プロローグ〜01〜02
新年明けましておめでとうございます。
2020年、新年特別企画をお届け致します。
テーマ? は温故知新。
この物語は、『マギクラフト・マイスター』を書き始める前に書いてみたものです。
結局、展開が広がらず、先へ進めなくなって没になりました。
それでも、今読み返してみると結構面白いな、という展開もあったりしたので、文章にかな〜り手を加えて、ここに載せることにしました。
別物になったかも。
全然違う仁をお楽しみくださったら……嬉しいです。
プロローグ
「この世界の進歩が止まって数千年。いまこそドーケンを召喚する時」
「来たれ、ドーケンよ、Vieni・Vieni・Vieni」
魔法の光に照らされた部屋の中、漆黒のローブを身に着けた複数の人影が呪文を紡いでいる。
磨かれた石で出来た床に、光る魔法陣が浮かび上がる。それはゆっくりと回り出し、中心から七色の光を放った。
「おお、この世界だ!」
魔法陣の中に浮かび上がるのは異世界の風景。灰色の四角い建築物、溢れんばかりの人、人、人。
「すばらしい。魔法が無くとも技術だけでこれほどの文明を築いているのか」
黒ローブ姿をした彼らの世界は、魔法が究極まで発達し、逆に物質文明はあまり発達しなかったのである。
「橋の上に敷いた鉄の道を乗り物が高速で走っておるぞ」
「見よ、空を飛ぶ乗り物さえ所有している!」
黒ローブ姿の集団は、数千年停滞した己らの文明をもう一度発展させるため、異世界の文化を導入することに決めたのだ。
「この世界から来るドーケンならさぞや我々の役に立ってくれるだろう」
喜びの声が上がる。
だが、主導者らしき者はそれを押し止めた。
「まだドーケンを呼ぶ世界を見つけただけだ。喜ぶのは早い」
そしてまた詠唱が始まる。
「世界を変えるドーケン、そは力、光、希望」
「この停滞した世界に光明をもたらせ、Viens・Viens・Viens」
すると溢れんばかりの人波の中、一人の青年がクローズアップされる。
「おお、この者がドーケンの最適者か」
「さっそく召喚しよう」
すると一際歳を取った、指導者らしき男はそれを押し止め、
「はやるな。異界から呼ぶドーケンなのだ、様々な力をあらかじめ付加せねばならぬ」
そう言って、
「まずは異世界の技術をドーケンの頭脳に書き込むのだ」
と、諭すように言った。
「しかし、限界というものがありますぞ」
「うむ、それももっともである。何かいい案はないか?」
比較的若い男が手を挙げた。
「手当たり次第でよいかと。何が我々に役立つかは今の段階ではわかりませぬ故」
「うむ、それは一つの考え方だな。他にあるか?」
誰も手を挙げる者はいない。
「では、今の案で行くとしよう、限界近くまで手当たり次第にドーケンに知識を詰め込め」
再度呪文が紡がれ始める。
「知識はすなわち力。知恵はすなわち光。ドーケンよ、我らに救いをもたらせ」
魔法陣が新たに浮かび上がる。
「意思疎通のため、言葉の齟齬があってはならぬ、どんな言葉も話せるようにしよう」
「Traduis・Traduci・Traduce」
言語の自動翻訳能力付加のための呪文が紡がれる。
「呼び出したドーケンが混乱していては話にならぬ」
「Beruhigungsmittel…」
精神安定のための魔術が付与される。
「魔法の知識を与えておく必要がある」
「Magisch・Magico・Magia」
知識転写の魔法陣が重ねて展開される。
「我らの言うがままになるよう洗脳しなければならぬ」
「Lavando el …」
だが、危険きわまりないその呪文が紡がれることはなかった。
突然、轟音と共に天井が崩れたのである。
「なっ! 何事!?」
「敵襲です!!」
「くっ! この大事な時に!」
「ああ! 魔法陣が!」
床に輝く魔法陣は、この世界を変えるドーケンを呼び出すことなく、その輝きを消した。
黒ローブ姿の集団は全員が瓦礫の下に消えた。
そして呼び出されるはずだったドーケンは、この世界ではない、いずこかの世界で実体化することになったのである。
01 異世界の小屋
「どこだここは……」
幕張メッセにいた筈なのに、気が付けば深い森の中にぽっかりと空いた草地の上にいることを認識した男は面食らっていた。
異世界の魔導士連中が必死になって召喚しようとした男は、召喚される途中で途切れた魔法のため、無数に重なる世界の一つに漂着していたのであるが、それを彼が知ることは永遠にないだろう。
「荷物…はちゃんと持ってるな」
各ブースを廻ってもらってきた試供品の数々はちゃんと手にぶら下げた紙袋に入っている。
服装もそのまま。チェック柄のオープンシャツと愛用のジーンズ、そして履き古したスニーカー。
背中にはデイパック。中には昼食用に買ったお茶のペットボトル、焼きそばパン2つ。その他にはルーズリーフとメモ帳。携帯。
「俺は竹中仁、18歳」
彼、竹中仁は自己分析を終えた。認識に異常はない。唯一の例外は環境だった。
「DIYショウの帰り、メッセからいきなり森の中って、それなんてワープ?」
独り言を言いながら周りの草をいじってみたり、木の幹を撫でてみたりする。携帯を確認したが当然の事ながら圏外だった。仕方なく電源を切る。
「圏外、か……まあ文明の痕跡もない様な森だし、この木も間違いなく本物だなあ、いったい何があったって言うんだ? ……いやそれにしても俺、何でこんなに落ち着いているんだろう?」
それは精神安定の魔術によるものだが、彼、仁はそれを知らない。
「しかしなんといっても……魔法だって? ……こんな知識、俺はいつから知っていたんだ?」
その問いに答えられる者はこの世界にはいない。
「とりあえず腹ごしらえをして落ち着こう」
そう独りごちた仁は、手頃な倒木に腰を下ろすと、焼きそばパンを1つだけ食べ、ペットボトルのお茶を飲む。
「ふう…まずはこの魔法の知識が正しいのかどうか…『Quemadura』…おおっ!?」
知識として持っている発火の呪文を唱えたら、目の前に火がぽっと燃えてすぐに消えた。
火といえるかどうかの小さなものだったが、何もないところに生じたことは確か。
「うーむ、やっぱり夢じゃないか。とにかく、地球じゃないどこかの世界に来てしまった。そして俺は魔法が使える。これだけは確かだな」
あらためて周囲を見回す。誰も手を入れていないだろう森。それしか見えない。
「まあ心配するような家族もいないし、この世界で暮らすにせよ当面の拠点が必要だな……闇雲に動き回っても仕方ないし」
精神安定の魔法のおかげで冷静な判断をした仁は、魔法の試用を兼ねて、ここに拠点となる小屋を作ることにした。
「まずは整地だな……『Allana』」
起伏のあった草地が一瞬にして平らになった。
「おおっ、これはすげえ」
火の魔法が微妙だったので少しがっかりしていた仁だったが、こちらの魔法は効果が大きかったので嬉しくなった。
「よし、次は草取り……『Pierde』」
「ええと、簡単な小屋でいいけれど、やっぱりきちんとした手順は踏んだ方がいいかな」
仁は工業高校の三年生であり、モノ作りにはこだわりを持っていた。幕張メッセにいたのは、折から行われていたDIYショウを見に行っていたからである。
そしてそれこそが、かの世界に彼が呼ばれることになった最大の理由なのであるが、やはりそれを彼が知ることはないであろう。
「土地を固めて『Endurece』……基礎は石が良いな」
周りには大きな岩がごろごろ……というほどでもないが、けっこう転がっている。
「変形…『Transformacion』……移動『Lleva』……うん、よしっと。あとは木材か」
木にはそれこそ不自由しない。が、腐りやすかったり、虫が湧いたりするのは嫌である。
「検査『Inspeccion』……いや、これじゃ虫食いかどうかくらいしかわからないか……解析『Analisis』……おお、この魔法はいいな」
解析魔法で木の性質を調べ、堅くて弾力のある木を材木化し、小屋を建てていく。
ログハウスにしようかと思ったが、あれは意外と難しい。魔法が使えるのだから、素直に日本風の小屋を建てることにする仁であった。
そうこうして、日が傾くころには三坪ほどの平屋建て小屋が完成した。
窓ガラスは無いし、家具は今のところベッドだけである。それでも仁は満足だった。
「あとは忘れちゃいけないのが獣除けか……周りに石垣でも作っておくか」
一応住むために必要な最小限の小屋となった。
夕食は残しておいた焼きそばパンを食べた。
「明日からは、なんとかして食料を調達しないとな」
そう独りごち、仁は空を見た。
日が傾いており、じきに暗くなる。そうなったらもう寝るだけである。
だが、大事なことをはたと思いついた仁。そう、日本人なら皆大好き、『風呂』である。
大急ぎで家の裏手の地面を窪ませ、水が漏れないよう固める。
そこに水を引く。もちろん魔法で掘った井戸からである。周りは簡単な衝立で囲む。まあ誰ものぞく者はいないが。
魔法で水の温度を上げれば立派な露天風呂のできあがり。
細部は翌日手を入れることにしてさっそく風呂に入ることにした。
「はあ、いい湯だな」
歌でも歌い出しそうにご機嫌な仁。そうしてみると精神安定の魔法は恐怖や驚愕といった方向にのみ大きな効果があるようだ。やはりこれも、それを仁自身が知ることはないだろうが。
風呂に浸かりながら、自分の魔法について考えてみる。
「いろいろ考え合わせると、物質に働きかける魔法が使える、ということなんだろうな」
『分析』や『解析』の魔法では、その物質の組成だけでなく、分子構造なども知ることができた。
また、『変形』『移動』は、原理は解らないものの、任意の原子もしくは分子の位置を好きに動かせると考えれば辻褄が合う。念力とは少し違うようだ。
「まあ、モノ作りには都合いいよな」
彼を召喚しようとした世界の魔導士達が彼を選び出したのはまさにその『創造』をさせるためであったことを彼は知るよしもない。
「でも錬金術とかはできないみたいだな……」
石を金に変えるとかはできないようだ。あくまでも物質を「弄くる」だけらしい。
「ぬるくなってきたな、加熱『Calentando』」
加熱、は水の分子に働きかけ、分子運動を活発にすることで実現している。ちなみに、明かりにしている火も、対象となる木の枝の温度を上げることで燃やした。
「まあ、これからぼちぼち研究して使いこなさなきゃな」
ゆっくりと風呂で温まれば後は寝るだけなのであるが、
「堅い……」
布団も毛布もないので寝心地は最悪であった。それでもショウでもらったレスキューシート……アルミ蒸着した銀紙みたいなやつ……にくるまって寝たので、寒くはなかったのが救いといえようか。
* * *
幸い、夜中は何ごとも起きなかった。
翌朝、目を覚ますともう明るくなっていた。同時に空腹を憶える。もう焼きそばパンはない。
「木の実でもいいから探してくるか」
一応武器代わりに、余った木で作った木刀を持ち、仁は森の中へと足を踏み入れた。
「食べられそうな木の実は…『Busca』……おっ、あそこに何か生ってるな」
リンゴのような赤い木の実が目に付いたので一個もいでみた。
解析してみると、特に有害な物質は含んでいなかったので5個ばかり収穫。入れ物がないのに気が付き、手近なツル植物を使って籠を生成してみた。
そんなこんなで仁は、期せずして身に着けた魔法のおかげで、たくましくもこの異界の地で生活を始めたのであった。
02 異世界の遭難者
「ぜい、ぜい、はあ、はあ、はあ……」
息が上がる。喉が渇く。一昨日の朝から何も口にしていない。夜もろくろく眠っていない。体力的には限界に近かった。
「なんでこんなことになったのでしょう」
彼女は汗で張り付いた髪を指で梳きながらそんなことを思う。
「それにしても疲れましたわ」
魔法で体力を底上げしているとはいえ、魔力も無限ではない。ましてや休息もとれない状況では消耗していくばかりだ。
「すこしでも眠ることが出来たら……」
草をかき分け、木の根をまたぎ、岩を迂回しながらそう考える。
「この環境では無理ですわね」
いくら猛獣の少ない黒の森とはいえ、たった一人、この森の中で眠るのは自殺行為であろう。
「あの落盤さえなかったら……」
貴重な鉱石が採れるというので視察に入った鉱山で起きた落盤事故。
周りにいた者達が庇ってくれたおかげで自分は無傷だったが、他の者たちは崩れた岩の下敷きになってしまった。
彼らのことを思うと、涙がこぼれそうになる。
そしてかすかに感じられた風の流れをたどって岩の割れ目を探し当て、まる一日かかってようやく運よく地上に出る事はできたのだが、そこは人跡未踏の山中だった。
他に生き残った者はいそうもなく、一人で国へと帰ることを選んだのである。
「連絡が取れないというのが一番の困りものですわね……」
これだけ遠距離になると、彼女の使える魔法では連絡の付けようがないのである。
「夜に見えた星の位置からすれば方角は間違ってないはずですわ」
唯一の救いは、わずかずつでも国に近づいているという事実である。
「捜索隊が出るとしたらあと二日後くらいでしょうか……でもそれまで待つわけにはいきませんもの」
鉱山のある岩山を振り返り、そうひとりごちる。だが振り返ったため、足元がお留守になり、木の根につまずいてしまった。
「きゃあっ」
もんどりうって倒れてしまう。
「うう……痛いですわ……」
擦りむいた膝の痛みに涙がにじんだ。
「でも……立ち止まっていたらいつ獣に襲われるかわかりませんわね」
がくがくと震える膝を鼓舞して立ち上がり、歩き出す。だがその速度は明らかに遅くなっていった。
「うっ、くっ、こんなところで倒れるわけにはいきませんわ」
空腹も限界になり、気力だけで歩いていたが、その気力も尽きようとしていた。
「ここまでですの……?」
膝が崩れる。思わず伸ばした手が何かに触れ、からんからん、という音が響く。それが何かを確かめる前に彼女の意識は闇へ沈んでいった。
* * *
異世界に飛ばされて二週間。竹中仁はすっかりこの森になじんでいた。
何より魔法を使う事にも大分慣れた。この力がなかったらあっさりのたれ死にしただろう。
魔法に習熟した彼の小屋はテーブルやコップなどの小物はおろか、水洗もどきのトイレまで備えたものとなっていた。
獣除けの石垣も頑丈になっていたし、草の繊維で作った絨毯まで敷いてある。
さすがに『い草』が見つからないので畳はまだ作っていない。
食べられる木の実も4種類となった。
更には芋のような植物も見つけ、料理のバリエーションも増えていた。
石で鍋も作り、かまどで煮炊きもできるようになった。地下から水をくみ上げ、水道もどきも付いている。
ベッドには草から作ったクッションを敷いたので寝心地も改善された。まだ金属の精製には至っていないが、かなりの生活水準だろう。
DIYという趣味が役に立っていた。彼の主義は『欲しいものがあったら自分で作る』である。それができない時、はじめて買うという選択肢を選ぶのだ。
それは彼の生い立ちによるのだが、その話はまた今度。
今、仁はこの世界で得た能力について考察していた。
「……やっぱり、物質や物体に干渉する魔法、ってところか」
仁は自らの魔法をそう解釈する。何もないところに火を発生させる魔法は苦手。というかライター以下。だが、薪の温度を上げて着火するのはお手のもの。
「でも錬金はできないんだよなあ」
今のところ、化合物から特定の成分を抽出するまではできるようになった。そうやって作った水晶製のコップがある。
水晶の成分は二酸化ケイ素、地球ならどこにでもあるような物質である。それを結晶させれば水晶のできあがり。
だが、土を金に変えることは出来ない。素粒子を弄ることまではできないらしい。
今、仁はチタンでサバイバルナイフを作っていた。
チタンは酸化物の形で豊富に存在する元素である。
この世界でも例外ではなく、鉄に比べて軽いのでこの金属を選んでいた。
「だけど何でこんなことまで知っているんだろう?」
この世界に来る前の自分が知っているはずのない知識まで頭の中にある。それは仁にとって永遠の謎であろう。
「ま、おかげで役に立っているけどな。……中には何でこんなことまで、ってのもあるけど」
溜め息を一つ。
「洋裁のイロハとか、三味線の弾き方なんて憶えたつもりもないんだけどな……」
そして苦笑い。
「独り言増えたよなあ、俺……」
一人暮らしが長い者に特有の癖である。
「……あんまりここに馴染みすぎてもまずいよな」
そろそろ外界の様子を知るために行動を起こすか、と考え始めた昼下がりのこと。周囲に仕掛けてある鳴子の一つがけたたましい音を立てた。
「野獣か!?」
これまでにも何度か、付近に生息する獣が襲ってきた。
それらは石垣で防ぎ、魔法で退散させていたが、効果的な攻撃魔法を持たない仁は警戒のため鳴子を設置し、音によって東西南北大体の方向を見当づけられるようにしていたのである。
「動いていないけど、生き物みたいだな……何だろう?」
身構え、手に木刀を持ちながらゆっくりと近づいていく。小屋を建てた空き地の外れ、深い草むらの中にそれはいた。
「女の子?」
明るい金髪を背中に掛かるほどで切りそろえた、十五歳前後の少女に見えた。
「一応……調査『Investigacion』」
人間に間違いなかった。しかもかなり衰弱している。仁は急いで抱きかかえると小屋へと急ぐ。
「初めて出会った人間が遭難者かよ……普通逆じゃね?」
お読みいただきありがとうございます。
明日も予約投稿してあります。




