09〜11
09 異世界の宰相
久しぶりにまともな寝床とすきま風のない部屋でゆっくり眠った仁は、森にいた習慣で早くに目が覚めた。
起き出して小さな窓から外を覗いてみると、もう侍女達が水を汲むために中庭の井戸に向かっていたし、遠くには兵士たちの姿も見える。
「うーん、やっぱりおおよそ中世といった文化程度なのかなあ」
この世界の文化をそう位置づけてみる。魔法があるから地球の中世と同じには考えられないだろうことはわかっているが、近代ではないだろうと結論づけた。
「まずはこの世界のことを詳しく知る必要があるよな……」
客分として城に留まり、いろいろな指導をするにしても相手方のことがわからないことには効率が悪い。どうやってそういう知識を仕入れていくか、考えを巡らす。
「まああせらず一歩一歩やっていくか」
焦りは禁物だ、と自分に言い聞かせる仁。
備え付けられていた部屋着から自分の服に着替える。もちろん汚れは魔法で分離して落としてある。
そんな時、ドアがノックされた。
「ジン様? 起きてらっしゃいますか?」
マノンであった。
「はい」
答えると、失礼します、といってマノンが入ってくる。
洗顔用の水の入った洗面器と、口をすすぐための水の入ったコップが載ったワゴンを押して。
持ってきてもらった水で口をすすぎ、顔を洗う仁。
それからしばらくして朝食が運んでこられた。
パン(にしか見えないもの)、ミルク(そっくりなもの)、サラダ(としか言いようがないもの)、と軽めである。
「この後、宰相様がお見えになります」
「わかった、いつでもいいよ」
食事後にそう告げられる。まあ仁としても予想通りであった。
* * *
その言葉通り、30分くらいした後にドアがノックされ、宰相アレクサンドルがやってきた。
「ジン殿、よくお休みになれましたかな?」
そう切り出した宰相、アレクサンドルに椅子を勧めながら仁は答えた。
「ええ、おかげさまで」
「殿下から事の次第は聞きました。あらためまして儂からもお礼を申し上げます、よくぞ殿下を助けて下さりました」
立ち上がり頭を下げるアレクサンドル、仁は面映ゆくて仕方がない。
「頭を上げて下さい、俺は当たり前のことをしただけですし、今後しばらくお世話になる身ですから」
するとアレクサンドルは頭を上げ、椅子に座り直して宰相としての表情になった。
「ジン殿は技術者、と殿下から伺っておりますが、そうなのですかな?」
「ええ、それで間違いないと思います」
「ふむ、それでは何の技術者なのです? 殿下からはあっという間に筏を作ったり、ろうそく? なる物を作ったり、土から塩を取り出したりと聞いたのですが」
「基本、DIYですよ」
「DIY?」
「Do It Yourself。『自分で作ろう』という意味です」
「面白い言葉ですな。…ということは何でもお作りになる?」
「まあ流石に全て、とはいきませんが、かなりの物は作ることができます」
「ほほう、それは極東の物品をいろいろと作れるということですね? 楽しみですな。では、お客人としてどんな待遇を望まれますかな?」
アレクサンドルの目が厳しくなったようである。
仁はそれを知ってか知らずか、
「とりあえずはどこかに一部屋いただいて、好きにやらせてもらえませんかね? 俺もこの国のことを知らなすぎるし、そちらも俺のことを知らないでしょう?」
と答えてから仁は息を継いで、
「お互いにもう少し理解するまで、過干渉は避けるってことで」
と結んだ。
「…………」
仁のその言葉にアレクサンドルは密かに身体の力を抜いた。少なくとも仁が権力を欲しているわけではないと理解したのである。
「そうすると、ジン殿のご希望はどうなりますかな?」
仁は先ほど考えていた事を口にする。
「工房にしたいので、1階か地下にそこそこ広い部屋を貸して貰えませんかね。住むのもそこでいいです」
「ふむ、空きがありますから大丈夫ですな。他には?」
「工房で使う材料を。とりあえずこの国で手に入るものが一通りあったら助かります」
「善処しましょう。あとはありませんかな?」
「本などの資料がありましたら閲覧の許可を。そしてできれば、こちらの魔法に詳しい方がいたら、時々相談したいのですがね」
「図書室の閲覧許可を出します。魔法に関しても詳しい者をのちほど紹介しましょう」
「助かります。俺の希望はそんなところです。工房で作った物は基本的に全部お見せしますから」
アレクサンドルは密かに胸をなで下ろす。仁の要求には特に無茶なものはない。そこで彼は自分の思うところを告げることにした。
「殿下には、ジン殿にいろいろと国のためになることをご教授いただくように、と言われております。最初から大勢は難しいので、とりあえず1人、助手待遇で使ってくれませんかな?」
「助手……ですか。いいですよ、俺もこの国のこととかいろいろ聞くことも多いでしょうから」
「わかり申した。それではこれから部屋の仕度などの指示を出して参ります。そうですな、昼食後、案内の者を寄越しますので手荷物などまとめておいてください」
そう言ってアレクサンドルは出ていった。
「うん、こっちの要求は呑んでくれたし、これで居場所ができた……と言っていいんだろうな」
仁もほっと胸を撫で下ろしたのである。
10 異世界のメイドさん
手荷物をまとめる、とはいってもデイパック(とその中身)しかない。すぐに済んでしまった。
ちょうどその時、ドアがノックされ、マノンが入ってきた。見なれない若いメイドを伴っている。
「失礼します、お時間よろしいでしょうか?」
「ああマノンさん、何ですか?」
「先ほど宰相様から指示がありまして、ジン様専属の侍女を連れて参りました」
マノンは侍女長なので、短期間の逗留であれば客人の世話をすることに問題ないのだが、長期間となると仕事に差し支えてしまう。それで配下の中から専属のメイドを決めた、と説明し、後ろに控えていた少女を紹介する。
「アリアと申しまして、わたくしの娘です。昔、お嬢様……殿下の遊び相手を務めさせていただいたことがあります。これからは用事がございましたらこの娘にお言いつけください」
アリアは頭をぴょこんと下げて、
「アリアです、まだ侍女になりたてで至らないこともあると思いましゅ……ますが、ど、どうぞよろしくお願いします」
見ればフェリシアよりも小さい女の子である。緊張しているらしく、ところどころ噛んでいるのが微笑ましい。
しかし娘というだけあって、髪の色や瞳の色はマノンにそっくりだ。
「仁です、こちらこそよろしく」
マノンがその仁の言葉遣いに、
「ジン様、侍女に敬語は不要でございます」
仁は頭を搔いた。
「あー……わかりましたよ、マノンさん」
「またおっしゃってますよ」
「うーん、俺としては年上の人にはこんな話し方になるんですがねえ、でもまあ気をつけます……つけるよ」
「はい、それではわたくしはこれで失礼致します、アリア、粗相の無いようにね」
「はいっ、母さん」
そしてマノンは部屋を出ていった。残ったアリアは、黙ってドアの横に立つ。
「……」
「………」
「…………」
仁はとりあえずこれからの計画をまとめようと荷物からルーズリーフとシャープペンシルを出し、いろいろ書いては消し書いては消している。
その間アリアは無言で立っている。仁の手元を見つめるともなく見つめながら。だんだん落ち着かなくなってくる仁。
「……」
「………」
「…………」
そしてついにいたたまれなくなった仁は、
「あの、アリア」
アリアの顔が上がった。
「はっ、はい?」
「そこにただ立っていられると落ち着かないんで、こっちの椅子に座ってくれないかな?」
「侍女が仕事中に座るなんてできましぇん!」
噛みながら顔の前でぶんぶんと手を振るアリア。
「いや、俺が落ち着かないから座っていてくれると助かる。いや頼むから座っていてくれ」
「じじじ侍女に頼むなんて言ってはいけましぇん! わかりました、座らせていただきまひゅ!」
噛み噛みである。仁の態度にそうとう慌てているようだ。これだけ慌てているのを見ると逆に見ている側は冷静になれる。
「……落ち着け」
そう言いながらアリアの頭に手を置くとアリアの身体がびくっと跳ねた。
「ひゃい!」
「……」
「…………」
「そんなに緊張しないでくれよ、別に怖がらなくても取って喰ったりはしないから」
溜め息混じりの仁。
「はい……」
ようやくアリアも落ち着いたようでおとなしく椅子に座った。そこで仁は話を振ってみる。
「フェリシアと遊び友達だったって?」
「はい……」
「何か聞いた?」
「はい……昨夜、お休みになる前にいろいろと」
「どんな?」
「えと、おじょ……殿下の命の恩人ですので失礼がないように、とか……」
「それだけか?」
「あの、その、……見たこともない道具を使われている、とか、聞いたこともない魔法を使う方、とか……」
「それはそうかも知れないけどもう少し肩の力を抜いてくれないかな」
「あの、でも、極東から来られたえらい方なんでしょう?」
「は?」
「……だって、殿下の名前を呼び捨てにされてましたから、極東の王族の方なのかなって……」
ようやく仁はアリアが緊張している理由を知った。
「違う違う、俺は王族なんかじゃないから。呼び捨てにしているのはフェリシアにそうしてくれ、と言われたからだし」
「そ、そうなんですか? 勝手に勘違いして……すみません」
「いや。あやまることはないけどな」
「あっ、でも、殿下の恩人なのは本当ですよね?」
仁は頷く。
「ああ、それは確かに。でもこれからお世話になるんだからおあいこだろ」
「そうでしょうか……」
「それに、逆に俺はこっちの常識を知らなかったりするから、アリアがいろいろ教えてくれると助かる」
「はいっ、おまかせください!」
ようやくアリアの力が抜け、元気な言葉が返ってきた。これが素らしい。
「……あっ、そろそろお昼ですね、お食事持って参ります!」
そう言って部屋を出ていくアリア。一方仁はこれからの計画について再度考えるのであった。
* * *
「お食事お持ちしましたー」
まもなくアリアが戻ってくると、仁はルーズリーフを片付け、食事にかかる。と、アリアが立ったままなので、
「アリア、君のは?」
と尋ねる。
「はいっ、あたしはあとでいただきますっ」
仁はやれやれといった風に溜め息を吐くと、
「今は仕方ないけれど、俺は一人で食事するの好きじゃないんだ。次からはアリアも一緒に食べること。いいな?」
しかしアリアは首を振り、
「それは駄目です! 侍女が一緒に食事するなんて……」
「俺の所じゃ一緒に食べるものなんだ。ここは俺の習慣に合わせてもらいたいな」
そう言われたアリアは渋々ながら頷いた。
「あ、ついでに言っておくと俺と同じものを食べるんだぞ?」
「ええええええ!?」
そのとどめの言葉に困惑したアリアの声が響き渡ったのである。
11 工房を建てる
昼食後、アレクサンドル宰相とフェリシアが連れ立ってやって来た。
「仁さん、ご機嫌よろしゅう。朝すぐにご挨拶に来られなくて申し訳ないことをしましたわ」
「これは殿下、ご機嫌よろしゅう」
そう言うとフェリシアは口を尖らせた。
「そういう話し方はおやめになって、と申したではありませんの。どうか今までと同じに話してくださいまし」
仁は宰相の方をちらと見たが、その表情は別に変わらなかったので、黙認していると判断。
「そうだったな、それで、身体は何ともない?」
「ええ、擦りむいた膝ももう何ともありませんわ。もうはがしてもよろしいでしょうか?」
絆創膏のことを言っているのだろう、と仁は思い当たり、
「むしろはがした方がいいな、傷がもういいのならはがして捨ててくれ」
と説明した。
「そうなんですの!? てっきり洗ってまた使うのかと……」
「いや、それじゃ非衛生的だから」
「非衛生? それってどういう……」
そこへアレクサンドルの声がはさまれる。
「殿下、今はそのようなお話をされるために来たのではないのですぞ」
「そ、そうでしたわね、ごめんなさい。…それでですね、仁さんの工房予定のお部屋にご案内いたしますので付いていらして下さい」
「わかった」
そう答えて、デイパックを背負おうとすると、アリアが手を差し出した。
「ジン様、荷物はわたしがお持ちします」
「じゃあ頼むよ」
そう言ってデイパックを渡す。
「アリア、あなたが仁さんの専属になったのですね。よろしく頼みますわね」
「はい、おじょ…殿下」
殿下と呼ばれた時にフェリシアが小さく溜め息をついたのだがそれは誰にも聞こえなかった。
4人は階段を下り、一階へ。一階中央のコンコースへ。そこから城の北側へ通じる通路へと向かい、外へ出る。
そこには城の外壁との間にある広い中庭があった。
「ここは特に使われていないエリアでしてな、ここに工房を建てたらどうかと思うのですよ」
アレクサンドルはそう言って、片隅に積んである石材を指差した。
「あれは、元々ここに倉庫を造ろうと用意した資材なのですがな、結局倉庫は建てずじまいでした。それでこの場所と資材をジン殿に使っていただこうと……」
「私がそう決めたのですわ」
「……殿下が決済なさったのです」
ここで、仁のDIY魂に火がついた。
「うーん、それなら半地下の工房、地下の倉庫、2階に居住空間をおいて……」
工房を建てるというのはDIYを趣味にする者にとって、1つの夢でもある。
仁も例外ではなく、地球にいた時から既に自分の夢の工房という物を頭の中で設計していたのだ。
「……ジンさん?」
フェリシアの問いかけに、仁は我に返った。
「ああ、悪い悪い。思ってもみなかったんで惚けていた」
「お気に召しませんでしたの?」
心配そうなフェリシア。仁は慌ててそれを否定する。
「いや、そうじゃない。逆。こんなにしてもらえると思わなかったから」
「そうですの? なら安心しましたわ。それじゃあ、どんな工房を作るか、設計技師と相談……」
だが仁はその言葉を遮った。
「いや、実はもう頭の中にできてる。ずっとこんな工房が欲しかった、っていう設計図が。……それで、この場所と資材は全部好きに使っていいんだよな?」
「ええ、資材が足りなければおっしゃって下されば」
「いや、たぶんこれで足りる」
「そうですの、それでは人夫を集めて……」
「いや、そんな手間はいらない。自分で作るよ」
「それでは時間が掛かりすぎますわ」
だが仁は笑って、
「大丈夫、まあ見ていてくれ」
といい、魔力を紡ぐ。
「あの範囲の土地を平らにならす『Allana』」
一瞬で起伏が消え、綺麗に均された土地を見て、仁以外全員の目が丸くなる。
「地下室と半地下室を造る『Suelta』」
四角く地面がえぐれる。
「石で壁と床を補強『Refuerzo』」
資材の石材の一部が消え、地下室が形作られる。
「基礎、柱、壁、階段、屋根『Base』『Pilar』『Pared』『Escalones』『Tejado』」
石材が形を変え、見る間に工房が形作られていった。
石造り2階建て。ベランダも付いた立派なものである。
「ふう、こんなものか。後は内装……あれ?」
ふと気が付くと、フェリシア達三人がぽかんとした顔をしていた。
「な、な、な……」
「仁さんが規格外なのは存じてましたがまさかこれほどとは思いませんでしたわ……」
「……(絶句)」
見ていた三人は三者三様の反応を示した。
「あー、やっぱりこれって普通じゃなかったのか」
その問いへの答えは、
「普通じゃないにも程がありますわ……」
フェリシアの呆れたつぶやきであった。
お読みいただきありがとうございます。
申し訳ありませんが、ここまでなんです。
話が膨らまなくなって没にした故です。
漠然と、内政に拘わって領地を発展させて、帝国を退けて、最後はヒロインとくっつく……くらいは考えていたのですが。
規格外、常識破り、フラグクラッシャーはこの頃からですね……。
明日からは『マギクラフトマイスター』本編再開です。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。




