2019年スペシャル その4
第7話 カイナ村
その日の午後3時頃。
「村が見えました!」
一行は雪の残るトーゴ峠に着いたのだった。
そこからは午後の日差しに光るエルメ川と、点在する民家……。カイナ村が見えていた。
「ああ、帰って来たんだなあ……」
懐かしの村を見下ろす仁の目は潤んでいた。
「さあ、あと少しだ。気を抜かずに行くぞ!」
先頭を行くグロリアが声を掛け、一行は再び進み始めた。
残るは下りのみ。ジグザグに付けられた道をゆっくりと下っていく。
「懐かしい風景だなあ」
「おお、これがジンの故郷の風景か! 鄙びておるのう。でも、優しい眺めじゃ」
リースヒェン王女も、カイナ村の佇まいが気に入ったようだった。
「おにーちゃーん!」
エルメ川近くまで来ると、ハンナが手を振っているのが見えた。
「ジンにーちゃーん!!」
村の子供たちも手を振っている。
「おーい! ジン!!」
その後ろにはロックさんをはじめとする村の男衆と……。
「ジン! 元気だったかーい!!」
ハンナの祖母、マーサさんが手を振っていた。
「村の人たちがジンさんを出迎えに来ていますね」
リシアが少し、羨ましそうに言う。
「うん、みんないい人たちばかりだよ」
少し胸が熱くなった仁であった。
* * *
「リースヒェン王女殿下、カイナ村へようこそおいで下さいました」
村長ギーベックが最敬礼をして王女を出迎えた。
「よいよい、今回は忍びじゃ。ジンが里帰りしたいというので、付いてきただけのこと。あまりかしこまらないでくれると嬉しいぞ」
「は、ははっ」
その様子を見ながら、仁は思う。
(会社の忘年会でも『無礼講にしよう』と言う上司がいるが、だからといって本当に気やすい態度を取るわけにもいかないんだよなあ……)
部長にタメ口聞いて左遷された同期がいた仁であった。
* * *
「ではの、ジン。今宵はゆっくりするがよい」
別れ際、リースヒェン王女は仁にそんな言葉を掛けた。
リースヒェン王女、グロリア・オールスタット、リシア・ファールハイト、そして護衛の女性騎士2名は村長の家に泊まることになる。
「あー、懐かしいな」
4ヵ月ほど留守にしたわけだが、すっかり『自分の家』という感覚になっているマーサ邸。
「ふふ、お帰り、ジン」
「ただいま帰りました、マーサさん」
「まったく、ジンが連行された時はどうなるかと思ったよ。でもすぐそのあと急使が来て、ジンが王都で歓迎されていると知らされて、みんな胸をなで下ろしたものさね」
「その節は、ご心配お掛けしました」
「いいさいいさ。なんでも『魔法創造士』っていう称号をもらったんだってねえ。我々も鼻が高いさね」
マーサとそんな話をしているとハンナが後ろから仁に抱きついてきた。
「おにーちゃん……会いたかったよぅ」
仁はそっと振り向き、ハンナの頭を撫でてやった。
「俺もさ。帰りたかった。ハンナがどうしているか気掛かりだった」
「もうどこにも行かないよね?」
「うーん……少なくとも、行ったきりにはならないし、今度王都に行く時にはハンナも連れていってやるよ」
「ほんとだね?」
「うん、約束する」
そんな仁とハンナを微笑ましく見つめていたマーサだったが、
「ジン、そこの侍女さんはあんたの作ったゴーレム? だね?」
黙って立っているステラを見て聞いてきた。
「あ、はい。ステラと言います。向こうで作りまして、家事その他を任せています」
「やっぱりねえ。……ステラさん、あたしはマーサ、この子はハンナ。よろしくね」
マーサの言葉に、ステラはお辞儀をして答えた。
「はい、マーサ様。ご主人様からお名前は伺っております。……ハンナ様、どうぞよろしくお願いします」
「ああ、固い固い。あたしのことはマーサでいいよ」
「あたしも!」
「では、マーサさん、ハンナちゃん、と」
と、顔合わせも済んだので、マーサは食事の支度を始めることにした。
「さあさあハンナ、夕飯の支度を手伝っておくれ」
「うん、手伝う!」
そこで仁も、
「あ、俺も」
と言ったのだが、
「今夜はいいよ。ジンはそこに座って待っていておくれ」
と言われた。仁はその言葉に甘えることにした。
「は、はい」
そこで礼子が、
「お父さま、わたくしがお手伝いして参ります」
と名乗りを上げ、
「私も」
と、ステラも言う。だが、
「そんなに来られちゃ台所が狭くなってしまうよ」
とマーサにやんわり断られてしまった。
そこでこの家に慣れている礼子だけが手伝うことになったのである。
「ふんふーんふーん」
ハンナの鼻歌が聞こえてくる。これが出てるってことは上機嫌の証しだ、と仁は思った。
そして、それから30分ほどで夕食となった。
「いただきまーす」
「いただきます」
この日の夜は、仁の大好物が並んでいた。
「ああ、懐かしい味だ」
4ヵ月ほどだったが、離れて暮らして、このカイナ村の暮らしが身に付いていたことを改めて自覚した仁であった。
その夜は、久しぶりに自分の部屋、自分のベッドで眠った仁だった。
第8話 ジョブチェンジ?
「ふわああ……気持ちいいのじゃ……」
翌朝。
リースヒェン王女は、カイナ村村長ギーベックの姪、バーバラの案内で温泉に浸かっていた。
「本当にいい気持ちですね、殿下」
グロリア・オールスタットも一緒だ。
「これも、ジンさんが作ったんですよ」
そして、リシア・ファールハイトも一緒に入っていた。
グロリアの配下である女性騎士2人が温泉の外で警備に当たっている。
リースヒェン王女たちが上がったなら、入れ替わりに入浴してよいということになっている。
「おお、お肌がつるつるじゃぞ!」
「……ええと、『じゅうそうせん』なので肌がつるつるになる、と、ジンさんは言っていた気がします」
「ほう、『じゅうそうせん』? なんじゃ、それは?」
「なんでも、地面から湧いてくるお湯には、場所によっていろいろ成分や効能が異なる、んだそうです」
「ほほう……。ジンは物知りなのじゃな」
「はい。……ニホン、という国から転移事故で飛ばされてきた、らしいんですけど」
「ニホン? ……聞いたことがないのう」
「そうですか……」
王族のリースヒェン王女なら知っているかとリシアは思ったのだが、駄目であった。
その後、リースヒェン王女らが上がったあと、護衛の女性騎士2名も温泉に入り、蕩けた顔で出てきたのは言うまでもない。
* * *
「ほう、これが『ごむぼおる』か」
「ええ。ラグラン商会で取り扱っているはずなんですけどね」
朝食のあと、リースヒェン王女が村を散歩していると、子供たちがゴムボールで遊んでいるところを見かけたのだ。
そこで、製作者の仁が呼ばれ、説明をしているというわけである。
「『お茶の木』の樹液に硫黄を少し混ぜて作るんですよ」
「ほほう……硫黄とは、あの黄色い、臭い石じゃな?」
「まあそうです」
実際のところ、純粋な硫黄は無臭である。その化合物が臭うのだ。
危険なものは硫化水素H2Sと二酸化硫黄SO2であろう。
「それがこんな……『ごむ』と言うたか? ……になるのじゃな」
「はい」
「ふうむ……錬金術とは不思議じゃのう……」
リースヒェン王女が、気になるワードを口にしたので、仁は聞き返す。
「錬金術、ですか?」
「そうじゃ。……ん? 錬金術ではないのか?」
「はい。俺は錬金術は知りません。これは『科学』によるものです」
今度はリースヒェン王女が聞き返す番であった。
「『かがく』じゃと? それはどのような学問なのじゃ?」
「そうですね……」
仁は少し考えてから説明を始めた。
「この世界の中の疑問を解明する学問、でしょうかね。なぜ火は燃えるのか。なぜ空は青いのか。なぜ川原の石は丸いのか……」
「ほほう、なぜなのじゃ?」
「それは……」
仁は簡単に説明していく。
燃えるもの、つまり燃料が、熱を加えられて、空気の中の酸素という成分と一緒になると『火』になるということ。
光には虹のようにいろいろな色が含まれており、その中の青い光が空には満ちているから青いこと。
岩が崩れた時は角があるが、水に流されて転がり、ぶつかって、次第に角が取れて丸くなっていくこと。
一部、説明を端折ったところはあるが、概ね王女は理解してくれたようだ。
「ほほう、なるほどのう。『かがく』いや『科学』か。もっといろいろ教えてほしいぞ」
「時間と機会がありましたら」
「うむ」
その前に朝食である。
* * *
「リースおねえちゃーん、いっくよー!」
「おお、どんとこーい!」
「(……元気な王女殿下ですね)」
朝食後、リースヒェン王女はハンナをはじめとする村の子供たちと遊ぶことを主張した。
そこで仁は、礼子にもその中に入ってもらうことにしたのである。
「姫様、楽しそうです」
子供たちと一緒にボールを持って駆け回るリースヒェン王女を見つめ、自動人形ティアがぽつりと言った。
「城じゃ、あまり遊べないのか?」
仁が尋ねると、
「国元では、離宮に押し込められておりますから」
との答えが返ってきた。
「そっか」
王族ということで、いろいろな躾けや教育があるのだろうな、と仁は想像した。
「普通、王族の姫君は他国に嫁いで友好の架け橋になるか、有能な臣下の妻となって王家の力を増すことになるか……」
要は、政略結婚の道具として使われる、とティアは言った。
「ですから、まだ成人までは間がありますので、姫様にはもっと楽しい日々を過ごしていただきたいと常々思っておりました」
「そっか。……主人思いのいい侍女だな、ティアは」
「ありがとうございます、ジン様」
彼女の視線の先では、村の子供たちとドッジボールのような遊びをして泥だらけになっているリースヒェン王女がいた。
* * *
「リースおねーちゃん、こっちこっちー」
「ふう……ちょっと……はあ……まって……ぜい……おくれ……」
午後からは山菜採りに出掛けたリースヒェン王女。
さすがに村の子供たちと同じペースで丘を登るのは無理があったようだ。
「……去年の俺を思い出すなあ」
ちゃっかりと『コマ』に乗って、あとからゆっくりついて行っている仁はそんなことを考えていた。
リースヒェン王女は今、動きづらいドレスを脱いで、バーバラの小さかった時の服を着ている。
(……王女殿下がどんどん村娘にジョブチェンジしているような気がする)
とは、仁の感想だ。
「姫様、頑張って下さい。頂上はもう少しですよ」
ティアがリースヒェン王女を励ます。
「ふう……うむ……ふう……頑張る……のじゃ……」
10歩ほど先から、ティアがリースヒェン王女を励ましている。
「あと少しです……あと20歩……15歩……10歩……5歩……」
「着いたああああっ!」
「お疲れ様でした、姫様」
「おつかれさまー。リースおねーちゃん!」
「おねーちゃん、おつかれー!」
「やったのじゃー」
リースヒェン王女は子供たちに囲まれ、嬉しそうに笑っていた。
* * *
着いた丘の上では、日だまりに萌え出た山菜……カリス(ヤブカンゾウ)やコロコ(フキ)の花(=ふきのとう)、チチクサ(ソバナ)の芽などを摘む、子供たちの姿が見られた。
一応、仁は引率ということになっているので、山菜採りには参加せず子供たちを見守っているが、その実は下手なので見ているだけなのだ。
「おにーちゃん、こんなに採ったよ」
そんな仁のところにハンナがやってきて収穫物を見せてくれた。
「おー、随分採ったな」
「えへへ、でしょー」
仁に褒められて嬉しそうなハンナ。
「王女殿下は?」
「あっちの方でパティといっしょにコロコの花を採ってる」
「そっか」
フキノトウは春の味覚、ほろ苦いのである。採りやすいが、子供向けの味ではない。
院長先生はフキ味噌が好きだったな……などと昔を思い出した仁であった。
「こんなに採ったぞ!」
「凄いですね、姫様」
一緒にいるティアも微笑んでいた。
「さあ、お弁当にするぞー!」
「はーい!」
太陽の位置から判断した仁が声を掛けると、全員が駆け寄ってきた。
『コマ』に積んできたゴザを広げ、おしぼりで1人1人手を拭かせる。
その際、工学魔法『浄化』で殺菌消毒も同時に行う仁であった。
「おいしいね!」
「うむ、こうして外で食べる食事は美味いのう」
「おうじょさま、これもおいしいよ!」
「おお、ありがとう」
村の子供たちと一緒になって弁当のサンドイッチ(仁が教えた)を食べるリースヒェン王女。
「ジン様。姫様のあんな明るい顔は初めて見ました。ありがとうございます」
ティアがそっと仁に礼を言った。
「この経験は、無駄にはならないと思います。姫様が大人になり、為政者となったならば、きっとよい政をしてくださることでしょう」
「だったら俺も嬉しいよ」
うららかな春の日のことであった。
* * *
楽しい日々も終わりを告げる。
「うう……帰りたくないのじゃ……」
カイナ村で1週間を過ごしたリースヒェン王女は、春の日差しで少し日に焼けて、ドレスを着ていなければ村娘にも見える。
その一方で、村長の姪バーバラは、グロリアと仲よくなっていた。
「グロリアさん、また来てくださいね」
「うむ。バーバラも、王都に来たら我が家に寄ってくれ」
王都の話をいろいろ聞かされた彼女は、一度は王都に行きたいと思うようになっていた。
そんな彼女たちを見た仁は、心中密かに『航空機』の開発を期するのであった。
(飛行機ができれば、数時間でこことアルバンを行き来できるしな)
魔法工学師の辞書に自重の文字はないようである。
完。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ええと、以下が、本作を書き始める前にまとめた構想です。
モノ作りマニア
死ぬ寸前で異世界へ呼ばれる
出迎えたのは自動人形
数百年、元のマスターの後を継いでくれる者を探し続けて自己進化した?
そこは孤島?にある研究所
いろいろな作品(魔導具)
主人公、研究所を受け継ぐ
研究所の視察
作りかけの人形を見つけ組み立てる、その人形に「お父さま」と言われる
(元のマスターは女性だったので、「お母さまが体を用意してお父さまが組み立ててくれた」)
研究所でいろいろやるが人恋しくなる
出掛ける、人形付いてくる。「ワープゲート」を幾つか持って。
人形やその元マスターの知識も大昔のものなのでどこかずれている、主人公は現代人なので言わずもがな。
好きな物を作って暮らし、それを人に役立ててもらうのが嬉しい。権力には興味無い。子供好き。優しい。壊れたモノを修理するのも好き。
僻地の村に着く。宿屋すらない、20から30戸ほど。
老婆と孫(幼女)の家に泊めてもらう。
幼女が水を井戸からつるべで汲むのを見てポンプを作ってあげる
それを見た村人、ポンプを自分にもと頼む。井戸は5、6戸で一つの共同井戸
なんだかんだで村が気に入って腰を落ち着ける、家は老婆の家の隣。
幼女とハイキング、山で火山性ガスを見る
温泉を掘って共同浴場を作る
ライター、ランプ、トイレ、下水(浄化装置、時間魔法利用で短時間で発酵)などを改良していく
魔力子の発見(魔子では語呂が悪い)
たまに来る商人とのやりとり、買うためには村に特産物を。
特産物として「湯の花」とか?
王女一行、おしのびで村に。王女は半年掛けて国中を巡回していた、最後にここ
・・・城から遠いというのをどう説明するか?
身分を隠していて、裕福な商人程度にしか見えない。
村の様子に驚く。泊まるのは当然主人公の家、その頃には家はかなり改装されている
自動人形に驚いたり、村の近代設備や温泉、トイレ、臭気がしないなどに驚く。
それらが全て主人公がしたことだと知り、協力して欲しいと思う
お付き(男女、兄妹?)と相談、翌朝協力要請すると言う、お付きは何も言わないが、その夜の内に主人公の部屋へ。
妹(魔導士)が脱出不可能の結界を張ってからドアを開けるが一瞬の差でワープゲートから主人公、研究所へ。
(実は度々夜に戻っていた)
留守番のオートマタと話、「お父さまは権力、金、女に興味有りません」
翌日、王女、主人公と話す。
主人公、城へ。
客分として。城の「お目付?」が1人付くことに(王女の腹心…女性(ドワーフ少女?))
その国は小国で、魔導大国である隣国に常に脅かされている、かろうじて地形(山?)のために独立を保っている
王不在、王女はまだ若年なので王位に就けない。
産業の振興、通貨の安定など?
気球、飛行船、ボウガンなどを作る傍ら、研究所で飛行機やレーザーなんか作ってたりして・・・
敵の最新鋭ゴーレムとかを容易く打ち破ったりして・・・
最後は王女の戴冠?
以下、未定
こうしてみると、やっぱりワルター伯爵がぶちこわしてくれたようです……。
では、明日からは本編で。
これからもよろしくお願いいたします。
20190104 修正
(誤)仁は簡単荷説明していく。
(正)仁は簡単に説明していく。




