07
ヨルナワイク魔王国、南の守りと言われる『ハレーズ砦』。
ここは魔王国から見て南、アガナイト王国から見て北に連なる山脈が一部分途切れた場所である。
普段は交易の街道ともなるここに、今は両国の軍が集合していた。
「おお、壮観だな」
「お、おじさま、大丈夫なんでしょうか……」
仁たちの姿もまた『ハレーズ砦』にあった。
眼下、砦の南側には数千の兵士が集まっている。
* * *
第4王女とはいえデイジナの発言力はそれなりに大きく、仁が傷んだ武器防具をあっという間に修理して見せたり、智美が怪我をした兵士や翼竜を癒したり、礼子が鉄の塊を握りつぶしてみせたりという少々の紆余曲折を経て、仁一行はヨルナワイク魔王国軍に傭兵として認められた。
そして今、砦を守るシナーナ将軍の横に、デイジナと共に仁たち3人は立っていた。
将軍は漆黒の立派な角を1対生やした偉丈夫である。
「これまで小さな戦闘が数回あったが、そろそろ向こうも総攻撃に移ってくる頃と思われる」
「なるほど」
仁たちは第4王女デイジナ直属の傭兵という扱いで、その役目は遊撃と後方支援である。
「おそらく今日明日には『勇者』一行が到着するのだろう。それに合わせて総攻撃を行うようだ」
そうした敵情の調査はしっかりと行われている魔王国軍である。
「まずは王国軍の武装解除かな」
「はあ?」
「は?」
仁がつぶやいた言葉に、デイジナとシナーナ将軍は素っ頓狂な声を上げた。
「いやいやいや、確かにそれができれば理想的だが、どうやってそれを行うかは別物だろう?」
デイジナが慌てて仁に確認する。
「それはそのとおりですが、見たところ奴らの武器も防具も金属製ですよね?」
「あ、ああ。だいたいのところ、鉄か鋼だろうな」
答えたのは将軍。
「なら、やりようはあります」
仁は礼子に指示を出す。
「礼子、『電磁誘導放射器』だ」
「わかりました。すぐに戻ります」
礼子は2秒で『飛行外装』を装着。ふわりと宙に浮かび上がり、そのまま敵……アガナイト王国軍の上に飛んでいく。
高度は200メートルくらい。
このくらいだと、王国軍の矢も魔法もまず届かない。
そこから礼子は『電磁誘導放射器』を王国軍目がけて放った。
『電磁誘導放射器』は金属にうず電流を生じさせ、その電気抵抗により発熱させる魔法である。
つまり着ている鎧兜、持っている武器が熱を持つということ。
弱めに掛けているので、受けた者が大火傷を負うことはないだろうが、鎧兜は身につけていられないほどに熱くなり、剣などの武器は触れた手を焼くほどに加熱された。
「あちっ!」
「な、なんだ!?」
「敵の攻撃か!?」
「熱い! 着ていられん!!」
「馬鹿者! 敵の前で防具を捨てる奴があるか!」
「そんなことを言っても着ていられませんよ!」
「武器を手放すんじゃ……! な、なにごとだ!? あ、あちちち……」
数千の兵士たちは大混乱である。
兜を投げ捨て、鎧を脱ぎ捨てる。
剣を手放し、槍を遠ざける。
さらに、弓矢に対する軽鎧を着けた馬は大暴れを始めた。
「うわっ!」
「う、馬が! 馬が!!」
「抑えろ!」
「無理です!!」
馬もまた、身に着けた金属防具が過熱し、大暴れを始める。
王国軍は大混乱に陥った。
* * *
「おお……」
砦からは大混乱を起こす王国軍を見下ろすことができた。
「ジン殿が味方になってくれてよかったぞ」
「うむ、まったく。殿下のお手柄ですな」
シナーナ将軍とデイジナは顔を見合わせて微笑み合った。今、デイジナは翼竜騎士団第2隊隊長ではなく第4王女としてここにいる。
「敵兵は崩れましたな」
「うむ……レーコ1人であれだ……『人形師』というものはとんでもないな」
「ああ、それなんですけど、俺は向こうの世界では『魔法工学師』って称号でした」
「『魔法工学師』? ……なるほど、魔法を使った工学の第一人者、ということか」
「納得だな」
そんな会話をしている彼らの眼下では、敗走していく王国軍が。
「礼子、人がいなくなったら出力を上げろ」
『仲間の腕輪』の通信機能で仁は礼子に指示を出した。
* * *
「『電磁誘導放射器』、出力アップ」
礼子は人間がいなくなった戦場目がけ、先程までとは比べ物にならない出力で魔法を放った。
その波動は、脱ぎ捨てた防具や投げ捨てた武器の金属部分を溶融させ、不定形の金属塊に変えてしまったのである。
「ううむ……恐ろしいほどだ」
「これで王国軍の武器・防具も減らせたでしょう」
「おお、もちろんだ。ジン殿、これで我が軍は大きく有利になった」
「勇者たちは出てきませんでしたね」
「まだ到着していないか、出し惜しみをしているのか……」
* * *
翌日も、アガナイト王国軍は懲りずに『ハレーズ砦』前に押し寄せた。
が、用心したのかそれとも在庫不足か、半数くらいは金属製ではなく革の鎧を着込んでいる。
しかし剣や槍の穂先は金属製である。
「……青銅かな?」
仁の目には、大多数は鋼鉄ではなく青銅の武器に見えた。
「それでも『電磁誘導放射器』は防げないがな」
昨日と同じく、『飛行外装』を纏った礼子が出撃した。
そして用心のために高度300メートルから『電磁誘導放射器』を放射。
「うわっちゃあ!」
「くそ、鉄製でなくても熱くなるじゃないか!」
誘導電流を生じさせて発熱させているため、鋼鉄だろうと青銅だろうと関係はない。
IHの場合は鉄製でないと効率が悪すぎるようだが、『電磁誘導放射器』は対象金属を選ばない。
そして革鎧の留め具に使われている金具は発熱する。
「うわあ! 焦げ臭いぞ!!」
「よ、鎧が煙を上げ始めた!」
影響を受けていないのは、金具を一切使っていない安物鎧だけという皮肉な結果になったのである。
そしてそのような兵に対し、万全の装備に身を固めたヨルナワイク魔王国軍。
「た、退却だ……!」
一合も剣を交えることなく、アガナイト王国軍は退却していったのである。
* * *
さらに翌日。
「近づいてこないな」
すっかり懲りたのか、アガナイト王国軍は遠巻きに『ハレーズ砦』を眺めるだけ。
……と思ったら、その軍が2つに割れた。
「お?」
どうやら勇者の登場らしい、と仁は察した。
見覚えのある金髪DQN、黒ギャル、太めのオタク、根暗の陰キャ少女、ゴリマッチョの5人が前に進んでくる。
「魔王国軍! 俺たちは勇者パーティーだ! 軍同士の殺し合いはやめにして、代表者同士の決闘で勝敗を決めようぜ!!」
「……勝手なことをほざいてるな」
どう考えてもヨルナワイク魔王国軍の方が優勢なのである。
劣勢なアガナイト王国側が出すような条件ではない。
「でも、あいつらを完膚なきまでに叩きのめせば、アガナイト王国も諦めるかな?」
「お父さま、わたくしが相手しますか?」
「そうだな……」
勇者たちの実力のほどは想像が付いている。
保有魔力を見ても、仁たちの目から見たら大したことはない。
「ほどほどにな?」
「わかりました。お任せください」
今回は『飛行外装』を着ることはせず、代わりに『桃花』を背に負い、礼子は飛び立った。
「おじさま、大丈夫なんですか?」
礼子の本当の実力を知らない智美は心配そうだ。
だから仁は安心させるように微笑んで答える。
「大丈夫さ。あんな勇者が1000人集まっても、礼子は平気だよ」
そんな仁の態度を見て、デイジナは深く頷くように顔を動かした。
「……ジン殿はレーコを信頼しているのだな」
* * *
砦前では、DQN勇者パーティがふんぞり返っていた。
「どうした! 腰抜けども!!」
そんな勇者に声を掛けたのはやや太めのオタク、『賢者』だ。
「……あ、あの魔法は、多分IHと同じ原理。だから高周波を防げば怖くないんだな」
それに応えたのは根暗の陰キャ少女、『大魔道』。
「……大丈夫。私の魔法は……電磁波を……防げる」
「おお、頼んだぜぇっ!」
「ちょっとぉ、あたしの出番も残しておいてよぉ?」
「聖女の出番があるかなぁ?」
そこへ声が掛かる。格闘家に見えるゴリマッチョ、『剣聖』だ。
「おいおい、なんか飛んで来たぞ?」
その声に、残りの4人も空を見上げた。
ぐんぐん大きくなってくる影。
「なんだ? 女?」
「ちょっと、あれって……」
「に、人形師とか言ってた奴が連れていた人形なんだな」
そして、彼らの前に着地する礼子。
「わたくしがお相手します」
だがDQN勇者は鼻で笑った。
「ふん、空を飛べるくらいで生意気言うな。お前なんぞ、この聖剣で真っ二つだ」
オタク賢者は鼻息が荒い。
「少女趣味なんて、へ、変態なんだな」
「……小さな子を愛でる趣味……キモい」
根暗の陰キャ大魔道も口が悪い。
だが、それは礼子の逆鱗に触れるだけだった。
「自主性もない操り人形の皆様。世界一のお父さまに作られたわたくし、礼子がお相手して差し上げます。1人ずつでも全員でも、掛かってきていいですよ」
言葉は静かだが、その裡には静かな怒りが籠っていた。
「5人掛かりなんぞ勇者パーティの恥だぜ」
「……け、賢者の僕が、あ、相手してあげるんだな」
ぶひぶひ言い出しそうなオタク賢者が進み出た。
「あなたが相手ですか。相手にするには不足ですが、仕方ありませんね」
「な、生意気なんだな。賢者の魔法を喰らって後悔するんだな。……サンダーショぶひげへぇ」
皆まで唱えさせることなく、大きく踏み込んだ礼子は賢者の鳩尾に『桃花』の柄頭で軽い突き込みを入れた。
喰らったオタク賢者が身体を折り、胃の中の物を吐き出す前にバックステップして元の位置に戻っている。
その動きが見えたのは勇者と剣聖だけのようだ。
「うげえええええ」
「きったないわねえ」
「……ばか」
黒ギャル聖女と陰キャ大魔道は何がおこったのかさっぱりわからず、オタク賢者がいきなり倒れて吐瀉したように見えているようだ。
「……ただの人形じゃないってことか」
グレートソードを構えた剣聖が進み出た。
「俺が相手だ!」
「……1人ずつは愚策ですよ?」
戦力の逐次投入が愚策であることを、礼子はよく知っている。
「これを受けても生意気な口を聞けるかよっ!」
大上段に振りかぶったグレートソードを、剣聖は礼子目がけて叩き付けた。
大地が抉れ、土砂が吹き飛ぶ。
だが、礼子は既にその場所にはいない。
余裕を持って、サイドステップでかわしたのだ。
「当たらなければどうということはありません」
「何でお前がそのセリフを知っている!」
今度は真横に振られるグレートソード。
だがその間合いに礼子はいない。
「くそっ、ちょこまかと!」
礼子の目からは、ゴリマッチョ剣聖の振る剣など、スローモーションにしか見えない。
「当たりさえすれば!」
そのセリフを聞いた礼子は、足を止める。
「当ててみますか?」
「生意気な! その過信が命取りだ!」
足を止めた礼子目がけ、振り下ろされるグレートソード。
それを礼子は左手一本で受け止めた。
「な、何!?」
「駄目でしたね?」
ゴリマッチョ剣聖が押せども引けども、グレートソードはびくともしなかった。
「!」
「ぐわあああああ!」
だが、そこへ火の玉が放たれた。黒ギャル聖女が放った火属性魔法だ。
「燃えちゃいな!」
だが、炎の色は赤、それほど高温ではない。
それを瞬時に悟った礼子は、かわすことさえしなかったのだ。
それゆえ、ゴリマッチョ剣聖も一緒に火の玉を浴びたのである。
剣聖とはいえ人間、火で焼かれてはひとたまりもなく、火傷を負って転げ回っている。
「味方を巻き込んで攻撃ですか。卑劣な上、愚かですね」
「……なんで平気なのよ!」
「お父さまにそう作っていただいたからです」
炎の中から平然と出てくる礼子。
髪も服も、焦げてすらいない様子を見て、聖女は驚愕を顔に浮かべた。
「……なら、これは? 『サンダーショック』!」
電撃が礼子を襲う。
が、それは礼子が張った『物理障壁』に阻まれた。
「……うそ」
平然と歩んでくる礼子に、陰キャ大魔道は信じられないと後ずさる。
「結局俺の出番だなあっ!」
そしてDQN勇者が剣を抜き放ち、切り掛かった。
「遅いですね」
それを余裕を持って『桃花』で受け止める礼子。
「お? この聖剣を受け止めるなんて、すげえ刀だな? ……って、日本刀じゃねえか! どっから手に入れたんだぁ?」
「この『桃花』はお父さまに作っていただいたものです」
「マジかよ! あいつは『人形師』じゃなかったのかよ!?」
「お父さまは、世界にただお一人の『魔法工学師』です」
そして礼子は出力30パーセントでの本気の一撃を繰り出す。
仁が作った最強の刀『桃花』は勇者の持つ『聖剣』を真っ二つに断ち切った。
「う、嘘だろ……」
刀身が半分以下になった聖剣を見つめ、愕然とする勇者。
その胴目がけ、礼子は『桃花』で峰打ちを喰らわせた。ごく軽く。
「ぐぇはぇあぉう……」
吹き飛ぶ勇者。
これで賢者、剣聖、勇者が戦闘不能となったわけだ。
「い、いや……」
「……負け。降参」
聖女と大魔道は地面にへなへなと座り込んだ。
完全に戦意を喪失したようである。
「お父さま、終わりました」
内蔵魔素通信機で礼子は仁に報告したのである。
* * *
戦争は終わった。
勇者パーティがなす術もなく敗退したのを見たアガナイト王国軍は撤退したのである。
その勇者パーティは全員がヨルナワイク魔王国の捕虜となった。
戦後処理は自分の仕事ではないと、仁は改めてデイジナを通じて魔王への面会を申し込んだのである。
そしてそれは、当然ながらすぐに叶えられた。
* * *
「そなたらが異世界からの来訪者か。我が娘の要請に応じてくれたこと、うれしく思う」
魔王は女王であった。
デイジナをさらに大人にし、色気を3倍くらいにしたような、妖艶な美女である。
側頭部から生えた2本1対の角は黒曜石のよう、赤い髪は燃える炎のごとし。
「このたびの紛争で、一番の功を上げてくれたことに報いたい」
「ありがとうございます」
「デイジナから聞いた。元の世界に帰るため『願いの宝珠』を必要としているとか」
「はい、そのとおりです」
ようやくここまで来た、と仁はこれまでの苦労を思った。
「その要望に応えてやりたいのだが……」
「母上、何か問題が?」
共に謁見していたデイジナが怪訝そうな声を上げた。
「うむ……『願いの宝珠』は、3つの願いを叶えてくれるのだが、最初は青、1つ叶えると黄色、2つ叶えると赤くなってな。……3つ願いを叶えると砕け散ってしまうのだが、今は赤い色をしているのだ」
そして、できるなら今後の紛争を避けるため、もうアガナイト王国が勇者召還をできないようにしてしまおうと思っているのだ、と言った。
つまり、叶えられる願いが1つしかないのだという。
「そういうことですか……」
仁としても、自分や智美が再び召還されたりするのはごめん被るところなので、魔王の言うことも理解できた。
だが、叶えられる願いはあと1つ。
「ジン殿、貴殿は異世界の『魔法工学師』と聞いた。何かいい知恵はないだろうか」
魔王としても苦しいところなのだろうなと仁は察したが、どうにかできるようなことではない。
だが、思わぬところから光明が見えた。
「……おじさま、私がやってみましょうか」
「え? あ、そうか!」
智美の能力は『修正』。
魔族の怪我を治す経験を経て、レベルアップもしている。
今の能力的には『修復』『復元』といってもいい。
そのことを魔王に説明し、智美の能力を目の当たりにしたデイジナも口を添えた。
「うむ、それでは試してもらおうか……」
信頼の証か、魔王は無条件で信じてくれるようだ。
「これが『願いの宝珠』だ」
魔王が持って来たそれは、確かに赤い色をしていた。あと1回しか願いを叶えられない色だ。
大きさはテニスボールくらい。
智美はそれを受け取り、顔を顰めた。
「せ、責任重大ですね」
智美が緊張しているのを見て、仁は安心させようと声を掛けた。
「失敗したら俺も一緒に謝ってやるから、自信を持ってやってくれ」
「は、はい!」
智美は目を閉じ、3度深呼吸すると、
「戻れ~戻れ~」
と口に出しながら念じた。
「おお!」
智美から、目に見えるほどの魔力が放たれ……。
赤かった『願いの宝珠』は黄色に……そして青くなったのである。
「これは素晴らしい! トモミ殿! 貴殿は救いの神だ!!」
青くなった『願いの宝珠』を受け取った魔王は上機嫌で智美の手を取った。
「お……お役に立てて……よかった……です…………」
そして智美は気を失った。
* * *
翌日。
「トモミ殿、貴殿にヨルナワイク魔王国名誉国民、名誉貴族の称号を与えると共に、水晶褒章を授与するものである」
「こ、光栄です」
『願いの宝珠』を再生した反動で気絶した智美も、一晩経って回復した。
その智美に、魔王自ら勲章授与を行ったのである。
そして。
「ジン殿、貴殿にヨルナワイク魔王国名誉国民、名誉貴族の称号を与えると共に、貴殿の愛嬢レーコ殿と共に翡翠褒章を授与するものである」
「ありがとうございます」
「光栄です」
さしたる流血もなしに戦いを終息させた礼子と、その主人の仁にも勲章が授与された。
魔王城の大広間は歓声と拍手に包まれる。
列席者は皆、仁と礼子と智美の活躍を知っているのである。
* * *
そして……。
「ジン殿、トモミ殿、先日も話したが、余としては、この『願いの宝珠』を使い、二度と異世界から勇者召還を行えないようにしたいと思っている」
魔王が言った。
「よろしいと思います」
仁も答える。
今回元の世界に戻ったとしても、再び召還されてしまう可能性はゼロではない。
それを潰しておいてもらうことに、仁としても否はなかった。
「そして、あの勇者どもも送り返してしまいたいのだ」
「いいですね」
礼子が無力化した5人を捕虜にしたわけだが、半ば騙されてアガナイト王国に加担したとも言えるし、召還された被害者とも言える。
何より、まだ罪を犯す前に礼子によって無力化されたわけで、魔王としても処分に困ったというわけだ。
「貴殿らも含めて、『召還された元の世界、元の時間に帰す』とすれば、まとめて送り返せると思う」
「ですね」
これなら、3つの願いが叶うまでに回復した『願いの宝珠』なので、ちょうどあと1つの願いが残る。それで元通りだ。
(さすがに老君も間に合わなかったかな。まあ、帰れるならそれでかまわないさ)
『元の世界、元の時間』ということなら、智美がいなくなった時間を感じることはなく、従って義之も院長先生も心を痛めることもないだろう、と思われる。
ようやく帰れる目処が付き、仁も肩の荷が下りた思いだった。
* * *
帰れるとなると、いろいろやっておくことがある。
一番は馬車とゴーレム馬の処理、そして転移魔法陣の消去だ。
仁は礼子に手伝ってもらい、半日で処理を終えた。
そして……。
「おじさま、この指輪……お返しします」
『守護指輪』を、智美は仁に返すことにしたのである。
「これを持って帰ったら、いろいろ矛盾が生じそうですから」
「そうかもなあ……」
相談した結果、『元の時間』に帰るために、できるだけ召喚された当時の状態でいたほうがいいということになったのだ。
なので服も召喚された時のものを着ている。破れたり傷んだりしたところは智美が直した。
これは勇者一行も同じである。
* * *
そして、いよいよ仁たちが元の世界に戻る日がやって来た。
仁たちは魔王とデイジナに別れを告げている。
「ジン殿、いろいろと世話になった」
「レーコ嬢、貴殿はまさに一騎当千、獅子奮迅の働きをしてくれた」
「そしてトモミ殿、貴殿は我が国の救世主だ! いくら感謝してもしきれぬ!!」
魔王がここまで言うには訳がある。
実はそれに先んじて『願いの宝珠』を使い、アガナイト王国に限らず、異世界からこの世界に召還ができないよう願いを掛けていた。
それは叶えられ、『願いの宝珠』は青から黄色に変わっていたのだ。
そして智美はそれを、仁が止めるのも聞かずにもう一度『再生』し、青色に……つまりまた3つの願いが叶えられる状態に戻していたのである。
つまり、仁たち(と勇者たち)を元の世界に送り返しても、まだ2つ、願いが叶えられるというわけである。
魔王が感謝するのも無理はなかった。
「では、名残は尽きないが」
魔王が言った。
「貴殿らを元の世界に送り返すことにしよう」
「ほ、本当に帰してくれるのかよ!?」
「帰れるなら……いいわ」
「ふひ、残りたい気もするでござるが」
「……あまり帰りたくない」
「なんでもいいぜ」
勇者パーティは帰りたいんだか帰りたくないんだかわからない態度をしていたが、それには耳を貸すことなく、魔王は『願いの宝珠』に願いを込める。
「ヨルナワイク魔王国魔王が願う。異世界より呼ばれた彼らを、速やかに元の世界、元の時間に戻したまえ」
『願いの宝珠』が淡く発光を始めた。
「おじさま、お世話になりました」
「うん。智美が無事でよかったよ」
「帰ったら、父とおばあちゃん先生に、おじさまが元気だと伝えておきますね」
「可能なら、頼むよ」
仁と智美がそんな会話を交わしているうちにも『願いの宝珠』の輝きは強くなり、勇者パーティ5人、仁、礼子、智美を包み込んでいく。
「ジン殿、トモミ殿、レーコ嬢、達者でな! 貴殿たちのことは忘れない!」
「くっころさんもお元気で!」
「だから私はデイジナだと……」
光が弾けた。
そして仁たちは姿を消していたのである。
* * *
「…………老君は老君で全力を尽くしてくだ……」
さい、と続けた礼子は、何も起きていないことを知った。
「……今のは何だったのでしょう?」
仁も礼子も無事、何も起きていない。
『……魔力流がお二方を包んだようですが、何事もなく消滅しましたね』
老君が観察結果を報告した。
『御主人様、何ごともなくて幸いでした』
「ですね、お父さま。……お父さま?」
仁は目を閉じ、感無量という顔をしていたのである。
「どうなさいました?」
その問いに、仁は目を開いた。
「……いや、なんだか今、白昼夢を見ていたような気分なんだ。内容は覚えていないけど、長年の懸念が払拭されたような、すっきりした気分でな」
「……ええと、それはようございました?」
『御主人様、何か気になることでも?』
「いや、いいんだ。……礼子、『桃花』の整備は終わったし、次は……」
『元の時間』に戻ったことで、異世界での経験も『なかったこと』になったようである。
それを覚えているのは、異世界の者たちだけのようだ。
* * *
「お父さん、おばあちゃん先生、お茶が入りましたよー」
「ああ、ありがとう、智美」
「智美、ありがとうねえ」
二堂孤児院ではゆったりとした時間が流れている。
「こうしていると仁のことを思い出すねえ」
元院長先生がしみじみと言った。
「あの子もお茶が大好きだったからねえ」
「兄さんがいてくれたらと今も思うよ」
「……きっとどこか遠くの世界で元気にやっているんじゃないかな」
「え?」
「智美?」
「……あれ? 私?」
「……あの子、って誰のことかわかっているのかい?」
「……仁おじさま、のことでしょ?」
「そうだけど……よくわかったね?」
「なんとなく……そんな気がしたの」
「なんとなく、か」
「うん、なんとなく」
「…………どこか遠くの世界で元気に、か…………そうだといいねえ…………」
智美もまた、異世界での経験も記憶もなくなり、『能力』も消えてなくなったが、『なんとなく』何かを覚えているようだった。
二堂孤児院の空は青く澄んでいた。
そして、蓬莱島の空も——。
おしまい。
えらく長くなりました。
下手すると少し薄めの本一冊分?
お楽しみいただけたら幸いです。
本日1月7日(木)12:00から、『マギクラフトマイスター』本編の更新を再開いたします。
改めまして、本年もよろしくお願いいたします。
20210107 修正
(誤)仁一行ちはヨルナワイク魔王国軍に傭兵として認められた。
(正)仁一行はヨルナワイク魔王国軍に傭兵として認められた。
(誤)「くそつ、ちょこまかと!」
(正)「くそっ、ちょこまかと!」




