02
その夜、礼子は仁のそばに付いたまま、魔力による探索網を目一杯に広げていた。
(……文化程度は……アルスより少し遅れていますね……)
『覗き見望遠鏡』を使えば、半径50キロくらいの確認はできる。
ただ処理速度が追いつかないので、スポット的な観察にならざるを得ないが。
(野生動物は……アルスと似ていますね……魔物は……この周辺にはいないようです)
遠距離から近距離へと探索網を縮めていく礼子。
範囲が狭まるにつれ、情報量は増えていく。
(人間は……ヒューマンだけですね……亜人の類はいませんか)
探索範囲は町中になるまで狭まった。
(建物の様式は……アルスと似ていますね。同じ様な発展段階を経たということでしょう)
ただ、生活水準はアルスにやや劣っていると感じる。
(住民の生活水準が低いですね……公衆衛生ということも考えられていないようです)
公衆浴場のようなものはない。
下水はなんとか整備されていたが、トイレは地下浸透式で、いずれ井戸水も汚染されるのは間違いないところだった。
(食糧事情は……貧富の差がありますね……政治が悪いのかも)
そして、今現在仁たちがいる場所へと探索範囲は狭まってきた。
(……お城……ですね。石造り。……ああ、隠し通路もありますね。脱出に使えるかもしれません)
ここまでくると、かなり詳細な情報を得ることができるようになる。
視点がぶれないので、細部まで判別できるからだ。
(もうみんな寝ているようですね。巡回の兵士以外は)
そして各部屋をざっと見て回ると……。
(王様の部屋、でしょうか。趣味が悪いですね……)
金銀宝石などの装飾品で飾られた趣味の悪い部屋に、仁たちを上から見下ろしていた感じの悪い男が寝ていた。
(……こちらは……宰相?)
以下、大臣たちの部屋はよくも悪くも普通であった。
(『聖女』『大魔道』『賢者』という人たちはどこでしょうね……)
仁の前に召喚されたという3人を、礼子は探す。
(ああ、これかもしれません)
かなり豪華……といっても王様の部屋より数段落ちる……が、宰相の部屋よりは立派……な部屋に寝ている若い男。
同じような別の部屋には若い女性。そしてもう1人も女性。
(どれかが『聖女』で、『大魔道』で『賢者』なんでしょうね)
それ以降、礼子は城内の構造を把握することに努めたのであった。
* * *
翌朝。
「おはようございます、おじさま」
「ああ、おはよう、智美ちゃん」
体感時刻午前7時前に、仁と智美は目を覚ました。
「もう身体は大丈夫かい?」
「あ、はい。気だるさは消えました」
「そうか。……多分あれは、魔力の欠乏からくる怠さだと思うから、能力を無理して使わないようにな」
「はい。……やっぱりそうだったんですね」
ラノベマニアの智美は、うすうす感づいていたようだった。
「なら、訓練すれば魔力総量は増えますね。ギリギリ欠乏一歩手前に追い込んで……」
「おいおい、無茶は駄目だぞ」
ラノベの主人公みたいに、気絶一歩手前まで自分を追い込んで魔力量を増やす……そんな無茶はしてほしくない仁であった。
「はーい……。でも、訓練はしてもいいでしょう?」
「そりゃあな。この先、何が役に立つかわからないからな。だけど、古傷まで治せる、というのは隠しておくんだぞ」
普通の治癒魔法では、古傷のように固定化されてしまった傷は治せないのだ、と仁は説明した。
もし治そうとしたなら、古傷を周辺の組織ごと削ぎ取ってから治癒させる必要がある、とも。
「……外科的な治療も併用するわけですね」
「そういうことだな」
智美の理解力は高く、仁としても助かっていた。
そんな時。
「……!」
「おじさま、今、何か……」
「ああ」
「お父さま、おそらくまた、『召喚』が行われました」
「やっぱりそうか」
魔力の異様な流れを感じた仁たちだったが、それはやはり『召喚』が行われたからであった。
「今度は誰が誘拐されたんだろう?」
仁はあえて『誘拐』という単語を用いた。『拉致』でもよかったのだが、なんとなくだ。
「お待ちください」
『覗き見望遠鏡』を用いて、礼子は『召喚の間』を覗いてくれた。
「王様や宰相が大喜びしてますね。どうやら『当たり』の召喚だったようです」
「ふん、そうか」
これまでは『聖女』『大魔道』『賢者』という『当たり』が召喚されていたというから、勇者でも出てきたんじゃないか、と仁は推測した。
* * *
その日はもう一度召喚が行われた。
「陛下、『勇者』でございます!」
「おお、そうか! ついにか!」
「は。これで『勇者』『聖女』『賢者』『大魔道』『剣聖』が揃いましてございます」
「うむ。……『ハズレ』の2人はどうしている?」
「与えた部屋でおとなしくしているようでございます」
「ふん、そうか。……よし、今宵は晩餐会を開く。その場で勇者を紹介し、ハズレの2人は追い出すことにしよう」
「……よろしいので?」
「構わん」
* * *
そんなやり取りも、礼子が聞いていた。
不可視の盗聴魔法、魔導盗聴器を使ってである。
調整が難しいのと、干渉が結構多いのが欠点だが、同じ城内という近距離なので問題なく使えたのである。
「……だ、そうです」
「……やっぱり最近の『ざまぁ』展開ですよ!」
礼子の説明を聞いた智美が言い出した。
「何だい、『ざまぁ展開』って?」
「あ、おじさまは知りませんでした? ……能無しとか役立たず、と言われてパーティーを追い出された主人公が、実は最強の能力持ちだった、ということで追い出した連中を見返すパターンですよ」
「ああ、そういえばあったな、そういうの。『盾』とか『袋』とか」
「今は結構そういうジャンルがメジャーになってきているんです」
「そういうことか」
「はい。だから、『ハズレ』とか言われて追い出された私たちが見返すパターンだと……」
「わかったからちょっと落ち着け」
「あ、はい」
仁という縁者がいて不安が消えたためか、智美は明るくなった。というかこっちが地なんだろう、と仁は思っている。
(きっと施設でもムードメーカーで、いいお姉ちゃんなんだろうな……絶対に元の世界に帰してやらないと)
と心に誓う仁であった。
* * *
そしてその夜。
国王が言ったとおり、晩餐会が開かれた。
城の大広間を使った、盛大なものだ。
「皆のもの、よく集まってくれた。今日は、勇者が召喚に応じてくれた、その祝いだ!」
国王が、ひときわ高い壇上で演説をぶっている。
その1段下には5人の若者が整列していた。
「『賢者』『聖女』『勇者』『大魔道』『剣聖』である!!」
向かって左が『賢者』。やや太めのオタクのようだ。
その隣が『聖女』。だがどう見ても、仁には黒ギャルにしか見えない。
中央が『勇者』。髪を金色に染めたDQNである。
その右が『大魔道』。根暗の陰キャ少女である。
一番右が『剣聖』。どっちかというと格闘家に見えるゴリマッチョだ。
もてはやされる5人。
だが、仁と智美の席はかなり末席の方だった。
(これはやっぱり『ざまぁ展開』ですね)
(なんでちょっとうれしそうなんだ……)
仁が少し呆れると、智美はふ、と寂しそうな顔になった。
(……だって、そうでも思っていないと、不安で……)
(そうだな、悪かった。……大丈夫、きっと元の世界に帰してやるから)
(はい、おじさま)
(俺なんて、最初はそれこそ右も左もわからない状態で異世界だぞ。そこで『魔法工学師』を受け継いで、それからまたカイナ村に飛ばされて)
そしてようやく落ち着いたと思ったらお尋ね者になって、いろいろあって……子供が生まれる直前に世界の危機が来て、それを解決しにいったら400年の未来へ飛ばされて……。
(おじさまの人生も波瀾万丈ですね。……って、お子さん!?)
(ああ、話していなかったっけか。向こうで一緒になったエルザとの間にな……)
(私にとっては、いとこですね)
(男の子と女の子の双子だったらしい)
国王がなにやら演説をしているが、そんなものは右の耳から左の耳に聞き流して、仁と智美は小声で話し合っていた。
だが。
「俺が勇者だ! 悪いやつは消去してやるぜぇっ! 汚い物は消毒だァっ!!」
大声に驚きそちらを見ると、金髪DQN勇者が剣を掲げて宣言していた。
こんな場所で剣を抜くとは常識がないな……と、仁は少々ピント外れなことを考えながらその様子を見ていた。
続いては『聖女』の宣言。
「聖女よ! 悪者はやっつけちゃうんだから! まっかせなさい!」
杖を振り回して叫んでいる。
うん、聖女ってそういうものだっけ、と仁は思っていた。
次は『賢者』。
「ふひひ、ぼ、僕に任せてほしいんだな。現代知識チートで大活躍しちゃうぞ」
あーあ、という感想しか出てこない仁。
智美も、うっわ……なにあの勘違い男……とか辛辣なセリフを吐いている。
そして『大魔道』。
「……悪い奴らは黒焦げにしちゃいます」
やっと聞き取れるような小さい声でボソボソと宣言した。
最後は『剣聖』。
「うっしゃー! この剣でなんでもかんでもぶった切ってやるぜ!」
でかいグレートソードを掲げ、宣言している。
その剣って、『切る』より『叩き潰す』ものだろ、と仁は心の中で突っ込んだ。
何しろ、切れ味がいいようには見えなかったから。
「この5人が、魔王を倒してくれると信じておる!」
再び国王が声を上げた。
「では、乾杯!!」
「乾杯!」
「乾杯!!」
仁と智美は無言でグラスを掲げただけ。
特に智美は未成年なのでアルコールはなしだ。
「さて、無難な食べ物を探すか」
声に出さず『分析』を行い、毒性のない食べ物を探す仁。
驚いたことに、果物の中に毒を持っているものがあったのだ。
とはいえ、ごく弱いもので、効果は酩酊状態になるようなものらしい。
「それ以外は大丈夫だ」
「ありがとうございます」
『勇者パーティ』5人のところへは貴族と思われる者たちがひっきりなしに訪れ、酒を注いだり珍味を捧げたりして顔つなぎに必死である。
当然ながら仁と智美のところへは誰も来ない。
なので2人は落ち着いて食事をすることができた。
また、日持ちしそうな食材を選んで工学魔法『乾燥』で水分を抜き、非常用食料にしていく。
それらは礼子のエプロンのポケットにしまってもらっている。
といってもパンと果物くらいであるが。
シチューやスープ、ステーキなどはちょっと保存食には向きそうもない。
こんなことをしているのも、2人は近いうちに王城を出ていくつもりだからだ。
上座では、相変わらず『勇者パーティ』が馬鹿騒ぎを行っていた。
* * *
頃合いを見て仁と智美、礼子は部屋に戻る。
下座にいたから、ほどんど誰も気にしていないようだった。
「さて、『魔導盗聴器』で聞いたところによると、明日にはここを追い出されるはずだな」
「そうですね」
国王と宰相が話しているのを聞いてしまったのである。
それによると、『ハズレ』の2人をいつまでも城に飼っておくのは無駄なので、少々の路銀を与えて追い出してしまえ、ということになっている。
「問題は、帰る方法をどうやって見つけるか、だが」
礼子に、『覗き見望遠鏡』と『魔導盗聴器』を使って城内をくまなく調べてもらったが、そうした知識の有りそうな者は見つからなかったのである。
智美曰く、
「きっと、市井に本当の『賢者』がいて、その人が教えてくれますよ!」
とのことだった。
「うーん、それが本当ならいいんだが……誰かに聞いてみるか」
「どうやってです? ……そもそも、教えてくれるでしょうか?」
「それは大丈夫。『知識転写』を使うから」
工房にいた時に召喚されたので、仁のポケットには『魔結晶』が3個ほど入っていたのである。
その1個を使い、『知識転写』で相手の知識をコピーすればいい。
問題は、誰の知識をコピーするかだった。
「やっぱり王様ですかね?」
「いや、ああいう奴は、詳しい知識は持っていないかもしれない。ここは宰相だな」
2人が会話するところを『魔導盗聴器』で聞いているので、宰相はかなりの博識であることがわかっている。
「追い出される時に握手をさせてもらって、その時にコピーしてやろう」
こうして、追い出される準備も着々と進んでいくのであった。
* * *
そして翌朝。
簡素な朝食後、仁たちの部屋に宰相がやって来た。
そして予想どおり、路銀をやるからこの城を出ていってくれと言われる。
「……こちらから呼び出しておいて心苦しいのだが」
「仕方ないですね……出ていきます。昨日の晩餐会も居心地悪かったですから」
「済まぬな」
そして宰相は仁と智美に、革の巾着を渡してくれた。
「銀貨が100枚ずつ入っている。達者でな」
その顔は演技ではなしに済まなそうで、宰相ってお人好しの小心者なんだろうなあ、と仁は感じたのである。
「では、お世話になりました」
「達者でな」
ごく自然な流れで仁は宰相と握手を交わした。
(『知識転写』レベル6、マイルド)
「……ん?」
『マイルド』のオプションを付けたが、レベル6の『知識転写』ともなると、多少の違和感を感じたのか、宰相は一瞬だけ怪訝そうな顔をした。
が、結局は何もなかったように、
「それではジン殿、トモミ殿、通用門から出ていってほしい」
と告げたのだった。
通用門までの案内は護衛(監視)の兵士、ソマック・メージが。
「なんといいますか、申し訳なかったですね」
生真面目なソマックは、仁たちが通用門を出たあと、深々と頭を下げた。
手をふる仁と智美。
そして扉は閉ざされたのである。
* * *
「あー、これでせいせいした」
「ですね。……でも、これからどうするんです、おじさま?」
「とにかく城から離れよう」
「あ、そうですね。渡したお金を取り返しに追手が来るかも」
「……まあ、平気だろうけどな。あ、そうそう、これを渡しておく」
仁はこっそり作っておいた『守護指輪』を智美に手渡した。
「え、これ……?」
このタイミングで指輪を渡される意味がつかめず、面食らう智美に、仁は説明する。
「これは『守護指輪』。『バリア』と唱えると、上級魔法も防げるような結界が張られる。解除の時は『解除』だ。あ、そうそう、嵌めた人間の言葉でしか作動しないからな」
「……凄いですね……」
王城にいた時に渡さなかったのは、指輪だけに見つかりやすいからと考えた結果だ。
仁自身は『仲間の腕輪』があるので大丈夫。
「ありがとうございます、おじさま」
2、3度障壁の試しをしてみて、納得した2人は、今度こそ城下へ向かって歩き出したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
20210104 修正
(誤)(ああ、話していなかたっけか。向こうで一緒になったエルザとの間にな……)
(正)(ああ、話していなかったっけか。向こうで一緒になったエルザとの間にな……)
(誤)(私にとっては甥っ子か姪っ子ですね)
(正)(私にとっては、いとこですね)




