2019年スペシャル その3
第5話 道中
「それではな。リースや、気をつけていくのだぞ」
「はい、父上!」
「グロリア、娘を頼むぞ」
「はい、陛下! この身に代えましても、姫殿下をお守り致します!」
「リシア、ジン殿、娘をよろしく頼む」
「は、はい、陛下」
「はい、陛下」
そんな出発前のやり取りを経て、一行は朝9時、王城正門前を出発した。
アロイス3世に見送られ、仁、礼子、ステラ、リースヒェン王女、リシア、ティアは『自動車』で。
グロリア・オールスタットと配下2名は馬で。
そして仁のゴーレム馬『コマ』が万が一の時の代え馬として、またゴーレム『ゴン』が護衛兼荷物持ちとして同行するという、珍道中めいた顔ぶれである。
「おお! 本当に揺れないのう」
運転席に座るのはステラ。人間である仁より反応速度も速く、危険回避に優れ、疲れることを知らないからだ。
仁は助手席。
座席は2人掛け3列なので、仁の真後ろに礼子、隣にリシアが座り、リースヒェン王女とティアは最後列。
窓が大きめなので外もよく見えるし、開け閉めもできる。今はまだ風が冷たいので閉めている。
一行の先頭を行くのは馬に乗ったグロリア・オールスタット。
その後ろに仁たちの乗る自動車。直後に荷物を担いだ『ゴン』と荷物を積んだ『コマ』。最後尾に女性騎士2名がこれも馬で続く。
この組み合わせは、沿道の人々の興味を惹くのに十分だった。
「お、おい、あれって何だ?」
「騎士様と……馬なし馬車? それにゴーレム?」
「なんで馬が牽いていないのに走っているんだ?」
お忍びなので王家の紋章は一切付けていないが、近衛女性騎士が先導しているとなれば、貴人が乗っていると思うのは当然の流れである。
「どこの貴族様かねえ」
さすがに王族だとは思われなかったようだ。
* * *
「しかしジン殿、凄いな。その『自動車』とやらは」
グロリアが感心したように言った。
「うむ、すごいぞ、グロリア! なにしろ乗り心地が馬車とは比べものにならんのじゃ」
なぜかリースヒェン王女が上機嫌で答えている。
1日目が終わり、一行はシャルル町に到着していた。ここまではおよそ120キロの道のりがあり、普通の馬車では3日行程である。
馬を時速20キロほどの早足で半日駆けさせた結果、3倍の移動距離となったのである。
『ゴン』と『コマ』が荷物を引き受けているということもある。
「この世界の馬は結構丈夫だな」
仁には、体格はがっしりしていて力強そうに見えた。もっとも、仁は競馬で走っているサラブレッドと比較したのである意味当然である。
そして、魔力のあるこの世界、軍用の馬はそれなりにパワーも持久力もあるのは間違いなかった。
「この調子なら、明日にはカイナ村に着けそうですね、お父さま」
「そうだな」
仁と礼子も、自動車の性能に満足している。
「馬が一緒でなければ1日で付けるな」
カイナ村と首都アルバンの間の道のりは270キロくらい。時速50キロで5時間半くらいだ。
疲れを知らないステラに運転してもらっているので十分可能である。
ただ、生き物である馬が付いて来られないのであった。
* * *
翌日は朝8時にシャルル町を出発。
ドッパ村を通過する時、リシアが言った。
「この左手の山道を登ると、クツド鉱山っていう、優秀な鉱山があるんですよ」
「へえ」
ただし、そこに付いている道は細く険しいので、馬車や荷車では無理そうだ。仁がそれを指摘すると、
「そうなんです、馬や牛の背で鉱石を運んでいるんですよ」
とリシアは答えた。
「へえ」
「ほう、そうじゃったのか」
このあたりになると、リースヒェン王女も来たことがないようで、景色に目を楽しませ、珍しいものを見るとリシアやティアにいろいろと尋ねている。
「おお、リシア、あれは何じゃ?」
「トウモロコシ畑ですね」
その声を聞きながら、王族はトウモロコシは食べないんだろうか、などと仁はぼんやりと考えていた。
シャルル町からトカ村まではおよそ70キロ、昼前に到着した。
「ここで休憩だ」
グロリアが言った。この先はトーゴ峠を越えるまで登りが続くから、馬を休ませる必要があるのだ。
ここトカ村には駐屯地があるので、飼い葉を食べさせたり水を飲ませたりするのは楽にできる。
人間たちも、少し早いがついでにここで昼食を摂ることになった。
全員、トカ村村長宅でごちそうになる。
村長はリシアや仁の顔を覚えており、
「久しぶりですな」
と笑った。そして仁が連れてきた『ゴン』を見て、
「あの時は本当にびっくりしましたぞ」
とも。
その話をリースヒェン王女が聞きたがったので、リシアは話して聞かせたのだった。
「ほうほう、そんなことが……ほう……」
普段耳にできないので、こうした話は大好きのようだ、とそれを見た仁は思った
* * *
昼食後、およそ正午にトカ村を発つ。
馬も優秀なので夕方前にはカイナ村に着けるだろう。
最初はまだ平坦な道だが、次第に岩がゴロゴロした露岩地帯になる。
「こんなごつごつした道でもほとんど揺れない、すごいのう」
リースヒェン王女は感心することしきりである。
「そういえば、このあたりで『ゴン』と『ゲン』の元になった謎のゴーレムに襲われたんですよね。もう出ないといいんですけど」
と、リシアがフラグを立てるようなことを言った。
そしてそのせいかどうかはわからないが、先頭を行くグロリアの馬がぴたりと止まった。
ステラも自動車を停止させる。
「何かあったのかな?」
「まさか、またゴーレムじゃ……」
リシアがまたしてもフラグを立てるようなことを言う。
「そのまさかのようだ」
グロリアがぽつりと言った。
それと同時に、ゴンやゲンの元になったゴーレムよりも二回り以上大きなゴーレムが4体、岩の間から現れたのであった。
第6話 ゴーレム再び
「出たか」
剣を抜き、近衛女性騎士グロリア・オールスタットはゴーレムを睨みつけた。
「グロリアさん! 無茶ですよ!!」
仁が叫ぶ。身長3メートルを超える、戦闘用と思えるゴーレム。人間にどうにかできるとは思えない。
それでもグロリアが下がろうとしないので、
「ゴン! 行け! グロリアさんを守れ!」
と、まずはゴンにグロリアのサポートを命じた。
残った2名の女性騎士は、自動車の左右に付き、リースヒェン王女を守る形となる。
路面状況は悪く、仁の自動車なら敵ゴーレムを振り切ることはできそうだが、馬では無理かもしれない状況だ。
その後、様子を確認した仁は、『攻撃は最大の防御』とばかりに、
「ステラ、ティア。王女を守ってくれよ。……礼子、奴らを蹴散らせ!」
と指示を出した。
「はい、お父さま」
守りはステラとティアに任せ、礼子は自動車を飛び出していった。
「むっ、硬いな!」
グロリアは持ち前の速度を生かし、ゴーレムの1体に斬撃を浴びせるが、厚い装甲に僅か傷を付けただけ。
「グロリア様、危険です」
ゴーレムのゴンが敵ゴーレムの拳からグロリアを守った。
ガン、と鈍い音が響き、腕が1本消し飛んだ。
……敵ゴーレムの腕が。
「す、すごいな!」
それを見たグロリアは、再度ゴーレムに斬りかかる。
「ですから、危険です」
ゴンは敵ゴーレムに体当たり。ゴンの体格を遙かに上回る敵ゴーレムだったが、仁が改造し、いまはほぼ別物と化しているゴンのパワーに、耐えられず転倒した。
「チャンス!」
またもやグロリアは前に出て、転倒したゴーレムに繰り返し斬撃を浴びせていた。
とはいえ、闇雲に斬りつけているのではなく、右の膝関節を執拗に狙っているため、20回目くらいでついに関節が砕けた。
すかさず飛び下がるグロリア。
一瞬前まで彼女がいた場所を、別のゴーレムの拳が通り抜けた。
「なっ! 新手だと?」
もう2体、同じ型のゴーレムが現れたのだ。
ゴンは今、2体を相手取っており、新たに現れた2体への対処は遅れそうだった。
「くっ、間に合わないか!?」
体勢を崩したグロリアは、敵ゴーレムの次なる攻撃をかわす余裕がなくなっていた。
だがそこに、援軍が到着する。
どがあん、という擬音に相応しい勢いで、今しもグロリアを襲おうとしていた敵ゴーレムが吹き飛ばされる。
礼子が跳び蹴りをかましたのだ。
体重差はあったが、礼子は速度と力で大きく勝る。
敵ゴーレムは5メートルほど吹き飛び、背後の岩を粉砕して停止した。
「レーコ嬢!」
グロリアが礼子の名を呼んだ。背後から別の敵ゴーレムが礼子に襲いかかったからだ。
だが。
「うるさいですね」
礼子をつかまえようと屈んだゴーレムの頸部に、ジャンプ一番、アッパーを一撃。
敵ゴーレムの首がもげて宙に舞った。
それでも止まらないゴーレムは二歩、三歩、歩みを止めない。
「もう止まりなさい」
礼子はそんな敵ゴーレムの足を掴むと軽々放り投げた。
10メートルほどの高さまで放り上げられた敵ゴーレムは岩場に落下し、こんどこそ動かなくなったのである。
続いて礼子は、ゴンの応援に向かう。
ゴンは、二回り以上体格の違う相手に対し善戦しているが、2対1では少々荷が重いようだった。
が、そこに礼子が加われば、一気に形勢は逆転する。
まず1体を礼子がスクラップにすれば、ゴンも1対1となった相手を抱え上げて岩場に叩き付ける。勝利は目前だ。
残るは1体。
それが仁たちの乗る自動車へと向かっているのを見た礼子は、足下にあった拳大の岩を掴み、敵ゴーレム目掛け投げつけた。
もの凄い音がして岩は粉々に砕け散ったが、敵ゴーレムも転倒した。
そして一飛びで駆け寄った礼子は、敵ゴーレムの足を掴むと、ゴンの方角へと放り投げる。
ゴンも心得たもので、岩場に叩き付けたゴーレムを持ち上げ、飛んでくるゴーレム目掛け投げつけた。
空中で激突する2体のゴーレム。
腕はもげ、頭部はひしゃげて、2体とも完全に停止する。
ここまで2分。
もう新手は現れないことを確認するため、礼子は岩場周辺を偵察した。
ぽんぽん、と、岩から岩へ飛び移りながら確認。
「周囲1キロには異常ありません」
と、5分後に報告を行った。
「よし、礼子、ゴン、ご苦労だったな」
仁は労いの言葉を掛けると、壊れたゴーレムを手早く工学魔法で処理していく。
「ジン殿、何を?」
グロリアが尋ねると、
「『制御核』を切り離して、万が一にも動き出さないようにしてます」
と仁は答えた。
同時に、この6体のゴーレムの詳細についても把握する。
(前と同じく中身は魔石、魔岩か)
ただし、より洗練された形状……不要な部分は肉抜きされて軽量化されていた……になっており、出力も向上していた。
(外装は鋼鉄に『硬化』を掛けたものか)
それでもグロリアの剣を防ぐだけの強度があったわけだ。
「制御核は……これか」
あとでゆっくりと解析しようと仁は思った。
「ジン殿、その綺麗な石は何だ?」
と、グロリアにも聞かれたので、
「これは制御核と言いまして、ゴーレムの頭脳みたいなものですね。解析すれば、こいつらを送り出した奴らのことがわかる……かもしれません」
「何! 本当か?」
「ええ。ですが、おそらくはだめでしょう。これだけのことをする奴らが、簡単に尻尾を掴ませてくれるとは思えません」
「むう……確かにそうだな」
「ですが、駄目で元々です。あとでゆっくり調べてやりますよ」
「頼む。そして何かわかったら教えてくれ。陛下にも報告したい」
「もちろんです」
こうして、再度のゴーレム襲撃は蹴散らした仁たちであった。
「おお、ジン! そなたのレーコは凄いのう! レーコが一緒なら何の心配もいらぬな」
「お褒めいただき光栄です」
自動車に戻った仁と礼子を、リースヒェン王女は褒めちぎった。
そしてまた一行は進み出す。
引き返した方がいいのでは、とグロリアが言ったのだが、リースヒェン王女は頑として聞き入れなかったのだ。
そして、礼子とゴンがいるということで、当初の予定どおりカイナ村を目指すことにしたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20190405 修正
(誤)馬を時速20キロほどの早足で半日掛けさせた結果、3倍の移動距離となったのである。
(正)馬を時速20キロほどの早足で半日駆けさせた結果、3倍の移動距離となったのである。




