2015年新春特別企画 序
2015年1月1日に投稿した分です
それは今にして思えば、何か予感があったのだろうか。
「俺の戦闘力を上げてみようかと思う」
唐突に仁が切り出した。
『御主人様、どうなさったのですか?』
「うん、俺自身が弱いがために、老君も礼子も、俺が危険な場所に行くのを良しとしないだろう? あまりにも過保護な気がするからさ」
『確かに一理ありますが……』
「お父さまは掛け替えのないお方なのですから、無理なさる事はないのです。障害は全てわたくしが排除して差し上げます」
「だからそれが過保護だって言うんだ」
というわけで、仁は自身の戦闘力&防御力アップを目指すことにした。
とはいっても、目立つ装備を着込んだりする方向性ではない。それでは町中を歩けなくなってしまう。
「超小型の護衛機というのがいいかな」
蜂くらいの大きさで、空中を飛び回り、仁を守る護衛機。
「力場発生器があるから可能だろうと思うんだが……」
いかんせん、小さいので仁自身が作るのは困難である。ここはミニ職人の出番であった。
「形状は球形でいいな。180度魚眼レンズを両極に付ければ全方位を視認できるだろう」
仕様を詰めていく仁。距離の測定には2機もしくはそれ以上が協力することになる。
大きさの関係上、遠近感の測定が難しいからである。
「もちろんバリアは装備、老君と魔素通信機で通信させる、と」
老君に制御を任せるのは、『老君自身が仁を守っている』という位置付けすることで、仁の外出許可を得やすくする目的もある。
「見られちゃ困るから不可視化も必要だな」
次々に詰め込まれる最先端魔導技術。
「武器としては……対一般人として麻痺銃、対魔導士として魔力妨害機だな。一応レーザーも載せておくか」
大きさが小さいので出力もそれなりに低いが、その機能を活用し、近距離から発射することで効果を高められるだろう、と仁は考えた。
「それに数を作ればいけるな」
老君にメイン制御を任せる事で、多数の同時展開が可能になる。
「ああ、治癒魔法や解毒魔法が使えると役に立つかもしれない」
仁自身が怪我をしなくても、そばにいる仲間や、巻き添えを食った一般人への治療が出来るというのはいいだろう。
「俺の意志である程度動かせるといいな。それには……腕輪を通じて概略の指示を飛ばせばいいか」
仁の指示を読み取って、老君が展開させる方式である。
「あとは……」
「特殊用途を持つ個体を幾つか作ると便利ではないでしょうか?」
黙って聞いていた礼子から提案が出てきた。仁は頷く。
「なるほど、今までの機能を全部詰め込むのは難しいから、攻撃用、防御用、治療用、偵察用、なんかに分けて、それぞれの機能に特化させるのも悪くないな」
そうなると、小さいながらも転送機を積む事が出来るかもしれない。もちろん送り先は固定だが。
「『しんかい』に送るもの。これは緊急退避用だな。それと『どこかの海上』。これは敵を無力化するのに有効だろう」
『御主人様、連絡専用もお作り下さい』
老君からの提案も出された。
「なるほど、老君からの連絡や、偵察機からの情報をモニタできる物もあるといいな」
空中に投影する技術として、いつぞやの幻影結界がある。これを応用すれば、未来SFのように、空間投影が可能だ。
「それぞれを3機ずつ作るか。材料はアダマンタイトになるだろうかなあ」
極小なので、強度が必要になる。アダマンタイトと軽銀を組み合わせて使うことにする。
「動力源は……通常動作は魔力反応炉で、付加機能の発動にはエーテノールを使えば何とかいけるかな」
こうして、仁の『補助守護機』が誕生したのである。
またある日。
「力場発生器を搭載した宇宙船を造ってみたいな」
実際に宇宙へ行く行かない、というよりも作ってみたい仁なのである。
「球形、直径500メートル。小型の魔導頭脳で制御しよう」
分子圧縮したクローム・バナジウム鋼を使い、航空機・陸上車・艦船を格納できるようにする。もちろん転移門搭載。
武装はレーザー砲、マギカノン、電磁誘導放射器、魔力爆弾、麻痺銃、結界爆弾など、今まで開発した武器を一通り。
障壁結界、不可視化ももちろん搭載。
重力制御魔導装置も積み、航行の補助。
必要なエネルギーを生み出す魔力反応炉は、仁の背丈ほどもある巨大な物となった。
基本的に外部は魔導投影窓を通して観察する。全周スクリーンとし、360度が観察できる。
球体の北極・南極部には地底蜘蛛樹脂製のドームを設け、目視で見ることも可能。
居住空間も充実させ、快適な生活ができるようにした。
名付けて『ホウライ2』である。
「いやあ、面白かったな」
2週間ほど掛けて宇宙船を造った仁は満足そうな顔をしていた。
使うあてもないのに何でこういう事をしていたのかというと、エルザはショウロ皇国の実家に帰っていたし、ラインハルトもベルチェと水入らず。トアとステアリーナもよろしくやっており、ミーネはカイナ村。ヴィヴィアンはエゲレア王国の伝説を聞きに出掛け、サキもそれに同行して素材探し。
蓬莱島にいたのは仁だけ。
要するに暇だったのだ。
またまたある日、仁一人で蓬莱島にいた日のこと。
「転送結界って作れないものだろうか?」
仁が老君に相談した。
『転送結界、ですか? 規模と運用方法によっては出来るかと思いますが……』
「ああ、俺もそれはわかってる。作りたいのは、蓬莱島の周囲を覆うような転送結界だ」
仁は構想を説明した。
蓬莱島に接近するものを、どこか遠方へ飛ばしてしまおうというのだ。
それが出来るなら、効果的な物理防御になるだろう。
『おそらく、一番問題になるのは維持のための魔力素です』
「うーん、確かにな。相当消費するだろうな……」
『相当、などというのもおこがましいほどでしょう。それに、海水はどうするか、とかの判断も必要になりますね』
「ああ、そうか」
転送結界が海上にあるなら、結界に触れた海の水はどうなるのか、ということだ。
「それは判別式でどうにでもなるとは思うんだが……そうだ!」
老君と話しているうちに、仁は何かアイデアを思いついたようだ。
「常時発動させようとするから、魔力素の消費が増えるんだ。普通に、転移門同様、転送したいものを検知した時だけ作動させるならいいんじゃないか?」
『なるほど、それでしたら魔力素の消費は抑えられますね』
その場合、転移門の役目をする『極』が必要になる。
「ブイみたいにして島の周りに浮かべるか……」
『そのブイを攻撃されたらどうします?』
「ああ、そうか……」
実用化にはまだ少し時間が掛かりそうである。
* * *
そんなある日のこと。
仁の視界が一瞬、ブラックアウトしたのである。
ほんの1秒足らずの間であるが、昼間だというのに、真っ暗……いや、真の闇ともいうべき状態になった……気がした。
「礼子、今一瞬暗くなったよな?」
隣にいた礼子に仁は確認の意味で尋ねてみた。
「はい、お父さま。0.8秒ほどの間、可視光、紫外線、赤外線、いずれでも見えない闇となりました」
次いで仁は、蓬莱島の頭脳老君に尋ねる。
「老君、今のは何だ?」
『わかりません。現在調査中です。ですが、……一つだけ分かっていることがあります』
「なんだ?」
『空間の自由魔力素濃度が上がっています。およそ今までの倍』
「何だって? 理由は……まだわからないか」
『はい』
「お父さま! 空をご覧下さい!」
礼子の声に、仁は研究所の外に出てみた。
「……?」
なんとなく空気が違う。
空を見上げてみる。
「何だ? この空……」
見上げた空の色は、仁が見たことがないほどに濁った、灰色に近い青色をしていた。
「『分析』……なんだって!?」
半ば戯れに行った『分析』。その結果は驚くべきものだった。
「ばい煙、火山灰、粉塵、一酸化炭素、二酸化炭素、硫黄化合物、窒素酸化物、それに……放射性物質!?」
考えられないほどに大気が汚染されていたのである。
「老君! 空軍や海軍は?」
『はい、御主人様。空軍は全機揃っています。海軍も、タツミ湾内にいたため、欠員は無し。潜水艦も含め、艦艇も全艦無事です』
「それは朗報だな」
マーメイド隊や駆逐艇も、欠員はなかったようだ。老君の移動用端末『老子』も、メンテナンスのため島に戻っていたのである。
欠員と言えるのは100体の第5列であった。
「よし、スカイ1に指示を出し、周囲の偵察をさせろ。但し、高高度を飛ぶように」
スカイ1は『スカイラーク』で飛び立った。
既に力場発生器駆動にしているため、成層圏より高く飛ぶ事ができる。必要なら、宇宙空間までも。
『それでは詳細な偵察ができませんが』
「かまわない。まずは様子を見ることだ」
仁には、何となく予感があった。
「まさかと思うが……な」
礼子は、仁を守るように寄り添っていた。
1時間後、中間報告としてもたらされた情報は、仁の予感を裏付けるものであった。
『御主人様、大変な事が分かりました。蓬莱島は元の場所にありません』
「何!? ……やはりな」
大気の状態や自由魔力素の濃度から推測できていたこと。
どのような力が働いたのかは分からないが、蓬莱島は、丸ごと別の星に移動してしまったようだ。酸素惑星であるのは救いである。
「……こんなこともあるのか……」
『御主人様、また情報が入りました。蓬莱島は大洋の中にあるのは同じですが、崑崙島がありません。西にある大陸の形もまったく違います』
「よし調査を続けてくれ。飛ぶのは大気圏外にしよう。一層慎重にな。それから島の周囲に防御結界を張っておけ」
『わかりました』
そして1日が過ぎ、周囲の様子だけは把握できていた。
仁は、地球に移動したのかと思っていたのだが、それは違ったようだ。
だが、非常に似た世界であることは間違いない。それでも幾つか異なる点がある。
ユーラシア大陸に相当する大きな大陸はあるが、オーストラリア大陸が無い。
それどころかアメリカ大陸には南北を分けるくびれが小さい。パナマ運河が無いということだ。
それ以外は割合似ている……が、もう一つ。
「朝鮮半島もない、グレートブリテン島、それにグリーンランドもない、極めつけは南極大陸もない、か……」
日本列島のある位置には、やはり南北に細長い島がある。が、北海道、本州、四国、九州などに別れてはおらず、一つであった。
「住民がいるのか、文明の程度はどうか。いろいろ知るべきことはあるな」
仁ファミリーで移動した人間は仁だけ。エルザたちはいない。
「……また1人か……」
独りごちる仁の隣に、礼子はそっと寄り添うのであった。
そんな時。
『御主人様、遭難者らしき人間を発見』
老君からの報告が入った。
『蓬莱島の北東、10キロ程の場所に船の残骸と油が浮いており、数名の水死者を発見。1名が生存しており、『ストリーム3』が救助しました』
ストリームシリーズは、仁が新規に設定した駆逐艇である。三胴船で、魔法型水流推進機関推進と力場発生器推進。10人乗り。
「よし、連れてきて治療しよう。情報が得られるだろう」
『わかりました。ファルコンを派遣します』
部外者を蓬莱島に連れてくるのは不本意だが、人命救助であるし、何より、今は情報が欲しい。それに、送り出しには転送機を使えば、位置を特定されることもないだろう。
航空機を使ったため、10分後には遭難者を研究所に運び込み、客間の1室に横たえることができた。
遭難者は若い女性だった。
腕と腹部に裂傷を負っており、海水に浸かっていたため低体温症も起こしかけている。
「礼子、頼む」
「はい。『快復』『完治』」
エルザが使う治癒魔法は礼子も使いこなすことができる。傷を治してから、低体温症の治療だ。
しばらくして、遭難者は意識を取り戻した。
「……う……ここはどこ?」
仁は驚いた。その女性が発した言葉は日本語だったからだ。仁があの世界に転移して以来、1年と8ヵ月ぶりに聞く、ネイティブな日本語。
仁がそんな感慨に浸っていた時、その女性は目を開け、上体を起こそうとして、力が入らずに頽れた。
「ああ、無理しないで。かなり酷い傷だったから、血が足りないんでしょう。これを飲んで下さい」
慌てて仁は、その女性を支え、用意しておいたペルシカベースの回復薬を差し出した。
「う……すまない。キミがボクを助けてくれたのかい?」
「そうです。詳しい話は後にして、まずは飲んで下さい」
そう言った仁の言葉に逆らわず、女性は回復薬を飲み干した。
「……ありがと……う?」
その効き目は素晴らしく、弱った身体には急速に力が戻って来たようで、女性は面食らった顔をした。
「素晴らしい薬だね。随分楽になったよ」
自力で上体を支えられるようになった女性は、仁の手をやんわりと押しのけた後、仁に向かって頭を下げた。
「助けてもらって、礼を言う。ボクは三宝玲奈、軍務省補佐官だよ」
「あ、二堂仁です。…軍務省補佐官?」
どう見ても、目の前の女性は仁より年下である。セミロングの黒髪、黒い瞳、顔つきは紛れもなく日本人。
その上、仁の記憶によれば、日本に軍務省などという省庁は存在していなかったのだから。
(やっぱり並行世界か……)
とはいえ、かなり元の地球に近いようでもあるし、話している言葉は日本語、親近感が湧くのは当然である。
「にどう……じん……?」
仁の名前を呟き、首を傾げる玲奈。
「聞いた事無いね……。どこの所属? 大抵の軍属は仕事柄把握している筈なんだけどなあ」
「いや、俺は……」
「あ、それとも研究職だった? それなら知らない人もいるかも」
「いや、だから」
「ごめんごめん、もしかして、極秘の研究所だったりするのかな? でも安心していいよ。ボクになら知られても問題ないから」
「……」
話を聞こうとしない三宝玲奈に、仁が少し辟易したとき。
「お父さま、この人は何ですか? お父さまの話を聞こうともしないで」
礼子である。その言葉は異世界アルスの言葉だったため、玲奈には意味が分からなかった。
「え? 何、この子? なんでこんな子が避難もせずにこんなところに?」
「だから……」
『御主人様、はっきりと知らせた方がいいですよ』
いっこうに進まないコミュニケーションを気にして、老君が口を挟んできた。
「え、なに、今の声?」
「あー、ちょっとこっちへ来てくれます、三宝さん。……歩けますか?」
「玲奈でいいよ。三宝、って名字は言いづらいだろうからね。それにもっと気楽に話してほしいな。恩人なんだし」
そんなことを言いながら、三宝玲奈は仁について、研究所の外へと出た。
そこには、5色ゴーレムメイドのアメズ、アクア、ペリド、トパズ、ルビーの各リーダー、そしてランド1からランド10までが整列していた。
「え、え、何これ!」
驚く玲奈。
「ロボット……アンドロイド? こんなの見たことも聞いたこともないよ?」
「彼等はゴーレム。科学じゃなくて魔法で動いている魔法人形だ」
「ええ? またまたあ。……新兵器なんじゃないの?」
魔法のない世界で生まれ育った人間に魔法の存在を認めさせることがいかに難しいか、少し分かってきた仁である。
「ほら、じゃあこれ。『明かり』」
仁の掌から光が発せられた。
「え!? 何今の? 手品? いったいどうやったの?」
「だから魔法だよ。『圧力風』」
今度は掌から風が出て、玲奈の髪を揺らす。
「ふえ!?」
「『掘削』」
玲奈の足元に小さな穴を掘ってみせる。
「うえええ!?」
「……これで信じてくれるか?」
「う……うん……不可解な現象だというくらいには」
「今はそれで十分だ」
仁は玲奈を伴い、研究所へと戻った。
* * *
「……何が起こったか分からないけど、気が付いたらこの世界に転移していた、というんだね?」
仁は、ようやく聞く気になった玲奈に、これまでのことを説明していたのである。
「それ、いつのこと?」
「おおよそ丸1日と……」
『2時間ほどです。1日を24時間として、ですが』
「さっきも聞いたけどあの声って……」
「老君、といって、この島を統括制御する魔導頭脳だ」
「はあ。……コンピューターじゃないんだね。……うーん、信じないわけにはいかないか……」
保存しているペルシカの実やシトラン、アプルルなどを見せたことで、少なくとも見たことのない果実だということがわかり、仁の話も半分くらいは信じてくれるようになってきた。
「……昨日、と言ったよね」
「ああ」
少し玲奈は考えていたが、何かに思い当たったらしく、少し顔を顰めながら仁に向き直った。
「太平洋で大規模な時空震が起こったんだよ。それを調べにボクは調査艇『雪谷』で海に出て……襲われたんだ。ねえ、念のため聞くけど、ボクの他に生存者は……」
やっぱりこの世界でも太平洋って言うんだ、と仁は思いながら返答した。
「残念だけど……いなかった」
「……そう。やっぱりね。……あの時、船長はボクだけを救命具に押し込んで……」
当時のことを思い出し、泣きそうな顔になる玲奈。仁は不器用ながらもその気をそらそうと思い、更なる質問をする。
「襲われた、って、誰になんだい?」
「誰に、って……そうか、異世界から来たんじゃ知るはずもないか。……ドクターフエルの機械軍にだよ」
「機械軍? 何だ、それ? それにドクターフエル? 誰だ、そいつ?」
「ああ、やはりそこからか。やっぱりキミは異世界人なんだね」
少し疲れたような顔をしながら、三宝玲奈は説明をしてくれた。それこそ、仁が欲するこの世界の情報である。
「ドクターフエルというのはね、どこの国の奴かは良くわからないが、いわゆるマッドサイエンティストなんだよ。そいつは、太平洋の東の方にある『パーデス島』というところを基地にして、われわれ『ヒノモト皇国』を征服、占領しようと攻撃を仕掛けてきているんだ」
「『パーデス島』?」
仁は老君に命じ、今までに判明したこの世界の地図を投影させた。
「ああ、これ。……ふうん、魔法ってこんなことまでできるんだね。えーと、ああ、ここだ、ここ。ここがパーデス島だよ」
仁が見る限り、そのパーデス島はハワイの位置にある島であった。違いは、幾つもの島で成り立つのではなく、一つであることか。
考え込む仁。地図を確認すると、この蓬莱島は、地球でいうと小笠原か、鳥島あたりに位置している。
つまり、パーデス島とヒノモト皇国の間にあるのだ。これは危ない、と仁は感じた。
「老君、警戒態勢を敷け」
『わかりました』
(それから、彼女の言っていることの裏付けも取っておいてくれ)
これは玲奈に聞こえないような小声。一方の言い分だけを聞くというのも、この世界では異端者である仁には危険だからだ。
とりあえず、できることを指示した仁は改めて玲奈に向き直った。
「ついでに聞くけど、この周りの大陸の国は何て言うんだ?」
「知らなくて当然だね。この東の大きなのが『メリケア連邦』で、南のが『ジルバ共和国』」
北アメリカ大陸がメリケア連邦で、南アメリカ大陸がジルバ共和国、というイメージ。
「で、西にあるこの大陸がユーソシア大陸で、そこの東のでっかい国が『オソシア人民連盟』、その南が『ジアジ共同体』、西外れが『ユーイ連合』で最後が『ニケア合衆国』さ」
ロシアに相当するのがオソシア人民連合国、EUがユーイ連合、東〜東南アジアがジアジ共同体、アフリカがニケア合衆国、と思えばいい。
細かい国もあるらしいが、それは割愛された。
オーストラリアはないし、ブリテン島などもない、総じて陸地は単純である。南極大陸さえないのである。
そして最後に。
「で、この島がボクの母国、『ヒノモト皇国』だよ」
日本列島に相当する島国、それがヒノモト皇国であった。
「それで話を戻すと、どうしてヒノモト皇国がその……ドクターフエルに攻め込まれているんだ?」
「ああ、それも知らなくて当然か。あのね、ヒノモト皇国では、世界でただそこだけで採れる資源があるんだよ。その名も『ヒノモト石』」
「なんだ、その適当な命名は……」
仁に言われてはお終いである。
玲奈も少し不満そうな顔をしてそれに答える。
「う、し、仕方ないじゃないか。第一発見者の籠手川博士がそう命名したんだから」
「ま、まあいいや。で、その石にはどんな効果が?」
「エネルギーだね」
「エネルギー?」
オウム返しに聞き返した仁に頷きかける玲奈。
「気が付いたかどうか分からないけど、この世界の大気汚染は酷い。というのも、化石燃料……化石燃料って知ってるかい? え? わかる? ……そうかい。……その化石燃料を使いすぎたんだね」
それは仁にも良く理解できた。
「その代替エネルギーとして原子力が開発されたんだけど、核廃棄物の捨て場所が無くてね。こっちももう限界に近いんだ」
「……」
「で、ヒノモト石っていうのは、そんな大気汚染や放射能とは無縁の、理想的なエネルギー源だったのさ」
「なるほど……」
理解出来る話であった。だが、ここで一つ疑問が生じる。
「あれ? そうすると、そのドクターフエルが狙うのは分かるとして、周囲の国は? 助けてくれないのか?」
そう仁が言うと、玲奈はがっくりと肩を落とした。
「どこの国も静観を決め込んでいるのさ。それというのも、ドクターフエルが持つ、『核誘爆装置』が怖いんだよ」
「『核誘爆装置』? ……その名前からすると、保有している核爆弾を爆発させてしまう装置だな?」
「ご明察。つまり、自国の兵器が人質ってわけだよ」
「なるほどな」
仁はおおよそ理解した。仁のいた地球でも、各国はこぞって核の保有数を競った過去がある。この世界でもそれがあることは不思議ではない。
「わがヒノモト皇国は核は保有していない。だから『核誘爆装置』は怖くないんだけど、奴は機械軍を繰り出してきた」
「その機械軍っていうのは?」
「うーん、そうだね、一言で言ったら、自律した意志を持つ兵器、ってところかな。形はいろいろさ。船だったり、戦闘機だったり、戦車だったり」
人間でないため、恐怖心もなく、少々の怪我……いや、破損も無視して攻め込んでくるところが怖い、と玲奈は言う。
「にほ……ヒノモト皇国はどうやって対抗しているんだい?」
その質問に、玲奈は寂しそうな顔をした。
「対抗? ……できていない、というのが現状なんだ。女子供はシェルターに逃がしたり、外国へ疎開させている。男は……15歳から70歳まで、さまざまな分野で戦っているんだよ」
兵士としてだけじゃなく、武器の製造や開発に携わって、と玲奈は言う。
「それだけじゃないよ。女だって、志望者は15歳から60歳まで、男と同じように参加しているんだよ……」
玲奈もその一人で、適性があったため、あっという間に軍務省補佐官にまで昇進したのだそうだ。
「まあ、人材不足というのもあるんだろうけどね」
そう言って微笑む顔は悔しげであった。
「……戦況は?」
敢えて尋ねる仁。
「いいわけないだろう? ボクみたいな小娘が軍務省補佐官なんて務めている現状なんだ」
そう答えた玲奈の言葉には自嘲が含まれていた。
その時、玲奈のお腹がくう、と鳴る。当の玲奈は顔を朱に染めた。
「ああ、ごめん。お腹が空いたろうな。いますぐに食事の仕度をさせるから」
「す、すまないね」
一旦玲奈のそばを離れた仁は、老君と短い話を交わす。
「彼女の事は信用出来るだろうか?」
『はい、御主人様。こっそりと知識転写で意識を探ってみましたが、嘘はついていません。それに、ヒノモト皇国と思われる国は荒廃しています』
「そうか。やっぱり侵略を受けているのは間違いないな」
そんな会話をしている間に、ペリド2が昼食を用意してくれた。
「わあ……! 白いご飯に、お味噌汁じゃないか! 梅干しまで! それに漬け物! お茶まである! 嬉しいなあ」
朝食っぽい献立だが、玲奈は大喜び。日本と酷似した国だから、と判断したのは大正解だったようだ。
「もうこんなご飯は食べられないと思っていたよ……」
目に涙を溜めながら食事をする玲奈。仁は嫌な予感がした。
「もしかして、国土が荒らされているのか?」
それは正鵠を射ていた。
「……うん。戦いのため、耕す人もいなくなって、大半の土地は荒れ放題さ。合成食料が毎日の糧なんだ。……あの、お代わりもらえる?」
「ああ、いいとも。お腹いっぱい、食べてくれ」
笑って答えた仁だったが、内心は憤っていた。
(ドクターフエルという奴、とんでもない奴だ……! それに、諸外国も諸外国だ。もし、ヒノモト皇国が滅ぼされ、その……『ヒノモト石』をそいつが手に入れたら、きっと次は世界征服を始めるつもりだぞ……!)
そこで仁はふと気が付いた。意識を目の前の玲奈に戻す。
玲奈はご飯を3杯、味噌汁を2杯お代わりし、満足そうにお茶をすすっていた。
「なあ玲奈、その『ヒノモト石』っていうのはどんなものなんだ?」
肝心の物のことを聞いていなかった、と仁は、玲奈に尋ねたのだが……。
「うーん、ボクも実はよく知らないんだ。技術畑じゃないから。何でも、とんでもなくエネルギー効率の高い石らしくてね。残滓もなく、放射能とは無縁。まさに理想的なエネルギー源だ、というくらいしか。……ごめん」
「そうなのか……」
結局よくわからないままであった。
「さて、助けてもらった上、貴重なご飯までご馳走になってしまったわけだけど」
居住まいを正した玲奈が、真面目な顔つきで仁に向かって言った。
「ボクを大本営まで送ってもらうことはできるんだろうか?」
「大本営?」
「うん。……ああ、場所は本土の中央山脈の中なんだけどね」
日本アルプスに相当する地域だろうか、と考える仁。
と、そこに、老君からの警告が響いた。
『御主人様、蓬莱島東100キロ地点に未確認航行物体が接近中です。その数2体』
「機械軍だ!」
玲奈の顔色が変わる。
「ボクの乗った船を襲った奴もいるのかも」
『このまま進んできますと、蓬莱島に到達します。見つかった可能性もあります』
「幻影結界を実用化できていないからな……」
『偶然という可能性もありますが』
仁はどうすべきか悩んだ。攻撃を仕掛けてくるなら、防衛しなくてはならない。
『御主人様、未確認物体の画像を出します』
そんな時、老君が画像を出す。高高度から写したものなのでぼやけているが。
「なんだ、これ……」
それは船とは似ても似つかない、異形であった。強いて言うなら巨大なクラゲだろうか。金属のクラゲだ。大きさは50メートルくらいだろうか。
1体は灰色、もう1体はくすんだ紫色。長い触手を持ち、吸い込んだ海水を噴き出す、一種のジェット推進で進んでいる。
「これが機械軍だよ。こいつらは『機械海軍』だね。……こいつは! こいつがボク達の乗った船を沈めた奴だよ!」
玲奈が指差したのはくすんだ紫色の機械海軍だった。
こんな不気味なものとは思わなかった仁。
『50キロまで接近』
もはや、蓬莱島の島影は発見されているであろう距離だ。仁は決心した。
「駆逐艇、全艇出動、迎え撃て。巡洋艦も出動。空軍は上空から援護」
『了解。空軍はスカイ3から10までを派遣します。巡洋艦、『梓』『淀』『湊』出ます』
仁の指示を酌み取って、老君が動き出した。玲奈は目をぱちくりさせている。
「え、え? ……仁クン、いったい何が?」
「こうなったら俺も防衛しないわけにはいかないだろう? まずは小手調べだ」
魔導投影窓の画面は、上空からのものから、巡洋艦『梓』からのものに切り替わった。
『島との距離40キロ、戦端開きます』
「相手の実力が不明すぎる。まずは遠距離からの攻撃だ」
駆逐艇はもう敵に2キロまで接近している。遠距離攻撃には十分だ。
『了解。魔力砲、徹甲弾を発射します』
ストリーム41から50が、近い方の機械海軍、灰色のクラゲ目掛けて一斉に魔力砲を発射した。
マッハ20で放たれた超音速のアダマンタイト製砲弾は、2キロの距離を直線で飛び抜け、機械海軍の頭部に全弾命中。そしてそのまま貫いてしまった。
「え?」
玲奈の気の抜けたような声。
そしてワンテンポ遅れて爆発。
「うおっ!?」
かなり規模の大きい爆発であった。
「いったい奴等のエネルギー源は何なんだ?」
半ば独り言のようなものだったが、その疑問には玲奈が答えた。
「何って……『圧縮プラズマ炉』じゃないか」
「え? 何だ、それ?」
「ああ、やっぱり、知らないんだね」
そんな話をしているうちに、もう1体の機械海軍も爆発、四散した。
「す……すごい……仁クン、キミはいったい何者なんだい?」
少し青ざめた顔色の玲奈に、仁は改めて名乗る。
「俺は『魔法工学師』、二堂仁だ」
「魔法工学師……? 何だい、それは?」
「ああ、説明するから、先に俺の質問に答えてくれ」
玲奈は頭を掻いてはにかんだような仕草をしながら答える。
「プラズマをフィールドに閉じ込めて、そこからエネルギーを取り出す……としか知らないんだけどね」
「ふうん……」
漠然とではあるが、なんとなく理解は出来る。
「だから壊したときに爆散したのか……」
「さあ、今度はボクの質問に答えておくれよ、仁クン」
「分かったよ」
仁は魔法工学師について簡単に説明した。
「ふうん……するとキミは、科学知識と魔法技術を組み合わせる事が出来るんだね。そしてさっきの武器もその一つだと」
「ああ」
すると玲奈は腕を組み、じっと考え込んでいたが、やがて顔を上げると、その場に土下座をした。
「仁クン! お願いだ! キミの力を貸しておくれ!」
「お、おい、玲奈」
「頼むよ! もうヒノモト皇国は後がないんだ! 国土は荒廃して、人々はシェルターに避難している。このままでは全滅するしかないんだよ!」
仁は玲奈の腕を掴んで抱き起こす。
「とにかく、土下座は止めてくれ」
「……ねえ、頼むよ、仁クン、うんと言っておくれよ!」
だが玲奈は頭を下げたまま、必死の懇願を続けた。
「そのためになら、ボクはどうなってもいい。キミの奴隷になってもいいから!」
「いい加減にしろ」
仁は、ぺし、と玲奈の頭を叩いた。
「あいたっ! 痛いよ、仁クン」
「少し落ち着け。俺は協力しないとは一言も言っていない」
「え、仁クン、それじゃ……」
「ああ、何ができるか分からないが、この世界に転移してしまった以上、避けて通れそうもないしな。それに、今の戦闘でこっちも目を付けられただろうし。話が通じる相手じゃ無さそうだ」
「ありがとう、仁クン!」
再び土下座する玲奈。
「だから止めろって言ってるだろ。それより、そうと決まれば、もう少し相手のことを教えてくれよ」
「うん、わかったよ」
そこで2人は、食堂から地下の司令室へと移動した。
「ふわあ、凄いな。大本営にも負けてないよ」
設備に感心する玲奈。
「さあ、説明してくれ」
「う、うん。……ドクターフエルの下には、3つの軍団があって、陸海空を担当しているんだ。陸はピザマン子爵、空はチバッケン伯爵、そして海はアチラ男爵」
それを聞いた仁は仰け反りそうになった。
「何だよそれ……。なんでドクターの部下なのに爵位を名乗るんだ」
「ボクに言わないでおくれよ。とにかくそうなんだから」
「それにその名前、誰が付けたんだ……」
「だからボクの所為じゃないってば」
* * *
玲奈と仁がそんな話をしていた同時刻、太平洋の真ん中あたりに、巨大な要塞が潜んでいた。その名も海底要塞オールド。
司令官はもちろんアチラ男爵である。
左右が色違い……なことはなく、ただのむくつけきオッサンといった風貌であるが。
「何じゃあ、放った機械海軍が2体とも戻らんと?」
「は、男爵」
答えているのは人間型のロボット、いわゆるアンドロイド。
「馬鹿な! あの機械海軍を今のヒノモト皇国に倒せるわけがなか!……待てよ?」
アチラ男爵はメインレーダーをいろいろと調節する。
「やはり……。ここから1000キロ程西に反応がある。島か、巨大な要塞か……」
「何も無かった海域にでありますか?」
「そうじゃ。ヒノモト皇国め、土壇場で何か作り出したのか……。よっしゃ、この目で見てやるけえ。海底要塞オールド、発進!」
海底要塞オールドは動き出した。速度はおよそ50ノット、時速100キロ。
10時間ほどで現場に到着するはずである。
* * *
「ねえねえ仁クン、仁クンのゴーレム達ってどんなエネルギーで動いているんだい?」
「自由魔力素を変換した魔力素だけど」
「自由魔力素? 魔力素?」
この世界には自由魔力素が沢山ある癖に、まったく利用していないので、自由魔力素や魔力素と言っても通じないのである。
「あー……。要するに、魔法の素だよ」
「うん、わかったよ」
あっさりと頷いたのを見て、玲奈はあまり難しいことを好まないようだ、と仁は察した。
「それで仁クンはこれからどうするつもりなんだい?」
それに答えたのは老君だった。
『御主人様、それに玲奈さん。今はまだ動かない方がいいと思います。東から巨大な物体が接近中です。速度はおよそ時速100キロ、現在の距離は約600キロ』
「あと6時間でやって来るな」
「きょ、巨大な物体? 海の中を? き、きっと海底要塞オールドだよ!」
玲奈は驚き慌てるが、仁は泰然としている。良くわかっていないからでもある。
「ああ、あの……アチラ男爵、とかいう奴の移動基地だっけ?」
「そ、そうだよ! ヒノモト皇国の巡視艇10隻をあっという間に沈めるし、空からの攻撃は海中に潜るから通じないし。おまけに機械海軍を何十体も格納してるんだよ!」
「……ふうん、なかなか厄介そうな相手だな」
仁が泰然自若としているので、玲奈も次第に落ち着きを取り戻してきた。
「仁クン、キミはまさか、海底要塞オールドと一戦交える気なのかい?」
「ああ。好むと好まざるとに関わらず、こっちへ攻めてきているんだろう? 降りかかる火の粉は払わなきゃ」
「異世界にもそんなことわざあるんだね……」
変なところに感心する玲奈である。
「ああ、これは異世界に行く前、俺の生まれた世界で覚えた言葉」
「ふえ?」
そこで仁は、元々は日本という国で生まれ育ったこと、偶然の事故で命を落としかけた時に、礼子が召喚してくれたおかげで命を永らえたこと、を簡単に説明した。
「へえ、この子が……」
「ああ、今はもう、その知識を失ってしまったから、2度とできないんだけどな」
「そうなんだ……」
無言で仁に寄り添う礼子を、少し畏敬の混じった視線で見つめる玲奈であった。
「今はそれどころじゃないだろ」
注意を喚起する仁。
「その海底要塞オールドとかいうのがやって来るなら、こっちも相応の準備をして迎え撃たないとな」
「手があるのかい?」
「ああ、こっちにだって海中用のゴーレムや潜水艦があるんだ」
仁は、『マーメイド』部隊に出動命令を出した。同時に、新型潜水艦『シャチ』2から10も出動させる。
どちらも、『力場発生器』を搭載し、スーパーキャビテーションシステムも持っているので、水中で秒速1000メートル、つまり時速3600キロを出すことができる。
30分後、海底要塞オールド付近に展開したマーメイド部隊からの報告が上がってきた。
「敵要塞の材質は鋼鉄系と思われます」
「ニッケルクロムモリブデン鋼、厚さおよそ1メートル」
「推進方式はウォータージェットとスクリューの併用」
「ふむ、思ったより大した事無さそうだな」
報告を分析していく仁。
「じ、仁クン、なんか思ったより大した事無いとか聞こえたんだけど!?」
そばに居た玲奈が額に汗を浮かべて尋ねてきた。
「ん? ああ、言った。向こうさんは、魔力探知に対しては無防備だから、分析も簡単だ。相手を過小評価するのは危ういが、過大評価するのも愚かなことだしな」
「い、言ってることはわかるけど! けど!」
そんな玲奈を宥めつつ、仁は最終確認する。
「もう一度確認するけど、奴等は原子炉は使っていないんだな?」
破壊したら放射性物質撒き散らしました、では目も当てられない。
(まあ、その時は結界爆弾で圧縮すれば、原子の崩壊は防げる気もするが)
「使ってないはずだよ。原子炉があるのは拠点のパーデス島だけの筈」
「わかった」
心を決めた仁は、命令を発した。
「完全装備で出撃、迎え撃て!」
「了解!」
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いくらか加筆修正も行っております。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150107 修正
(旧)それは正鵠を得ていた
(新)それは正鵠を射ていた
今はどちらも使われているようですが、より一般的な「射る」に。
20150301 修正
(誤)了解。魔力砲、鋼鉄弾を発射します
(正)了解。魔力砲、徹甲弾を発射します
20171207 修正
(誤)そんな玲奈の宥めつつ、仁は最終確認する。
(正)そんな玲奈を宥めつつ、仁は最終確認する。