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06〜08

06 異世界の一日


 昼食はアプーロ(リンゴもどき)、それにシェルナッツというクルミのような木の実、そして山菜スープ。

 フェリシアも気に入ってくれたようだ。

「ジンさんはこんな何もない場所でたったお1人で暮らしてらしたんですのね。やっぱり自分でできることはやってみる、という方だけのことはありますわね」

 あらためて感心したように呟くフェリシア。

「うん、まあ、だけどやっぱり、人間が1人で暮らすには限界があるよ。やっぱり人間社会、という一員であることの有り難みが身に染みるね」

「それはそうですわね」


 昼食後は翌日に備えての荷造り。とはいえ、仁はデイパックに細々した物を積めるだけ。DIYショウで貰った試供品はこれからも役に立つだろう。

 それを見ていたフェリシアが、

「ジンさんっていろいろと変わったもの持ってらっしゃいますのね。皆極東の物なんですの?」

 と尋ねた。

「まあね。たまたま、こういう物を持っていた時にこっちへ飛ばされたというのもあるけどね」

「そういえば、私の怪我に貼ってくださったのもそうですわね?」

 フェリシアはズボンの破れ目から覗く絆創膏を指差して言う。

「ああ、それは絆創膏っていって、小さな怪我に貼って使うんだ」

「絆創膏、ですか。見たことのない物でできていますのね…」

 ビニールとかポリエチレン等、この世界では誰も見たことがないだろう。

「これ、水筒。各自で持っといた方がいいだろう?」

 そう言って仁が手渡したのはぺちゃんこになる折り畳み水筒。これも試供品だ。

「この水筒……何で出来ていますの? 見たことのない材質ですわ……」

 フェリシアは目を丸くするばかり。

 仁も答えようがないので笑って誤魔化した。


「よし、アプーロ(リンゴもどき)はデイパックに入るし、これでいいかな」

 仁は大体の荷造りを終えた。時刻は午後3時、といったところか。

 数分の誤差はあるかも知れないが、この世界の1日はだいたい24時間である。

「これであとは明日を待つだけだな」

「そうですわね、よろしくおねがいしますわ」

 そしてフェリシアは部屋の中を見渡し、

「……この小屋をそのままにしていくのもなんだかもったいないですわね」

「まあ仕方ないさ。元々仮住まいのつもりだったのが手を加えているうちにこんなんなっただけだから。それよりもフェリシアは身体の方、もう大丈夫なのか?」

「ええ、もうかなり疲れは取れましたから、明日になれば大丈夫かと思いますわ」

「それならいいんだけど。そうだ、風呂の仕度をしないと」

 そう言って立ち上がった仁へ、

「風呂……って何ですの?」

「え、ああ、風呂って言うのはお湯を張った浴槽に浸かって疲れを取ったり温まったりする設備だけど……こっちにはないのか?」

 するとフェリシアはちょっと首をかしげる。その仕草にちょっと見とれてしまった仁。

「湯浴み、ですわね。浴槽に寝そべって侍女にお湯を掛けさせることはやりますが、お湯に浸かるのはやりませんわね」

「じゃあやっぱり蒸し風呂みたいなものに入るのか」

「ええ、そうです。熱した石に水を掛け、湯気を満たした小部屋に入って汗を出す。そうしたら水で流して身体を綺麗にするのが普通ですわ」

「それなら俺の所の風呂は気に入ってもらえるんじゃないかな」

「そうなんですの? じゃあ楽しみにさせていただきますわ」


 そこで仁は風呂の準備をしに行く。

 まずは小屋裏手の露天風呂に水を引き入れる。

 普段はゴミが入るので水を抜いているのだ。水は適当に掘った井戸から引いている。

 水が一杯になったら、魔法で水を加熱。

「加熱『Calentando』」


 『分析』で温度を調べるまでもなく、水に手を突っ込んで温度を確かめる。仁は45度C位の熱いお湯が好きだが、フェリシアのことを考えて42度Cくらいにしておく。

「もういいけど……明るすぎるかな?」

 だが、夜はろくな灯りもなく、入るなら明るい方がいい。

「フェリシア、風呂の仕度ができたけどどうする?」

「もちろん、使わせていただきますわ」

 フェリシアも乗り気なので、

「それじゃあ裏へ来て。……ここが脱衣所。着替え……はあるわけないか」

 するとフェリシアは恥ずかしそうに頬を染める。

「ええ、残念ですがこの服もずっと着たままですの」

 そこで仁は、

「それじゃあ、失礼して」

 そう言ってフェリシアの両肩に手を置く。いきなりそんなことをされたフェリシアは面食らうが、仁はかまわず、

「ちょっとだけ我慢して。よし、……分離『Separacion』」

 するとフェリシアの着ていた服から埃のようなものが足元に落ち、着ていた服は新品のような色に戻った。

「ちょ、な、なんですの!?」

「ああ、服に付いた汚れだけ分離してみた。あとは修復『Restauracion』」

 ズボンや上着の破れが修復された。流石に千切れた分は元には戻らないが、ほとんどわからないくらいにまで戻っている。

 度重なる仁の規格外さに、フェリシアは絶句し、立ち尽くしていた。

 が、仁はそれに気付かず、声を掛ける。


「これでよし。それじゃあその先が風呂だから、ゆっくり入っていいよ。俺は向こうに行ってるから」

 仁は小屋に戻っていった。

 残ったフェリシアは我に返るとくすっ、と笑って服を脱いでいった。

「はあ、本当に綺麗になってますわ……ジンさんに感謝ですわね」

 脱いだ服の汚れが綺麗に落ちているのを見てそう呟く。そして風呂場へ。


 木の枝などで簡単に囲まれたそこには、いわゆる岩風呂が湯気を立てていた。

「ここに浸かるんですわよね?」

 置いてあった手桶でお湯を汲み、身体に掛ける。

 温かなお湯が身体の表面を流れ、ほっとする。そしてフェリシアはゆっくりと湯船に脚を浸け、次いで身体を沈めていった。

「ふう……なんて心地よさでしょう。疲れが取れますわ……戻ったら城にも設置したいですわ……贅沢でしょうかしら?」

 湯船でのびのびと手足を伸ばし、くつろぐフェリシア。その目の前に浮かんできたものがあった。

 何の気なしにそれをつまみ上げて……。

「きゃあああああああああっ!」

 その声を聞きつけた仁は焦って駆けつけた。

「ど、どうした!? 何があった!?」

 その仁の顔に何かがびちゃ、と音を立ててぶつかった。

「ぶっ」

 拾い上げてみれば地虫じむし。地中に棲むカブトムシやコガネムシの幼虫である。

「あー、水と一緒に流れてきたんだな、よくあること……」

 その仁の目の前には湯船で半ば立ち上がったフェリシアが。そして。

「きゃあああああああああ!」

 再度フェリシアの悲鳴が響き渡った。

 

*   *   *

 

「うう……見られてしまいましたわ…」

 風呂から上がったフェリシアは、貰ったタオルで身体を拭きながら呟いた。顔が赤いのは風呂で温まったからというだけではなさそうである。

「し、仕方ありませんわね、あれは不可抗力でしたし、大声を上げてしまった私も悪いんですわ。悲鳴を聞いて駆けつけてくださったジンさんは悪くありませんわ」

 ぶつぶつ呟いているので余裕がないことがわかる。

「上がったことをお知らせしないと」

 顔を赤くしたまま、仁のいる台所へと向かった。

 

*   *   *

 

 仁は夕食の仕度をしながら、

「綺麗だったな」

 先ほど見てしまったフェリシアの裸身が目から離れないでいた。その辺は仁も年相応の男である。

 物音に振り返ると、赤い顔のフェリシアが。

「お風呂、ありがとうございましたわ……」

 それだけ言って引っ込んでしまった。

 

*   *   *

 

 夕食が済み、気が付くと日も沈みかけ、部屋は薄暗くなっていた。そこで仁は壁に備えてあるロウソクもどきに向けて、

「着火『Disparando』」

 と魔法を使った。

 すると部屋の中が明るくなる。

 フェリシアはびっくりして、

「ジンさんは発火の魔法とか不得意なのではありませんの?」

「いや、今のは発火じゃなくて着火なんだけど」

「どう違いますの?」

 仁はちょっと考えて、

「発火は火を出すんだろ。着火は対象の温度を発火点まで上げるんだ」

「発火点?」

「ああ、発火点、っていうのは、その温度になるとその物が燃え出す、という温度のこと」

「そうなんですの? 火を付ければ燃えるのではなくて?」

「そうさ、火を近づけることで発火点まで熱せられて発火するんだ」

「なんだかわかったようなわからないような……」


 そこでフェリシアは話題を切り替える。ロウソクもどきが気になるらしい。

「そ、それより、あの壁で燃えているのは何ですの? 魔法具じゃないですわよね? 油の臭いもしませんし」

 ロウソクもどきを指差して早口に言うフェリシア。

「ああ、あれはロウソクっていって、木の実から取ったロウで作ったんだ」

「それも極東の技術ですのね……」

 仁は考え込んだ。この世界は、かなり偏った文化をしているようだ。

「これは職人技の見せ所だな……」

「なんですの?」

 つい口に出していたようだ。仁は、

「いや何、俺の技術が役立つといいなあ、って」

「本当に楽しみですわ」

 もっと話をしていたかったが、翌日は早起きをしてフェリシアの城を目指さなくてはならない。

「明日に備えて休もうか」

「そうですわね」

 そして夜は更けていった。


















07 異世界の川


 翌朝早く起きた2人は、アプーロ(リンゴもどき)で朝食を済ますと、小屋を出た。

 仁は石垣に通路を作り、外へ出ると、すぐに外側から石垣を全部閉じ、中に入れないようにする。まあよじ登れば入れるのではあるが。

「惜しいですわね」

「ああ。でもいつかはここを離れるつもりだったしな。それで、川へは東に行けばいいんだな?」

「ええ、それは間違いありませんわ」


 ということで、太陽が昇った方向へ向けて歩き出す。

 フェリシアは着の身着のまま。

 仁はデイパックを背負い、手には木刀を持っている。腰にはチタンナイフ。

「それにしても獣に遭わないといいのですけれど」

「注意していこう」


 元々この黒の森は肉食獣が少ない森なので、リスのような小動物に2回、兎のような小動物に1回出会ったきり。

 2人は昼前に川にたどり着いた……と言いたいところだが、川は川でも小川にぶつかっていた。

 川幅は5メートルほどで、流れはかなり急だが浅そうである。

「渡れそうですわね」

 気が急いているフェリシアは、浅そうなので直接渡ろうとしたが、仁はそれを押し止めて、

「いや、流れは速いし、浅そうに見えるけど危ない。橋を作るからちょっと待っててくれ」

 が、周囲にあるのは細い木ばかりで、流石の仁でもそれらから橋を造るのはちょっと大変である。

 なのでフェリシアは、

「平気ですわ、先に行きますわよ」

「あ、せめて命綱作るから」

 と仁が止める間もあらばこそ、帰りたくて気がいているフェリシアはじゃぶじゃぶと流れに入って行ってしまった


「大丈夫ですわ、気をつけて渡れば……きゃああっ!」

 浅そうに見えたが、急に深くなった場所があって、フェリシアはバランスを崩し、流れに飲まれてしまった。

「くそ!」

 急いで仁はデイパックを胸の前に背負い直し、水に飛び込む。

 防水のデイパックは浮き袋代わりになるのだ。まあ荷物で一杯なのでその効果は今一つであるが。


 それでもないよりはましで、仁は急な流れに乗り、水を飲むことなくフェリシアに追いつくことができた。

 一方のフェリシアは急な流れに翻弄され、水を飲んでしまったため、体勢を立て直す事ができない。

 意識が遠くなりかけた時。

「大丈夫か?」

 仁が追いつき、フェリシアを抱え上げた。

 そのまま流れが多少緩い所まで泳ぎ、なんとか岸に這い上がった頃には仁もバテバテであった。

 フェリシアの背中をさすってやると咳き込みながら飲んだ水を吐き出した。

「げほっ、げほっ、…た、す、かりまし…げほっ」

「ああ、無理するな」

 そう言いながら背中をさすり続けていると、フェリシアの呼吸も落ち着いてきた。

「……ごめんなさい、ジンさんのおっしゃることを守らなかったばかりに……」

「いいからいいから。も少し休んでいなよ」

 そう言って自分もごろりと草の上に仰向けになる。フェリシアもそれにならった。

「はあ、はあ、…また助けていただきましたわね」

「気にするなよ」


 しばらく寝転んでいたが、いつまでもそうしているわけにもいかず、仁は身体を起こし、フェリシアにそろそろ行こうか、と掛けようとした声を飲み込んだ。

 フェリシアの着ていた服は水を吸い、身体にぴったりと張り付いており、白い生地は透け掛かっている。思わず目を逸らしてしまう仁。

 その仕草を怪訝に思ったフェリシアは自分の服がどうなっているかを見て慌てた。

「あ、あ、あの、こっちを見ないで下さいまし」

 昨日の風呂場での一件まで思い出されてなおさら赤面する2人。だがそうしてばかりもいられない。

「えーと、背中を向けていてくれ、今乾かすから」

「は? ……はい」

 仁は背中側からフェリシアの肩に手を置き、

「分離『Separacion』」

 水分を分離する。一瞬で服が乾いた。自分の服も同様に乾かす仁。

「……助かりましたわ、ありがとうございます、ジンさん」

「……行こうか」

 まだ少し顔の赤い2人は更に南へと歩き出した。

 

 そして太陽が頭の上に来た頃、二人は目指す川にたどり着くことが出来た。

「あー疲れた……」

「……だいじょうぶですの?」

「ああ、少しだけ休ませてくれ……」

 フェリシアは魔法で体力の底上げが出来るのだが、仁はできない。そして仁は典型的な現代人である。どちらが先に疲労するかは自明の理であった。

 そんな仁であったが15分ほどひっくり返っていたらなんとか復活した。起き上がって川を見下ろす2人。

「ここからじゃあ川に下りられないな」

「ちょっと高すぎますわね……」

 20メートルはありそうな崖の上から川を見下ろして話し合う2人。意見が一致して、川縁に下りられそうな所を探すことにした。


 川に沿って少し下流へ下ると、崖は斜面となって、灌木や草につかまりながらなんとか川原に下りることができたのである。

「ここで船を作るんですの?」

「ああ。でもその前にお昼にしよう……」

 仁はばてていたし、フェリシアも空腹であった。

 そこで持参したアプーロ(リンゴもどき)で昼を済ませる。

 人心地がつくと、いよいよ仁は船作りに取りかかることにした。


 まずはどんな船にするか検討した結果、やはり当初の予定通りいかだでいいだろうと判断。

 川の流れは緩いので転覆の危険は少ないし、何より時間短縮のため、手早く作れる筏に決めたのだ。

「材料はあの木とあの木と……あの木でいいか」

 太さ長さを検討し、材料にする木を決めると、仁は魔法を行使する。

「切断『Cortando』、移動『Lleva』」

「……」

 木を揃えた後は結束である。

「あの蔓でいいか……切断『Cortando』、移動『Lleva』、結束『Crece』……よし、こんなもんだろ」

「…………」

 最後にオールとさおを、予備も含めて作っておく。

「切断『Cortando』、加工『Procesando』」

「………………」

「さあできた。フェリシア、乗って……どうした?」

「……はっ、な、なんでもありませんわ。……しかし、この目で見るとジンさんは本当にとんでもありませんわね……」

 そんな事を呟きながらもフェリシアは筏に乗り込んだ。

 仁は筏を押し、流れに乗る寸前で自分も飛び乗り、更に棹で水底を押すと、筏は岸を離れて流れに乗った。

「ふう、これでいいんだな」

「ええ、このまま流れに任せれば、日が暮れる前に城が見えてくるはずですわ」

「まあすることもないし、少しでも早く着いた方がいいだろうから、少し漕ぐか」

 そう言ってオールで漕ぎ出す仁。

「それでしたら私も漕ぎますわ」

 予備のオールを使い、フェリシアも漕ぎ始めた。

 2人がかりで漕いだので、流れよりも筏は速く進む。


 やがて川は大きく右へとカーブした。

「ここを過ぎればもうすぐ城が見えてくるはずですわ、漕ぐのは止めませんこと?」

 体力を無駄にすることもないだろうと2人は漕ぐのを止めた。実は仁の体力はそろそろ限界だったので、フェリシアの申し出は文字どおり渡りに船であったのだ。


 両岸の景色を眺めながら寛ぐ2人。最後のアプーロ(リンゴもどき)をかじる。食べ終わる頃、城が見えてきた。

「見えましたわ! あそこが私の城であり、領地の首府でもあるフメリーク城ですわ」

 そこで再びオールを使い、城のある右岸へ筏を寄せていく。


 間近に城を見上げる頃、何艘かの船が浮かぶ桟橋へと辿り着くことができた。

「ここが港か?」

 そのあまりといえばあまりの貧相さに、仁は思ったとおりのことを口にする。

「……残念ながらそうなのですわ。私の領地は広いことは広いのですが、民も少なく、土地は痩せていて、お世辞にも豊かとは言えないのです……」

 うなだれたフェリシアであるが、次の瞬間、顔をきっと上げて、

「がっかりしましたかしら? でも、私はこの領地に住む領民のため、なんとかこの地方を豊かにしたいのですわ! ジンさん、あらためてお願い致します、どうか私に力を貸して下さいませんこと? その極東のお知恵を少しでいいですからお貸し下さいませ」

 と懇願したのである。


 フェリシアの熱意を感じ取った仁は、ここ数日で彼女のことが気に入っていたため、またこの世界での居場所ができることもあって、

「いいぜ、俺にできることなら何でも」

 快く引き受けたのであった。
















08 異世界の主従


 上陸した2人は、城の南にある門へと向かった。

 桟橋からほんの100メートルほどである。

 近づくにつれ、城の全容が見えてくる。

 規模……は、仁はこの世界の標準を知らないから置いておくとして、城壁の高さは10メートルほど。

 城の形は上から見れば長方形と思われ、南側の幅は約500メートル、と仁は目測した。

 だが全体に古びた感じがし、所々崩れかけた部分も見られて、手入れがよくないことが見て取れた。

 城の周囲は畑と草原、それに湿地が広がり、地味はあまりよさそうではない。遠くには家が点在している。


 そんな観察を続けていた仁の耳に、大声で叫ぶ声が聞こえた。

「殿下あああああああ!」

 そちらの方を見やれば、初老の男が駆けてくるところで、背後には若い兵士が4人ほど従っている。フェリシアはほっとした顔で、

「爺!」

 と叫んでそちらへと駆け寄っていった。

「殿下、心配しましたぞ! 予定を過ぎてもお帰りにならず、いったいどうなさったのですか。それにこの者は? 一緒に行った者たちはどうしたのですか?」

 フェリシアは悲しそうに少し顔を歪めたが、努めて冷静に説明する。

「爺、その話は城に戻りながら話しますわ。この方は極東からいらしたジン・タケナカ様、私の恩人ですの」

「なんと! そうでしたか。極東からとは……そのどこかしら奇妙な服はそのためですな。ではジン殿、一緒に中へいらしてくださりますかな」

「ジンさん、一緒に来て下さいませね」


 こうしてフェリシア、爺と呼ばれた男性、そして仁は用意してあった馬車に乗り、前後左右を兵士に固められて城内へと向かったのである。


*   *   *


 城内は南門からまっすぐ伸びる大路に貫かれており、京の都を思わせるような、碁盤状に家が建ち並んでいた。

 そして大路の向かう先には領主であるフェリシアの居城が見えている。

 大路は石で舗装されているが、見る限りその他の路地などは土のままのようだ。

 領主の馬車が通っているためか、通行する者は少ない。

 仁は馬車から外を見て、やや寂れた街、という感想を抱いた。


 その時、フェリシアが声を掛けてくる。爺と呼んだ男を紹介するようだ。

「ジンさん、この者は私が生まれた時から仕えてくれているアレクサンドルですわ。今はこの国の宰相も務めてもらっていますの」

「アレクサンドルですじゃ。殿下がお世話になったようですな。儂からもお礼を言わせてもらいますぞ」

 アレクサンドルは好々爺と呼ぶのがふさわしいような穏和な雰囲気を漂わせていたが、目だけは鋭い眼光を放っている。

「仁・竹中です、どうぞよろしく」

「爺、ジンさんは私のお客様としておもてなし下さいませね」

「承りました」


 ほどなく馬車は宮殿の門をくぐり、二列に整列している兵士の間で止まった。

「着きました、お降りくだされ」

 アレクサンドル、仁の順で降り、仁は降りようとしたフェリシアに手を差し出す。

「あ、ありがとうございますわ」

 そう言ってフェリシアは仁の手を取って馬車から降り立った。

「さて、殿下、お疲れでしょうが、何があったのか中で聞かせてもらいますぞ」

「ええ、その前にジンさんにお部屋を用意して差し上げてくださいませね」

「わかっております。……マノン、侍女長のマノンはおるか?」

「はい、ここに」

 前に進み出た女性を見て仁は心の中で『本物のメイドさんだよ……』と快哉を叫んだ。仁も同年代の学生たちと同程度にはメイドさん好きである。

 1つ残念な点があるとすれば、どう見ても30代くらいの年齢だったことだろう。


 アレクサンドルは、その侍女長に何事か指示を出す。

「ジン殿、この者に部屋を用意させますのでついていってください」

「ジンさん、それでは今日はここで失礼致しますわ、また明日、あらためてお話に伺います。今日はゆっくりお休みくださいまし」

「うん、フェリシアありがとう。それじゃあまた明日」


 フェリシアはアレクサンドルと共に奥へと歩いて行った。

 侍女長は、仁に丁寧な言葉を掛ける。

「ジン様、わたくしはこの城で侍女長を務めておりますマノンと申します。どうぞこちらへおいで下さいませ」

 それで仁はマノンに客室へと案内された。

 そこはさすがに内装からして立派で、ベッドもふかふか。こちら様式の部屋着も置いてある。

「お食事はいががいたしますか? すぐお持ちしますか、それとももう少し後になさいますか」

 アプーロしか食べていなかった仁は既に空腹だったので、

「それじゃあすぐお願いします」

 と答える。

「かしこまりました」

 マノンは一礼すると部屋を出て行った。


 仁はデイパックを下ろし、中身を確かめる。これが仁の全財産であり、貴重な地球の品々である。

「まあ魔法が使えるからなんとかなりそうだし、当分この城でやっかいになればいいか」

 そんなことを考えているとドアがノックされ、マノンがワゴンに食事を載せて入ってきた。

「こちらの料理がお口に合いますかどうか」

 そう言いながらテーブルに並べられたのはシチュー(に見えるもの)、パン(にしか見えないもの)、サラダ(としか言いようがないもの)、それにワイン(だろうと思うもの)。

「いえいえ十分です、それではいただきます」

 結論として、ワインと思ったものが単なるジュースだった以外は、ほぼそのものであった。


「ごちそうさま」

 仁が食べている間は部屋の外に出ていたマノンであったが、仁が食べ終わるや否や入ってきて片付け始める。覗いていたんじゃないかと思いたくなるタイミングのよさだ。

 片付けを終えたマノンは仁に向き直ると、

「ジン様、少々お話、よろしいでしょうか」

 と、会釈をしてから尋ねてきた。

 その真剣な様子に思わず仁も居住まいを正してしまう。

「何でしょう」

「お嬢様……いえ殿下についてです」


 そしてマノンが語ったのは。

「殿下……フェリシア様は第三王女様とはいえ、第一、第二王女様とは異なり、正夫人であられる王妃殿下のお子ではないのです」

 いきなり重い話をし始めた。

「王妃殿下は第二王女様をお産みになられたあと、みまかられました。フェリシア様は王様が侍女の一人にお手を付けられてお生まれになったのです」

 そんなこと、俺に話していいのかな、と仁が思うのを知ってか知らずか、さらにマノンは続ける。


「ですのでフェリシア様の扱われ様は低いもので、第一王女様はおそらく女王として王国を継がれるでしょうし、第二王女様は既にチェルリア王国の第三王子に嫁がれています。でも」

 マノンの語りは悔しそうな口調になる。

「フェリシア様は領主とはいえこんな辺境に追いやられ、帝国に対する盾にされています。兵士だって、年を取って退役間近な者か、若いけれど経験の浅い者しか付けてもらえませんでした」

 そこでマノンの語りが途切れた。そこで、

「それを俺に話してどうしろと?」

 あえて仁はそう言ってみる。


 するとマノンは少し悲しそうな顔をしたあと、再び口を開いた。

「殿下には同年代の頼れる者がいらっしゃいません。でも先ほど、お嬢様……殿下の様子を拝見しました。随分とジン様を頼りになさっていらっしゃるご様子。どうかわたくしからもお願い致します。殿下を支えて差し上げてくださいませんか」

 深く頭を下げるマノン。ああ、この人は心底フェリシアのことを思っているんだな、ということが伝わってくる。

 そこで仁は微笑みながら、

「もとよりそのつもりですよ」

 そう言って頷いたのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 明日も正午に更新するよう予約投稿してあります。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「ああ、発火点、っていうのは、その温度になるとその物が燃え出す、という温度のこと」 フェリシア「温度ってなんですの?」 仁「そこからかっ!」 そもそも温度は物質が固体、液体、気体に変化…
[良い点] ああ、既にこの時から、三魔王は瞬殺される運命……。 [気になる点] フェリシア、名前がリシアっぽいと思ったら生い立ちがエルザっぽい……。 という事は、もしやマノンがフェリシアの実母だったり…
[一言] >>DIYショウで貰った試供品はこれからも役に立つだろう。 なにか問題が起こる度に便利グッズが出てくるのです。 >>「この水筒……何で出来ていますの? 見たことのない材質ですわ……」 …
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