03
城を追い出された仁、礼子、智美は、晴れ晴れとした顔をしていた。
思った通りの展開なのである。
「さて、まずは拠点を決めないとな」
「そうですね。ラノベですとギルドに登録して宿を斡旋してもらうのが定番ですが……」
「そういう、あとで足がつきそうなことはやめよう」
「わかりました」
「とりあえず、遠くから来た旅人ということで、そこそこの宿に泊まろう」
「はい」
宿の内部は礼子の『覗き見望遠鏡』で確認してもらえるので、あまりに汚いところや、胡散臭そうな客が泊まっているところは避け、そこそこ清潔な宿を見つけることができたのは昼前であった。
「『青空亭』か。ここにしてみよう」
「はい」
「いらっしゃい。早いお着きだね」
受付は恰幅のいいおかみさんだった。
遠方からの旅行者だと言って、多少町の事情に疎くても怪しまれないよう予防線を張っておく。
部屋は智美の希望で中部屋1つにした。
寝室は別々で、居間で繋がっている形式。朝夕食付きで一泊銀貨2枚だった。もちろん2人分。
お昼は別料金で、宿の食堂で軽食を食べられるというので今回はそれにした一行である。
ちなみにサンドイッチ風で、そこそこ美味しかった。
* * *
「さて」
昼食後、一旦部屋に戻った仁は、これからの方針を決めるべく話し合いを開始した。
「まず礼子、宰相から『知識転写』でコピーした情報の解析はどうなった?
「はい、大体済んでいます。一部、この世界特有の情報があって、固有名詞の解釈に時間が掛かっていますが」
「それは続けてくれ。わかったところだけで話を進めよう」
さすがに超高性能な礼子といえども、情報処理には限界がある。
元々そうした作業は老君の分担だったからだ。
「ええと、この国は『アガナイト王国』。大陸の西の方にある国です。割と大きいらしいです」
「うん」
「北の方に魔族の国があって『ヨルナワイク魔王国』というようです」
「うん」
「国境付近に『隠者』という人がいて、その人なら帰還の方法を知っているかもということでした」
「おお」
最大優先事項は帰還方法を見つけることなので、これはいい情報であった。
「この世界で過ごす上で必要そうなことを、もう少し詳しく頼む」
「はい。まず通貨ですが、単位は『ネカ』ですね。金貨が1000ネカ、銀貨が100ネカ。銅貨が1ネカ、となっています。1ネカは…………100円くらいです」
物価がわからないがこの宿は一泊1万円くらいか、と仁は見当を付けたのだった。
1ネカ以下は、補助貨幣というか、銅粒というのがあって、1粒5円相当くらいのようだった。
「とすると、銀貨200枚で2万ネカ、200万円相当か」
多いようだが、使ってばかりではすぐになくなってしまうだろう、と仁は考えた。
「ここは、稼ぐ事も考えないとな……」
仁は、今できることといえば『修理』だろう、と言った。
「俺はもちろんできるし、智美ちゃんも『能力』の練習を兼ねて少しずつ使っていくのがいいだろう」
「そうですね。でも、いきなり修理屋です、って言っても、きっと信用してもらえませんよ?」
「そこはほら、まずは近いところからさ」
そう告げて、仁はカウンターへと向かった。つまり、この宿でまず足固めをするというわけだ。
「おやお客さん、どうしたね?」
「ああ、えっと、俺達は『修理屋』なんですけど、何か御用はありませんか? 泊めていただいているんで格安にしますよ。……まだ、この町に着いたばかりですので、コネもないですし」
「おや、そうかい。それじゃあ試しに、台所へ来ておくれでないか」
「はい」
そういうわけで仁と智美は宿の台所へ。礼子は部屋に残った。
「包丁が欠けてしまってね。っと、こっちの鍋は穴が空いてるんだよ」
「わかりました。直しましょう」
「頼んだよ。夕方までにできるかい?」
「あ、今すぐにでも。……『変形』」
「え、えええ!?」
仁は鍋に『変形』を掛け、穴を塞いだ。
「こっちは智美ちゃん、頼む」
「は、はい。『直れ〜直れ〜』……」
「ええええ!!??」
智美の能力で、あっという間に包丁の欠けも直ってしまったのだった。
「す、凄いねえ、あんたら……相当腕のいい修理工だね!」
「ええ、まあ、そこそこだと思ってます。……これは小手調べですので、無料にさせていただきます。で、もう直すものはありませんか?」
「そうだねえ……」
おかみさんは少し考えてから、いくつかの希望を口にする。
「でしたら全部直しましょう」
「え……」
壁のひび割れや老朽化した土台などの面倒そうな修理も含め、仁たちはその日のうちに終わらせてしまったのである。
「ありがとうね、ジンさん、トモミさん」
結局仁たちは、当分宿代を只にしてもらえることになったのであった。
* * *
仁の目論見は成功した。
宿のおかみさんからの口コミで、修理依頼が殺到したのである。
それから1週間、あっちこっちからの修理依頼でてんてこ舞いした2人であった。
その間、礼子はといえば、『覗き見望遠鏡』と『魔導盗聴器』を使い、情報収集に努めていたのである。
* * *
仁たちはまだ『青空亭』に泊まっていた。
「さて、この世界でお金を稼ぐ方法も見つけたし、路銀も大分貯まってきた」
「世の中の事情もわかってきました」
仁と礼子が言うと、智美は少し寂しそうに微笑んだ。
仁と違い、初めての異世界なので色々と不安があるのだろう、智美は少し元気がなかった。
「おじさまと礼子ちゃんがいてくださって助かりました。私一人じゃ、今頃どうなっていたことやら……」
「そこはもう運というか巡り合わせというか……とにかくそれを言っても始まらないから、先のことを考えよう」
「はい、ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいんだ。……で、そろそろ次の段階に移ろうと思う」
つまりこの王都を出て北へ向かおうというわけだ。
「交通手段はどうするんですか?」
この世界では徒歩、馬、馬車、船が移動手段であった。
そのうち船は陸路では使えないので、徒歩、馬、馬車のどれかということになる。
「楽なのは馬車だ。寝泊まりもできるしな」
徒歩では時間が掛かる上に荷物も大して持ち運べないし、馬は仁も智美も乗ったことがない。(礼子は非力な自動人形の演技をしているし、仁が乗ったことのあるのはゴーレム馬だけである)
必然的に馬車がいい、となるわけだが、高価である。
しかしここで智美の能力が生きる。
壊れて使いものにならなくなった馬車を格安で引き取り、『直す』わけだ。
それを仁が、乗り心地やら居住性やらを改善させるというわけである。
『力場発生器』で飛行できる礼子に運んでもらうという手もあったが、『隠者』の住まいがどこなのか正確な情報がなく、道中情報を集めながら行くほうが結果的に効率がいいだろうと判断したのである。
問題は馬であった。
馬の世話は仁も智美も礼子もしたことがない。
また、高価である。
「ここは……ゴーレム馬を作るしかないかな?」
外見も、毛皮を貼って偽装すればなんとかなるかもしれない、と仁は考えた。
というよりそれより他に選択肢はなさそうである。
「よし、それじゃあまず、馬車を確保しよう」
「はい」
これまで修理依頼を受けていた時に、目星を付けてある。
町の廃棄物置き場に、壊れた馬車が捨ててあったのだ。
「ただなあ……目立つから夜に直さないとな」
「そして直した馬車は王都の中に置いてはおけませんね」
「そうだな。これは……礼子にどこか王都の外に置いてきてもらわないとな」
「はい、お任せください。王都の外に、ちょうどいい林があります」
「そうか、それならいいかな」
あとはゴーレム馬である。
「素材は……廃棄物置き場から見つけてくることもできるが……毛皮だけは買わないと駄目だろうな」
馬の毛皮は安くもなく高価でもなく、といったところなので、仁たちにも買うくらいの余裕はあった。
「問題は……制御核はできても、『魔力反応炉』を作れるだけの魔結晶がないことか」
ここ王都には『魔結晶』を売っていないようなのだ。
もしかすると、この世界では希少なのかもしれない、と仁は思っていた。
手持ちの『魔結晶』の残りは2個。
ゴーレム馬を作るには、『制御核』の他に、『補助制御装置』も1つ必要になるので、『魔力反応炉』を作るには足りないのである。
「お父さま、それでしたらわたくしが『魔力素』を分けてやります」
「それしかないか」
礼子の『魔力反応炉』は優秀である。ゴーレム馬に『魔力素』を分け与えても、せいぜい2パーセントほどの出力増加に過ぎないだろう。
とにかく、ゴーレム馬と馬車を用意する目処は立った。
「あとは食料ですね、おじさま」
「そうだな。隣町まで馬車で1日行程だというから、昼食分と非常用を買い置きすればいいだろう」
「最悪、わたくしが手に入れてきます」
礼子なら、『力場発生器』で空を飛んで手近な町に買い出しに行くことは可能だ。
多少行きあたりばったりの感はあるが、こうして当面の目標ができあがったのであった。
* * *
「これはどうです?」
「こっちの方がよさそうかな?」
まずは馬車の確保である。
仁、礼子、智美たちは廃棄物置き場にやって来ていた。
深夜なので真っ暗だ。
おまけに場所は王都の外れなので人っ子一人いない。
「さ、寂しい場所ですね……」
「怖いか?」
「……少し」
「この世界では幽霊みたいなモンスターはいないらしいから安心しなよ」
「それって、安心材料なんですか?」
びくびくしている智美のためにそんな軽口を交わしながら、仁たちは馬車を物色していた。
「お父さま、これがよさそうです」
礼子が見つけた馬車は、元は商人が使っていたような型で、がっしりした作りであった。
が、今は見る影もない。車輪は片方がなくなっているし、車軸も曲がっている。
幌は破れてぼろぼろ。車体そのものも半ば腐ちかけていた。
「智美、直せるか?」
今や仁は、智美を呼び捨てにしていた。智美がそうしてくれと言ったのである。
「多分大丈夫です」
智美もまたここ数日の修理依頼をこなすうちにレベルが上ったというか、『能力』に慣れてきていた。
「やってみます。『直れ〜直れ〜』」
聞いていると気が抜けるような掛け声というか詠唱というか……であるが、その効果は抜群だ。
壊れていた馬車が、逆再生しているように直っていく。
ただ、元々足りない部品があるのは致し方ない。そこで仁の出番だ。
「車輪はこいつを使おう」
「お父さま、この部材も使えそうです」
「そうだな。『変形』」
歪んだ車輪を元通りにし、使えなくなった車軸を使って板バネを作る。
ベアリング、クッション、ブレーキなどを次々と作っていき、組み合わせる。
「うわあ、おじさま、凄いです」
「智美が直してくれたからできるんだよ」
その智美も、連日の能力行使で鍛えられてかなり余裕が出てきたようで、魔力切れを起こすことはなくなっていた。
「よし、こんなものか。最後に……『強靱化』」
外見はややボロい馬車だが、板バネ式のサスペンション(ダンパー効果あり)、ボールベアリング装備、ドラムブレーキ付きという規格外仕様になっていた。
「礼子、とりあえず人目につかない所へ運んでくれ」
「はい、お父さま」
礼子は出力を5パーセントまで上げると、馬車の下に潜り込み。そのまま持ち上げ、『力場発生器』で飛び上がる。
そして一気に王都の外へと運び去っていった。
「……礼子ちゃんってすごい性能ですね、おじさま」
「自慢の娘だからな」
そんな話を交わしているうちに、礼子は戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「ご苦労さん」
そして、いよいよゴーレム馬の製作だ。
素材は鉄、銅、青銅、真鍮など。それ以上の素材は手に入らない。
それでも廃品の中から、できるだけ品質のいいものを選り出し、素材に変えていく。
そうしてできた素材を前に、仁は考え込んだ。
「うーん、鉄が少ないな……骨格には使えそうもないから、金属系筋肉にするしかないか」
そして青銅で骨格を作り、外装に銅と真鍮を使う。
制御核はなけなしの手持ちの魔結晶だ。
「凄いですね……」
と言いながらも、智美はそれほど驚いてはいない。
最初から仁の加工を見ているので、それが標準になってしまっているのだ。
「でも、随分隙間が空いてますね」
「ああ。外装用の銅が足りなかったんだ。でもこの上から毛皮を張ればわからなくなるよ」
その言葉どおり、馬の毛皮を貼り付けていくと隙間は見えなくなった。
「この手綱で、礼子に魔力素を流し込んでもらうんだ」
ミスリルが手に入らないので、ただの銅線であるから、伝導効率が5分の1くらいしかないが、礼子なら余裕で供給できるだろう。
「礼子、ちょっと動かしてみてくれ」
「はい、お父さま」
ゴーレム馬の背中に礼子が跨り、手綱を握って魔力素を流し込む。
手綱なので同時に制御も行える。
「わあ、動きました……本物そっくりですね」
「本物を見たことあるのかい?」
「はい。府中の競馬場で」
「ああ、施設からは比較的近いものな。……でも、競馬をする奴がいるのか?」
「あ、いえ、普段は無料で入れるんです」
「そうなのか」
生理的にギャンブルは合わないので、仁は気にも留めていなかったが、東京競馬場には意外と遊具が豊富で、遊園地並みに遊べるスポットなのであった。
それはともかく、智美から見てもゴーレム馬は自然な動きをしているようだったので一安心である。
ただ問題は、礼子が魔力素を流すのをやめると数秒で停止してしまうことだろうか。
このままでは、厩に預けても微動だにしないという異様な馬である。
「そうだ、魔法陣を使えばなんとかなるかも」
悩んだ末に仁が出したアイデアはそれであった。
魔法陣を使った魔力素供給回路。
馬車を引っ張るほどのパワーは出せないだろうが、時々動いてみせる程度の動作には十分な魔力素を供給できるだろう。
ということで、仁は大急ぎで魔法陣を刻んだ金属板を作る。
とはいっても、ゴーレム馬を作った後なので、本当に使いものにならないような素材しか残っていない。
だが。
「おじさま、ここに金属の板が埋もれてました!」
「お、助かった」
智美が地面に半ば埋もれていた金属プレートを見つけてくれた。
しかも嬉しいことに銀メッキが施された真鍮板である。
ミスリルではないとはいえ、銀を含んだプレートなら、少しは効率がよくなるはずである。
大急ぎで魔法陣を刻み、ゴーレム馬にセットする。
「おお、なんとかなった」
空身でゆっくり歩くくらいならなんとか可能になったのである。
これで、厩に預けておいた時に身じろぎをしたり首を振ったりという動作をさせることができるようになったのだった。
最後に、この馬も礼子に運んでもらい、馬車と同じところに隠しておいてもらう。
「終わった……」
「終わりましたね」
「これで、明日にはこの王都を離れられるな」
「はい」
* * *
そして、翌日。
「お世話になりました」
「こっちこそさ。ジンさん、トモミさん、おかげで宿もすっかりきれいになって、傷んだところがなくなっちまったよ。また来た時には寄っとくれよ」
「はい、そうさせてもらいます。……こちらこそ、宿代を無料にしていただけて感謝してます」
「そこはお互い様さ。……東へ向かうんだって? 気をつけてお行きよ」
「はい、ありがとうございます」
追手が掛かる可能性も考慮し、行き先と90度違う方角を告げておく仁であった。
「さて、食料と水も持ったし、行こうか」
「はい、おじさま」
こうして、仁と礼子と智美は王都から姿を消した。
その行方を知るものは誰もいない…………。
俺たちの戦いはこれからだ! (違います)
まだ続きます……。
お読みいただきありがとうございます。




