2018年スペシャルその2 第3話 旅立ち
人の住む町を訪れるにあたり、すぐ換金できそうなものとして砂金と宝石、それに小さなナイフを仁は用意した。
因みにナイフは仁が2分で作った。
『ひごのかみ』と日本で呼ばれる折り畳み式のナイフにごく近いものである。
その他に、転移門設置のための資材一式も用意する。
異なる土地で適当な場所を見つけたら設置するつもりだ。
「よし、行くか」
「わたくしが先に」
まず礼子が先行し、それに続いて仁が転移門へと足を踏み入れる。
一瞬で仁の視界が切り替わった。
「おお、ここが大陸か」
心なしか、空気の匂いが違うような気もする。
それも当然。ここは森の中であった。
「なるほど、これなら見つかりにくいな」
そう呟いた仁は、岩に刻まれた階段を使い地面に降り立った。
「お待ちしておりました、ご主人様」
マリン1が仁を出迎える。マリン2はアルファルドの番をしているという。
「御苦労だったな」
仁からの労いに、マリン2は無言で頭を下げた。
「さて、人の住む村は?」
「はい、あちらへ5キロほどです」
「そんなにあるのか……」
思ったより遠かったので、少々うんざりする仁。
「そうしたら、場合によってはそっちにも転移門を設置するかな」
そのための資材は用意してある(礼子が背負って)。
「お父さま、ランドもお呼びになったらいかがですか?」
ランドは陸上用に仁が作ったゴーレムである。
マリンに比べ、戦闘力も持っている。
「よし、そうしよう」
仁は持ってきた『魔導通話器』で老君に連絡をし、ランド9と10を寄越すように言った。
そして30秒後、2体のゴーレムが転移門から現れる。
「よし、マリン1はごくろうだった。船に戻って……いや、せっかくだから、一旦蓬莱島へ戻って転移門の資材をもう一式用意してから戻ってこい。そしてそれを積んで『アルファルド』で北……いや、南に進んで、適当な場所……エゲレア王国じゃない国がいいな。……に設置してくれ」
「承りました」
マリン1はさっそく転移門で蓬莱島へ戻っていった。
「これでよし。それじゃあこっちも行くか。礼子、村のある方角と距離はマリン1から聞いたな?」
「はい、お父さま。ここから南西へ5キロほどです」
「やっぱり遠いな……」
整備された道があるわけでもなく、仁には少々辛そうである。
そこにランド10が一つの提案をしてきた。
「よろしければ、私がお運び致しますが」
「え、お前が?」
「はい」
陸上用のゴーレム、ランドシリーズには、仁を運ぶのに十分過ぎるスペックを持っている。
「じゃあ、頼むか」
「承りました」
仁はランド10の肩に座った。
礼子が少し残念そうな顔をしていたが、さすがに彼女に抱き上げられたり背負われたりして運んでもらう気にはなれない仁であった。
ランド9が先導し、ランド10が仁を運び、礼子は殿を進む。
この集団の歩みは速く、およそ30分で森を抜け、眼下に村を見下ろせる高台に出ることができたのである。
「あれが村か……」
なんとなく寂れた感じがする村で、『寒村』という表現がしっくりくる。
「まあ、行ってみるか」
ランドの肩から降りた仁は、礼子だけを連れて村に近付いていった。
ランドを見てどんな反応が返ってくるかわからなかったからである。
言葉については先代から受け継いだ知識で覚えているはず。何より礼子と会話が成立しているのだから大丈夫だろう、と仁は当て込んだ。
……方言が使われていたり、言葉が1000年間の間に変化していなければ、だが。
* * *
結論から言うと、変化していなかった。
「ここは何という村ですか?」
仁は村外れで出会った老人に尋ねていた。
「……ここはリンゴスという村だが、あんたはどこから来なすったね? ……街道からでなく、森を抜けてきたように見えたが」
「ええ、森を抜けてきましたが」
「ふう、物好きなことだね」
老人によると、街道の東には『ランディ』、南には『ポールマ』という村があるのだそうだ。どちらも海に面しているという。
してみると、ちょうど海辺の村がない場所に『アルファルド』は着いたらしい。運がいいのか悪いのか。
食糧を分けてもらえないかと聞いたのだが、この村にはそんな余裕はないと言われてしまったので、海辺の村ポールマを目指すことにした仁一行である。
「……うーん、幸先がよくないな」
ランドの肩の上で呟く仁。
異世界で初めて会った人間が老人ということでテンションがダダ下がりな仁である。
そして、その予感は的中することになる。
「あれは何だ……?」
海辺の村ポールマ。それはいいのだが……。
「……海蛇?」
巨大な海蛇のような怪物に襲われていたのである。
「確か……『凶魔海蛇』と言ったような気がします」
もっと北の方に棲む魔物で、こんな南には滅多に来ないはずなのですが……と礼子。
「海流に乗って来たのかもしれないな」
そんな話をしている間にも、仁たちは村に近付いていった。
そして村の惨状も目に飛び込んでくる。
桟橋に繋がれていた船は弾け飛び、海に近い家は粉々になっている。
「あれは……魔法か?」
「はい、お父さま。『水の急流』のようですね」
凶魔海蛇は水属性の魔法を使うのだという。
その時、数人が水流に弾き飛ばされるのが見えた。
「……礼子、あいつを何とかできるか?」
仁の言葉に礼子は僅かに考えたあと、
「おそらく火属性の魔法に弱いでしょう。でしたら大丈夫です」
「火属性か……まてよ」
仁も何か思いついたようだった。
「雷みたいな魔法ってなかったか?」
「はい、ございます。『雷属性魔法』ですね」
「あるんだな。それを使えるか?」
「はい、使えますが」
礼子が頷いたので、仁は顔を綻ばせた。
「よし、それなら強力な奴をぶちかませ」
「わかりました」
仁は、火属性魔法だと、動き回る凶魔海蛇に命中させるのが難しいのではないかと思ったのだ。
雷属性魔法……つまり電撃なら、その速度は音速を超えるだろうし、海水という伝導性の高い液体に浸かっている凶魔海蛇には効果的だろうと考えたのだ。
「念のため、海には人がいないことを確認しろよ?」
「わかりました」
人がいたら感電してえらいことになってしまうと仁は礼子に釘を刺した。
「では、行ってまいります。ランド9、10、お父さまを頼みましたよ!」
そう言い残した礼子は地を駆けた。
5秒で海辺に到着し、凶魔海蛇を睨み付けた。
「お、おい嬢ちゃん、危ないぞ!!」
後ろから心配する声が掛かるのを聞き流し、海上にも海中にも人がいないことを確認した。
そして。
「『雷撃』」
雷属性魔法。上級の中を放った。対象に真っ直ぐ向かう雷を放つ魔法だ。速度は秒速200キロ。これは雷のステップトリーダーレベル。
その速度は、到底生物に避けられるものではなく、見事に凶魔海蛇を直撃した。
悲鳴を上げる暇もなく、凶魔海蛇の頭部が弾け飛び、海面へと伝わった高電圧のスパークが紫色に発光した。漂うオゾンの臭い。
「うおおおお! すげえ!!」
礼子の背後で声が上がり、それは次第に大きくなる。
「やった! やった!!」
「凶魔海蛇をやっつけたぞ!」
「嬢ちゃん、凄いぞ!!!」
「村の救世主だ!!」
「ありがとう!!!」
礼子の周りに村人が集まってくる。
「いえ、わたくしはお父さまの指示に従っただけです」
淡々と答える礼子。
「お父さまって……」
村人がそう言いかけたとき。
「あ、いらっしゃいました」
礼子はそう言い残して、たたた、と駆けていく。
「礼子、ご苦労さん」
そちらを見やった村人は……。
「わあああ!」
2体のゴーレムを見て仰天する。
とはいえ、仁が作ったゴーレムは人型であり、余計な装飾は付いていないので、
「これはゴーレムですよ」
と仁が説明することですぐに騒ぎは収まった。
そして礼子が仁に寄り添っているのを見て、
「おお、貴方がこの子を遣わしてくれたのですね!」
と、初老の男が進み出た。
「ええ。俺は仁。この子は礼子。俺の作った自動人形です」
自動人形、という単語に村人はざわめいた。少女にしか見えないのだから当然である。
「なんと、そうでしたか。ジン殿、と申されましたね、貴殿は我が村の恩人です」
「ありがとう!」
「助かったよ!」
最初の出会いがあまりいい印象がなかっただけに、村人に感謝された仁はほっとした。
「今夜は泊まっていって下さい……と言いたいところですが、この有様ですのでなあ……」
どうやら初老の男は村長のようである。
彼は半壊してしまった村を見つめ、悲しそうな顔をした。
「……?」
そして仁は、大人たちの後ろに隠れてこちらを見つめている子供たちに気付く。
そして気が付くと、
「村の復興のお手伝いをさせてもらえませんか?」
と口にしていたのであった。
* * *
仁はポールマ村の復興を申し出、村長はそれを一度は辞退したものの、村の惨状を鑑みて承知した。
「では。……ランド9、ランド10、礼子、俺と一緒に来てくれ」
「「「はい」」」
「お、おおお……」
「す、すごい!」
ランドたちにより、倒れた柱が軽々と運ばれていき、瓦礫が除去される。
また、仁は壊れかけた壁を修理し、屋根を直していく。
海沿いの家は全て倒壊。内陸部の家は大部分が無事。その中間の家は半壊、といったところである。
その半壊の家々を仁は工学魔法を駆使して修理していったのである。
「ジン殿は村の救世主だ!」
と何度も言われたが、仁自身、魔法を使いこなす練習にもなるので、こうした修理は喜々として行っている。
3日間、仁はこの村に滞在し、復興を手伝った。というよりほとんど仁が修理した。
そして4日目。
「ジンさん、いろいろとありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
村人からの感謝の言葉を背に、仁はポールマ村をあとにしたのである。
わずかではあるが礼金を貰った仁は、エゲレア王国南部の都市、ブルーランドを目指す。
ランド9に乗っての移動は快適とまでは言えないものの、1日に100キロ以上移動できるため、途中メラカという町で1泊しただけで、2日目の昼にはブルーランドに到着することができたのだった。
「あれがブルーランドのようですね」
先導する礼子が言った。
「なるほど、城塞都市か……」
周囲を石壁で囲まれた城塞都市、それがブルーランドであった。
それから20分程歩くとブルーランドの城壁が近づいた。城壁の周りには露店が並び、賑わっている。
「都市に入るのには何か必要なのかな?」
「さあ、どうでしょうか?」
「まあとりあえず、露店を眺めて情報を集めよう。道具のレベルとか通貨の価値とかがわかるだろう」
「はい」
それで2人は連れ立って露店を見て回ることにした。ランド9と10は少し離れた場所で待機である。
「ふんふん、なるほど……」
露店を見て回ってわかったこと。
ここブルーランドはエゲレア王国の経済の中心と呼ばれているようだ。
情報を仕入れながら見て回っていると。
「おっ、魔結晶? いや、魔石か」
様々な色をした魔石を売っている店があった。
「あまり大きいものはないな……げっ、1つ1000トール!?」
約1万円である。
「こんな小さいので1000トールか」
「おう、兄ちゃん、買うのかい?」
露店のオヤジにそう言われたが、
「いや、残念だけど持ち合わせがないんで」
と言って仁は逃げ出した。
「しかし、あんな魔石が1000トールもするのか。そしたらこの魔結晶なんて幾らになるのやら」
仁がお金にしようと持ってきた赤い魔結晶。大体、相場では魔石と魔結晶では価値が10倍から20倍になるらしい。
「おいそれと売れないな……」
あまり目立つことは避けたかった。
「礼子、魔石は研究所にあったっけ?」
「使い途がないので廃棄されていた筈ですので、廃棄場所に行けばあると思います」
「あー、なんか無計画に売りさばくと市場が混乱しそうだな」
現代地球でもダイヤモンドシンジケートなどという組織があるとかないとか噂に上ったりしていた。仁は魔法工学師であって、荒事は専門外である。
「売りさばくのは次回にするか」
今日の所はお金を手に入れるのは諦め、見て回るに留めることにした。
「魔導具を扱っている露店はあまり見かけないな」
これまで見た限りではそういった露店は目にしなかった。更に探そうとする仁に礼子は、
「お父さまは世界でただ一人の魔法工学師なのですから、参考など必要ないのでは?」
「ああ、ありがとう。だけど、どんな所に面白いアイデアが転がっているかわからないからな。魔法工学師だからと驕らず、謙虚でいたいと思う」
「お父さまがそうおっしゃるのであれば」
どこまでも仁一筋な礼子であった。
そんな中、立ち並んだ露店の端に、魔導具を置いてある店を見つけたのだった。
並べられた魔導具を見た仁の反応はストレートだった。
「なんか、しょぼいな」
「何ですって!」
小さな呟きだったのだが、聞こえてしまったらしく、店番と思われる赤い髪の少女が激昂した。
これがビーナと仁の初邂逅であった……。
(落ちなし)
このルートですとクライン王国がまるっと省略されますね……。
ハンナもマーサさんもバーバラもリシアも登場せず……。うーん。
やっぱり礼子の起動が遅かったことは(作品として)よかったんでしょうね……。
明日からは通常更新です。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20170104 修正
(誤)また、仁は壊れかけた壁うぃ修理し、屋根を直していく。
(正)また、仁は壊れかけた壁を修理し、屋根を直していく。
(誤)これがビーナと仁の発邂逅であった……。
(正)これがビーナと仁の初邂逅であった……。
20240427 修正
(誤)そしてそれを積んで『アルファード』で北……いや、南に進んで、適当な場所……エゲレア王国じゃない国がいいな。
(正)そしてそれを積んで『アルファルド』で北……いや、南に進んで、適当な場所……エゲレア王国じゃない国がいいな。