2015年新春特別企画 破
2015年1月2日に投稿した分です
蓬莱島東の海中にて。
「男爵、当該海域まであと100キロ」
「おう。異常はないか?」
「はい、周囲に少し大型の魚が群れているくらいです」
「ふむ、珍しいの。まあ、あまり気にせんといこう」
「はい」
海底要塞オールドの周りに群れているのは魚ではない。マーメイド部隊であった。
体表面に海竜の革を張っているため、オールドの探知機を誤魔化し、大型の魚と誤認させていたのである。
また、電波や超音波については探知機があるが、魔力波に関してはまったく無警戒のため、オールドの情報は全て筒抜けとなっていたのである。
「灰色クラゲと紫クラゲはやられたが、今度はそうはいかんぜよ。……青色マンボウと緑アンコウ、それに桃色クジラと藍色ウツボを出せ!」
命令を下しながらアチラ男爵は思う。
(……ドクターフエルの、このネーミングセンスだけは何とかならないものかのう……)
「青色マンボウ、先行させます。桃色クジラはその後を。緑アンコウと藍色ウツボは海底から支援!」
「おう、それでええ。目にもの見せてくれるわい!」
だが、目にもの見せられたのはアチラ男爵の方であった。
* * *
「青い魚型の機械海軍が来ます。その後ろにはピンクのクジラのような機械海軍が」
「……魚の方はマンボウみたいだな」
魔導投影窓を見ていた仁が呟いた。玲奈は顔色を青くする。
「じ、仁クン! 大丈夫なのかい!? あの機械海軍、100メートルはあるよ!」
だが仁は落ち着いたもの。
「大丈夫だって。まずは、マーメイド部隊だ」
今回、マーメイド部隊は武装として、各々が水中用魔力砲と魔力爆弾を携行している。
「マーメイド91から100、水中用魔力砲、発射!」
10門の水中用魔力砲から、魚雷型の弾丸が発射された。500メートルの距離で、100メートルの大きさの相手を狙うのだ、外しっこない。
「全弾、命中! 貫通しました」
「な、何じゃあ!?」
アチラ男爵は目を剥いた。わけがわからないうちに、先頭を行く青色マンボウに10箇所も穴が空き、小爆発を起こしたのである。
ロボットのような精密機械は、重要機器に一箇所でも不具合が起きれば、それが全体に波及する事も珍しくはない。
まして、外装に穴が空き、海水が流れ込めば、その結果は推して知るべし、である。
「敵がおるんかい?」
水中カメラで周囲を探るが、それらしい影は見つからない。まさか、人魚型ゴーレムがそんな武器を持って潜んでいるとは思ってもみないため、潜水艦などの影を探そうとしているのだ。
その次には、桃色クジラが同じく穴だらけにされ、爆発を起こした。
「いったいこの水域には何がおるんじゃあ!」
喚いても答えは返ってこない。
そうこうするうち、海底近くにいた緑アンコウと藍色ウツボも爆発を起こしたのである。
「何じゃ? 化けもんでもおるんかい! ……こうなったら、金色タコと銀色イカを出すんじゃ!」
「男爵、それはヒノモト皇国攻略の切り札ですが……」
「うざいのぉ。このまま謎の化けもんにやられっぱなしというのは性に合わん。いいから出すんじゃ!」
「は、はっ」
「仁クン、なんかまた凄いのが出てきたよ……」
金色に光るタコみたいな機械海軍と、銀色のイカ型をした機械海軍である。
「うわ、どういう趣味だ」
魔導投影窓をのぞき、げっそりした顔を見せる仁。
「まあいい。やることは変わらない。攻撃だ!」
マーメイド41から50がタコ、51から60がイカへと、水中用魔力砲を浴びせる。
が、今回は、ほとんどが外れてしまった。標的の2体が急発進したためである。
命中した弾丸も、触腕などの端末部であったので、行動不能にすることはできなかった。
「ほう、速い」
生物のタコやイカは、吸い込んだ海水を噴き出してその反動で泳ぐ。つまりジェット推進である。この2体の機械海軍も。外見通り、同じ方式で泳ぎ始めたのである。
「速いとは言っても時速100キロ程度、マーメイドには到底及ばないさ」
今度は、魔力爆弾で攻撃することにした。時限信管に相当する魔導式が刻まれているので、魔鍵語に応じて爆発までの時間が変わる。
マーメイド21から30がタコ、31から40がイカに追いつくと、その身体に魔力爆弾を取り付け、老君からの合図で一斉に『起動』する。時間は10秒。
それだけあれば、マーメイド部隊は1キロ以上距離を取ることができる。
そしてTNT100キロに相当する爆発が起こり、2体は木っ端微塵となった。
「いったいどうなっているんじゃあ!!」
金色タコと銀色イカが爆発、四散したのを見て、アチラ男爵は完全に我を失った。
「うむむむう、残っている機械海軍はあと3体かぁ?」
「は、黄色ウミヘビと橙ヒラメ、それに水色ムツゴロウです」
「全部出せ。そして浮上じゃあ!」
「ふ、浮上ですか!? 的になるのでは……」
だが、水中にいたら、わけのわからない攻撃の的になるのも確か。結局、海底要塞オールドは浮上した。
「仁クン、あれが海底要塞オールドだよ!」
魔導投影窓を見て、玲奈が叫ぶ。
海面に浮かんだ姿は、正にメガフロートである。全長は3キロ、全幅は2キロといったところか。
水上部分の大半は、島に見せかけた擬装である。
「でかいな……」
「仁クン、こっちに近付いてくるよ! どうするんだい? 完全に怒っちゃったみたいだよ!」
焦りまくる玲奈を尻目に、仁は海軍に指示を出す。
「戦艦『穂高』、『妙高』、『浅間』、正面から迎え撃て。巡洋艦『梓』、『湊』、『淀』、『鴨』は向かって右側面から。『桂』、『犀』、『関』、『宮』は向かって左側から攻撃だ。駆逐艇は機械海軍の相手をしろ」
「男爵、敵艦です」
「何? ヒノモト皇国にまだそんな戦力が……? なんだ、あれは? 見たこともない型だぞ?」
斜め60度に船首を向けた3隻の戦艦は、全主砲を発射した。主砲は46センチ3連装魔力砲3基である。口径は仁の趣味だ。
「う、うおお!?」
超音速で飛来する徹甲弾に、人工島の装甲は容易く破られた。3×3×3、つまり27門の46センチ魔力砲は3度斉射し、計81発の穴を人工島に穿った。
「え、ええい! 機械海軍は何をしとるんじゃあ!」
「は、それが……」
「何じゃと!?」
今日何度目かの『何じゃと!?』を口にするアチラ男爵。
メインスクリーンには、駆逐艇『ストリーム』により沈められる機械海軍の様子が映し出されていた。
『ストリーム』は機敏な動きを見せ、機械海軍の攻撃は1つとして当たらない。そうこうしているうちに、機械海軍にはダメージが蓄積していき、爆発する。
「いったいぜんたい、どっからあんな戦力が出てきたと言うんじゃ! ……ドクターフエルに通信を送れ! ヒノモト皇国には謎の戦力あり、とな!」
そういっている間にも、最後の機械海軍が爆散し、沈んだ。
「こちらからも返礼じゃ。敵艦に魚雷をお見舞いしてやれ!」
海底要塞オールドが持つ魚雷はそれこそ無数。正面の魚雷発射管が開き、250発の高速魚雷が発射された。続いてもう250発。計500発の魚雷が蓬莱島勢を襲う。
「じ、仁クン! ど、どうするんだい!!」
隙間もないほど、正にそれは魚雷の弾幕。だが仁は慌てない。
「十分引き付けて、『力場発生器』を作動させろ」
「ぐふふふふ、これだけの魚雷を躱すことなど不可能じゃい」
本来なら、その10倍、20倍という艦隊に対するほどの魚雷をたった3隻に向けて発射したのである。アチラ男爵は勝利を疑わなかった。
だが、次の瞬間、開いた口が塞がらなくなるような事が起きた。
「な、何じゃあ!!??」
200メートルはある戦艦が、宙に浮いたのである。
500発の魚雷は、その下の海面下を、虚しく通過していった。
そして魚雷が通り過ぎた後、3隻の戦艦は着水した。
「あ、ありえん! あんなものが船だなどとワシは認めんぞぉ!」
そしてまたしてもオールドに走る振動。
「今度は何じゃあ!」
「は、左右から巡洋艦が攻撃してきました」
「何じゃあ? なんで今までわからんかったのじゃ!」
「そ、それが……」
分かろう筈がない。『不可視化』の結界は、可視光・赤外・紫外線だけでなく、電波領域にも及び、レーダー探知にも対応しているのだ。
左右4隻ずつ、計8隻の巡洋艦は、20センチ連装魔力砲5基を一斉射撃。弾頭は魔力爆弾タイプ。
「う、うああ!!」
8×2×5=80門の斉射を3度。240発の命中弾を受け、海底要塞オールドの人工島部分は半分が吹き飛んだ。
「男爵! このままでは潜水できません!」
「仕方ない、人工島を切り離すんじゃ。悔しいがとてもかなわん。180度転進、パーデス島に帰るぞ! ……ああ、ドクターフエルに怒られるじゃろうな……」
『御主人様、海底要塞オールド、上部を切り離しました』
「の、ようだな。かなわないと見て尻尾を巻いて逃げ出すか」
「じ、仁クン、やったね! オールドを追い返したよ!」
だが仁は玲奈の言葉に首を振った。
「いや、まだだ」
「ええ?」
「ここで殲滅しておかないと、後が怖い」
『はい。こちらの手の内をかなり見せましたからね。情けは無用です』
「うん、可哀想だが仕方ない。……老君、あのあたりの深さはわかるか?」
『はい、御主人様。地球とは異なり、太平洋中心部にかなり深い海溝があるようです』
マーメイド部隊からの報告によると、深さはおよそ8000メートル。
「あと2時間くらいだな」
『はい』
その会話を聞きつけた玲奈が尋ねてくる。
「ね、ねえ仁クン、いったい何をする気なんだい?」
「ん? ……海底要塞オールドを文字通り海底に沈みっぱなしにしてやろうというのさ」
仁にしてはかなり過激な発言であるが、この時点では老君も礼子も、特に気にしてはいなかった。
* * *
そして、仁が予告した2時間後。
「重力制御魔導装置、投下」
上空で待機していたファルコン1に命じ、重力制御魔導装置を投下させる。それは狙い過たず海底要塞オールドの上に落下し……。
「起動」
5Gの重力を発生させた。
「な、何が起こったんじゃあ!?」
「わ、わかりません! 重力場が異常を示してます!」
「緊急浮上じゃあ!」
「で、できません! バラストを全て放棄しても沈む一方です!」
「なんじゃとぉ!?」
「沈みます! ……深度500……600……700……信じられない沈下速度です! ……900……船殻が保ちません! 圧壊します!」
「うおおおおお! ドクターフエル、ばんざ……」
その瞬間、水圧が、傷付いた海底要塞オールドを押し潰した。
深海の水圧は、圧縮プラズマ炉の爆発さえも飲み込み、そして静寂が訪れた。
「仁クン、やったのかい?」
「ああ、海底要塞オールドの最後だ」
「……信じられないよ。ヒノモト皇国軍が束になって……いいや、各国の軍隊が協力しても倒せなかった、ドクターフエルの軍団の1つ、機械海軍と海底要塞オールドをあっさり沈めてしまうなんて……」
「まあ、許せない奴等だったからな」
頭を掻いた仁は玲奈に向き直り、
「これで玲奈を本土に送っていけるな」
と言ったのである。
* * *
「ペガサス1、発進だ」
「じ、仁クンはこんな航空機も持っているのかい! キミって人は……」
「礼子、操縦を頼むぞ」
「はい、お父さま。お任せ下さい!」
海底要塞オールド相手では出番のなかった礼子が張りきる。
力場発生器を使い、無音、無振動でふわりと浮かび上がり、加速度を感じることもなく飛行開始。
「え、え!?」
ペガサス1の速度では、蓬莱島からヒノモト皇国までは30分足らずであった。
「……うーん、困った」
仁は空の上で悩んでいた。
「……通信手段が無い」
このままヒノモト皇国に近付けば、未確認飛行物体として認識され、攻撃されるおそれがあるのだ。
「意外なところに技術的な穴があったね」
玲奈にも言われているが、魔法技術と科学技術の接点は小さい。
「どうしようか……」
「仁クン、いきなり大本営に行こうとするからいけないんだよ。まず末端の基地に行って、そこから連絡させればいいさ」
さすがに軍務省補佐官である。そういう発想は仁にはなかなか真似できない。
「と、すると……」
「離島基地がいいんだけど、奴等に潰されたところばかりでね……そうだ!」
太平洋側は駄目だが、ヒノモト海側に、無事な基地があるという。
「よし、それじゃあ高高度でヒノモトを飛び越えるぞ、礼子」
「わかりました」
礼子の操縦により、ぐんぐん高度を上げていくペガサス1。
「仁クン、ボクの目がおかしくなったんでなければ、星が見えてるんだけど……いったいどこまで上がったんだい?」
「35000キロくらいかな」
「静止衛星の軌道じゃないか! というより宇宙だよ、宇宙!」
「あー、ちょっと興味があったんで。ああ、なるほど、静止衛星ってこんな形しているのか」
「仁クン仁クン、キミが観察しているのはメリケア連邦の軍事衛星のような気がするんだ」
「へえ、そうなのか。軍事衛星ってあんな形なんだ。なんか変なものがぶら下がっているな」
「あれは多分質量兵器だね。……って、極秘のはずなんだけどね……」
「だって堂々と浮かんでいるじゃないか。誰に見られるか分からないのに」
「キミといると常識が破壊されまくりだよ……」
疲れた顔の玲奈であった。
そこから高度を下げていくペガサス1。
次第にヒノモト皇国の形が見えてきた。
「……そういえば、他の国のレーダーには映らなかったのかな?」
「何を今更。海底要塞オールドのレーダーだって欺いたのに」
「え?」
仁は『不可視化』の効果を簡単に説明した。
「……はあ。仁クンはもう、なんでもありだね……」
「お父さま、あの島でしょうか?」
眼下には、日本列島であれば佐渡島に相当すると思われる島が見えていた。
「あ、あそこだよ!」
ゆっくりと降下していくペガサス1。
「携帯式の通信機借りられれば1番いいんだけど」
離島の基地は慌てることなく、ペガサス1は無事着陸。
玲奈が降りると、基地司令官が近寄ってきた。
「おお、三宝軍務省補佐官ではないですか! 今日はどうしました?」
そこで玲奈はかいつまんで事情を説明した。
「なんと、そうでしたか。……苦労されましたね」
そしていろいろ玲奈が交渉した結果、携帯通信機を1台借りることに成功。
「そういえば、携帯電話とかスマートフォンとか無いのか?」
と仁が問えば、玲奈はあっさり答える。
「……中継局が無事なわけ無いじゃないか」
(あ、でも携帯とかはあるんだ)
変なところで類似性のある世界である。
そして離陸しようとしたとき、
「そうだ、仁クン、機体に日の丸描こうよ!」
と玲奈が言い出した。
「ヒノモト皇国の国籍を示す日の丸が付いていれば、戦場でも味方だとわかってくれると思うよ」
それも尤もだと、仁は蓬莱島から転送機で魔法染料を取り寄せ、主翼上下、それに胴体に日の丸を描いた。
「おお、なかなか」
銀色の胴体に緋色の日の丸はよく似合っていた。
「うん、これと通信機があれば誤認されずに済むだろうね」
こうして、再びペガサス1は飛び立った。目指すは大本営である。
「えーと、ヒノモトアルプス山中だっけ?」
「うん、極秘事項なんだけど、ボクと一緒だし、いまさらだよね」
時速500キロ程のゆっくりした速度でペガサス1はヒノモト列島の中央山脈目指して飛んでいく。
と、黒雲が見えた。
「ん? 雨雲か?」
だが近付いてみると、それは雲ではなく黒煙であった。
「あ、あ、あ! あれは……! 機械空軍だ!」
漆黒の飛行物体が多数浮かび、ヒノモトアルプスを絨毯爆撃している。
「地下にある大本営の位置が不明だから無差別に爆撃しているんだ!」
「ひでえ……」
森林は山火事で焼け、地形も変わるほどの爆撃。
「止めさせてやる! ……老君、空軍を寄越せ!」
『了解です、御主人様』
数分で、転送機によって送られてくる空軍。
「じ、仁クン仁クン、ボクの目がおかしくなったのかな? 何も無いところから飛行機が現れているように見えるんだけど……」
「ああ、大丈夫。玲奈の目も頭も正常だから」
そして仁は、転送機の説明をする。
「ふわああ……。仁クンはそんな物まで……魔法ってすごい」
「お、日の丸が付いている。老君、仕事が早いな」
アルバトロス10機、ラプター10機、そしてファルコン10機。計30機。いずれも日の丸を付けている。老君の仕事ぶりが窺えた。
「全機攻撃! 目標、敵爆撃機! 転送砲を使え!」
仁が所有する最強の兵器の1つ、転送砲。
転送機の原理で、敵をとんでもないところに転移させる兵器。今回の転送先は5万キロメートル上空だ。
撃墜しても地表に被害が及ぶので、この武器を使用したのである。そのうち流星雨が見られるかもしれない。
「ね、ねえ仁クン、敵が消えちゃったんだけど……」
「ああ、上空5万キロに転送した」
「5万キロって……宇宙だよ!?」
「そうだな」
「そうだなって……はあ、もういいよ」
疲れた顔の玲奈。
「よし、最後の1機、終了。玲奈、終わったぞ」
「う、うん……」
30機の機械空軍が全部いなくなったので、玲奈は通信機のスイッチを入れた。
「こちら三宝軍務省補佐官。大本営応答願います」
数度繰り返すと、返答があった。機械音声である。
「パスワードと個人コード送信願います」
「了解。『ニイガタヤマオリロ』『AZQ585002』」
「パスワード了承。個人コード了解。三宝玲奈軍務省補佐官と認定。通信コードをHOQRに設定して下さい」
玲奈が通信機を調整すると、聞こえてくる声が肉声に切り替わる。
「三宝軍務省補佐官か! 今までどうしていた?」
「参謀長、申し訳ありません。実は……」
玲奈はこれまでの経緯を説明。離島基地に続き2度目なので、少し手際が良くなっていた。
「……なるほど、わかった。その二堂仁、という人物に助けられたのだな? そして機械空軍が消滅したのも彼のおかげだ、と」
「はい」
「にわかには信じられんが、事実は事実だ。着陸許可を出すので信号灯に沿って降下してほしい」
すると、3000メートル級の高山の山頂付近に明かりが灯った。
「よし、礼子、頼む」
「はい、お任せ下さい」
その高山に近付けば、さらに点灯するライトの列。
力場発生器を駆使し、まったく危なげなくペガサス1は山中の格納庫に導かれていったのである。
* * *
「三宝玲奈軍務省補佐官、無事でよかった」
「……しかし、同行した人たちは……」
「うむ、報告は聞いた。彼等の事は残念だった。……そして、彼が二堂仁殿だな?」
「はい、そうです」
玲奈は改めて仁を紹介した。
「ボクを助けてくれて、更には海底要塞オールドをはじめとする機械海軍を殲滅してくれました」
「仁です。この子は礼子」
「うむ、仁殿、お初にお目に掛かります、自分はヒノモト皇国大本営参謀長官の山下であります」
最敬礼を行う山下長官を見て仁は慌てて言った。
「や、やめて下さい、俺みたいな若輩者にそんな敬語を使われると困ります」
「しかしだな、貴殿は我々の持たない軍を意のままに動かせる指導者であって、一国の元首として扱われてもおかしくないわけで……」
「ですからそんな扱いは困りますってば」
どこまでいっても根は一般庶民な仁である。
そんなやり取りがあったあと、ようやく仁は普通に接して貰える事となった。
あらためて握手を交わす仁と山下。
「三宝君の報告によると、君は異世界から来たそうだが……」
「はい。魔法のある異世界から、何らかの時空異常で飛ばされてきました」
「うむ。我々の探知機も、3日前、太平洋上に時空震……異常な歪みを検知している。恐らくそれだな。原因は不明だ」
「そうですか……」
帰る方法を模索している仁としては、何の足しにもならない情報であった。
「それで、我が国に味方してくれるということだが……」
「はい。俺の祖国も、ここヒノモト皇国と似た国ですし、何より理不尽な侵略は許せません」
「感謝する。……三宝軍務省補佐官、しばらくの間、君が仁君に付き、便宜を図ってやってくれ」
「わかりました!」
こうして仁はヒノモト皇国大本営に受け入れられたのである。
2日後。
「仁クン、ここの生活には慣れたかい?」
食堂で玲奈が尋ねてきた。今は昼食時間である。
「ああ、まあね。……しかし、ここの食事は不味いなあ……」
「合成食料だもの、仕方ないよ。ボクだって、仁クンに食べさせてもらった白いご飯の味が忘れられないもの」
そこへやって来た軍服姿の女性。
「あら、玲奈じゃない。こっちに来てたの?」
「やあ、美穂。うん、いろいろあってね」
「ふうん? 東方基地が壊滅したと言うから心配してたのよ?」
「……ああ、ボクだけが生き残ったみたいだ……」
少し落ち込む玲奈。それを見た美穂と呼ばれた女性は慌てた。
「で、でも、1人でも生き残れてよかったじゃない。……えっと、そちらが?」
半ば強引に話題を転換。仁もそれを察し、自己紹介する。
「二堂仁です」
「占部美穂よ」
占部美穂と名乗った女性は、すらっと背の高い美人系である。
「美穂はエネルギー研究室勤務なんだよ。ボクと同期なんだ」
「へえ……」
片や背の高い美人系。スタイルも良い。そしてもう一方は子供体型。
「あ、何か失礼なこと考えてるだろ、仁クン」
「い、いや、別に」
慌てて否定する仁。
「……まあいいや、それで美穂、何か進展はあった?」
「ううん、駄目。取り出せるエネルギーが不安定すぎるわ」
「そっか……」
2人の会話がよくわからないので、仁は尋ねてみることにした。
「美穂さんが研究しているエネルギーって?」
すると美穂は仁と玲奈の顔を交互に見て、
「何、玲奈? 仁さんに話しちゃったの?」
「う、うん」
「国家機密よ? 相変わらず口が軽いのね……」
「だ、だって、仁クンは命の恩人だし」
美穂は溜め息を1つ。
「それとこれとは別次元でしょうに……」
「で、でも、仁クンはすごいんだぞ! ……そうだ仁クン、美穂の研究、ちょっと見てやってよ」
「え?」
「ちょっと、玲奈!」
「いいじゃないか。もうヒノモト石のこと、仁クンは知っているんだ。いまさら……」
そう言われた美穂はもう1つ大きな溜め息をついた。
「はあ……まあ、仕方ないか。この大本営にいる時点で秘密もないしね」
「ねえ仁クン、というわけだから、ちょっと見てやってくれないかな?」
「俺が見てどうにかなるとは思えないけど……」
だが、それを否定したのは礼子だった。
「……お父さま、お引き受け下さい。興味ある物が見られるかもしれません」
礼子にまで言われたら、仁も引き受けざるを得なかった。
仁、礼子、玲奈、美穂らで連れ立って研究室へ。
地下100メートル以上の深さに研究室はあった。
「ここよ」
手にしたIDカードで扉を開ける美穂。
「分かるとも思えないけど、玲奈がああまで言うからね。……どうしたの?」
扉を開けた瞬間、仁の顔つきが変わったのである。
「ど……どうしてこれが……?」
* * *
「うむう、アチラ男爵がやられたか……」
一方、パーデス島では、ドクターフエルが腹立たしそうに唸っていた。
「ヒノモト皇国め、苦し紛れに外国に助けを求めでもしたのか……いや、あの戦艦のデザインは見たことがない」
海底要塞オールドから送られて来た、蓬莱島の戦艦の画像。見たことがないのも当然である。
「土壇場になって新兵器を開発したというのが一番近いのかもしれん。そうなると、悠長な事はしておれんな」
テーブルを平手でばん、と叩き、通信機に向かってドクターフエルは叫んだ。
「チバッケン伯爵! ピザマン子爵! 出動せよ! もう容赦はいらん! ヒノモト皇国を更地にしてしまえ!」
「はっ! チバッケン伯爵、飛行要塞シュールと共に出撃します!」
「ピザマン子爵、機動要塞パクロス、出ます!」
こうして、ドクターフエルの誇る空軍と陸軍が総攻撃を掛けることとなったのである。
* * *
「仁クン、どうしたんだい?」
「まさかヒノモト石がこれだとは……」
仁の目の前には、火属性の『魔結晶』が5個、置かれていたのである。
「お父さま」
魔結晶を見つめていた仁は礼子に声を掛けられ、我に返る。
「あ、ああ。……2人とも、これなら俺にもなんとかできると思う」
「ええ、仁クン……」
「仁さん、本当に?」
仁は美穂に向かい、口を開く。
「これは『魔結晶』という。こいつは確かに……無公害のエネルギー源になりうるものだ」
そして仁は、懇切丁寧に説明する、が、魔法を知らない美穂と玲奈には半分も理解できなかった。
「……ごめんなさい、仁さん。わからないわ」
「……ボクもだよ」
「……玲奈は元々技術畑じゃないから無理もないけど、あたしにわからないなんて……」
「うーん、困ったな」
仁の見たところ、美穂も玲奈も魔法の素養はない。『知識転写』で教えようにも不可能である。
「……仕方ない。まずは経験してもらおう」
仁は置かれていたヒノモト石……火属性の魔結晶を1つ手に取ると、工学魔法を発動させた。
「『書き込み』」
仁の掌を中心に魔法陣が浮かび上がり、魔結晶に吸い込まれるようにして消えていった。
「仁クン仁クン、今のは!?」
「仁さん、何、今の?」
「これが工学魔法だよ。そしてこの魔結晶に、『加熱』の効果を持たせる魔導式を書き込んだ」
「魔導式?」
「ああ。魔結晶を使いこなすためのプログラミング言語みたいなもの……かな」
論より証拠、と、仁は魔結晶を使ってみせるべく、小さな炉を用意してもらった。
「いいかい、これは熱源として使えるように魔導式を書き込んだんだ。これをセットして……玲奈、『起動』と唱えてごらん」
「え、う、うん。……『起動』。……これでいいのかい?」
すると、炉にセットした魔結晶が赤熱し始めた。
「え、え、え?」
驚く玲奈と美穂。
「どうだい? これはこうやって熱源にすることができるんだよ」
「えええーーっ!」
美穂の驚いた声が研究室内に響き渡った。
「……こんな簡単にエネルギーが取り出せるなんて……今までの苦労は何だったのよ……」
床にしゃがみ込み、のの字を書きながらぶつぶつと呟きだした美穂。はっきり言って不気味である。
「玲奈、何とかしてやってくれ」
「う、うん。美穂! 戻ってこーい!」
何と、玲奈は、美穂の脳天にチョップをくらわした。
「あいたっ! 玲奈、何するのよ!」
「ほっ。……よかった、戻って来た」
頭を抱えて蹲ったものの、普通に反応するようになった美穂を見て、仁も玲奈も安心した。
「……なんで玲奈はあんまり驚かなかったのよ」
少し膨れて言う美穂に、玲奈はしれっと言った。
「だって、仁クンの規格外さはさんざん目にしてきたからね」
そんな美穂に仁は更なる追い打ちを掛けるように言う。
「……本当なら、もっと効率のいいやり方もあるんだけどね」
「えええ!? 何よそれ?」
「うん、まあ、落ち着け」
仁はとりあえず『停止』の『魔鍵語』を唱え、魔結晶の発熱を止めた。
「……はあ。こんな簡単に止めることもできるのね」
「本当なら、魔素変換器と魔力炉を作れば、空間にある無尽蔵の自由魔力素を使って、クリーンなエネルギー源を作る事も出来るんだが」
「えええええーーーーっ!!!!」
本日何度目かの叫びが響き渡った。
* * *
「……ですから、空気中にある自由魔力素を取り入れ、魔素変換器で魔力素に作り変えることができるわけです。この魔力素はさらにいろいろなエネルギー形態に変化させることが出来ます。例えば熱エネルギーに」
仁は、エネルギー研究室関係者全員及び大本営副司令官らの前で、魔結晶の利用法について講義をしていた。
「なるほど……君の言うことは少なくとも論理的だ。だが、残念ながら我々には『工学魔法』を使うことが出来ない」
エネルギー研究室室長の海馬博士が残念そうに言った。
「いえ、擬似的に工学魔法を使えるようにすることなら出来ます」
仁の発言に、大勢の技術者が身を乗り出した。
「ほ、本当かね!」
鼻の大きな初老の科学者、エネルギー研究室副室長の秋葉原博士である。
「ええ。そのためには、全属性……白い魔結晶があるといいのですが」
「ここにあるぞ!」
そう言ったのは島敷博士。
「ああ、これで十分です。……『書き込み』」
「おお!」
目の前で使われた工学魔法を、目を皿のようにして見つめる科学者達。
「……これで、この魔結晶をセットする台が欲しいですね」
「なら、これはどうだね?」
北原博士がアルミニウムの丸棒を差し出した。
「使えますね。……『変形』」
「おお!」
アルミニウムがまるで粘土のように変形するのを見て、また驚きの声が上がった。
「これを嵌め込んで、と。出来ました。この杖を当てて、『魔鍵語』を唱えれば、『加熱』の効果を持つ魔導装置が作れます」
「おお!」
他の言い方はないのかと思える程、何度も驚きの声を上げる科学者達であった。
「いやあ、仁君、君は我等の救世主だ!」
海馬研究室長は仁の手を握り、興奮気味に喜びを口にした。
「籠手川博士も、この結晶にエネルギーが内在していることまでは掴んだのだが、いかにしてそれを取り出すか、その研究中に逝去されてしまってね。弟子である我々が後を継いだのだが、行き詰まっていたのだよ」
「これが使えれば、大気汚染も、放射性物質も、全て除去することが出来るよ! いやあ、ありがとう!」
「いえ、どういたしまして」
仁としては、玲奈と美穂に話した、魔素変換器と魔力炉まで説明したかったのだが、それは次回に回す事にした。
今は、『加熱』の魔導装置を作れるだけでも大きな進歩だからだ。
そもそも、電気を作るためには発電機を回す必要があり、そのためにはタービンを回すための高圧水蒸気が必要になる。そして、そのためには熱源が必要になるわけで、この熱源が石油を燃やす炉なら火力発電、原子炉なら原子力発電なのである。
時間さえ掛ければ、雷系の魔法から直接電力を取り出すことも出来るだろう、と仁は考えていた。
「……仁クンには驚かされてばっかりだよ……」
部屋に戻る途中、しみじみと玲奈が言った。
「お父さまは世界一ですから」
胸を張る礼子。
「そういえば、礼子には誰も何も言わないのな」
仁が言うと、
「大勢の前に出るときは不可視化で姿を隠していますから」
と答える礼子。なぜかと仁が問うと、
「今は隠密機動部隊が付いていません。ですから護衛のためには視認されていない方が有利と判断しました」
「な、なるほど」
仁が礼子を必要とする時にはいつもそばに居たため、仁も全然気づかなかったようだ。
「……もう仁クンに関しては驚き疲れたよ」
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20160412 修正
(誤)「僕を助けてくれて、更には海底要塞オールドをはじめとする機械海軍を殲滅してくれました」
(正)「ボクを助けてくれて、更には海底要塞オールドをはじめとする機械海軍を殲滅してくれました」
(誤)「北原博士がアルミニウムの丸棒を差し出した。
(正)北原博士がアルミニウムの丸棒を差し出した。
(誤)玲奈のセリフで仁の呼び方が2箇所「仁」
(正)になっていたのを「仁クン」に