2014 新年特別企画
2014年 新年特別企画で書いたものをこちらに移し、1本化しました。
《1》 プロローグ
「……どこだ、ここ」
仁はそう口にした。確か、カイナ村へ行こうと、転移門をくぐった筈なのに、その転移門さえ見えない。
あたりは一面明るい灰色をした何も無い空間である。
「まさか、また転移門の暴走か?」
仁がそう呟くと、どこからとも無く声がした。
『そうではない。我が呼んだのだ』
「だ、誰だ!?」
『我は我。名は無い。お前たちの概念では神、と言うのが最も近いかもしれんな』
「神だって?」
いきなりのとんでもない単語に仁は目を剥いた。
『まあ呼び方はなんでも良い。要は世界の管理者ということだ』
「管理者?」
『そうだ。世界は無数にあり、それぞれには管理者がいる。管理者といっても実体があるわけではない。力の集合体、と言えばいいか』
仁は黙って聞いていた。あまりにも突拍子もない話だったからだ。
『……というわけで、お前たちに分かる概念で言えば、我は3601世界から3640世界までを担当する管理者ということになる』
「で、その管理者が何の用なんです?」
『うむ、はっきり言おう。3619世界がイレギュラーのせいで不安定になっている。それを修復して欲しい』
「は?」
『お前の能力は3601世界で観察させてもらった。十分我の代理人が務まる。だからお前を選んだ』
「でもなんで俺……」
『お前が一番適任だったからだ。つべこべ言うな。行ってこい』
「あ」
管理者は気が短いらしい。視界が暗転したかと思うと、仁の意識も遠のいたのである。
《2》 異世界チート
「う……」
仁は目を開けた。森の中である。常緑樹の森らしく、暗い。遠くから鳥の声が聞こえる。
「どこだ、ここ……」
立ち上がってみる。身体に異常は無い。着ているのもいつもの服。地底蜘蛛の糸で織った生地で出来た服である。
「礼子!」
一番頼りになる自動人形を呼んでみる、が、いつもなら即座に返ってくる返事が無い。
「まさか、俺一人か……」
仁は、夢か現か、先ほど世界の管理者と名乗る存在の言った事を思い出した。
『イレギュラーのせいで不安定になっている。それを修復して欲しい』
「……まったく、俺に何が出来るって言うんだ」
そう仁が呟いた時、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
「……テンプレ過ぎる」
そう呟きながらも仁の足は悲鳴の方角に向かって走り出していた。
するとどうだろう、軽く走ったつもりなのに、その速度はものすごく、仁は呆れた。
「異世界チートってやつなのか……?」
あながち間違いではない。世界の特性はいろいろあり、たまたま仁がいたという3601世界の物質は、3619世界よりもポテンシャルが高いということなのだ。
その一つが原子・分子の結合力。質量や密度はあまり変わらないが、結合力が比較して数十倍以上。つまりどういう事かといえば。
「わっ」
木にぶつかりそうになった仁は避けようとしたが間に合わずそのまま突っ込み……
……何事も無く通り過ぎた。後方ではぶつかった木が地響きを上げて倒れている。
そういうことだ。要は、この世界の物質は仁に比べてヤワで脆い、ということ。いや、相対的に仁の身体が強靱すぎるのだ。
「これが代理人が務まると言った理由か……」
仁から見たら、岩ですら発泡スチロール並。それを知った仁は、もう避けることなく一直線に悲鳴の元を目指した。
あとに残ったのは倒れ伏した大木と砕けた岩、凹んだ地面。はっきり言って自然破壊である。
《3》 襲われた人たち
油断した、とリーシアは臍をかんだ。
まさかこの森にソードマンティスが出るなんて。
ソードマンティスは体長2メートルを超える大カマキリである。その鎌は鋼の剣よりも鋭く、人間の身体など容易く両断してしまう。
それが2匹、襲ってきたのだ。
護衛の兵士4名は既に息が無く、残る5名も深手を負っている。
リーシアが軽傷で済んでいるのはオリハルコン製の鎧を着ているおかげだ。
また1人、兵士が両断され……断末魔の悲鳴が上がる。
だが彼女には何も出来ない。なぜならば、彼女は彼女で、ニードルビーから主を守っているからである。
ニードルビーは体長5センチの蜂である。飛行速度も速く、熟練の剣士でなければ捉えきれない。
ソードマンティスの攻撃の大半は兵士が、そしてニードルビーはリーシアが受け持っていた。
「きゃあああああ!」
ニードルビーに胸を刺され、また1人倒れた。
ニードルビーの鋭い針といえど、オリハルコンの鎧を貫く事は出来ないが、関節、顔、手首、露出している場所を刺されたらお終いだ。
その毒は即効性で、心臓を麻痺させ死に至らしめる。
「くっ! 落ちろ!」
10匹目、最後のニードルビーを叩き落としたリーシアであったが、さすがに疲労は隠せない。
「神官の言葉なんぞを信じたばかりに……!」
悔しさがこみ上げるが、今は戦わねばならない。そんな彼女の目の前にソードマンティスがもう1匹、現れた。
「なん……だと……」
残った3名の兵士とリーシアにはもはや勝機は無いように見えた。
《4》 衝突
猛スピードで走り続けた仁の前に、1台の馬車が現れた。
と同時に、それを取り囲む巨大なカマキリが3匹。そして周囲を跳び回るでかい蜂。
馬車の周りには6人ほど倒れており、うち5人は身体が真っ二つだった。
「やばい、勢いで走ってきたけど俺に勝てるのか!?」
後悔が頭をよぎる。停止しようとしたが、この世界の地面の強度は仁の疾走(およそ時速100キロ)を瞬時に止められるほど強くなかった。
走ってきて泥濘で止まろうとしたようなものと思ってほしい。
「う、うわああああ!」
止まるに止まれず、仁は走ってきた勢いそのままに巨大カマキリに激突した。
その様は巨大な豆腐に戦車がぶつかったようなものと言えばいいだろうか。
カマキリは一瞬で形を留めない『何か』に変わってしまった。
それでもまだ仁は停止せず、バランスを崩したため振り回した腕がもう一体の巨大カマキリの頭部に触れた。
するとその巨大カマキリの頭は跡形もなく吹き飛んでしまった。
更に仁は進行方向にあった木を4本ほどなぎ倒し、ようやく停止する事が出来たのであった。
「あー、酷い目にあった」
ぼやいて振り返った仁の目に入ったのは、今まさに巨大な鎌を振り下ろそうとするカマキリ。振り下ろす先は若い女性だ。
「『ライト』」
仁は慌てて、自分がもっとも得意な攻撃魔法を放った。
《5》 救援
リーシアは目を見張った。どこからとも無く現れた人影。その人影はあろうことか、ソードマンティス一体を粉々に粉砕し、更には振り回した腕でもう一体の頭部を吹き飛ばしてしまったのである。
どんなに優れた強化魔法の持ち主でも出来ないであろう芸当である。
その人影はリーシアたちがいた場所を突き抜けて、堅牢無比と言われる樫の大木4本をなぎ倒してしまったではないか。
あまりのことに動作が止まってしまった彼女が目の前の敵に視線を戻すと、ソードマンティスが大鎌を振り下ろそうとしていた。
「うわああ!」
本能的に剣を頭上にかざして防ごうとしたものの、理性はもう駄目だ、と判断し、目を閉じてしまった。
その目蓋が一瞬明るくなったのには気が付いていたが、覚悟をしていた激痛はいつまでたってもやってこなかった。
「…………?」
リーシアがおそるおそる目を開けると、上半身が無くなったソードマンティスがそこに転がっており、それをしてのけたと思われる人物がゆっくり歩いてくる所だった。
助けてくれたのであるから味方だと信じたい。が、その人物は奇妙な体形である。髪は短いし、胸は真っ平ら、腰もくびれておらず、尻も小さい。
髪が短いのはまあいい。だが、子供には見えない身長にもかかわらず、胸と腰と尻の形状はいかにも不可解である。
敵の敵が味方とは限らない。
「た……助けてもらったことは感謝する。貴殿は何者か、それをお聞きしたい!」
ソードマンティス3体を容易く屠るような相手に敵うはずもないとはわかっているが、守るべきもののあるリーシアは精一杯の虚勢を張って、目の前の不思議な人物に声を掛けた。
その人物は立ち止まり、言葉が分かるとかなんとかぶつぶつ呟いたあと、
「俺の名前は仁。悲鳴が聞こえたから助け……に来たんだ」
そう言ったではないか。ほっと、力を抜いたリーシア。その目に、生き残っていたニードルビーが映った。
そのニードルビーはまっすぐ仁と名乗った人物を目指していた。
「危ない!」
そう叫ぶのと、ニードルビーが仁の左肩に針を繰り出したのは同時であった。だが。
「……嘘……」
ニードルビーの針は仁の服ですら貫く事は出来ず、曲がって折れたのである。
「ん?」
左肩に違和感を覚えた仁は軽く右手で払った。その手が触れたニードルビーは、ばらばらになって吹き飛んだ。
《6》 巫女姫
「そのお力! あなた様こそ予言の救世主様!」
馬車の中から飛び出した小さな影が一つ。
その影は、仁の前に跪いた。
「ひ、姫!?」
慌てるリーシア。仁も驚いた。
跪いているのは10歳くらいの黒髪の少女。
「……礼子?」
「救世主様、わたくしはナイカ王国の第1王女にして巫女姫、レイ・コーニー・ド・ヤレデーンと申します。どうぞレイとお呼びくださいまし」
「は、はあ」
礼子ではなかったようだ。
「3日前、我等が神からの神託がありました。この世界を救う救世主をお遣わしになる、と。そのお告げ通り、貴方様が降臨なさいました! どうか、この世界をお救いください!」
展開に仁は付いていけないでいる。
だが、『管理者』が何と言っていたか、思い出す。
『3619世界がイレギュラーのせいで不安定になっている』
『それを修復して欲しい』
『十分我の代理人が務まる』
それはつまり、こういう事なのか。ならば、その使命を果たさない限り、元の世界に戻る見込みはないということ。
「……わかった。とにかく、詳しい事情を聞かせて欲しい」
《7》 情報
命を落とした兵士を土に埋めた後、仁は王女=巫女姫の馬車でナイカ国の王城へ向かう事になった。
途中、魔物が襲ってきたりもしたが、仁の『ライト』で全て消し飛ばした。
その度に、巫女姫やリーシア、それに生き残った4名の護衛は仁へ尊敬と期待を込めた眼差しを向ける。
道々、事情を説明してもらう仁。
それによると、ここ10年ほどで、元からいた生き物が魔物へと変質し、より強く、より凶暴になり、人間を襲うようになったと言う。
その原因は『魔王』と呼ばれる3体の存在にあるらしい。
3体の『魔王』の正体は不明。だが、同じく神託によれば、救世主が『魔王』を倒せば、魔物は以前と同じ生物に戻るだろうという。
「安直だが……原因を倒せば片が付く、と言う意味では効果的なのかな」
その他にも、この世界の通貨が『En』であるとか、1Enが銅貨1枚で100Enが銀貨1枚、10000Enが金貨1枚という事。
ナイカ王国の他にはルルシャ王国とイクラン王国、それにロウショ教国の4強がこのイマスター大陸を統治している事などを教わった。
そして一番驚いたのは、住民のほとんどが女性だったことだ。
「『男性』という存在がずっと昔にいたことは聞いています。でも、5000年か4000年前には何故かいなくなってしまったということなんです」
「じゃあ、どうやって子孫を増やすんだ?」
そう仁が尋ねると、巫女姫……レイは『?』という顔で首をかしげた。
代わって答えたのは護衛隊長のリーシア。
「こ……子供が欲しい時は、町や村にある神殿の奥の部屋へ行き、神に祈る。そうすると心が清らかならば子供を授かると言われている」
「……なんだそりゃ」
その件を突き詰める意味も無さそうだと、仁は早々に諦めた。むしろ、魔物の事を聞いた方が余程参考になる。
それで王城までの時間を、仁は魔物の情報収集に費やしたのだった。
《8》 王様
王城は絵に書いたようなお城であった。西欧風で、石造りで、尖塔が建ち、鎧を着た兵士が守っている。
ただその兵士全てが女性であるところにはものすごい違和感を覚えたが。
「余が123代ナイカ国国王、ステリアーナである」
銅色の髪を垂らした恰幅の言い女性が国王であった。
「仁・二堂と申します」
「うむ、姫から聞いた。そなたはソードマンティスやニードルビーをいとも容易く屠る実力の持ち主だそうじゃな。神託とも一致する。是非ともこの国、いやこの世界を救って欲しい」
「はい、そのつもりです」
「おお、さっそくの承諾、感謝する! ついては援助のため、けやきの棒と100Enを与えよう」
「……いりません」
さらっと断る仁。と言うか、(なんだよ、けやきの棒って)と思いながら口には出さない。
「それよりも案内役をつけて下さい。道中いろいろ聞きましたが、やっぱり地理に不案内というのは困りものですから」
「わかった。リーシアとレイを付けてやろう」
「え゛」
リーシアはともかく、まさか第1王女を付けると言われるとは思わなかったため、おかしな声が漏れてしまった。
「リーシアは若手1の使い手だし、レイが一緒ならどこへ行っても顔パスじゃぞ」
まさかの理由である。もしかしてレイはこの王様の娘じゃないのではないかと密かに思う仁であった。
《9》 出発
「はい、そうですよ」
「え゛」
冗談でレイに聞いたらあっさり肯定されたのでまたしても変な声を出してしまう仁。
「私は先代、122代国王の娘です。今の国王は従姉に当たります」
そのため、第1王女とは言っても、子供を持つことが許されない巫女姫になっている、と言った。
「…………」
深刻な顔の仁にレイは笑いかける。
「ふふ、そんな顔をしないでください。救世主様のおそば近くにいられる、これ以上の幸せがあるでしょうか」
「…………」
いい笑顔で笑うレイを見て、もう何も仁は言えなかった。
「ジン様、馬車の用意ができました」
リーシアが2頭立ての馬車を御してやって来た。
馬車は幌付きで、中で宿泊もできる。食料と水は5日分積んであるそうだ。
「よし、行こうか」
どこか軽い調子で仁はそう言った。
「はい、救世主様!」
高いテンションでそれに和するレイ。
「では、出発します」
リーシアが手綱を取り、3人を乗せた馬車はゆっくりと冒険の旅に向け、動き出した。
目指すは地方都市、ラァガである。
《10》 商人
ナイカ国王城を出ると、あたりは田園風景となり、さらに草原、そして森へと取って代わられていった。
1日目は何事も無く。
2日目は、数匹の魔物が襲ってきたが、全て仁が返り討ちにした。
3日目。午前中は何事も無かった。が、午後。
「ジン様、悲鳴が聞こえます」
御者をしているリーシアがそう言った。
「何!?」
「誰か魔物に襲われているようです」
「急ぎましょう!」
巫女姫、レイがそう言った。仁も頷く。リーシアは馬に鞭をくれた。
馬車は今までの倍以上の速度で走り出す。が、乗っている者に振動はそれほど伝わっては来ない。
というのも、仁が暇に飽かせて改造していたからである。もっとも、限られた材料なので、元の世界で仁が乗っていた馬車には遠く及ばないが。
「見えました!」
馬車を飛ばして3分、前方に、魔物数体に襲われている商人らしい馬車が見えてきた。
「あれは……ウルフファング!」
体長1.5メートル程の狼型の魔物である。その牙は普通の狼の3倍は大きく、爪も鋭い。何より群れで襲うのでやっかいな魔物であった。
「魔法障壁で防御しているようですが、もう長くは保たないでしょう!」
仁はそれを聞くと、馬車から飛び出した。
地を蹴り、疾駆する。速度は時速100キロ。だが、今度は前のようなへまはしない。減速に十分な距離を使い、危なげなく接近。
そして1頭のウルフファングを蹴り飛ばした。
「ギャン!」
一声鳴いて魔物は事切れた。それを見たウルフファングの半数が仁に向かってくる。これ幸いと、仁はライトを放つ。
射線上に味方がいなければ躊躇いはない。すぐに仁を襲ったウルフファングは全滅。残るは馬車を襲っている5頭である。
馬車の魔法障壁は、ウルフファングが半数になったことで、まだ保ちこたえていた。
それを見た仁は、横に回り込み、ライトの射線に馬車が入らないようにしてから魔法を放った。
数秒で、生きているウルフファングは1頭もいなくなった。
魔法障壁も消える。
「あ、ありがとうございました!」
乗っていたのは2人。
「私どもはこの先の都市、ラァガの商人で、私はローラン、これは娘のエリーです」
その頃、リーシアたちが乗った馬車がようやく到着した。
《11》 地方都市ラァガ
「そうですか、貴方様が救世主様」
遅れて到着したリーシアとレイから話を聞いたローランは恐縮している。娘のエリーは仁に熱い眼差しを向けていた。
「ええ、今は魔王を倒すために旅をしているのです」
なんとなくレイはエリーの視線が気に入らなくて仁とエリーの間に割って入ったりしている。
「ええ、ですからのんびりはしていられないんです」
「それはわかります。でも旅にはいろいろと入り用でしょう? お助けいただいたお礼に、食料を援助させて下さい」
ローランの提案に、リーシアがそれは助かる、と言ったので、レイが反対する間もなく決まってしまった。
その夜は共に野営。夜中に何かあるかと心配したが、特に何事も起こらず朝を迎えられた。
そして2台の馬車は並走、午後早くにラァガに到着できたのである。
馬車は町の外にりっぱな預かり所があった。レイの顔と名前、そして魔王討伐の名目で無料となる。
ローランたちは商会に馬車置き場があるのでそちらに回った。後から仁たちは訪ねていくつもりである。
「へえ、ここがラァガか」
周囲は3メートルほどの石垣が組まれ、魔物除けになっていた。
入り口は数箇所あり、門衛らしきものが守っている。気軽に仁はその門衛に挨拶した。
「ここは ラァガの まちです」
「うん、それで、ちょっと道を聞きたいんだけど」
「ここは ラァガの まちです」
「いや、だから、ローランという人の商会はどこに……」
「ここは ラァガの まちです」
「だから……」
少し苛立ってきた仁の袖をレイが引く。
「救世主様、それは人ではなくて門衛人形です」
魔物から門を守る人形だそうだ。特定の言葉を喋る案山子のようなものらしい。
「まぎらわしい……」
仁にも分からなかったほどの精巧な人形であったのは驚きだ。
「まずはここの領主を訪ねましょう」
そう言ってレイは中央通りとおぼしき通りを、仁の腕をとってずんずんと歩いて行った。
その先には一際高い建物。それこそがラァガ領主、ザエルの館であった。
《12》 領主ザエル
「ようこそ、レイ様、救世主ジン様、リーシア殿」
「……エルザ?」
仁が驚いたことに、領主ザエルは仁よりも若い、16、7歳の女性だった。プラチナブロンドの髪をショートボブにし、瞳は水色。はっきり言ってエルザそっくりだった。
「聞けば、魔王討伐の旅をされているとか。非才の身故、同行は叶いませんが、できるだけの援助をさせていただきたいと思います」
だが随分と饒舌だ。
いろいろあった後、ザエルは、腕利きの兵士20人を出してくれると言ったのだが、レイはそれを断った。
「普通の人間には魔王討伐は無理です。足手纏いにしかなりません、救世主様も、私とリーシアの2人だけだからこそ同行をお許し下さっていますが、これ以上増えてはかえって邪魔をしてしまうでしょう」
10歳とは思えない正論に、ザエルは言い返すことができず、傷薬と回復薬を援助してくれる事で落ちついたのである。
「今夜はごゆっくりおくつろぎ下さい」
最後にザエルはそう言って、湯浴みの用意ができています、と言ってくれた。
仁はこの世界に来てから風呂に入っていなかったので正直有り難かった。
「こちらでございます」
メイドに案内され、やって来たのは地下温泉。なんでも井戸を掘ったらお湯が湧いてきたそうで、こういう温泉は他にもあって、ラァガの名物になっているそうだ。
手早く服を脱いで浴室に入る仁。掛け湯をし、汚れた身体を洗えば気持ちがいい。と、そこへ。
「お背中お流しします」
そう言って入って来た者があった。何と領主のザエルである。もちろん何も着ていない。
「い、いいよ! 自分で洗えるから!」
慌てて仁はそう言ったが、
「いえ、薬品くらいしか援助できないこの身、せめて今宵一夜、救世主様にご奉仕させて下さいませ」
等と言って仁に擦り寄ってくる。
「男性って初めて見ましたの……」
と言いながら仁に手を伸ばし……
「そこまでよ!」
ばーんと音を立てて浴室のドアを開け、レイが飛び込んできた。こちらもすっぽんぽんである。
「離れなさい! 救世主様のお世話は姫巫女たる私の役目です! その貧相な胸を隠しなさい!」
「お言葉ですが、姫巫女様のお胸は貧相を通り越して真っ平らではございませんか」
「私はいいのです! これからなんです! もう先の見えた貴女に用はありません!」
(……あーうるさい)
喧々囂々と言い合っている2人を他所に、仁は頭をさっさと洗い終えると、湯船に浸かる。久々の入浴、うるさくなければもっといいのに、と思いながら身体を伸ばす仁であった。
《13》 道中多忙なり
いろいろあったが、仁、レイ、リーシアの3人はラァガを発ち、イクラン王国を目指した。
旅路は長く、道中いろいろな事があった。
「ヒャッハー!」
盗賊団が襲ってきたので撃退した。
「お願いします、村をお救い下さい」
途中で泊まった村が、中ボス的な魔物、シルバーフェンリルに襲われていたので、仁があっさりと倒した。
「姫巫女様、すてき! かわいー!」
流れの踊り子の一団と一緒になって、レイがもみくちゃにされたり。
「ゆずってくれ たのむ!」
道中見つけた珍しい花をレイの髪に飾っていたら、貴重な魔法薬の材料になると言われ、10万Enで売ってやったり。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
泊まった宿屋の部屋が1部屋しか無く、3人で泊まった翌日、女将にひやかされたり(なお仁は手を出していない。手以外も出していない)。
「私は強い者が好きだ」
とふんぞり返る領主に付き合って、仁が領内武道会に出て優勝したり。
「こ、こんな食べ方があったなんて……!」
卵と牛乳、それに砂糖を使って仁がプリンを作ったら大受けしたり。
そんなこんなでようやく国境を越え、彼等一行はイクラン王国へとやって来たのであった。
《14》 イクラン王国
イクラン王国は大陸の中央部にある国である。4強の中では最も小さい国である。
「わらわがイクラン王国国王のグロリアーナである」
20代中頃、色っぽい女王である。その胸は凶暴なほどに大きい。レイなどは親の敵の如く睨み付けている。
「聞けば貴殿たちは魔王討伐のため旅しているのだとか」
「はい。噂では、魔王は大陸の北、ロウショ教国の更に北にいるのだとか」
「うむ、わらわもそう聞いておる。だが、道中は長いぞ? 魔物もおる。無事辿り着ければよいが、そうでなければ骸を荒野にさらすことになろう」
「それでも行きます。行かねばならないのです。世界がそれを欲しているが故に」
とはレイの言葉。この巫女姫様は男前である。
「ははは、気に入った。ナイカ王国の巫女姫レイ殿、騎士リーシア、そして救世主殿。今宵は歓迎の宴を開きましょうぞ」
ということで、王城の大広間を使った大宴会が催された。
「救世主様、道中大変でございましたんでしょう?」
「救世主様、お強いと伺ってますわ、どうか魔王を倒して下さいましね」
「救世主様、踊っていただけませんこと?」
「救世主様は男性なんですって? 男性ってわたしどもとどう違うんですの?」
……等と大勢に取り囲まれ、どんどん精神力を磨り減らす仁であった。
中には、
「レイ様! 姫巫女様! 可愛いですわ!」
「レイ様! 抱きしめていいですか?」
などというのもいたが。
《15》 襲撃
そんな宴会もたけなわの頃。王城に衝撃が走った。
「な、なんだ!?」
「なんですの?」
兵士が駆け込んで報告する。
「一大事です! 巨大な飛行竜が2頭やって来て暴れております!」
「何!?」
仁たちがここにいることを勘付いてやって来たのかもしれない。仁は飛び出した。
「救世主様!」
姫巫女レイも続く。
「お2人だけでは!」
最近影の薄いリーシアも追いかけていった。
飛行竜ということで、仁は階段を駆け上り、城の屋上を目指す。
30メートルほどもある長い階段を登り、一気に城の最高所に出た。この世界の月は大きく、明るい。その満月に照らされていたのは。
「でかい……」
仁の頭上には、体長20メートルはある飛行竜が2匹、月光を背景に、円を描いて飛んでいた。そして飛びながら、ブレスと呼ばれる火炎を吐き、城下に被害を与えている。
「『ライト』」
『仁の攻撃魔法! 『ライト』は飛行竜に当たった! 飛行竜に50のダメージ!』
「……だれだ、お前」
ナレーションめいたセリフを吐いた人影に仁は誰何した。
『吾は3人の魔王の1、シキだ』
シキと名乗った魔王を仁は驚きの目で見やった。こんな所で魔王に出会おうとは。
が、逆光で顔が良くわからない。逆にシキからは仁が良く見えているようで、
『二堂仁、ついにここまでやって来たな』
と、不気味な声を上げた。
「俺を知っているのか?」
仁は聞き返したが、シキはそれに答えず、
『仁、吾らを倒したくば魔王城まで来い。ラグ、チョウと共にお前を待っている』
との捨てゼリフを残し、飛行竜を呼び、その背に飛び乗る。
『さらばだ』
わははははははは、と高笑いを残し去っていくシキ。残ったもう1匹の飛行竜はさらにブレスを吐いていく。
仁は奥の手、『腕輪』を解放した。
「『ライト』!」
腕輪に蓄えられた魔力と魔導回路により、仁個人の放つそれの10倍以上強力なライトは、飛行竜の巨体を貫いた。
胴体の3分の1を蒸発させられた飛行竜は墜落。そのままでは街に被害が出てしまうと、仁は連続してライトを放った。
ちょうど巫女姫とリーシアが屋上にたどり着いたその時、飛行竜は宙にあるうちに消滅したのである。
《16》 足
「救世主様! ありがとうございました!」
グロリアーナは飛行竜を倒した仁に感激し、抱きついている。
大きな胸が当たっている。いや当てているのか。
「ええい! 離れなさい!」
見かねた姫巫女、レイが割って入った。
「とにかく、北に魔王城があって、そこに魔王が3人いるということがわかったんだから、良かったわけよね!」
「でも、北へはまだまだ遠いですよ」
間にはルルシャ王国とロウショ教国があるという。馬を飛ばしても1ヵ月くらいかかる距離だ。
「うーん、やっぱり乗り物が必要だな」
そう呟いた仁は、
「グロリアーナ女王、この国に金属資源はどのくらいありますか?」
と尋ねる。
「うむ、豊富にあるぞ。救世主殿がお使いになるのならいくらでも使ってもらってかまわない」
そう答える女王であった。
仁は深く礼をしてそれを感謝した。
「助かります。それでは明日からさっそく作業にかかります」
《17》 本領発揮
翌日、仁はイクラン王国の資材倉庫にやって来ていた。
「おお、これはチタンかな? それにアルミニウム。銅、亜鉛、マグネシウム、鉄、か。いろいろあるなあ。どうやってアルミを精錬したのかは聞かないでおこう……」
そんな独り言を呟いた後、作業に取りかかった。
「『合金化』」
アルミニウムに銅、亜鉛、マグネシウムを混ぜると、超々ジュラルミンができる。この軽量高強度な合金を使い、仁が作ったものとは。
「救世主様、何ですか、これは?」
長さ6メートル、幅2メートル、そして高さも2メートル程の屋根付き馬車(もちろん馬は付いていない)。その屋根には直径1メートル程のリングが4つ、正方形に配置されている。
その他にもよくわからないものがごてごてと取り付けられていた。
礼子やゴーレムの助け無しでこれだけのものを1日で作れたのは、この世界に来てから体力が異様に上がったおかげである。
今の仁は500キロくらいのものなら苦もなく片手で持ち上げることができた。
「時間が無いし、安全第一を考えて作った垂直離着陸機だ」
「ぶいとーる? ですか?」
そう聞いても何のことか分かるものはいない。
「まあ、乗ってみてくれ」
とりあえず馬車に似ているから、乗り物だと言うことだけはわかる。レイとリーシアは仁に続いて乗り込んだ。
「よし、そこの椅子に座って……肘掛けをしっかり掴んでいろよ。……発進!」
キャビンの1番前に座った仁は、手元のレバーを動かした。すると、4つのリングから下向きの風が起きる。
「きゃあ!」
そばにいたグロリアーナやメイドたちのスカートが翻るが、仁はキャビンで操縦に集中しているため、喜ぶ者はいない。
そして垂直離着陸機はゆっくりと宙に浮かび上がった。
「え……と、飛んだ!?」
見ている者、乗っている者。仁以外の者は、驚愕に目を丸くしていた。
「成功だ!」
安定性重視の形状なので、初心者の仁でも危なげなく操縦出来る。
この世界は自由魔力素が濃く、魔結晶を使わずとも魔導装置を作ることができたのだ。
試験飛行を済ませた仁は一端着陸。
女王始め、その場にいた者達は大騒ぎだが、今は魔王退治が優先と、騒ぎを何とか静める。
そして荷物や食料、水。そして超々ジュラルミンで作った剣と盾を積み込み、
「それではグロリアーナ女王、お世話になりました。馬車と馬は預かっていて下さい」
そう言って仁は空へと垂直離着陸機を浮かばせたのである。
「ご武運を、救世主殿」
見送るグロリアーナ。
「どうか、ご無事でお帰りを」(そして今度はわらわにも剣を作ってほしい……)
《18》 空の旅
「きゃああああ!」
「そ、空を飛んでます! 高い! 高いです!」
「ゆ、揺れてます! お、落ちませんか!?」
などと騒いでいたレイとリーシアだったが、次第に慣れ、
「空を飛ぶというのは気持ちいいですねえ」
「はい、巫女姫様。さすがジン様です」
と、余裕を見せるようになっていた。
今回仁が作った垂直離着陸機は、浮くために4つのリング状魔法型噴流推進機関を持ち、推進用には4つの円筒状魔法型噴流推進機関を持っている。
最高速度は時速200キロ程度。馬の4倍から5倍は速い。障害物に影響されず、直線で進めるから更に効率が上がる。
馬で1ヵ月の距離を、1週間以下でこなせるはずだ。
おかげで食料には余裕がある。休憩は地上に降りるのだが、垂直離着陸機の利点、ちょっと開けたところがあれば下りることが出来る。
キャビンは居住性もいいため、宿に泊まるのは2日に1回で済んだ。
このため、ルルシャ王国とロウショ教国もパスでき、その分時間短縮になっていた。
(えっ、出番は……とかなんとか聞こえた気がするが空耳であろう)
そして急ぎに急いだ3日後。
仁の目の前に1匹の飛行竜が見えてきた。その背に人影がある。
「あれって、もしかして……」
イクラン王国王城を襲った飛行竜の片割れである。するとその背に乗っているのは魔王の1人、シキであろう。
「ここで会ったが100年目」
仁は、垂直離着陸機に備え付けた武器のスイッチを入れた。その名も『マイクロ波加熱器』。
射程は200メートル。150メートル程先の飛行竜は十分射程内だ。
魔王城が見えてきた、というところで、シキは異変を感じた。
背中、いや身体全体がやけに熱いのである。そして乗っている飛行竜の背中も発熱してきていた。
「な、何事!?」
振り返ると、異様な飛行物体が目に入った。
「な……あれは!? もしや、二堂仁が作った魔導具か! おのれ!」
エンジンではないため、作動音がしない。それで背後から迫り来る垂直離着陸機に気づくのが遅れたのだ。
「お……おのれえええ!」
飛行竜は体液を加熱され、苦悶に身をよじる。当然、背に乗っていたシキは振り落とされてしまった。
「う、うわああああああ!」
が、シキにとって幸か不幸か、その数秒後、飛行竜は身体中の体液が沸騰し、墜落したのである。
《19》 魔王城
シキは風魔法を使ってクッションにし、なんとか無事地上へと下り立った。
そして魔王城へと急ぐ。
「くそっ、二堂仁め! まさかこんなに早く辿り着くとは!」
さすが魔王と言うべきか、走る速度は仁に勝るとも劣らない。
時速100キロで走り、まもなくシキは魔王城に辿り着いた。
そこは岩山をくり抜いて作った天然の要塞。
門番のキングオークが恭しく頭を下げているが、シキは目もくれずに玉座の間へと向かった。
そこには2人の魔王が座っていた。
「どうした、シキ? そんなに慌てて」
口を開いたのは第1の魔王、チョウであった。
「これが慌てずにいられるか! 二堂仁が攻めてきたぞ!」
「何!!」
慌てて立ち上がったのは第3の魔王、ラグである。
「兄弟、慌てるな。いかに二堂仁とは言え、ここは異世界。自重していない自動人形も常識外れのゴーレムもいない今、たかが一人で何ができる」
「それもそうか」
浮かした腰をまた下ろすラグ。
その間にシキは自分の座に着く。
「こうしてわれわれ3兄弟が揃ったからには、魔法工学師といえど何するものぞ」
「その通りだ!」
「撃ち落としてくれるわ!」
ここに、世界を賭けた最終決戦が幕を開けた。
《20》 たった一人の最終決戦
「ぐふふふ、この玉座の間に辿り着けるかな? 救世主とやら……」
そう第3の魔王、ラグが呟いた時。
「お前たちが魔王か」
天井をぶち抜いて仁がやって来た。驚いたのは魔王たち。
「き、貴様! 何て所からやって来るのだ!」
怒鳴るチョウ。
「非常識にも程がある!」
と言ったのはシキ。
門外、門内、1階、階段、2階、階段、3階、階段、4階、そして廊下、扉前、と、中ボスクラスの魔物が配備されていた筈なのにあっと言う間に玉座の間へ辿り着いた仁。
魔王たちが驚くのも無理はなかった。
「いや、多分そうだと思って、上から来た」
仁は魔王城の屋上に垂直離着陸機を着陸させ、天井をぶち抜き、直接やって来たのである。
「巫山戯た奴だ……順番というものがあろうに……」
と、ラグ。
「まあいい。……どうだ、我々の仲間になれば世界の半分をや」
「断る」
皆まで言わせずに断る仁。
「世界になんて興味無いし、面倒臭いし。そもそもお前たちの物じゃないだろ」
「ぐぬぬ」
「ぐぬぬ」
「そう言やこういう奴だった」
とは、シキのセリフ。
「何? ……お前は以前あったときもそんな事を言っていたな? どこかで会ったことがあるのか?」
仁がそう言うと魔王たちは激昂した。
「会ったことがあるか、だと!」
「我々は貴様の所為で世界を追われたというのに!」
「こんな所まで追いかけてきて言うセリフがそれか!」
だが仁は訳がわからない。
「良く聞け! 吾の名はシキ・ジョウ!」
「我はラグ・フ!」
「我が名はチョウ・ジ!」
3人の魔王はフルネームを名乗った。
「シキ・ジョウにラグ・フ、それにチョウ・ジだって? ……ジョウシキとフラグとジチョウ?」
仁は衝撃を受けた。自分がこの3人を元の世界から追い出し、この世界で魔王にしてしまったとは。
「フフフ、さすがにショックだったようだな」
悪い笑みを浮かべ、チョウ・ジが仁に近づいた。
「いや、べつに」
何事も無かったように仁は右腕を振り抜いた。
「がふうっ!」
その一撃でチョウ・ジは吹き飛び、壁に叩き付けられて動かなくなった。
「き、貴様! 兄弟になんて事を!」
ラグ・フが仁に跳びかかる。が。
「ぎゃひいぃっ!」
蹴り1発で天井にぶっ刺さって沈黙した。
「お、おのれ、二堂仁! 魔法でなく暴力で兄弟たちを倒すとはなんて奴!」
おののくシキ・ジョウだったが、
「ぐおわはっ」
仁の踵落としを食らい、床にめり込んで敗北。
「終わった」
こうして、仁の活躍により、この世界は救われたのである。
《21》 崩壊、そして
「ん? 何だ?」
仁が立つ床が震えだした。
「まさか、お約束の魔王城崩壊か!?」
天井からも岩がぱらぱらと落ちてくる。
「ちっ、冗談じゃないぜ!」
仁は、床にめり込んだジョウを引きずり出し、壁際からチョウを引っ張り上げる。ラグは崩れだした天井と一緒に落ちてきたので手間いらず。
3人の魔王、いや古なじみを担いだ仁は垂直離着陸機のある上へ上がろうとしたが、崩壊は上から始まっているようで、とても行けたものではない。
「ちっ……少々まずいかな?」
仁自身の身体は、この世界の岩よりも丈夫であるが、生き埋めになったらさすがに出て来られるかどうかわからない。
が、良くしたもので、完全に天井が崩れると共に、屋上に置いた垂直離着陸機も一緒に落ちてきた。
「きゃあああ!」
「お、落ちてますううううう!」
残してきたレイとリーシアが悲鳴を上げているが、仁は構わず乗り込む。3人の魔王も一緒だ。そして魔導機関をスタートさせる。
浮遊用の魔法型噴流推進機関は少し歪んでしまっていたが、機能にはさして影響はない。
彼等を乗せた垂直離着陸機は間一髪、魔王城崩壊前に浮き上がることができた。
「ふう」
「た、助かりました……」
「救世主様、魔王はどうなったのですか?」
レイとリーシアが尋ねてくる。仁は、
「ああ、そこに転がっているのが魔王だ」
と事も無げに言ったものだから、2人はびっくり仰天。
「えええええええええ!!!!」
「まままままま、魔王うううううう!?」
半ばパニック状態。
「とりあえず落ち着け」
仁はなんとか2人を宥めるのに成功したが、今度は何故魔王を助け出したのか、と詰問される始末。
「うーん、まあ、なんというか、見殺しにできなかったというか、同情したというか」
その時、3人の魔王が同時に目を覚ました。
「こ……ここは?」
「何をしていたのだろう?」
「なんだか長い夢を見ていたような気がする……」
目を覚ました3人は、憑き物が落ちたような顔をしていた。
そして目の前の仁を見ると、
「あーっ! 仁様!」
「本当だ! 仁様だ!」
「うえーん、会いたかったですぅー!」
と言って仁に抱きついてきたのである。慌てたのは仁。
「何だ何だお前ら、いったい何をする?」
だが3人は仁に縋り付くのを止めない。良く良く見ると、3人が3人とも、女性体形をしている。
「もう離さないでぐだざい゛〜〜!!」
涙と鼻水で塗れた顔で仁に抱きついている3人は、とてもこれが魔王とは思えない。むしろ、
「…… な に や っ て ん で す か 」
仁王立ちで睨み付ける姫巫女レイの方がよっぽど怖かった。
「救世主様! 魔王倒しに行って、魔王引っかけてくるなんて何をお考えなんです!」
「いや、だから、俺は」
「いやーね、ちび巫女の嫉妬なんて」
「仁様はあたしたちのものだからね」
「捨てられたかと思ったら仁様の方から会いに来て下さるなんて感激」
「ちょ、待て」
「ウフ、照れちゃって可愛い」
「 は な れ な さ い 」
「やーよ」
ぶちぃ、と何かが切れる音がした、と思ったら、レイの身体から禍々しく黒いオーラのようなものが立ち上り、渦を巻き始めた。
「……おやめ下さい、姫巫女様! それは禁断の術!」
気が付いたリーシアが止めるが、姫巫女はもう止まらない。
「暗黒瘴気渦流暴走……」
それだけ呟き、リーシアは瘴気に呑まれた。
「まずい!」
仁も慌ててライトを発射するが、暗黒瘴気に呑み込まれるだけ。
暗黒瘴気は膨らみ続け、ついに垂直離着陸機全部を呑み込んでしまう。
仁は薄れる意識の片隅で、『BAD END』と誰かが囁いた声を聞いた気がした。
《22》 結末
「……という夢を見たんだ」
蓬莱島で目覚めた仁は、うなされていたらしく、心配そうな顔の礼子にそう言って安心させていた。
「自重と常識とフラグか……もう少し優しくしてやらないとなあ」
ぼそりと呟いた仁を、礼子は光のない目で見つめていたのだった。
感想欄などで常識・自重・フラグが擬人化されているのを受け、突発的な思いつきで書いたものでした。
お読みいただきありがとうございます。
20150106 誤記修正
(誤)3人の魔法はフルネームを名乗った
(正)3人の魔王はフルネームを名乗った
(旧)左肩に違和感を感じた仁は軽く右手で払った
(新)左肩に違和感を覚えた仁は軽く右手で払った
(旧)ものすごい違和感を感じたが
(新)ものすごい違和感を覚えたが
(旧)救世主様のおそば近くいられる
(新)救世主様のおそば近くにいられる