2023/01/03
2 テーブル台地
「……あれ?」
仁が目を覚ますと、周囲の景色は一変していた。
『絹屋敷』で眠りに就いたはずの仁は今、荒れた岩の荒野に立っている。
「……お父さま?」
「礼子?」
そして気が付けば、礼子が隣りにいるではないか。
「いったいここはどこなんだ?」
「申し訳ないことに、わかりません……」
「礼子にもか」
「はい。……ですが、周囲に魔獣はいないようです。自由魔力素の濃度は蓬莱島付近と大差ありません」
「魔法は使えるということだな」
「はい。わたくしも動くことに問題はありません」
「それは何よりだな」
礼子がそばにいてくれるだけで心強いが、さらにその動作に何の制限もないなら、当面の安全は確保されたも同然である。
「まずはこの場所がどういうところなのか知りたいな」
「少々お待ち下さい」
仁の要望に対し、礼子は即応える。
『力場発生器』で飛翔し、上空から周囲を確認するのだ。
所要時間は10秒。
超高速で上昇した礼子は同じく超高速で下降し、仁の横に降り立った。
「確認しました。ここは古いカルデラの跡のようですね。テーブル台地、といっていいと思います」
「うん、それで?」
「麓との標高差は1000メートルくらいです。カルデラ跡ですので外輪山に相当する山が、主に北側にそびえており、こことの標高差は1500メートルほどです」
「テーブル台地の広さは?」
「南北15キロ、東西が20キロほどです」
「結構広いな」
「はい。カルデラ湖と思われる小さな湖も東にありました」
「……あれ? 東西南北がわかるということは、地磁気もあるんだな?」
「はい。太陽の方向と地磁気から、馴染みのある方角を北と制定しました」
「そういうことか」
さてどうしようかと考え込む仁だったが、事態の急展開は向こうからやって来た。
「何だね、あんたたちは?」
「え」
仁と礼子の背後から声が掛かったのである。
振り向けば、白髪で茶色の目をした初老と思われる女性が立っていた。
「ええと、俺はジン。ジン・ニドーといいます。この子は礼子です」
「あたしは……とりあえず『ハカセ』と呼んでおくれ」
「はあ……ハカセ、ですか」
「うん。……で、あんたたちはどうしてこんなところにいるんだい?」
「どうしてといわれても……」
仁は正直に、気が付いたらここにいた、と説明した。信じてもらえなくともそれが真実だからだ。
だが意に反し、ハカセと名乗ったその人物は、仁の言うことをあっさりと信じたのである。
「ほうほう、そんな現象もあるんだねえ、興味深いね」
「あの、信じるんですか?」
あまりにあっさりと信じてくれたので、拍子抜けした仁は言わずもがなのことを聞いてしまった。
「なんだね、嘘なのかい?」
「あ、いえ、本当ですけど」
「ならいいじゃないかね。この世の中は不思議でいっぱいさ。他の世界からやって来ることがあってもおかしくはないよ」
「そういう人がいたんですか?」
「あたしの知り合いの中にも、過去に1人いたね」
「そうですか……」
「まあこんなところで立ち話も何だから、あたしの研究室においで」
「いいんですか?」
「ああ。異世界の珍しい話を聞かせてくれると嬉しいねえ」
すたすたと歩いていく『ハカセ』の後を、仁と礼子は追って歩き出すのであった。
* * *
「さあ、お入り」
「お邪魔します」
ハカセが仁たちを招き入れたのは、岩盤をくり抜いて作った部屋であった。
いや、部屋というよりも、もう立派な『家』である。
部屋数は10を超え、食堂や居間、寝室、客間、研究室まであるのだとハカセは説明した。
「ここまで作るのに苦労したけどねえ」
「でも凄いですね。これだけの施設を、岩をくり抜いて作ってしまうなんて……人力では無理でしょう?」
「まあねえ。魔法を使わないと無理だったろうねえ」
「魔法があるんですか!?」
平然と、当たり前のように魔法について口にしたハカセに、仁は驚いた。
だが、その次のセリフにはもっと驚かされる。
「なんだねえ、ジン君が連れているそのお嬢さんだって魔法で動いているんだろう?」
「わかるんですか!?」
「わかるともさ。素晴らしい『自動人形』だねえ」
「ご存知なんですね。……俺は『自動人形』と呼んでいますが」
「ふんふん、あたしの知る限りでは『自動人形』が単数形で『自動人形』が複数形だと思ったけどね」
「そうらしいですね。ですが元の世界では単数形と複数形の区別はしませんでしたね」
「そのあたりは世界の違いかねえ……まあいいさね、些細なことだ」
そしてハカセは仁にだけマグカップを差し出した。
中にはよい香りのするお茶が入っていた。
「まあ、お茶でも飲みながらゆっくり話そうじゃないかね。まあお座りよ」
「わかりました」
勧められるまま、仁はテーブルを挟んでハカセの対面にあるスツールに腰を下ろした。
そしてお茶を一口。
「ああ、美味しいですね」
「そうかい? 37号が淹れてくれたんだけどね」
「37号?」
「そうだよ。おいで、37号」
「はい、ハカセ」
ハカセの言葉に応じて、人影が現れた。
白い髪に赤い目をした、小柄な少女……に見える。
が。
「……人造人間……?」
「こりゃ驚いた。ひと目で37号が人造生命と見破ったのかい。……あたしもまだまだだねえ」
「い、いえ、俺の……いたところにも人造人間がいたもので」
「なんと、そうなのかい。ジン君だっけ、君の知り合いにも凄い錬金術師がいるんだねえ。一度会ってみたいものだよ」
「は、はあ」
「だけど別の世界じゃあねえ……なんとか行き来できないものかねえ……」
「はあ……」
まずは自分が元の世界に帰れるかどうかもわからないので、仁としては曖昧な返事をするしかなかった……。
「でもジン君、君が連れているその『自動人形』、いや君は『自動人形』て呼んでいるんだったね。……は、凄いよ。それしか言うべき言葉が見つからない」
「ありがとうございます。礼子は、俺の娘ですので」
「ふむ、そうだねえ。37号もあたしの娘、だからねえ……と、そうだ、ジン君のところの『人造生命』について、聞かせてもらってもいいかねえ?」
「構いませんが、俺はあまりそっち方面は詳しくないです。むしろ礼子の方が。……な、礼子?」
「はい。ハンナちゃんのやっていたことはひととおり記憶していますから」
「だそうです」
「おうおう、嬉しいねえ。それじゃあ……」
ハカセは喜々として質問を始めた。
「ふんふん、そっちとこっちじゃあ全然ベースとなる技術が違うんだねえ……」
「自由魔力素と魔力素が……」
「こっちではオドとマナを考えていて……」
「精神触媒を使うことで……」
「こっちでは神秘学的な……」
ハカセと話し合うことで、礼子にもそれなりに有用な情報を得られたようだ。
とはいっても蓬莱島に戻らないことにはどうにもならないのであるが。
* * *
「いやあ、有意義な時間だったねえ。ジン君、ずっとここにいてほしいくらいだよ」
「さすがにそれはちょっと」
「まあ君の事情もわかるからね。今のは単なる願望さね」
そう言ってハカセは笑ったのだった。
「今のところ成功した『人造生命』はこの37号くらいなんだよ。ジン君のところでは何体もいるんだろう?」
「まあそうですね……」
「何か、コツみたいなものはあるのかねえ?」
「どうなんでしょう……礼子、何か意見はあるか?」
「はい。お話を伺った限りでは、『魂』と身体の相性もあるのではないかと」
『魂』がその器である身体に見合わないと定着しにくいのでは、と礼子は意見を述べた。
「ああ……なるほどねえ。それは盲点だったかもしれないよ。礼子ちゃん、ありがとうよ」
「いえ」
ハカセは何やらインスピレーションを得たらしい。
が、今度は仁に向き直り、
「ジン君、君の自動人形技術も教えてほしいねえ」
と言い出した。
知識・技術を吸収するのに意欲的、いや貪欲なハカセである。
「そうですね、身体構造は人間に似せた骨格で……」
「ほうほう」
「筋肉の付け方も準じています」
「動作が人間に近くなるから、だね?」
「仰るとおりです」
「なるほどねえ……」
そんな話を延々と2時間ほど。
「ハカセ、食事」
「あ、もうそんな時間かい」
岩をくり抜いた部屋なので外の明るさがわかりにくいのだが、もう夕食の時間であった。
「さあ、ジン君も食べよう」
「はあ……」
夕食を出してくれたのはいいが、その内容たるや惨憺たるモノ。
干からびてカチカチになったパンと水だけ。
急な来客のせい(自分)なのかと仁がハカセの方を見れば全く同じものが並んでいた。
ちなみに37号は人造生命なので食事はしない。
「あの、ハカセ、いつもこういう献立なんですか?」
「うん、そうだよ。ちょっと味気ないけど、まあ食事なんてお腹に入れば一緒だしねえ」
「全然違いますよ!」
「そうなのかい?」
「そもそも栄養素には炭水化物・タンパク質・脂質があり、それに加えてミネラル分、さらに身体で合成できないビタミン類が必要です」
「ふうん?」
「……人造人間を作るときだって、いろいろな素材を使うでしょう? それと同じですよ」
「ほう、なるほど。じっくり聞かせておくれ」
「いえ、それはあとで。……とりあえず、野菜類はないんですか?」
「37号、どうなんだい?」
「干からびた葉っぱなら、ある」
「……ちょっと見せてもらえます?」
ということで、仁は37号に案内されて厨房へ。
そこにあった干からびた野菜をお湯に入れ、少しの塩を足した。
「乾燥野菜だと思えばいいか」
少しはマシだろうと仁はそれを持ってハカセの所へ戻った。
「これにパンを浸して食べれば少しはマシだと思います」
「ふむ、なるほどねえ。パンが軟らかくなって食べやすいね」
「野菜もとらないと駄目ですよ」
「気をつけるよ」
受けあったハカセだが、きっとじきに忘れるだろうなと、なんとなく仁は思った。
それで37号にも、『ハカセの健康を考えてあげてほしい』と言い聞かせておく。
「はい」
という言葉が返ってきたが、まだ一抹の不安が残る仁であった。
* * *
夕食後、仁は再びハカセに付き合って自動人形やゴーレムの話をした。
その中で少しだけ悪乗りして、
「そうですね……最高傑作ができたなら、やっぱりいろいろ試してみたいですよね」
などと語り出す。
「例えばゴーレム……こちらではガーゴイルのようなものに襲わせて戦闘能力……いや状況への適応力を見る、とか」
昔読んだ古典的なサイボーグマンガの冒頭を思い出しながら言う仁。
「ほうほう、面白いかもねえ」
ハカセはハカセで、その展開がいたく気に入ったようだった。
「最高傑作ができたらやってみようかねえ……」
「え?」
ほんの冗談のつもりで言ったのに乗り気になったハカセを見て、仁はちょっぴり後悔した。
そしてその対象になる人造人間に同情したのであった……。
* * *
その夜は遅くまで、仁はハカセにゴーレムの構造や自動人形の制御を説明させられた。
礼子と37号が苦言を呈してくれなければ夜明かしになったかもしれない。
そんなわけで、仁が硬い布団で眠りに就いたのは深夜を回っていた……。
3 覚醒
仁が目を開けると、見慣れた天井だった。
「……『家』の寝室か」
何か夢を見ていたようだが、よく覚えていない。
面白かったような気もするし、大変だったような気もする。
隣には愛妻エルザが小さな寝息を立てている。
窓の外はまだ暗く、夜明けまではまだ時間があるようだった。
「もう少し寝るとするか」
再び布団に潜り込み、眠りに就く仁であった。
* * *
『御主人様、夜中に『亜自由魔力素波』の検知器にゆらぎがありましたが、何ごともございませんでしたか?』
「ああ、老君、大丈夫。何ごともなかったよ」
『そうですか、それでしたらいいのですが。……御主人様、暦の上では今日から新年ですね。あけましておめでとうございます』
「そうだな、老君。あけましておめでとう」
「お父さま、あけましておめでとうございます」
「ああ、礼子、おめでとう。今年もよろしくな」
挨拶の後は、先代の書斎と庭の祠にお参りをする。
蓬莱島の新年は平和そのものであった。
* * *
「あなた、新年あけましておめでとうございます」
「ああ、ミチア、あけましておめでとう」
「ハルトヴィヒさんとリーゼロッテさんもお見えです」
『絹屋敷』でも新年の挨拶が交わされていた。
「縁起のいい初夢は見たかい?」
「いやあ、それが、何か楽しい夢を見た気もするが、目が覚めたら覚えてなくてさ」
「奇遇だな、俺もだ」
「私もです」
「あ、私も」
どうやら、アキラ・ミチア・ハルトヴィヒ・リーゼロッテの4人は、興味深く面白い初夢を見たらしいのだが、4人とも内容を綺麗さっぱり忘れていたようである。
* * *
「ハカセ、朝」
「ああ、37号かい。おはよう」
「ごはん、できてる」
「ありがとうよ。……おや、今朝は温かいものがあるね」
「うん。なんとなく、そうした方がいいような気がした」
「そうかい。うん、おいしいねえ」
「よかった」
「さあて、今日も頑張って56号の検討を始めようかねえ。うまく行けば37号、あんたの弟になるよ」
「はい」
ハカセは今日もやる気満々である。
* * *
表層意識は夢の内容を忘却してしまったようだが、深層意識や精神には刻まれており、いつの日か、思わぬ時に役立つ……かもしれない。
* * *
並行世界は数多あるが、一時的につながった3つの世界は離れ離れになっても、独自の発展を続けていくだろう。
いつもお読みいただきありがとうございます。
1月4日(木)は1日お休みをいただき、5日(金)から通常通りの更新いたします。
改めまして、本年もよろしくお願い致します。




