシャッターに手を当て、工学魔法を使用する。
「『変形』」
たちまちシャッターの金属は変形し、穴が空いた。礼子は悠々と穴をくぐり、先へと進む。
「間違いなく、この先がドクターフエルの居室でしょうね」
襲ってくる機械戦闘員の数といい、廊下や壁の造りといい、権力ある者の居室に近付いていると判断できる。
そして幾つ目かの扉を破った先にいたのは。
「……よく来た、少女の姿をした悪魔よ」
仮面を被り、白衣を纏った男が1人。
「わたくしは自動人形。名前は礼子です。あなたがドクターフエルですね?」
「その通り。ワシが世界の支配者、ドクターフエルだ」
「……その大言壮語を止める気はないのですか?」
「無いな。それに、事実を述べているのであって、大言壮語ではない」
これ以上の問答無用と、礼子はドクターフエルに跳びかかった。
「ふははは! 掛かったな!」
そこにいたドクターフエルは虚像であった。
礼子に、上下左右から電撃が降り注ぐ。
「100万ボルトの電圧を喰らえ! わははははは!」
高笑いするドクターフエルの虚像。だがその笑いが途中でぴたりと止んだ。
「……これが何だというのですか?」
紫電の中から平然と放たれる声。100万ボルトの電撃にも、礼子は平然と立っていたのである。
「これなら、まだ『落雷』の方が強力ですよ?」
『落雷』の魔法は、通常でも1000万ボルト。仁なら1万ボルトから10億ボルトまで電圧を調整出来る。(さすがに電圧が低すぎると放電しなくなる)
「うぬぬぬ、まさしく悪魔!」
「悪魔はどっちですか」
礼子は電極を破壊する。ダメージを受けることはないが、いいかげん鬱陶しかったのだ。
「今そこへ行きます、待っていなさい」
幻影の背後にあった扉を蹴り付けると、そこは広い部屋であった。
「今度こそ本物ですね、ドクターフエル」
「ぐぬぬ、ここまで来おったか」
先程の幻影と同じ姿の男が部屋の奥の大きな机、いや、コンソールを前にして座っていた。
「それだけは褒めてやろう!」
男がボタンを押すと、コンソール基部から銃身が飛び出して、礼子に向けて銃弾が放たれた。
「実弾はどうじゃあ!!」
20ミリ機関銃。金属の粉塵が立ちこめ、視界が塞がれる。
ドクターフエルは構わずに2000発を打ち込んだ。
「……ふう、これであの化け物も……」
そう言いかけたとき。まだ飛び出していた銃身が薙ぎ払われた。
「わたくしの名前は礼子です」
無傷の礼子が、プラズマソードを振るったのである。
銃弾はと見ると、礼子の背後に堆く盛り上がって転がっていた。
「おのれぇ!」
「無駄です」
あっという間に礼子は部屋奥に迫り、コンソールを破壊した。
「ぐむ……」
「もう諦めなさい」
ドクターフエルは立ち上がり、礼子を睨み付けた。
「なぜワシの邪魔をする! この世界は人間が増えすぎ、汚染が進み、このままでは滅びの道を歩むしかないのだ! それをワシがなんとかしてやろうというのに!」
だが礼子は冷ややかに答える。
「それを成すのはあなた如きには無理です」
「なんだと!?」
「それが出来る人は、わたくしのお父さまだけです」
「ふ、ふざけるなあああ! 製作者に盲従するだけの操り人形があ!」
激昂するドクターフエル、だが礼子は静かに佇むだけ。
「わたくしはお父さまとお母さまに作っていただきました。その方達をお慕いすることに何の支障があるというのですか?」
「……ふん」
ぜえぜえと荒い息を吐くドクターフエルは、少し落ち着きを取り戻すと、自嘲気味に言った。
「……人間も、お前のように、この世界をもっと愛していれば……な」
そして数歩下がると、奥の壁の隠し棚を開いた。
「……少女の姿をした悪魔よ、ワシは負けた。敗者は速やかに舞台から去ろう」
そして隠し棚の奥にあるスイッチを押し込んだ。
どこかで爆発が起きたような振動が起きる。
「この移動要塞インクリースはもうすぐ爆発する。TNT20メガトンの威力だ。この近距離で爆発すれば、ヒノモト皇国大本営も無事では済むまい」
20メガトン。かの関東大震災に迫るエネルギーだ。地下にある施設も只では済まないと思われる。
そしてドクターフエルはそのまま床に座り込んだ。
「悪魔よ。……礼子と言ったか。できるものなら止めてみるがいい。あと5分で爆発する」
その言葉を聞き終わらないうちに、礼子は身を翻した。
近距離に、仁の乗るペガサス1がある。駆け戻りながら、内蔵魔素通信機で老君と通信を行う礼子。
『わかりました、礼子さん、爆弾を止めるには時間が無さ過ぎます』
とにかく、仁が影響を受けないようにすることが第一、と老君は言った。
『それだけの質量を転送するには転送銃や転送砲では力不足ですし』
「では、どうすれば?」
『ホウライ2を使うしかないでしょう』
ホウライ2。こちらの世界に転移する前に仁が作った直径500メートルの球形宇宙船である。
『転送します。ホウライ2の出力だけです、インクリースの巨体を速やかに移動させられるのは』
「それでは間に合いません! 今、ホウライ2の乗組員はいないでしょう?」
『……確かに』
「わたくしがやります。例え、この身が滅びようとも」
決然と、礼子が宣言した。持てる力を全て出し切ってでも、インクリースを遠方に運ぶつもりであった。
そんな会話をしている間に、礼子は来た道を戻り、外へと出ることが出来た。
「お父さま、これからわたくしがこの要塞を……」
『馬鹿! 急いで戻って来い! あと1分しかないぞ!』
「お父さま?」
『もう一つ手がある。お前にしか頼めないんだ。早く戻ってこい!』
「は、はい!」
力場発生器を使えば、数秒で仁の乗るペガサス1に到着できる。
「よし、礼子、ご苦労だが、これをあの要塞に乗っけてきてくれ」
仁は、バスケットボールほどもある巨大な魔結晶を差し出した。
「わかりました」
これはなんですか、などと余計な事を聞くこともなく、礼子は仁に渡された魔結晶を手にし、インクリースへと舞い戻った。そして再び、下部に空いた穴から内部へ。
適当な場所に魔結晶を置くと、急いで仁の元へと戻る。
「お父さま、置いてきました」
「ご苦労さん。早く乗れ」
「はい」
礼子が乗り込み、数秒後。移動要塞インクリースの周囲に、巨大な結界が張られた。
「お父さま、あれは?」
「結界爆弾と同じ性質のものだ」
「それが……あっ」
そして、インクリースは爆発した。が、その爆発は結界内だけに留まり、周囲には影響を及ぼさなかったのである。
「お父さま、あれは何だったんですか?」
大本営基地に帰投しながら、礼子は仁に質問した。
「見た通り、結界爆弾の巨大な奴だ」
結界爆弾は、その超強力な結界を収縮させることで、内部の物を分子圧縮してしまうものである。つまり、内部からの圧力に強い。
「そのままだと、魔結晶が先に爆発で壊されてしまうから、二重にしたんだ。つまり、魔結晶を保護する強力な『物理障壁』を追加したのさ」
「わかりました。物理障壁ですから魔法には影響ないですからね」
「そういうこと。で、インクリースを包み込む物理障壁を張ったわけだ」
「でもよくあんな大きな魔結晶を用意できましたね」
バスケットボール大の魔結晶は蓬莱島にもそうそうあるものではない。
「ああ、『融合』……いや、『融合』と『構造変形』で作り上げたのさ」
「さすが、お父さまです!」
「……2人が何の話をしているのか全然わからないよ……」
1人蚊帳の外に置かれた玲奈であった。
こうして、ヒノモト皇国の危機は去ったのである。
* * *
ようやく掴んだ平和。
仁は人々から救世主として迎えられた。
そしてその魔法技術を以て、クリーンなエネルギー源を作り出し、ヒノモト皇国に貢献していくのである。
「……いつか、あの世界に戻ることは出来るのだろうか」
夜空を見上げながら仁が思うのは、家族、仲間、友人達のこと。
エルザ、ハンナ、マーサ、ラインハルト、サキ、ベルチェ、ステアリーナ、トア、ヴィヴィアン、ミーネ、バロウ、ベーレ。
そして女皇帝、アーネスト王子、リースヒェン王女、クズマ伯爵、ビーナ、マルシア、リシア達。
「お父さま、わたくしと老君が協力しまして、きっと、きっと、世界を渡る方法を見つけてご覧に入れます」
健気な娘、礼子が言う。
「ああ、頼りにしているぞ」
仁はそんな愛娘の肩をそっと抱き寄せるのであった。
見上げた夜空はまだ濁っており、明るい星が幾つか瞬いているだけであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。