2019年スペシャル
明けましておめでとうございます。
未来篇でも不遇なリシアのためと、初心に返るべく……。
2017年のリシアルート篇の続きになります。
第1話 仁の工房
3460年春のクライン王国、首都アルバン。ここは城塞都市である。
その片隅に、小さな工房があった。
国王アロイス3世自ら『魔法創造士』の称号を与えた魔法工作士、二堂仁の工房である。
片隅といったが、正確には城壁の外に工房はあった。
仁が、いろいろ実験したいから、城壁内ではなく外がいいと主張したためである。
ただし、城壁にある非常用出入り口のすぐそばなので、正門が閉められても出入りできる。これは第3王女リースヒェンの進言によるものであった。
「ジン、来たぞ。……何をやっておるのじゃ?」
リースヒェン王女はよほど仁が気に入ったとみえ、三日にあげずやって来る。
「仕事ですよ」
「ほう。……それはペン先か?」
「はい」
仁は今、ラグラン商会向けのペン先の加工中であった。
工房を営んでいるとはいえ、城外であるし、『魔法創造士』の称号を持っているとはいえ、世間的には無名の仁であるから、お客が来るはずもなく。
士爵待遇で、加えて優勝の副賞として向こう3年間、納税の義務が免除されている。そしてリースヒェン王女の乳母自動人形ティアを直した礼金があるため、食うには困らないのだが、仁としては食い扶持だけは働いて稼ぎたかった。
そこで思い出したのがラグラン商会である。
ペン先、コンロ、ゴムボールが仁の商品である。
ペン先とコンロはラグラン商会から素材を仕入れ、加工して納入する形を取ることとなった。
ゴムボールについてはカイナ村で集めた樹液をこちらで加工することになる。
どちらも蓬莱島から素材を取り寄せることもできるのだが、少量ならともかく大量にそれをやると入手経路を探られかねないのでやめて置いた仁である。
「ほうほう、50個のペン先をいっぺんに作るのじゃな。……器用じゃのう」
「ええ、出来上がったらこうして切り落として、また作るんですよ。……『変形』」
「おお! 面白いのう」
そこへ、ラグラン商会のローランドがやって来た。
「ジンさん、どのくらい出来上がっていま……王女殿下!?」
そしてリースヒェン王女を見て仰天する。
「ど、ど、どうしてこちらに!?」
「うん? そもそもこの工房は王家が用意したものだ。来てはいかんのか?」
「そ、そういうことではなくてですね」
ここでリースヒェン王女お付きの護衛騎士、グロリア・オールスタットから助け船が入る。
「姫様、彼が言うのは王族が平民の居場所に軽々しく入るべきではないと言っているのです」
「なんじゃそんなことか。大丈夫、ちゃんと父上には許可をもらっておる」
そう言うことではないのだが……と、ローランドは脱力した。そして……。
「ジンさん、どのくらいできてますか?」
思考放棄したのである。
「あ、今出来上がっているペン先は青銅が1000と150、軽銀が200ですね」
「おお! もうそんなにですか。では青銅のペン先1000と軽銀の200をいただいていきます」
「わかりました。礼子、出して差し上げて」
「はい、お父さま」
奥から礼子が箱に入ったペン先を運んできた。
「おお、用意がいいですね」
そう言ってローランドはペン先の数をざっと確認する。
「間違いありませんね」
半分は仁を信用しているがゆえの言葉だ。
そしてローランドは代金を置いて帰っていった。
「ほう、あれがラグラン商会の者か。なかなかのやり手のようじゃ」
ポンプの普及に貢献したということで、王室にもラグラン商会の名前は聞こえていたようだ。
その時、
「ジンさん、お掃除終わりましたよー」
という声と共に、奥からリシアが出てきた。白い割烹着を着て、頭には三角巾を被って。
「あ、姫様、教官」
「リシア、なんじゃ、その格好は?」
リースヒェン王女は、見慣れない服装に目を見張った。
「え、ええと、ジンさんの故郷での作業着だそうで」
「作業着にしてはいい生地を使っているように見えるぞ」
グロリアも少し呆れたような声を出した。
そう、仁はこの割烹着を『地底蜘蛛の糸』で織った布で作っているのだ。
耐熱性、耐引裂き性、耐溶剤性など、最高レベルにある超レア素材で。……もちろん自覚はない。
「こういうのを、何というんじゃったか……そうそう、『内縁の妻』じゃ」
「ええええ!?」
「姫様、それを言うなら『内助の功』では?」
グロリアが突っ込みを入れる。
「そうとも言うのう」
「いえ、そうとしか言いません……それに、その言葉の意味は『夫の外部での働きを支える妻の功績』という意味ですからリシアの場合は当てはまらないかと」
「あ、あの……」
さらなるグロリアの言葉に、リースヒェン王女よりもリシアの方がダメージを受けていた。
仁としては、工房の助手を礼子に務めてもらっているので、部屋の掃除や片付けがなおざりになっており、それを見かねたリシアが掃除をかって出てくれた……というのが真相である。
蓬莱島からソレイユやルーナを呼び寄せることも考えたのだが、いきなり彼女らが現れたことを説明するのが面倒なので実行しないでいた、という背景もある。
「近々助手になるゴーレム作ろうかな……」
仁が考えているのはソレイユ、ルーナの妹になる同型のゴーレムだ。
素材は蓬莱島から既に取り寄せてあるから、あとは組み上げるだけ。
(今夜にでも作ってしまおう)
それが出来上がれば、この工房ももう少しうまく回せるだろうと考える仁であった。
* * *
「骨格は軽銀で……と。礼子、そっちの魔導神経線繋いでおいてくれ」
「はい、お父さま」
予定どおり、その日の夜、仁は礼子を助手に、助手となるゴーレムを組み立てていた。
「よし、これで完成だ」
ソレイユ、ルーナと同型で、色は青銅っぽく、明るい黄みがかった銅色。
「名前は……『ステラ』だ」
ソレイユが太陽、ルーナが月なので、その妹はステラ(星)に決めた仁である。
「ステラ、『起動』」
「はい、お父さま」
「調子はどうだ?」
仁の言葉に、ステラはセルフチェックを行い、
「はい、問題ありません」
と答えた。
「よし。それじゃあ、これからよろしく頼むぞ」
「はい、お任せください、お父さま、お姉さま」
ステラもまた、ソレイユとルーナと同様、仁をお父さま、礼子をお姉さまと呼ぶ。ただし、人前ではご主人様、お嬢様と呼ぶように仁は指示を出した。
「ステラ、頑張りましょうね」
「はい」
こうして、仁の工房はまた少し賑やかになったのである。
第2話 自動車
翌朝。
「えええええ! 一晩で作ってしまったんですか!」
仁の工房を訪れたリシアがびっくりして大声を上げていた。
工房ができてからというもの、毎日リシアは仁の饗応役として家から通って来ているのだ。
通い詰めであっても通い妻ではない。
「うん。今まで面倒掛けていたよな。ありがとう」
(……ずっと面倒掛けていてくれてもよかったんですけどね)
「え? 何か言ったか?」
「い、いいえ、何も」
「そっか。……この子の名前は『ステラ』だ。ステラ、彼女はリシア。俺の友人だ。覚えておいてくれ」
「はい、ご主人様。……リシア様、今後ともよろしくお願いいたします」
「え? あ、はい、こちらこそ!」
リシアも慌てて挨拶を返した。
「はあ、まったく、ジンさんの作るゴーレムは人間そっくりですねえ」
「ありがとう。……1から作ればこんなものなんだけどな」
ゴンとゲンはベースが謎のゴーレムだったので除外する。とはいえ、『制御核』は仁謹製になっているので、動作は滑らかだし、発声も流暢である。
「さて、昨日納品したから、しばらくは好きなことできるな」
ローランドはだいたい10日に1回、買い付けにやってくる。
今のところはペン先だけだ。
カイナ村に行けないと、グッタペルカもどきのゴムも手に入らないし、火の魔石も同様。
なので仁は、カイナ村へ堂々と向かえる『足』を作りたかったのである。
「じゃあ私は、お昼ご飯用の食材を買い出しに行ってきますね」
「いつも悪いな」
「いいえ、このくらい」
クライン王国首都アルバンでの買い物は、慣れたリシアに頼んでいる仁であった。
「空を飛ぶ……のはまずいかなあ」
模型飛行機は作ったことがあるが、自分が乗れるようなものとなると……。
憧れるが、危険でもある。まずは確実なところで、自動車にしよう、と仁は決めた。
作るものが決まれば、次は構想、そして設計、素材集め、最後に製作だ。
「4輪でいいだろう。オフロード車も4輪でやっていたしな」
自走砲のように、車重が重いならばともかく、通常の範囲内ならば4輪でいいと仁は判断した。
ゴーレム馬の『コマ』でもいいのだが、積載量が足りない。
ゴーレム馬に牽かせる馬車は……面白くない。
ゆえに仁の結論は『自動車』なのである。
「問題は2つ……か」
タイヤとエンジンをどうするか、である。
カイナ村に帰ればゴムが手に入るからゴムタイヤを作ることもできる。
だが今は、ゴムが手元にない。馬車と同じく、木製にして『硬化』を掛けておくしかなさそうだ。
もう1つはエンジンである。
「こっちはおおよその構想はあるんだよな」
仁の構想とは、要するに自転車だ。クランクペダルを漕げば車輪が回る。
今のところ歯車が作れないので直結になるが、仁の技術力なら問題はない。
「どうせなら4輪独立させて制御するか」
4輪全てに『ゴーレム足式エンジン』を取り付けて4輪駆動にすれば、走破性が上がるだろうと仁は当て込んだ。
「制御は中央頭脳を作って……」
うまくやれば、戦車のようにその場で方向転換……『超信地旋回』が出来そうだ。まあ、車輪と地面の負担は相当大きいだろうが。
「そっちは非常時だな」
一応はハンドルで操作することになる。
ミッションがないのでギヤチェンジもクラッチもいらない。遊園地のゴーカート並みの扱いやすさを目指そうと、仁は考えた。
「整備性を考えて、フレーム構造にするか」
最近の自動車はモノコック構造といって、車台と車体を組み合わせた際に全体で強度を確保している。
剛性(変形しにくさ)が高く、軽量にできるが、ぶつけるなどして一部が破損するとその影響が全体に及び、強度が低下してしまう。
仁は、悪路が多いこの世界向きな、フレーム構造を採ることにした。
「ラダーフレームだな」
トラックや一部のオフロード車に採用されている形式で、フレームの外観がラダー(ハシゴ)に似ているからこの名がある。
「軽銀を使いたいが……鉄系にしておくか」
軽銀(この世界ではチタンをそう呼ぶ)は非常に高価である。
蓬莱島には売るほどあるが、ここクライン王国では……いや、他の国々でも、ふんだんには使えない。
ゴーレムや自動人形に使う程度なら比較的少量なので、蓬莱島から取り寄せてもばれることはないだろうが、自動車となると別だ。
「ゴーレム足エンジンは軽銀にするとして、フレームは鉄の合金……ニッケルを混ぜて五半ニッケル鋼でいこうかな」
本来ならニッケルクロム鋼やニッケルクロムバナジウム鋼を使いたいのだが、クロムもバナジウムも一般的ではない。
ニッケルはレアメタルの1つであるが、こちらの世界では紅砒ニッケル鉱といって、銅鉱石に見える鉱石が割合大量に採れるため、安く手に入るのだ。
この紅砒ニッケル鉱は、いかにも銅が採れそうで採れないため『悪魔の銅』とも呼ばれ、その悪魔ニックから『ニッケル』の名前が付いたという。
「紅砒ニッケル鉱があって、ニッケルが利用されていないということは、砒素が多く出回っているんだよな……怖ええ」
砒素は単体で、また化合物の多くが猛毒の元素である。
農薬や殺鼠剤に使われ、『石見銀山ねずみ取り』は砒素の化合物である亜ヒ酸を含む。
急性症状を起こさないほど微量でも、身体に蓄積して慢性症状を起こすので要注意だ。
閑話休題。
「砒素の解毒方法も考えておいた方がよさそうだな……」
心の片隅にメモした仁であった。
そして、仁が楽しげにやっていると、
「ジンさん、今日は何してるんですか?」
リシアが買い物から帰ってきた。
当然、仁が何をやっているのか目にするわけで……。
「え? これって馬車……? じゃないですよね?」
と驚いた顔で作りかけの自動車を見つめる。
「ああ。こいつは馬なし馬車、『自動車』っていうんだ」
「自動車、ですか……凄そうですね」
「ああ。出来上がったらカイナ村まで行くのが楽になるぞ」
「へえ……楽しみですね」
「ああ、楽しみにしていてくれ」
そして仁は再び作業に没頭。リシアはそのまま仁の仕事ぶりを見ていたのだが、みるみる形になっていく『自動車』を見て、目を丸くしていた。
(す、すごいです……これが、ジンさんの、本気……)
フレームができれば、それを礼子とステラが軽々と支えているうちに車輪が取り付けられた。
そしてステアリングが、制御装置 (リシアにはそうとはわからないが)が、『魔素変換器』や『魔力炉』が……。
「……はあ」
思わず溜め息が漏れてしまうリシアであった。
「やっぱりジンさんですね……」
その日の夕方、『自動車』は完成。
「はあ……これが、『自動車』ですか」
「うん。もうこんな時間か……。試運転は明日だな」
「あ、でしたら明日、見せてくださいね? ……私が見ていないところで試運転しちゃいやですよ?」
「ああ、うん……」
空は黄昏て、もう星が瞬きだしていた。
本年もよろしくお願い申し上げます。
20190104 修正
(誤)なので仁は、カイナ村へ堂々と迎える『足』を作りたかったのである。
(正)なので仁は、カイナ村へ堂々と向かえる『足』を作りたかったのである。
20190104 修正
(旧)ステラもまた、ソレイユとルーナと同様、礼子をお姉さまと呼ぶ。
(新)ステラもまた、ソレイユとルーナと同様、仁をお父さま、礼子をお姉さまと呼ぶ。ただし、人前ではご主人様、お嬢様と呼ぶように仁は指示を出した。




