05
「……飛行機を作ろう」
「はい?」
ヨルナワイク魔王国に向かうことになったその夜、宿の部屋でいきなり仁が宣言した。
「馬車でちんたら行っていたら、いつ着けるかわからないからな」
「それはそうですけど」
「時間切れになって『俺たちの戦いはこれからだ』とかダイ○ミックプロ的展開の『さあいくぞ』で締めくくりたくないしな」
「何を言ってるんだかわかりませんが言いたいことはわかりました」
「そういうわけで飛行機を作ろう」
「大事だから2度言ったんですね」
でもどうやって、と智美は言い、首を傾げた。
「機体を作ってしまえれば、あとは礼子がいる」
「は?」
「つまり早い話が、礼子に運んでもらえるような機体を作ればいいわけだ」
「それでいいんですか?」
「うん。どうやら『隠者』は空を飛べるらしいからさ」
なので仁たちが空を飛んで魔王国へ行ってもまあ驚かれないだろうということだった。
「いや、驚かれるとは思いますけどね……」
そうそう空を飛べる者がうようよいるとは思えない、と智美は言った。
「そうなのか? 礼子」
「はい。……ですが、『翼竜』みたいなものに乗って飛んでいる者がいます」
『覗き見望遠鏡』で魔王国を調べてもらった結果だ。
「なら、飛行機で向かっても……」
「おじさま、その『翼竜部隊』に追いかけられるのではないですか?」
「ああ、その可能性もあるか……何、追いつけないほど速く飛べばいいのさ」
「でもそんなことをして魔王様のところへ行ったら、絶対友好的に迎えてはくれないと思いますよ」
「それもそうか」
とはいえ、飛行機を作る必要はあると仁は思っている。なにせ北の山を越えるのは、馬車では無理そうだからだ。
「ええと、智美の言う『翼竜部隊』に疑われないで済む方法ってないかな?」
「ちょっと思いつきません……」
「そうか……」
「あ、でも、こういう時は、危機に陥った貴族とか王族とかを助けて仲良くなる、というパターンがありますね」
「なるほど。……でも狙ってできることじゃないしなあ」
「それはそうですね」
だが、とにかく行かなければ始まらない。
仁は『飛行機』の構想をまとめ始める。
「……まずは素材だな」
飛行機を作るなら必須である。
アルミニウム合金かチタン……仁の慣れ親しんだ呼び名では軽銀……が欲しいところである。
幸い、ここは山の近く。
「探しに行こう」
「山へ、ですよね?」
「そうなるな。……つまり、北へ、か」
勇者が来るというので面倒を避けるため、ここヨサイム村は翌日早々に発ち、山に近い村に宿を取ろうと決める仁たちであった。
* * *
ヨサイム村から北に向かうと、山の麓の『サン・クロ村』であった。
「なんか賑やかだな」
「お父さま、どうやら宝石の採れる鉱山があるからみたいですね」
「おじさま……勝手に山に入ると怒られるんじゃ……?」
ちょっと予想外だったが、とりあえず宿を取り、そこで色々聞いてみることにした。
「観光客が宝石を探すんなら『ズリ』を狙うんだね」
「『ズリ』?」
「ああ。鉱山から掘り出した石だけど、目的のものじゃなかったから、または採算が取れないからって放置された場所のことだよ」
「なるほど」
さすが鉱山の村、宿のおかみさんはなかなか詳しかった。おそらく、大勢の客に同じような説明をしているのだろうと思われる。
「それじゃあ、あすはその『ズリ』を見に行こう」
「はい」
そう決めて、仁たちは早めに休んだのだった。
* * *
「そもそも、俺たちは宝石を探しに来たわけじゃないしな」
「そうでしたね」
「それはそれとして、宝石って何が採れるんだろう?」
「おじさまも気になります?」
「そりゃあな。サファイアとかルビーだったら、アルミナの鉱床があるってことだからアルミニウムが手に入る」
「あ、そういうことですか」
「俺としてはチタンを見つけたいな」
「チタン……よく聞きますけど、そんなに簡単に見つかるんですか?」
「あるよ。……ある……はずだ」
チタンは、地球で言うと地殻中に9番目に多い元素で、金属に限ると4番目に多いという。
つまり、埋蔵量が非常に多いのだ。
にも関わらず、近年まで利用されていなかったのは、天然では酸化物として存在していて、それが非常に安定しているためである。
言い換えると金属単体として分離するのが非常に困難なのだ。
しかし、である。
「工学魔法を使えばできるんだよ」
ということである。
仁のいたアルスのある世界では『軽銀』と呼ばれ(地球で軽銀というとアルミニウムのことである)、重宝されていた。
要するに仁はチタン……軽銀を狙っているのだった。
* * *
そういうわけで、翌日仁たち3人は弁当持ちで、鉱山のそばにある『ズリ』へ来ていた。
「……これはケイ素だな」
「こっちは酸化鉄です」
仁と礼子が『分析』を使ってズリにある石の分析をしていく。
もちろんチタンやアルミニウム、マグネシウムなども含まれてはいるのだが、微量過ぎて工学魔法を使っても実用にならないのだ。
なにしろ1トンの石から0.1グラムが採れる程度だからだ。
「このズリは駄目だな」
「お父さま、移動しましょう」
1時間ほど調べたあと、そのズリに見切りをつけて、別の場所へ行く。
そのズリも外れだったので、さらに別のズリへ。
「お、ここはいいな」
「本当ですか!?」
「うん。『抽出』……ほら」
「わあ……これは?」
「軽銀……金属チタンだな」
「これが!」
チタンの含有量が豊富な石が多く、1トンから2キロほどのチタンが採れたのである。
これは優秀な方だった。
地球では、日本に5〜15パーセントの二酸化チタン、TiO2を含む砂鉄が広範囲に存在すると言われている。
そして、智美が何かを見つけた。
「おじさま、これって宝石ですか?」
「どれどれ……『分析』……うん、『ルチル』だな」
まれに宝石になる『ルチル』という鉱物も見つかるのだ。
ルチルは主成分の二酸化チタン(TiO2)の含有量が95パーセントと、優秀な鉱石であるが埋蔵量が少ない。
その結晶は金紅石と呼ばれ、ダイヤモンドよりも屈折率が高いため、激しいファイア(きらめき)を持つのである。
とはいえ、通常は水晶の中に針状の結晶として現れ、『針入り水晶』『ルチルクオーツ』などと呼ばれている(地球での話)。
「それは持っていていいよ」
「わあ、ありがとうございます!」
智美が見つけたルチルの結晶はほぼ透明で、地球でなら相当の高値が付くと思われるもの。
だが今の仁たちにとっては、チタンの鉱石としては小さすぎて足しにならない。
それで仁は智美に持っていていいと言ったわけである。
ついでに仁は、母岩からルチルの結晶だけを外してやったのである。
* * *
昼を挟み、手弁当を食べてから再び作業を続けること計3時間で、50キロほどの純チタンを手に入れることができた。
本当ならその倍は欲しかったのだが、ズリがなくなってしまったから仕方がない。
「あとはバナジウムがほしいな」
「バナジウム……って、富士山の天然水に含まれているというアレですか?」
「……まあそうとも言える」
一般人のバナジウムへの認識といえばそんなものだろう、と思いつつ、仁はチタンを取り出した鉱滓に『抽出』を掛けた。
それで手に入ったのはひとつまみ程のバナジウム。
64軽銀……64チタンを作るには、質量比でチタンの6パーセントのアルミニウムと4パーセントのバナジウムが必要なのだ。
このうちアルミニウムはアルミナ(Al2O3)として、なんとかかんとか手に入ったのだが、バナジウムが足りなかった。
「あと1箇所、回ってみよう」
「はい」
智美もまだまだ元気であった。
そして、なんとかかんとかバナジウムも手に入れた頃には日が沈みかけていたのである。
* * *
村に近い空き地で、仁は飛行機を作ろうとしていた。
だが。
「うーん……50キロ程度の軽銀じゃ、飛行機を作るのは難しいな……やっぱりそれしかないか……」
仁は礼子を見た。
「お父さま?」
「……礼子に外装を付けてもらって、その背中に乗る方向だなあ……」
「はい、お任せください!」
結局、いろいろ素材が足りないのでそういうことになる。
3メートルほどの鎧状の外装を礼子に着てもらう。見かけは背中に翼の生えた騎士だ。
その背中に座る部分を作り、手すりも付ける。
正面からはカッコいいが、背面はなんじゃこりゃ状態。
それでも、礼子が出力10パーセントも出せば、仁と智美を乗せても音速を超えられる。
危ない(主に乗っている仁たちが)のでせいぜい時速200キロくらいに抑えてもらうが。
いざとなったら風除けの結界を張ればマッハ3で飛べるが、そういう時が来ないことを祈るしかない仁であった。
それでも、少し余った軽銀で2人分のヘルメットを作る。風防部分は透明なアルミナ、つまりコランダムである。
「これでよし」
「……お、おじさまが凄いことは知っていましたが、これはまた……」
慣れてきていたはずの智美もびっくりな仁の作業であった。
「テスト飛行だ。礼子、頼む」
「はい!」
『飛行外装』を身にまとった礼子は、『力場発生器』を使い、ふわりと浮き上がった。
まずは単独でのテストだ。既に空は夕暮れ、目立つ心配はない。
「では、行ってまいります」
そう言い残し、礼子は急上昇。あっという間に視界から消えた。
夕焼け雲に穴が開いたのは、礼子が突き抜けたからだろうなあ……と、思いながら見つめていた仁である。
「お父さま、問題ありません」
3分後、礼子が戻ってきた。
「よし、今度は俺たちを乗せて飛んでくれ」
「はい!」
礼子は背中を向ける。
まず仁が、そして智美が乗り込む……が。
「お、おじさま、ほ、ほんとうに、とと、飛ぶんですか?」
智美は震えていた。
「大丈夫だよ。礼子を信じてくれ」
「は、ははは、はい……」
智美も、既に旅の間にスカートからズボンに変えているので、問題なく礼子の背に跨ることができた。
「よし礼子、行け!」
「はい!」
礼子はふわりと浮き上がった。
そして初めはゆっくりと、その後次第に速度を上げていく。
「おお、いいぞ!」
「ふ、ふわあああああ………………!」
最初から風除けの結界を展開しておけば、身体にかかる風圧もなく、快適に飛べる。
時速200キロでの空中飛行は、なかなか快適だった。……仁には。
智美は目を回しかけていたが。
「よし、これで、明日には北の山を越えて『ヨルナワイク魔王国』へ行けるな」
「はい、お任せください」
「…………」
こうして、テスト飛行を終えて戻ってきた仁は、北へ行く手段を手に入れたことを実感した。
そして智美はオープンエアーでの高速飛行という、人生初の体験に言葉を失っていたのである。
ヨルナワイク魔王国で彼らを待つものは!?
まだ終わりませんでした……
お読みいただきありがとうございます。
20210105 修正
(誤)「ええと、友美の言う『翼竜部隊』に疑われないで済む方法ってないかな?」
(正)「ええと、智美の言う『翼竜部隊』に疑われないで済む方法ってないかな?」




