03〜05
03 異世界の少女
小屋へ少女を運び込んだ仁は、とりあえずベッドに寝かせた。
大きな外傷はなく、怪我と言えば膝を擦りむいているくらいだったので、傷口の汚れを落とし、DIYショウでもらった試供品の絆創膏を貼っておく。
額には水で濡らしたハンカチを乗せると、次にすることはと考える。
衰弱していることはわかっていたので、例のリンゴもどきをすり潰して作ったジュースを用意。そして芋もどきのスープを作り始めた。
スープが煮えるまでの間に、ベッドと布団をもう一組作っておくことにする。自分の寝床は多分少女がそのまま使うだろうからだ。
そして日が傾いてきた頃、少女が気が付く。
「……ここ……は……?」
力の入らない腕で何とか身体を起こし、あたりを見回す少女。その目に映るのは見知らぬ小屋の中。あらためて自分の格好はと確かめる。服の乱れはない。
物音を聞きつけた仁は、部屋の中をのぞき込み、少女が起き上がったことを知ると、まずジュースの入ったコップを持って少女のいる部屋へと入った。
「よかった、気が付いたね」
「あなたは……」
「まあ、いろいろと聞きたいこともあるだろうけど、まずこれを飲んで」
誰ともわからない男から差し出されたコップを手に、少女はわずかにためらったものの、甘酸っぱい香りに誘われ、口を付けるとあとは喉の渇きもあって一気に飲んでしまった。
「ふう……たすかりましたわ」
そう言って顔を上げた少女の瞳はルビーのように赤かった。
それを見て、あらためて仁はここは異世界だということを実感したが、それ以上に言葉が通じていることに内心驚いていた。
しかしそれは精神安定の魔法によりわずかな間を置いただけで鎮静。
「もう一杯飲むかい?」
微笑みながらそう言うだけの余裕が仁にはあった。
「ええ……おねがいしますわ」
おずおずとそう言った少女の手からコップを受け取ると、仁はさっそく台所へと向かい、早々にジュースを満たして戻ってくる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
少女はそう言ってコップを受け取り、今度は一口一口含むようにして中身を飲み干した。そして、
「あなたが助けて下さったんですのね? 心からお礼申し上げますわ。私はフェリシア・アイオライトと申しますの」
と、名乗ったのである。
「俺は竹中仁」
「タケナカジンさん?」
聞き慣れない名前に、少しだけ眉をしかめる少女、フェリシア。
「ああ、こっち流だとジン=タケナカになるのか」
フェリシアは少し考えたあと、
「家名が名前の前に来るということは、ジンさんは極東の出身ですの?」
そう言われた仁は瞬時に考えを巡らす。
異世界から来た、と言っても信じてもらえないだろうし、何のメリットもない。それよりは遠くから来た、という方が受け入れられやすいだろう。
「極東、とこっちでは言うのかな。とにかく俺は、魔法の暴走か何かでよくわからないうちにこの森に飛ばされていたんだ」
「……」
「それでここに拠点を作って暮らし始めたばかりさ」
虚構と真実を混ぜて簡単に説明する仁。
フェリシアはそれで一応納得したようである。
「やはり極東からおいでになったのですわね。その服装も極東のデザインなんですのね?」
仁のいでたちは、長袖チェック柄のオープンシャツにややくたびれた紺のジーンズ。一方のフェリシアはレースの付いた白のブラウスに黒のズボンである。似て非なるものとはこのことだ。
フェリシアも一応納得してくれたと見て仁は話題を変える。
「お腹も空いているんじゃないかな? よかったら用意するけど」
そう言われたフェリシアは、今更ながらお腹を押さえ、
「……できましたら何か食べさせていただけたら……」
と小さな声で言った。
「ちょっと待ってて」
そう言って仁は台所に立ち、作っておいたスープを温め直し、2人分をお盆に乗せて戻ってきた。
「口に合えばいいけど」
そう言ってフェリシアの前にお盆ごとスープを差し出すと、フェリシアの顔色が変わった。
「な……なんですの? これ……」
芋もどきは煮られてどろりとした紫灰色のものに姿を変えており、香り付けにと入れてある香草もどきの緑色と相まって、何とも食欲をそそらない外見をしていた。
「あー、見た目は悪いけど、食べられるから。消化もいいはずだし」
そう言って、自分の皿のスープを食べてみせる。
「……」
仁が食べているのを見て、フェリシアも意を決してスープを口にする。
「あ……意外とおいしいですわ」
「はは、よかった。塩加減が難しかったけど、今回は成功だな。苦労して塩を作った甲斐があったよ」
「え? 今なんておっしゃいましたの?」
「ん? 苦労して塩を作った甲斐が……」
それを聞いたフェリシアは興奮して尋ねる。
「塩を作った!? こんな森の中でですの!? い、いったいどうやって!?」
「ああ、塩、塩化ナトリウムというのは、植物とか、土の中にも微量だけど含まれているのさ。それを取り出して精製したんだ。時間掛かったけどね」
「理解できませんわ……それが極東の魔法技術なんですの?」
「あー、うん、そういうことになるのかな」
やや歯切れの悪い答を返す仁であったが、フェリシアはまだ興奮さめやらぬ面持ちで、
「すばらしいですわ、是非いろいろお教えいただきたいものですわね」
と、興味深そうに言った。
「うん、まあとにかく、冷めないうちに食べてしまおう」
「そ……そうですわね、私としたことが、つい興奮してしまいましたわ」
そう言って残ったスープを平らげにかかる二人であった。
「ごちそうさまでしたわ」
「おそまつさま」
仁はそう言って食器を片付けながら、
「まだ身体が疲れてるだろうから、休むといいよ。……俺は隣の部屋にいるから、何かあったら声をかけてくれ」
もう外は黄昏の色が濃く、気が付けば部屋の中はもう薄闇に包まれていた。
「はい、そうさせてもらいますわ」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
そうは言っても見知らぬ男の家、横になってもしばらくは身構えていたフェリシアであったが、身体に残った疲労のためいつしか眠りに落ちていたのである。
04 異世界の地理
翌朝。
フェリシアは窓から差し込む光に目が覚めた。
昨日のことを思い出し、身体を探り、周囲を見回す。着衣は寝た時のままだったし、何もされた様子はない。それを確かめ、ほっとした。
ベッドから降り、床に置かれていた靴を履く。少し歩いてみたが、無理を続けた身体はまだ少しいうことを聞きたくないらしく、ふらつきが残っていた。
バランスを崩してしまい、なんとかベッドの上へ倒れ汲む。
その音を聞いて仁が顔を出した。
「おはよう……何してるんだ? まだ無理しちゃ駄目だろ!?」
「あ……ジンさん、おはようございます、ちょっと立とうとしたらふらついただけですわ」
「それでも無理は禁物だ。顔を洗うなら水を持ってくるけど?」
「大丈夫ですわ、自分で歩けます。洗面所はどこですの?」
そう言って再び立ち上がったフェリシアは仁より頭一つ小さい。無理をするな、と頭を撫でたくなるが、それはまずかろうと思いとどまる。
なおもフェリシアが大丈夫と言い張るので仁は洗面所、と言っても土間にある流しであるが、へと案内する。
「まあ、小屋なのに素敵に整えられていますのね」
感心するフェリシア。ここまで転ばずに来たので仁も安心して、
「顔を洗ったならこれで拭くといいよ」
そう言ってとっておきの、DIYショウでもらった企業のロゴ入りタオルを渡した。
それを受け取ったフェリシアは、パイル地に驚いたようだ。
「なんですの、このタオル! ふわふわしてやわらかくて……これも極東の物なのですの?」
「ああ、そうだよ、よかったら使ってくれ」
ちょっと惜しいが、フェリシアがいたく気に入ったようなので譲ってしまう仁であった。
朝食はリンゴもどきと昨日のスープの残り。フェリシアがリンゴもどきはアプーロという果物で、山に多い一般的な果物だと教えてくれた。
それからあらためて自己紹介をする二人。
「あらためて、俺は仁、ジン・タケナカ。極東から来た……らしい」
そして再度自分がここにいる理由を説明する。
曰く、魔力の暴走か何かが起こり、気が付いたらここにいた、ということ。そして周りの様子がわかるまでの拠点としてこの小屋を造った、と言うことを。
「そうでしたの、大変でしたのですわね」
フェリシアはそれで納得し、続けて説明を始める。
「この大陸には四つの大国とその属国で成り立っていますの」
大国とは北のガルマン帝国、南のタリアン教国、西のチェルリア王国、そして東のリカルド王国がそれだ、とフェリシア。
「ガルマン帝国は軍事国家で、魔導技術が一番進んだ国ですの。いろいろな魔導器を輸出していますわ。……でも、同時に一番好戦的で、周囲の小国家群を武力で従えていますの」
そこで一息入れたフェリシアは、
「タリアン教国は宗教国家ですわね。とはいえ、他国に教義を押しつけたりするわけではなく、古代からの伝統を守ることを至上とするような国ですわね。魔法も一番研究が進んでいるはずですわ」
仁は頷き、先を促す。
「チェルリア王国は農業の国で、いろいろな作物を輸出しています。そして最後にリカルド王国、私はそこの第三王女で、このあたりを治める領主なのですわ」
「領主!?」
フェリシアは微笑み、
「だからといってお気にならさないで下さいまし。ジンさんは王国民ではありませんし、何よりも私の命の恩人ですから」
そう言ったフェリシアは、だから普通に接して下さい、と軽く頭を下げた。
「それでいい、と言うならそうするけど」
「ええ、そうして下さいませ。……続けます。リカルド王国はこれといった取り柄はありませんわね。北は帝国におびやかされていますし、領地が広い割に作物の収穫量が少ないのでチェルリア王国に頼る事が多いですし、ましてやこの一帯はそれが顕著ですわね」
「この一帯って、フェリシア様が治める領地ですよね?」
「ですから、様は止めて下さいませんこと? 今まで通り呼び捨てにしていただきたいですわ」
「いいんですか?」
「命の恩人ですもの、かまいませんわ」
フェリシア本人がいいと言ってるんだからいいだろう、と仁は素直に従うことにした。
「わかった、フェリシア、それでこのあたりはリカルド王国のどの辺になるんだ?」
「ここはリカルド王国の北、ガルマン帝国との国境に近い『黒の森』ですわ」
そして少し悲しそうな顔で、
「私が訪れた鉱山は、ガルマン帝国との国境にそびえる『竜の背山脈』にあるんですの。竜の背山脈は鉱物資源が豊富で、帝国もその資源を使って国力を充実させているそうですわ」
と言った。
「国境の鉱山……か」
「ええ、それがどうかしまして?」
考え込んだ仁をいぶかしんだフェリシアが尋ねる。
「いや、鉱山で落盤事故、そして生き残ったものが誰もいない、なんてもしかしたら帝国が何かやった可能性も捨てきれないかな、と……」
「それは私も思いましたわ。私の他誰一人助からなかったなんておかしいですから。何らかの人為的な事故の可能性が高いですわね。……でも証拠は何もありません。文句でも言おうものならかえってこちらに攻め込む口実を与えるようなものですわね」
「そんな国なのか……」
腕を組んで考え込んだ仁に向かってフェリシアは、
「それでですねジンさん、できましたら私を城まで送っていただけないでしょうか。あ、城というのは私の領地の首都ですわ」
とお願いをする。
そろそろここを離れてみようと思っていた仁は即答。
「うん、かまわないけど、道順とか距離とか、わかってるのかな?」
するとフェリシアは辛そうな顔で頷いた。
「だいたいですけれど、ここから南に向かって歩いて行けば黒の森を抜けられる筈ですわ。そうすれば……」
「ちょっと待った」
気が付いたことがあったのでフェリシアを遮る仁。
「なんですの?」
「悪いけど、先にこっちから質問させてくれ。まず、その鉱山へはどうやって行ったんだ?」
「船でですわ。竜の背山脈に発したドラゴ川が城の南を流れているので、鉱石運搬にも使われていますの」
「なるほどね。そしたら、そのドラゴ川に出て船で城へ向かった方が早いんじゃないか?」
「ええ、それはそうですけれど、船がありませんわ」
「そんなの、俺が作るから」
「ええ? そんなことができるんですの? 普通、船は船大工と言われる職人が数人がかりで五日以上かけて作るんですのよ?」
だが仁はにっこりと笑って、
「2人で乗る船くらいならすぐにできるって」
「ジンさんは船大工……なんですの?」
「違うけどさ、この小屋だって全部自分で建てたんだよ? 船くらい作れるさ。今回は……筏でいいだろう?」
するとフェリシアは確かにそうだ、という顔をした。
「そうでしたわね。ジンさんはこのお家をご自分で建てたんでしたわね。……それではその方向でお願いしますわ」
「それでだ、筏で行ったらどのくらい日数が掛かる?」
フェリシアはちょっとだけ考えるが、
「川のどのあたりに出るかがはっきりしませんからおそらくですけど、半日くらいかと思いますわ」
と返事をした。
「そうか、それじゃあ朝早く出発すれば、うまくいけばその日のうちに城に着けるかな? 無理はしない方がいいから、フェリシアの体調を考えて、明日じゃなく明後日出発かな?」
「いえ、今日一日休ませていただければ大丈夫だと思いますわ。魔力が回復すれば身体強化も使えますし」
すると今度は仁が感心する。
「へえ、魔法ってそんなことも出来るんだ」
「はい? ジンさんはご存じなかったのですの?」
「ああ。どうやら俺の魔法知識とフェリシアたちの魔法知識はかなり違うらしいな」
「それでしたらジンさん、私のお客様として、しばらく城に留まっていただけませんこと?」
いいことを思いついたと、フェリシアは両掌をを打ち合わせて言う。
「いろいろお教えいただきたいですし、こちらもお教えできることがありそうですわ」
この世界のことがよくわからない仁にとっては願ってもない提案だった。
「喜んで」
即答する仁。フェリシアも嬉しそうに、
「よかったですわ」
と微笑んだのであった。
05 異世界の魔法
フェリシアが大丈夫というので、出発は翌日と決まった。
「さて、そうなると準備が必要だよな」
そう言って仁は部屋を出ていこうとする。
「ジンさん? どちらへ行かれますの?」
「うん、食料代わりにアプーロ(リンゴもどき)を採ってこようと思って」
「それなら私も行きますわ」
だが仁はかぶりを振って、
「まだ疲れが取れていないんじゃないか?」
だがフェリシアは、
「大丈夫ですわ、少し動いていたら大分身体もほぐれたようで、楽になりましたから」
それならと、仁は収穫用の籠を担いで外に出る。フェリシアもそれに続いた。
小屋を出、踏み跡をたどるとすぐにアプーロ(リンゴもどき)のなる木である。
「大きな木ですわね」
フェリシアが感心するほどその木は大きい。だが大きい分、手の届くところに実はなっていない。もう仁が採り尽くしてしまったからだ。
するとフェリシアが、
「私が落としますわ、ジンさん、受け止めて下さいまし」
そう言って右手の指を突き出して構え、呪文を唱えた。
「ウィンド・カッター」
すると小さな風の波動が生まれ、実を次々に落としていく。仁は大慌てでそれを籠で受け止める、が、三つほど受け止め損ねてしまった。
落ちた実は、下が軟らかい土だったので汚れただけ。なので問題なく籠に入れた。
「これくらいあればいいですわよね」
「あ、ああ。助かったよ。しかし、ファリシアも魔法使えたんだな」
そう言うと驚いた顔をされてしまう。
「それはそうですわ、そうでなければ王族は名乗れませんもの」
それを聞いた仁は、ああ、ここは封建社会だったな、と思い直した。そこで、
「俺にはあんな魔法は使えそうもない……」
「そうなんですの?」
「ああ。一応やってみようか? ……風刃『Hoja del viento』」
すると仁の指先からそよ風らしきものがちょっとだけ起こりすぐに止んだ。
「……」
「な?」
若干冷たい視線で仁を見つめるフェリシア。
「じゃあ、どうやってアプーロ(リンゴもどき)を採るつもりでしたの?」
「ん? こうやって」
仁はそこら辺に落ちている木の枝を拾い集めると、
「合成『Composicion』」
すると枝は一つにまとまり、長くなった。その先は二股に分かれている。フェリシアは眼を丸くしてそれを見つめた。
「な……なんですの、それは?」
「こうやって使うんだ」
仁は棒を構え、二股になった部分をアプーロ(リンゴもどき)にあてがい、ひねる。と、アプーロ(リンゴもどき)が落ちてくる。それを受け止める仁。
「こんな感じ」
フェリシアは溜め息を吐いて、
「……なんだか魔法の無駄遣いしているような気もしますわ……」
「そうかな? 俺は『まず、自分でできることはやってみる。ないものは作ってみる』主義だからなあ」
「聞いたことありませんわ」
「昔から欲しいものがあったらまず自分で作ってみて、どうしてもできない時だけ買うことにしてたからね」
「面白い考え方ですわね、それも極東の思想ですの?」
「ん、まあ、思想の一つ、かな」
そんな会話をかわしながら小屋へと戻る二人の耳に、がらんがらん、と鳴子の音が響いた。
目の前はもう小屋の石垣である。
「あの音は?」
フェリシアが首をかしげるが、仁は慌てて、
「あれは東の鳴子だ。何か動物が近づいている」
そう言ってフェリシアの手を引いて急ぎ石垣の中へと引っ張り込んだ。
「な……」
突然手を引っ張られてうろたえるフェリシアだが、仁は意に介さず石垣へ向けて魔法を使う。
「閉鎖『Cierre』」
すると石垣に開いていた門は一瞬で塞がる。その一瞬後、石垣に何か大きな物がぶつかる音が聞こえた。
「また来たか……」
「……な、なんですの?」
訳がわからないと言う顔のフェリシアに仁が説明をする。
「この森に住んでいる野獣らしいんだ。時々やって来るんで石垣を作ったんだよ。最初は小屋を半分壊されて焦ったんだぜ」
また石垣にぶつかる音。どうやらかなり大型の獣らしい。
「大丈夫なんですの?」
少し不安そうなフェリシアに仁は、
「ああ、殺そうと思えば殺せるんだが、血の臭いで他の野獣が次々に集まってくる、なんて負の連鎖は御免だから、追っ払うだけにしてるんだけどな」
それを聞いたフェリシアは半分納得したが、半分は疑問のまま。そしてその疑問を口にする。
「どうやって追い払うのですの?」
すると仁はいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「害獣を追い払うのは驚かすのが一番、って言われていてね」
そしてフェリシアにもう少し下がるように言ってから、石垣に手を当て、
「加熱『Calentando』」
すると石垣から熱気が漂ってくる。そして何度目かの激突音、そして野獣の悲鳴。
ぷひぃー、と聞こえるその鳴き声にフェリシアは聞き覚えがあった。
「ビースト・ボア……」
その単語に仁が反応。
「あの獣のことか?」
「え、ええ。ビースト・ボアはこの黒の森に住む一番大型の獣です。体長5メートル、体重は2トンを超すんですのよ」
「どうりで、小屋を半壊させてくれたわけだ」
しかしフェリシアは落ち着かない様子で、
「そ、そんなに落ち着いていていいのですの!? ビースト・ボアの突進に耐えられる物ってそうはないんですのよ? ひょっとしたら城の扉ですら耐えきれないかも知れませんわ」
だが仁は落ち着き払って答えた。
「それなら大丈夫。だいたい2日に一度、あいつは来るんだけど、ここ3回は何の被害も出ていないから。まあ最初の頃は石垣を崩されたりして苦労したけどね」
「……ビースト・ボアの突進を防げる石垣というのもすごいですわ」
力が抜けたように呟くフェリシア。
気が付けば、すでにビースト・ボアの気配は無くなっていた。熱せられた石垣に体当たりして鼻面を焼かれ、慌てて逃げていったのだろう。
「まあ、もう今日は外に出ないだろうからここはこのままにしておくか」
そう言って仁は放り出していた籠を担ぎ、小屋に入る。
フェリシアも後から続いたのであった。




