02
1月4日朝、仁はカイナ村を発った。
仁は『コマ』で、ハンナは『ミント』で。
「それじゃあジン、ハンナを頼むよ」
「はい」
「ハンナ、ジンに迷惑かけるんじゃないよ」
「はーい!」
「サラ、マーサさんをよろしくな」
「はい、お任せください」
仁と礼子を乗せた『コマ』とハンナを乗せた『ミント』は並んでぽくぽくと歩いて……はいかず、そこそこ速い速度で走っていく。
およそ、時速30キロ。
隣村であるトカ村までの距離は約80キロ、その隣のシャルル町までは70キロほどなので、シャルル町まで半日で着ける計算だ。
もっとも、途中で休憩や昼食を摂るので、夕方頃シャルル町に着ければいいと仁は考えていた。
風を切って走っていく2体のゴーレム馬。
仁もハンナも厚着をしているし、物理結界も張っているので寒くはない。
1時間もしないうちにトーゴ峠に到着。
ゴーレム馬を止め、振り返ればカイナ村が眼下に小さく見えた。
「わあ、ずいぶんのぼってきたね。おやまからよりもむらがとおいもん」
お山、というのは先日仁と行った小山である。標高差が違うので景色も異なるのは当然だが、あまりこっちには来たことがないハンナには新鮮な眺めであった。
「そうだな。ここを過ぎるとカイナ村は見えなくなるんだ」
仁はそう説明して、カイナ村にしばしの別れを告げた。
* * *
トカ村手前の展望のいい岩場に腰掛けて、マーサに作ってもらった弁当を食べた仁とハンナは、トカ村を抜けてラクノー、ドッパと過ぎ、シャルル町に到着した。
そこで宿を取る。
宿は、仁が王都とカイナ村を行き来する時の定宿にしている『モミの木亭』。
ゴーレム馬でやって来ても驚かれることはない。
ちょっとお高いが風呂がある(別料金)ので、仁は気に入っていた。
「ハンナはこういうところに泊まるのは初めてかい?」
「うん」
これまで一番遠くへ出かけたのはトカ村までで、その時はマーサの知り合いの家に泊めてもらったそうだ。当然風呂はない。
部屋は1つ、ベッドは2つ。
埃っぽい道を来たので、まずは風呂だ。
ハンナは礼子に任せ、仁は男湯に入る。
時間が少し早かったので貸切状態だ。おかげでのんびり体を伸ばすことができた。
女湯もそうだったようで、ハンナは満足そうな顔である。
「おんせんじゃないけど、おふろもきもちいいね」
「はは、そうだな。湯冷めしないように気をつけろよ」
「うん」
夕食はまずまずのもの。これも仁が定宿にしている理由だ。
さすがに移動で疲れたので、早々に眠りに就いた2人であった。
* * *
翌5日は早立ちとなる。
首都アルバンまではシャルル町からおよそ120キロ。
街道が整備されているので、ゴーレム馬なら十分踏破できる距離だ。
時速30キロなら4時間だが、アルバンが近くなると人や馬車の往来も激しくなるので半分くらいまで速度は落ちるだろうから、無理のないところで夕方に着ければいいと仁は考えていた。
ワルター伯爵の本拠地であるラクハムは素通りし、その次のプレソスの町で昼食。
距離にして3分の2を過ぎたくらいだ。時刻は正午、この先は往来が増えてくるのでゴーレム馬の速度も落ちるので、まずまずの時間であるといえる。
「おにーちゃん、これ、おいしいね!」
「いっぱい食べていいぞ」
「うん!」
たまたま入った食堂のランチが思ったより美味しかった。
特に『揚げパン』があったのが驚きだ。
砂糖が掛かっているのでお値段が高いが、今の仁の懐事情ならまったく問題ない。
1つずつ追加の揚げパンを食べ、ホットミルクを飲んで満足した2人は再び首都アルバンを目指した。
「やっぱり人が増えたなあ」
「そうだね」
「……邪魔ですね」
「まあ、想定内だ」
プレソスの町を過ぎると、仁の予想どおり人の往来がぐっと増えた。
馬車も多くなり、これまでのような速度は出せない。
馬に乗って街道を行く者もいるので、仁とハンナはそれほど目立たずに済んでいるが、よく見れば生き物の馬ではないのはすぐに分かる。
「おい、あれ……」
「え? ゴーレムの馬!?」
「なんだありゃ?」
「俺、聞いたことがあるぞ。なんでも王都に凄腕の魔法工作士がいるとかなんとか」
「じゃあ、あれはそいつの?」
「欲しいが……高いんだろうな」
「一緒にいる女の子は何だ?」
「妹かなんかじゃね?」
などという声が聞こえてきたのである。
(ゴーレム馬を普及させるのも悪くないな)
とはいえ、今のクライン王国では素材が高価なのでゴーレムも高価になり、ましてゴーレム馬がどこまで普及するかは疑わしいところであった。
「おっと」
人が増えたので、ゴーレム馬の操縦にも気を使わないといけない。
馬上での考え事は危険だ。
だが。
「こういうときにはこのモードだ」
半自動運転モード。何かにぶつかりそうなときにはゴーレム馬が判断して避けたり止まったりしてくれる。
ハンナの『ミント』にも付いているので、仁はモードチェンジするように言った。
食事後なので、万が一馬上で居眠りでもしたら危険だからだ。
「うん、そうする」
素直に言うことを聞くハンナ。仁もこれで安心、とほっとする。
……が、午後3時半、首都アルバンに着いたときまで居眠りは一切しなかったハンナであった。
* * *
「さあ着いた。ここが俺の家だよ」
「わあ」
工房を兼ねた仁の家は、首都アルバンの南東の外れにあった。
一帯はやや寂れた町並みで、空き地や空き家もちらほらと見られる。
工房としてはそこが都合がよかったのだ。多少の音は許容してもらえるだろうから。
「お帰りなさいませ、ごしゅじんさま」
「ただいま、『アン』」
アンは、リースヒェン王女の乳母自動人形、『ティア』を参考に作った侍女自動人形である。
青髪で、一目で人間ではないとわかる。
が、姿や立ち居振る舞いは人間そのものだし、普段掛けられているリミッターを解除したら人間の10倍以上のパワーとスピードを出せる。
そんなアンに工房の留守を任せていたのである。
ちなみにカイナ村の工房で作ったのでハンナとも面識がある。
「アン、『ミント』は『コマ』と一緒に裏に回しておいてくれ」
「はい、ごしゅじんさま」
「ハンナはこっちだ」
「うん」
1階が工房、地下が倉庫。2階が住居である。
総2階建ての家に工房部分を後付したものだ。
敷地面積は200平方メートルくらい。建物の裏手には小さな庭があるのだ。
アンはゴーレム馬を庭に。
礼子は荷物を運び込む。
仁はハンナを2階に連れて行った。
仁の書斎、寝室、それに客間がある。
「部屋はどうする?」
「おにーちゃんといっしょがいい」
「そっか」
ハンナはまだ9歳、カイナ村ではマーサと一緒の部屋で寝ているので、一人寝を嫌がるのも無理はない、と仁は察した。
それで礼子にハンナ用のベッドを運んできてもらうことにした。
「これでよし、と」
寝室はそれなりに広く、8畳間くらいあったので、もう1つベッドを入れても十分に余裕がある。
「じゃあ、ハンナはこっちのベッドな」
「うん!」
荷物を置いて落ち着いたなら、次は風呂だ。
1階に仁手製の浴室がある。
ヒノキに似た木の浴槽に、地下500メートルからポンプで汲み上げた地下水を沸かしている。
成分としては単純炭酸泉である(現在は二酸化炭素泉ということが多い)。
なお、仁が使っている程度なら、地盤沈下の心配はほとんどない。
沸かす前は炭酸水なので、『浄化』で不純物を取り除き(炭酸ガスは不純物扱いされない)、『殺菌』をして滅菌すれば飲用にもなる。
シトランやラモンのフレーバーを加えればのどごしのいい飲み物となる。
仁としては売り出す気はないが、工房に来てくれたお客さんに出しており、好評を博していた。
「ああ、のんびりするな」
やはり馬での移動は疲れる。
蓬莱島の温泉ほどではないが、『我が家』の風呂でくつろいだ仁であった。
仁のあとはハンナが礼子と一緒に入浴。
その間に仁は夕食の準備だ。
といってもアンが準備してくれているので、テーブルに並べるのを手伝ったくらいだが。
* * *
「わあ、おいしそう!」
今夜はカイナ村風のメニューとなっている。
礼子が習い覚え、それをアンに伝授したのである。
マーサの味に近いものが出され、ハンナは喜んで全部平らげたのであった。
* * *
1月6日、朝。
「お父さま、お店前のお掃除、終わりました」
「ご苦労さん、礼子。それじゃあ、店を開けるか」
「はい」
王都アルバンに住むようになって半年、仁は小さな工房を開いていた。一応、魔導具屋も併設している。
目玉商品は、カイナ村特産の『魔石砂』を利用した卓上コンロ。
それにこれまたカイナ村特産の『お茶の木の樹液』を使ったゴムボールだ。
その他に、『魔導ランプ』『送風機』などの魔道具や、『料理包丁』『携帯用ナイフ』『ペン先』など普通の道具や小物も扱っている。
なお、仁がその名を知られる発端となった『ポンプ』は、『ラグラン商会』に卸しており、そちらの専売となっていた。
「さて、工房開店……ってうぉっ!?」
開店時間である午前9時となって、店の扉を開け、外の様子を眺めた仁は、狭い道路を疾走してくる馬車を見つけ、驚いた。
その馬車は王家のものであったからだ。
何しろ仁自身が改造した、『サスペンションとダンパー付き』のものだから、間違いない。
道路沿いにある店の人たちも何ごとかと驚いた顔をしていた。
その馬車は当然、仁の工房の前で停まる。
「ジン、戻っておったか!」
「姫様! 飛び降りては危のうございます」
「姫さま、もそっとお淑やかになさいませ」
「大丈夫じゃ、グロリア。気にするでない、ティア」
飛び降りるようにして馬車を下りてきたのはリースヒェン王女。
あとから乳母自動人形のティアと女性近衛騎士グロリア・オールスタットも下車した。
「昨日来てみたらまだ戻っておらんかったので気が気ではなかったぞ!」
「え、えーと、どうしたんですか?」
「お父さま、中に入っていただいたほうが……」
「あ、そ、そうだな。……殿下、グロリアさん、ティア、とりあえず中へどうぞ」
「うむ」
「お邪魔いたします」
「お邪魔する」
仁は3人を工房奥の応接室へ通した。
すかさずアンがお茶を運んでくる。
「どうぞ」
「うむ、すまんのう」
リースヒェン王女は早速お茶に口を付けた。ちゃんと猫舌の彼女に合わせ、適度に冷ましたものだ。
「ああ、姫様、毒味もせずに……」
グロリアが心配するが、当のリースヒェン王女は平気なもの。
「うむ、美味い! いつもながらアンが淹れたお茶は美味いのう」
「おそれいります」
「……殿下、もしかしてちょくちょくいらしてるので?」
「え、あ……うむ」
「……あとでお話があります」
「う、うむ。お、お手柔らかにな」
覇気を出すグロリアが怖かった、と後にリースヒェンは日記に書いている。
「……で、一体何があったんですか?」
「おお、そうじゃった。実はの……」
リースヒェンが語ったこと。
それは、明後日つまり1月8日にフランツ王国から年賀の使者が来るというもの。
クライン王国とフランツ王国は隣接しており、昔から仲が悪かった。
とはいえ今は平和条約を結んでおり、1年おきに年賀の使者を互いの国へ送っているのだそうな。
そして今年はフランツ王国からクライン王国に来る年なのだという。
それだけなら何も問題はないのだが、事前に掴んだ情報によると、今回の使者は最新型のゴーレムを数体引き連れてくるようなのだ。
「そうして、技術的な優位を見せつけ、条約改定の際に有利な内容にもっていく圧力を掛けてくるつもりなのじゃ」
「今年の夏、2国間の平和条約を再締結する年なのです」
グロリアの補足説明によれば、5年ごとに条約を更新しているのだという。
「なるほど、圧力外交みたいなものか」
「おお、ジンは面白いことをいうのう。そう、圧力外交と言っていいじゃろうな!」
「それで、俺に何をしろと?」
「頼みたいことは2つ。……1つは、『魔法創造士』として、使者たちとの顔合わせ時に列席してほしいのじゃ」
「……もう1つは?」
「レーコとアンも一緒に連れてきてほしいのじゃ」
「うーん……」
「頼む、ジン! 何か要望があれば、妾にできることなら全て呑もう!」
「……それじゃあ、今、村から妹分を連れてきているので、面倒を見てもらえれば」
「なに? そんなことでいいのか?」
「はい」
社会人時代、一時的に親会社から派遣されてきた社員が威張りくさっていたことを思い出してしまった仁。
仁は、そうした『虎の威を借る』ような行為は大嫌いなのであった。
それに、第2の故郷といえるカイナ村のある国である。
戦争の手助けをするわけでもなし、助力には何のためらいもない、というのが仁の本心であった。
そのため、ハンナの面倒を見てもらえるなら、という条件を出したわけである。
「おおお、助かる! ……そ、それで、仁の妹分というのはどこにおる?」
「そのへんにいるはずです。……おーい、ハンナ!」
「……はーい!」
工房の隅から、礼子と一緒にハンナがやって来た。
「ええと、この子がハンナ。カイナ村でお世話になっている家の子です。ハンナ、ご挨拶しなさい」
「はい! えっと、あたし、ハンナです!」
「おお、かしこいのう。妾はリースヒェン・フュシス・クライン。この国の第3王女じゃ」
「え、おうじょさまなの?」
「うむ。ジンとは友達付き合いをしておる。じゃからハンナも、気軽に付き合ってくれると嬉しいぞ」
「えっと……」
その言葉どおりに受け取るわけにも行かないことは、ハンナもなんとなくわかっていた。
それを察した仁は助け船を出す。
「王女様、って呼べばいいよ」
「おうじょさまでいい?」
「む、まあ……それでよい」
ハンナの場合、公私を使い分けるのは厳しいだろうという仁の配慮であった。
それを察したリースヒェンも、それ以上呼び方に拘ることはしない。
「では、これから……はちょっと難しいかのう?」
「そうですね……せめて午後からにしていただければ」
「わかった。昼過ぎに迎えを寄こそう」
* * *
「さーて、そうなると留守番がほしいな」
ということで、地下の転移門を使い、蓬莱島から助っ人を呼ぶことにした。
五色ゴーレムメイドである。
今回はルビー、アメズ、ペリド、トパズ、アクアのナンバー2を呼び、5体に留守を任せることにした。
仁がいない間、店の掃除、注文の受け付けを代わってもらうことになる。
幸いにして納品は昨年のうちに済んでいるので、その点は心配いらない。
「で、何を用意すればいいかな」
「お父さま、『魔法創造士』の称号をもらった時のマントは必要でしょう」
「ああ、そうか」
何で貴族ってマントが好きなんだろうなあ……と思いながら、仁はマントを荷物に加えた。
「ああ、もしかするとなにか改造してくれとか言われるかもしれないな。レア素材を少し持っていくか」
「それもよろしいですが、簡易型の小型転移門も持っていきましょう」
「なるほど」
仁が屈んでなんとか通れる程度の大きさのものだが、いざというときには心強い。
礼子なら余裕で通れるし、レア素材を蓬莱島から送ってもらうこともできる。
さらには大型の転移門の部品を送ってもらえば、ランド隊や航空機部隊だって呼べるだろう。
「まあ、そんな事態にはならないだろうけどさ」
『こんなこともあろうかと』という事態はそうそう起きないことを仁は知っているのだ。
そんなこんなで支度を整えていく仁。
その間、ハンナはアンに面倒を見てもらっている。
まだハンナには秘密の部屋や装備があるからだ。
長時間ハンナを放っておくのも嫌なので、ささっと支度を済ませた仁。
結局、そこそこの荷物になったが、アンと礼子、そして仁も持つので問題はない。
そして、迎えが来るまでにはまだ2時間以上あるので、とりあえずハンナの服を用意することにした。
どうせなので、礼子やアンが着ているレベルの服にしようと、『魔絹』、『地底蜘蛛絹』を使って作っていく。
下着類は礼子に任せ、ドレスはリースヒェン王女が着ていた服を参考に、よりシンプルに、より地味にしておく。
レースなどの飾りも控えめにすれば、ちょっといい服を着た庶民の少女、に見える。
実際は王族の服など足元にも及ばない高価な(市場価格)服なのだが。
「これでよし」
「おにーちゃん、ありがとう!」
準備も整い、あとは迎えを待つだけであった。
お読みいただきありがとうございます。
20220104 修正
(誤)「ハンナはこういうところに止まるのは初めてかい?」
(正)「ハンナはこういうところに泊まるのは初めてかい?」
(誤)……が、午後3時半、首都アルバンに付いたときまで居眠りは一切しなかったハンナであった。
(正)……が、午後3時半、首都アルバンに着いたときまで居眠りは一切しなかったハンナであった。
(誤)どうせなので、礼子やアンが来ているレベルの服にしようと、
(正)どうせなので、礼子やアンが着ているレベルの服にしようと、




